暗雲
アメリカ東部標準時、7月2日 午後8時00分
アメリカ合衆国コロラド州コロラドスプリングス。
ピーターソン空軍基地内北アメリカ航空宇宙防衛司令部、通称ノーラッド。
「何の警報だこれは!?」
ノーラッド司令官、マセル・ウィニフェルト空軍大将はかなり狼狽した声で叫んだ。
「隕石警報です!」
「隕石だと!?」
オペレーターの女性が慌ただしくコンソールを叩きながら報告を続ける。
「木星の周回軌道付近に隕石が確認されました。地球への直撃コースに乗っています!」
「馬鹿な!? 太陽系内のデブリは全て安定軌道に乗っているはずだ!」
「それは分かっています! しかし今回の隕石は今まで確認されていたものではありません!」
「どういうことだ?」
「信じられない事ですが、いきなり現れたとしか……」
「……計器の故障ではないかね? 各国の天文台に確認を依頼してくれ」
「分かりました!」
同日 午後7時30分
「南米アレシボ天文台から確認の報告がありました!」
別のオペレーターも報告を続ける。
「他にもハワイ、日本、中国などから複数の確認報告があります!」
ノーラッド司令室が再び極度の緊張感に包まれる。
「そんな馬鹿な。ありえない。…………宇宙望遠鏡科学研究所に連絡! ハッブルで確認させろ!!」
同日 午後8時26分
地上から559キロ、既に酸素など全くない宇宙空間。
その暗闇の中にぽつりと浮かぶ銀色の筒。
人類が作り上げた叡智の目、ハッブル宇宙望遠鏡が遥か銀河の先まで見通す眼を開く。
見つめるのは6億キロ先の彼方。
同日 午後9時5分
「STScIからの画像きました! モニターに出します」
司令室中に「おお」と言う声が鳴り重なる。
モニターに映し出されたのはほぼ球体の巨大な岩の塊。
「信じられん……」
マセル空軍大将が呻く様に呟く。
「直径はおよそ20キロ。主要構成物質は鉄と思われます」
「こんな物が地球に激突したら、我々人類の歴史は終わってしまう……」
「地球到達予想時刻は340時間後。約2週間です」
「なんという事だ……」
マセル空軍大将が薄くなりかけた頭を抱える。
しかしすぐに自分のなすべき任務を思い出し、姿勢を正した。
「至急、我々が採れるオプションを全て検討しろ。私は大統領に報告する」
同日 午後9時59分
アメリカ合衆国大統領府、通称ホワイトハウス。
『……以上が今起きている隕石接近に関する報告となります』
マセル空軍大将からの報告を受けた大統領リチャード・ヘイズは深いため息をついた。
「まるでハリウッド辺りで作られた映画だな……」
『残念ながらこれは現実です』
「それで? 我々が夏のバカンスを無事迎えるためにはどうすればいい?」
『隕石のサイズが大き過ぎるために破壊は不可能です。ですから隕石の軌道を変え、地球衝突コースから外すしかありません』
「方法は?」
『計算によると戦略核7発分の破壊力があれば軌道を変えられます』
「大陸間弾道弾を直接打ち込めばいいのかね?」
『7発同時に決まった場所で爆発させる必要があるのでICBM単体での攻撃には意味がありません』
「具体的な作戦内容を聞こう」
『まずICBMによって国際宇宙ステーションの軌道上まで弾頭を運びます。その後、軌道上で弾頭を回収、オリオンに搭載して隕石まで誘導し所定の場所で同時に起爆させます。大まかですが以上が今作戦の概要になります』
大統領は椅子腰を深く押し込め、しばらく目をつぶって考えこんだ。
「オリオンはまだ開発中のはずだが使えるのかね?」
『プロトタイプは既に完成しています。後は安全性のチェックだけですが、今回は無人で飛ばすので問題ありません』
「なるほど。他に何か問題はないかね?」
『オリオンやその他機材を軌道上に上げる手段が今の合衆国にはありません』
「……ロシアか」
『はい。ロシアのソユーズに依頼するしかありません』
「まあ地球の危機だ。あのがめつい大統領も喜んで貸してくれるだろうよ。で、タイムスケジュールはどうなる?」
『地球から約800万キロまでに軌道を変えないと、直撃コースからは外れません。弾頭を打ち上げオリオンに搭載するまでに1週間、そこから発進して6日後に800万キロ先の隕石到達となる予定です』
「……ギリギリだな」
『しかし我々が採ることの出来るオプションはこれしかありません』
「分かった。以降、隕石はリトルサターンと呼称しピーターソン空軍基地に今回の対策本部を設置する。私の権限で必要な人材、機材をありったけ集めろ!」
7月8日 午前1時12分
ピーターソン空軍基地。
大勢のスタッフが慌ただしく働いている対策本部の一角に設けられた司令部に合衆国大統領リチャードの姿があった。
「現在の進行状況は?」
「ICBMによる弾頭の軌道投入は既に完了。ソユーズによる必要資材の打ち上げも成功し現在、ISSの人員による弾頭の固定および信管の同期作業が行われています」
「オリオンはどうなっている?」
「現在2基目のソユーズに積み込んでいる所です。今のところ作戦に目立った遅延はありま……」
マセル海軍大将が報告を続けている最中に、対策本部のオペレーターが飛び込んできた。
「大変です司令! リトルサターンの移動速度が上がりました!」
「馬鹿な!? 推進器もない鉄の塊が速度を上げるわけなかろう!?」
「科学的には全く説明がつきませんが、複数の機関で確認されています。これまでのリトルサターンの速度は時速176万キロ、現在はほぼ倍の360万キロです。このままでは後4日で地球へ到達します!」
あれほど騒がしかった基地内が静寂に包まれる。
誰もが絶望の表情を浮かべ、呆然と立ち尽くしている。
「……終わりだ……今すぐにオリオンを発進させたとしても800万キロ地点まで到達できない……」
オペレーターの誰かが呟いた。
「……悪夢だ。あとたった4日で人類が滅ぶ? それが運命だと言うのか」
マセル空軍大将が力なくその場にへたり込む。
だが大統領の目だけは死んでいなかった。
「……まだだ。まだ終わらせん! CIA長官レオンに連絡を取れ!」
アルテミス計画でオリオンが大成功を収めましたが、この話を書いた時点では開発中でした。
正直、オリオン計画ってすでにぽしゃってたと思っていたので、ちゃんと完成させてたんだと吃驚したくらいです。
なおこの話の科学的、技術的根拠は全くありませんのであくまでもファンタジーとしてお楽しみください。




