「わーい、お礼だ! お礼大好きー」
セラが少女を抱えて地面に降りた頃には、ルカはレナたちを追って路地の先、大通り方面へすでに走っていた。
「待ってくださーい!」
走るルカ。
「ついてくるな!」
逃げるレナ達。
人の少ない路地を抜け、大通りの中をジグザクと走り抜ける。
暴走する車椅子に面食らう人々は、後を追うルカにぶつからぬよう急いで道を開ける。
「せめてお名前だけでもー!」
「誰が言うか!」
「スイはスイだぞー!」
「こら! スイ!」
車椅子の脇からひょこっとスイが顔を出し、屈託のない笑顔でルカの問いに答えた。咎めるレナをよそにそのまま続けた。
「で、こっちの怖いのがレナで、優しいのがラーだぞ! よろしくなー!」
「スイ!!」
「スイさん! ありがとうございます!」
ペラペラと喋るスイの口を今すぐ塞いでやりたいが、今は逃げることが最優先だ。レナは気絶するラーが落っこちぬよう抑えながら走り続ける。
「で、レナさんたちは何を探していたんですか!」
背後からは勇者の声が飛んでくる。
「誰がそんなこと勇者に言うもんか!」
スイが余計なことを言う前に、レナは大きな声で答える、が──
「レナにとってだいじな、ウェアウルフの牙の首飾りだぞー! 見つけたら教えてくれよなー!」
無駄だった。
「あーあー!! スイ!! もう引っ込んでろ!!!」
「ありがとうございまーす!」
そう返事をすると、ルカは足を止めふと後ろを振り返った。
◆◆◆
一方、ルカを追って進むセラたち。路地を進み、大通りめがけて歩いている。
セラは依然として少女を大事そうに両翼で包んでいた。
「あ、あの……わたくし、一人でも……」
少女は少し困惑した様子で、ふわふわの羽根の中からセラを見つめあげ、声を上げる。
「いいのよ、無理しなくて」
対してセラは、少女の顔も見ずにそう言い放つ。
その言葉はどこかぶっきらぼうで、どこか暖かいものを感じられた。
「……ええ、ありがとうございますわ」
エリンはそのまま身を任せつつ、セラの翼に抱かれたまま歩いていった。
程なくして、大通りにたどり着いた。
「どこまで行ったのよアイツは……」
セラがキョロキョロと辺りを見渡していると、一人の男と目があった。
あんぐりとした表情でセラを見つめる男。
見つめられるセラ。
男が少し後ずさったかと思うと。
「ま、魔物だぁ!!」
おびえた声を上げた。
その声に反応した周囲の人々が一斉にセラを見る。
「魔物……!?」
「魔物がいるぞ!」
「なんで城壁内に!?」
「誰か兵士か勇者を呼べ!!」
対するセラはと言うと。
「に、ニンゲン……!」
人間の街、それも王都にいることを今まですっかり忘れていた。
敵意のこもった複数の視線に、思わずエリンを包む翼に力が入る。
「おい、見ろ! 女を人質に取ってやがる!」
一人の男がセラの翼の中にいる少女に気づき、指を差した。
「えっ! あっ!! そんなつもりは!!!」
セラはとっさに両翼を上に上げる。
大衆の面前にフードを目深にかぶった少女がさらされる。
「見ろ! 翼を上げた! コイツ闘る気だぞ!!」
セラの動きに人々は警戒する。
「ち、ちがう! アタシは別に──!」
狼狽えるセラに、少女は手を向けて制止させた。
そして大きく息を吸い込み、声を張り上げた。
「皆様!! お待ちくださいまし!!」
突然のことに、皆動きを止める。
そして、一歩前に出る。
セラには、少女の手が少し震えているように見えた。
しん、とした静けさの中、少女は再び口を開く。
「彼女は魔物ですわ! それは認めましょう! 間違いないですわ!」
ぽかん、とする面々。
魔物。そりゃそうだ、見ればわかる。
周囲の人々を見渡した少女は、さらに言葉を続けた。
「ですが、彼女はわたくしのことを助けてくださった、いい魔物ですの! どうか皆様、落ち着いてくださいまし!!」
水を打った、とはまさにこのことだろうか。
少女の言葉の意味を咀嚼する時間が続く。
しばしの沈黙の後、どこからか声が漏れた。
「そいつ、魔物に魅入られてるんじゃないのか……?」
「なっ……! 違いますわ! わたくしは事実をお伝えしたまでで……!」
すかさず少女が反論するも虚しく、皆その意見に同調し始めた。
「そうだ、魔物が人間なんか救うわけねぇ」
「ふざけんな! 俺たち人間を騙そうたってそうはいかねぇぞ!」
「魔物にこの王都を乗っ取らせようってか! この売国奴が!!」
口々に罵声を浴びせる人々に、少女は抗議の声を上げる。
「ち、違います、違いますの! わたくしそんなことは……!」
しかし、恐怖の伝播は止まらない。事態は収拾がつかなくなり始めていた。
そんな混乱した場に、突如のんきな声が響き渡った。
「なんですかこの盛り上がり! 祭りですか!? 僕も混ぜてくださいよ!!」
声の主は、言うまでもなくルカだった。取り囲む人々をかき分け、セラたちの前に出た。
「やや! セラさんじゃないですか! どうしたんですかこの騒ぎ!」
「アンタねぇ! 見ればわかるでしょ!!」
脳天気なルカの反応にセラは思わず声を張り上げる。
「いやー、さすがセラさん。大人気じゃないですか!」
「どこがよ!!」
颯爽と現れ、親しげに魔物と会話を進める珍妙な男の登場に、周囲は呆気にとられていた。が、程なくしてルカの首にかかるシルバーのリングに気づき始める。
「勇者だ、勇者が来てくれたぞ!」
「おい、勇者! とっととその魔物を追い払ってくれ!」
その言葉にルカはピタリと動きを止め、民衆を振りかえった。先ほどまでの笑顔が消え、冷たい視線を向けられた男は思わず口をつぐむ。
「追い払え、ですか……?」
中でも一番前に出ていた男に視線を合わせた。
「彼女があなたたちに何かしましたか?」
「いや……でも、そこの少女をつかまえてて!」
「彼女はなんて?」
男は少女をちらりと確認すると、小さな声で答えた。
「……たすけ、られた……と」
ルカは男を一瞥すると、周囲に呼びかけるよう声を上げた。
「いいですか、皆さん。よく見てください、あの麗しい魔物を」
セラを指さす。
「彼女、セラさんは両翼を上げて、抵抗の意思がないことを最大限示しています! そんな可憐な彼女を! 寄ってたかって石でも投げようっていうんですか!?」
ルカの訴えに周囲は静まり返る。
とはいえ、彼らがセラの存在に過敏になるのも無理はない。なにせ彼らにとって魔物は恐怖そのものだ。
かつてかの勇者が魔物を山の向こうへ追いやったのは、人間を襲うから。いつも噂で聞く魔物は人間を襲っているから。魔物とは、そういうものだから。
特にレグリア城壁内で暮らす彼らはまず魔物を目にすることはない。あったとしても、勇者や兵士が捕らえてきたような“管理”された魔物だけだ。
野放しの魔物を見て怯えない民はまずいないだろう。
ルカはそのままゆっくりと辺りを見渡し、一息ついた。
「……安心してください! 彼女は僕の連れです、人生のね!!」
片足を上げ、片手で顔面にピタリとピースサインをくっつけてビシッとポーズを決めるルカ。
それに対する周りの反応は、極めて冷たいものだった。冷ややかな風すら吹いた気がする。
そんななんとも言えない沈黙が続く中。一人、また一人と歩き始め、気がつけば王都の大通りはいつもの日常を取り戻していた。
「ふう、皆さんわかってくれたみたいでよかったです」
「何も伝わってないと思うわよ?」
胸をなで下ろすルカとすかさずツッコミを入れるセラ。
「あ、あの……! いろいろとありがとうございますわ!」
少女は二人に深々と頭を下げた。
「いえいえ、無事ならよかったです。僕はルカ、あなたは?」
ルカは少女に手を差し出した。
「え、あ! 名前! ええと、偽名偽名……」
名前を聞かれた少女は突然あたふたとし始める。
「えー、あー……今はヒメ、ヒメとお呼びくださいな!」
「わかりました、ヒメさんですね! よろしくお願いします!」
「今偽名とか言ってなかった?」
セラの小言を無視して、恐る恐る差し出されたヒメの手をルカは握った。
「あっ」
ヒメは小さな声を漏らす。
「『あっ』……?」
「い、いえ……」
セラが聞き返すとヒメは表情を隠すようにフードをつまみ顔を隠した。そして誤魔化すようにセラに尋ねた。
「あ、あなたのお名前はなんでして?」
「……へ? アタシ?」
セラは一瞬ポカンとする。まさかニンゲンから自分の名前を尋ねられるとは思っても見なかった。──いや、まあ、そんな男もいるにはいたが。
「他に誰がいますのよ」
姫からの視線に少し照れるようにポリポリと頬をかきながらセラは答える。
「……セラよ」
「セラ様ですわね、よろしくお願いいたしますわ」
姫は外套の裾をつまみ上げ、片足を浮かせながら頭を下げた。その雰囲気からは上品さが伺い知れる。
思わずセラも軽く頭を下げた。
そんな折、「あ!」と何かを思い出したルカが声を出す。
「そういえば、さっきヒメさんがもふもふのお姉さん、レナさんたちに襲われてた理由が判明しましたよ!」
「なんでわかったのよ」
「聞いたら教えてくれました! それぞれの名前と目的を!」
「なんでわかったのよ!?」
自慢気にグーサインを作るルカ。
「そ、それは、どんなわけでしたの?」
「どうやらレナさんの大事なものを探していたみたいで……。ちなみにヒメさん、牙の首飾りなんてもの、持ってたりしませんか?」
「ええと、どうだったかしら……」
ヒメはおもむろに外套のボタンを外し、開きみせた。
そこには高価そうなアクセサリーがいくつも仕舞われていた。
「うわ、すごいですねこの数。どうしたんですかこれ?」
「へっ? いや、これはアレですわ、家出の際の資金というか……」
「家出?」
セラが引っかかる。
「ち、違いますわ!」
ヒメはとっさに片手で口を覆い、もう片方の手をブンブンと振る。
「違うみたいです」
「アンタさっきから信用しすぎじゃない?」
「こ、これはその、旅先で困ったとき用にといいますか……」
ヒメがあたふたと言い訳を並べていると、そこに一人の兵士がやってきた。
「お前らか! さっきここで騒ぎを起こしてた奴っていうのは!」
「げ……!」
駆けつけた兵士をみた途端、ヒメは短く言葉を吐き、目一杯フードを下げた。
兵士はルカたちを一通り見る。魔物と、勇者と、フードの少女。怪しいことこの上ない。
「おいあんた、勇者だろ? 魔物を連れてんのは……まあ、否定はしないが、管理だけはちゃんとしてくれよな」
「わかりました。セラさん! 僕から一歩たりとも離れないでください!!」
「どういう管理の仕方よ!」
「ええい、騒ぐな! また厄介なことになるだろ! ったく、こんな大変な時に……」
そして、兵士は二人の間でうつむいている少女に何かを感じ、じーっと顔を見つめる。
そして、言葉が捻出される。
「……姫?」
「お知り合いですか?」
「…………」
ルカがヒメの顔を覗くが、うつむいたままヒメは答えない。
「姫ですよね!? バレバレですよ! 何してるんですかこんなところで!」
「……わたくし、この方たちに助けてもらいましたの」
「……はぁ?」
兵士はルカとセラを交互に確認した。
鳥の魔物と、なんかピースしてる勇者。やはり怪しいことこの上ない。
「と、とにかく! 早く戻りましょう姫! 今大騒ぎなんですよ!? 今、迎えの者を──」
「迎えなどいりませんわ! 自分で帰れます!」
顔を上げ、ピシャリと言い放つヒメ。
「それと、お父さまにお伝えください。わたくしの命の恩人とともに帰宅しますわ、と」
「……はっ」
しぶしぶ、といった感じではあったが、兵士は頭を下げるとどこかへ走り出した。
それを確認したヒメはルカたちに顔を向ける。
「さあ、お二人とも。わたくしのおうちにご招待いたします。お礼をさせてくださいな」
「わーい、お礼だ! お礼大好きー」
「アンタって、ホンットそんな感じなのね」
先導するヒメ、ルンルンで歩くルカ、仕方なくついていくセラ。
かくして三人は大通りを歩き始めた。




