「うーん、もふもふスリスリぃ……」
「金髪美少女ともふもふ狼っ娘がイケナイこと始めようとしてますよ!!」
「バカ! 何をどう見たらそう見えんのよ! どう見たってマモノがニンゲンを襲ってるでしょ!」
レナたちと少女の間に走る緊迫感をぶち壊す声。
嬉しそうに駆け寄ってくる人間の男と、それを追いかける鳥の魔物。ルカとセラだった。
「なんだコイツら……! 何でニンゲンとマモノが仲良く歩いてやがる!」
突然の予期せぬ来訪者にレナは睨みを利かせる。
真っすぐレナと少女のもとに進んでくるルカをとめるべく、ラーは車椅子から身体を起こした。
「今は取り込み中よ! お引き取りをお願いするわ!」
身体を起こしたラーを見たルカは足を止めて観察する。地面まで垂れるロングドレスのシルエットは、脚があるにしては不自然なほど一本に細く伸びている。その裾からは、ヘビの尾のようなものがちらりと覗いていた。
「……! もしかして! あなたラミアですか!?」
気付くや否や今度はラーを目掛けて走り出すルカ。
「ちょっ、来ないで!」
ラーは手元にあった水筒をルカに投げつける。難なくルカが躱すと、地面に叩きつけられた水筒は蓋が外れ、中から液体のようなものがドロドロとこぼれだした。
「ちょっとアンタ! 今はそれどころじゃないでしょ!」
「ああ、そうでした!」
後方からのセラのツッコミに、ルカは目標をレナに戻す。
それまで恐怖の表情を浮かべていた少女だったが、駆け寄ってくるルカの首にかかったシルバーのリングをみて少し安堵する。
「勇者様……ですのね……!?」
「勇者、だと?」
呆気にとられていたレナはそのひと言で我に返る。
勇者、マモノを倒すことを生業とする、特に野蛮な連中。少女を押さえたまま勇者まで相手にするのは厄介だ。だが、こちらには人質がいる。
「それ以上近づくな!」
すぐそばまで近づいてきたルカを牽制するようにレナは声を荒げた。少女を掴んだ手を壁へ押しつけるように、さらに持ち上げる。少女は短く悲鳴を上げた。
「それ以上近づいたら、コイツの命はないと思え。命が惜しければ、ここで見たことを忘れてどっかに行くんだな」
ルカは足を止めた。
少女はジタバタともがきながらルカに声をかける。
「あなた、シルバーランクですのよね!? この方たちはとてもお強いのです! 早くゴールドランクの勇者様を呼んで……勇者様?」
少女はそこで言葉に詰まる。ルカは少女のことを全く見ていなかった。レナのことを耳の先からつま先まで、じっくりねめ回すように見つめている。
「……っ! なんだコイツは! どっか行けよ!」
嫌気が差したレナはルカを突き飛ばそうと思い切り片腕を突きだした。
半身になりひらりとかわしたルカは、素早くレナの手を掴み片膝をついてこう言った。
「もふもふのお姉さん、僕と幸せな家庭を築きましょう。結婚してください!」
ピシッ!
そんな空気が凍るような音が似合う。
皆一様に固まった。
「……は?」
「……なに?」
「……どういうことですの……?」
「……はぁ!?」
口々に困惑の声を上げる。
一際大きな声を出したのはセラだったろうか。
答えを待たずして、ルカは動き出した。
「うーん、もふもふスリスリぃ……」
ルカはあろうことかレナの手の甲に頬を擦り付けた。
これには流石のレナも声を上げる。
「うっわぁッ! コイツッ!」
レナはたまらず少女を掴んでいた手を離し、後ろへ飛び退いた。
「きゃあっ!」
支えを失った少女の身体が落下する。ルカはすかさず駆け寄ると、その背中と膝裏に腕を回して受け止めた。
「もう大丈夫ですからね! もうあんな羨まし……ゲフンゲフン、怖い思いはさせませんよ!」
そのまま数歩後ろへ跳び、レナたちから距離を取ったルカはセラの元まで下がった。
「ちょっとアンタ! アイツにも『結婚しよう』って、どういうことなの!?」
戻るが早いかセラがまくし立てる。
「そりゃあ、まあ……かわいかったので」
「答えになってない!」
そんなやり取りをしている間にも、レナは手の甲を何度も服へ擦りつけながら、じりじりとこちらへ近づいてくる。
「セラさん、この子をお願いします!」
「え!? は!?」
差し出された少女を、セラは反射的に受け取ってしまう。すぐさま地面へ下ろすとルカに文句をいう。
「だから! アタシはマモノで! この子はニンゲンで!」
「頼みましたよ〜!」
聞く耳を持たないルカはそのまま飛び出してしまう。
「ちょっ……!」
止めることも叶わず、セラは呆れた顔でその背中を見送った。
「来んじゃねぇよ、気色悪い!」
迫ってくるルカへ、レナが拳を振るう。
「うおっと!」
ルカは上体を反らしてそれを躱した。鼻先をかすめた拳が風を切る。
「危ないじゃないですか!」
「テメェが近づいてくるからだろうが!」
二発、三発と続けて拳が飛ぶ。
ルカは後ろへ下がりながら、そのすべてを紙一重で躱していく。
「もうなんなんですか! 嫌がる女の子に無理やり迫るのは紳士じゃないですよ!」
お前が言うか、そんなセラのツッコミが聞こえた気がする。
「そんなんじゃねぇわ! こっちはこっちの事情があるんだよ!」
レナの拳が再び空を切った。
「アタシらはまだ探し物の途中なんだ! 正体まで見られて、こんなところで騒ぎにされちゃたまらねぇ!」
「探し物?」
ルカの動きがわずかに鈍る。
「もしかして、あの子を襲ってたのもそれが理由ですか?」
「襲ってねぇ! 持ってるモンを確認しようとしただけだ!」
「いや、どう見ても襲ってたって、セラさんが言ってましたよ」
「うるせぇ!」
振り抜かれた拳を、ルカは首を傾けるようにして躱す。
「とにかく! 探し物なら僕も手伝いますから、一回落ち着いて話を──」
「勇者なんか信用できるか!」
レナはそこでルカとの間合いを大きく取った。 そして次の瞬間、方向を変える。
向かった先にいるのは、セラと少女だった。
「それはダメです」
ルカの声色が変わった。
レナの前へ回り込み、腰の剣を抜き放つ。
カキィン!
振り下ろされた拳を剣の腹で受け止める。金属同士を打ち合わせたような鋭い音が路地に響き渡った。
「……っ!」
その音に少女の身体がビクリと跳ねる。
セラはふと隣へ目を向けた。少女は両腕で自分の身体を抱くようにして、小刻みに震えている。
「…………」
セラはその姿をじっと見つめると、ふわりと両翼を広げた。そして少女の身体を優しく包み込む。
少女は驚いたように顔を上げ、セラを見つめた。
「……なによ」
「……いえ」
それ以上、少女は何も言わなかった。
再び鋭い音が響く。
「だから、落ち着いてくださいって!」
レナの拳を受け流しながら、ルカは後ろへ下がる。
「だったら剣を捨てろ!」
「捨てたら殴られるじゃないですか!」
「当たり前だろ!」
レナの拳がルカの顔面へ迫る。
ルカは頭を下げてそれを躱すと、横へ抜けた。
「レナ!」
ラーの声が飛ぶ。
「二人で話し合っていても埒が明かないわ」
車椅子から完全に身体を起こしたラーは自身のドレスをたくし上げた。隠されていた蛇体があらわになる。
次の瞬間、ラーの身体が地面を滑るように飛び出した。
「おおっ!」
ルカが思わず目を輝かせる。
「やっぱりラミアだったんですね! きれいです!」
「うるさいわね!」
ラーは勢いのまま身体を捻った。
白いドレスの裾が翻り、その中から飛び出す長い尾がルカの足元を薙ぐ。
「っと!」
跳び上がってそれを躱したルカへ、着地を狙ってレナが迫る。
「隙だらけだ!」
「危なっ!」
剣を横に構え、レナの拳を受ける。衝撃に押され、ルカの靴が石畳の上を滑った。
間髪入れず、今度はラーが迫る。
「忙しいですねぇ!」
ルカは身体を捻り、ラーの攻撃を躱す。
その視線は完全に二人へ向けられていた。
だから、誰も気づかなかった。
先ほど水筒からこぼれ落ちた青い液体。
それがいつの間にか路地の端を這い、ルカの背後まで回り込んでいたことに。
青い液体がむくりと盛り上がる。
頭が生まれ、腕が伸び、小さな少女の形を作っていく。
そしてルカの背後へ飛びかかった。
「もらったー!」
「うわっ!?」
ほとんど同時にルカが身体を捻る。
青い少女はルカの脇をすり抜け、そのまま地面へべちゃりと落ちた。
「あっぶな……!」
ルカは数歩離れて振り返る。
地面に広がった青い身体が再び盛り上がり、何事もなかったように少女の姿へ戻った。
「外したー!」
「あなた……さっきの水筒に入ってた子ですか!?」
「スイだぞー!」
なぜか得意げに名乗る。
「スイ! 今はそんなおしゃべりしている場合じゃないわ!」
ラーが声を荒らげる。
「そうだったー!」
「なんなんですか、この子……」
呆れるルカ。
だが、その一瞬だった。
「今だ!」
レナがルカの横を駆け抜ける。
「あっ!」
ルカが振り返る。
レナが向かう先には、少女を翼で包むセラがいる。
「セラさん!」
「えっ?」
声に反応して顔を上げる。
すでにレナは目前まで迫っていた。
「ちょっ……!」
考えるより先に身体が動いた。
セラは翼を大きく広げると、少女の身体を脚で抱え込む。
「えっ、きゃああああっ!?」
力いっぱい地面を蹴った。
レナの手が空を掴む。その頭上を、少女を抱えたセラが一気に飛び越えていった。
何度か大きく羽ばたき、近くの建物の屋根へ降り立つ。
「な、な、なんですのぉ!?」
「暴れないで! 落ちるわよ!」
セラは慌てる少女を押さえながら、下を覗き込んだ。
レナが忌々しそうにこちらを見上げている。
「おい、ハーピィ!」
「な、なによ!」
「お前はマモノだろ! どっちの味方なんだ!」
「どっちって……」
セラは言葉に詰まった。
ニンゲンの味方。そう言うつもりはない。
かといって、目の前の少女を再びレナへ差し出すつもりもなかった。
「アタシは……ただの監視役よ!」
「ケッ、お高く止まりやがって」
レナは鼻を鳴らす。
「よそ見していていいのかしら?」
ラーの声にルカが振り返る。
「おっと!」
間一髪、迫っていた尾を躱す。
その横からレナ。さらに死角からスイが飛び込んでくる。
「うわっ! ちょっ! 三人は流石に!」
レナの拳を剣で逸らし、ラーの攻撃を跳んで躱す。 そこへ伸びてきたスイの腕を身体を捻って避ける。
着地したところへ再びレナ。
ルカは剣の腹で拳を受けたものの、今度は大きく後ろへ押し込まれた。
「おいおい」
レナが口元を歪める。
「勇者の本気ってのは、こんなもんなのか?」
「ええ、本気ですよ!」
ルカは即答した。
「どうすればあなたに惚れてもらえるのか、さっきから本気で模索中です!」
「そっちかよ!」
思わずレナの動きが止まる。
「今のところ殴られてばっかりなので、あまり順調とは言えませんねぇ」
「当たり前だ!」
再びレナが殴りかかる。
「とはいえ──」
ルカはそれを躱しながら、ちらりとラーを見る。
「三人相手は流石にキツいですね」
「……何?」
「もふもふのお姉さんは力も速さもある。スイさんはどこから来るか分からないし、攻撃しても効くのかすら怪しい」
「おー!」
褒められたと思ったのかスイが嬉しそうに声を上げる。
「となると……」
ルカの視線がラーへ向いた。
「まずは一番戦い慣れてなさそうな人からですかね」
「……私?」
「はい!」
「本人に言うか普通!?」
レナが叫ぶ。
次の瞬間、ルカが動いた。
それまで三人の攻撃を受け続けていた動きとは明らかに違う。一気にラーとの距離を詰める。
「……っ!」
ラーは反射的に後ろへ下がった。
ルカがさらに踏み込む。
ラーは尾を振るうが、その動きを読んでいたかのようにルカは横へ抜ける。
「ラー!」
レナが追う。
だが一歩遅い。
ルカがラーへ迫る。
「スイ!」
「おう!」
青い身体が地面を蹴った。
スイはラーへ飛びつくと、その身体を液体のように崩す。青い身体が白いドレスの上を這い、ラーの胴、肩、腕へと広がっていった。
「おお……!」
ルカが目を丸くする。
瞬く間にラーの身体を青い膜が覆う。まるで鎧のようだった。
「そんなこともできるんですか!」
「へっ! お前の攻撃はスイが全部無効化するのさ!」
得意げにレナが言う。
「アタシらも伊達にこんなとこまでやってきてねぇんだよ!」
「なるほど。厄介ですねぇ。標的を絞れなくなりました」
ラーの身体を覆うスイを見て、ルカは困ったように頭を掻いた。
「頼もしいわ、スイ」
青い鎧の隙間からラーがルカを睨む。
「もらった!」
背後からレナの声。
「おっと!」
振り返るより先にルカは横へ跳んだ。直後、先ほどまで頭があった場所をレナの拳が通過する。
「考えてる暇なんか与えねぇぞ!」
踏み込んだレナが続けざまに拳を振るう。一撃、二撃。ルカは剣で受け流すが、その横からラーが迫った。
「こっちも忘れないでちょうだい!」
白いドレスが翻る。ルカの足元を狙って長い尾が薙ぎ払われた。
「忘れてませんよ!」
跳んで躱す。
「こっちもだぞー!」
ラーを覆っていたスイの一部がぐんと伸びた。
「それはズルくないですか!?」
空中では避けきれない。 ルカは剣の腹で青い腕を受けた。
ぐにゃり。
刃がスイの身体へ沈み込む。そのまま押し返され、着地したルカの身体が大きく後ろへよろめいた。
「うーん……斬っても手応えがないですね」
「余裕ぶってられんのも今のうちだ!」
着地を狙ってレナが飛び込んでくる。
ルカはその拳を受け、後ろへ下がった。
一歩。
ラーの尾を避け、また一歩。
伸びてきたスイの腕を剣で払い、さらに一歩。
三人の攻撃は途切れない。
「おいおい、どうした?」
レナの拳が剣の腹へ叩きつけられる。
「ぐっ……!」
今度は受け流しきれない。ルカの身体が大きく後ろへ押し込まれた。
「ははは、どうした! さっきまでの威勢は!」
「いやぁ、連携の取れた三人相手はやっぱり大変ですね!」
「今さら気づいたか!」
「最初から気づいてますよ!」
そう答えながらも、ルカは下がり続ける。
一歩。
また一歩。
やがて、その背後に建物の壁が迫った。
「もう逃げ場はないわよ」
ラーが距離を詰める。
その身体には未だスイが張り付き、青い鎧となって全身を守っている。
「今度こそ捕まえるぞー!」
「いい加減、大人しくしやがれ!」
正面にはレナ。 そのすぐ後ろにはラー。
ルカはちらりと背後を見る。
壁。
「…………」
「終わりだ!」
レナが地面を蹴った。
その瞬間。
ルカは膝の力を抜き素早く後退した。
「なっ!?」
レナより一呼吸速く動き出したルカは、その勢いを殺さぬまま地面を蹴り、後ろ向きに壁へ跳んだ。
先ほどまでルカがいた場所にレナの拳が届くが、またもや空を切る。
ルカは両膝を曲げて壁に着地。
ほんの一瞬。
まるでそこが地面であるかのように、ルカの身体が壁に沈み込んだ。
そして──蹴る。
「なにっ!?」
壁を蹴った反動で、ルカの身体がレナの頭上へ飛び出した。
勢いのまま空中で身体を反転させる。
「レナ!」
ラーが声を上げる。
だが、ルカが見ているのはレナではなかった。
「え?」
その視線がラーと交わる。
「スイ!」
「まかせろー!」
ラーの頭部を覆う青い身体が瞬時に厚みを増した。
その直後。
「──よいしょっ!」
ルカの踵が、スイの上からラーの頭へ叩き込まれた。
「ぐにゃっ!?」
「っ……!」
青い身体が大きく潰れる。
衝撃を受け止めたスイの身体が波打ち、それでも吸収しきれなかった力がラーまで突き抜けた。
ラーの身体から力が抜ける。
「ラー!」
崩れ落ちるその身体を、レナが駆け寄って受け止めた。
「おい! ラー!」
「うぅ……」
返ってきたのは小さな呻き声だけだった。
ルカは地面へ着地すると、剣を下ろす。
「大丈夫ですよ。スイさんが守ってくれるのは分かってましたから、ちゃんと加減は──」
レナはルカの言葉を最後まで聞かなかった。
「スイ! 戻れ!」
「お、おう!」
レナはラーの身体を抱え上げる。近くに残されていた車椅子へ乗せると、取っ手を掴んだ。
「逃げるぞ!」
「待ってください!」
レナは答えない。車椅子を押し、路地の奥へ一気に走り出した。
「あっ! ちょっと! まだ探し物の話も途中ですし!」
ルカもその後を追う。
「それに結婚の返事もまだ聞いてませんよー!」
「そっちが本命だろアンタは!」
屋根の上から声が飛んでくる。
ルカは構わず走り去っていった。
「もう……!」
セラは呆れながら、その背中を目で追う。
「…………」
隣では少女もまた、遠ざかっていくルカを見つめていた。
「……あの方、本当にシルバーランクなんですの?」
「知らないわよ!」
セラはそう吐き捨てると、少女を抱え直した。
「ほら、行くわよ!」
「えっ」
「アイツを追うの!」
「ちょ、ちょっとお待ちになって──」
少女の抗議を最後まで聞かず、セラは屋根を蹴った。




