「なぜって、そりゃあお嫁さんと一緒に歩くのは普通のことでは……?」」
翌日、移動を再開したルカとセラの二人は太陽が高く昇り始めた頃に目的地の近くまでやってきていた。
それまで周りに何もなかった街道にも、畑や民家などがぽつりぽつりと現れ、次第に人の気配が増していく。進むにつれて街道沿いには民家が増え、やがて旅人向けの宿や商店、馬を預かるための厩まで姿を見せ始めた。
「……ここが王都ってとこなの?」
セラはすれ違うすべてのニンゲンにおびえながら、森にいた頃よりルカとの距離をなるべく詰めて付いてきている。不安そうにそう尋ねた。
「まあ、そうっちゃそうですけど……目指してる場所はあの先に見える壁の向こうですよ」
ルカが歩く先を指さす。真っすぐ伸びる街道の向こうには薄っすらと石造りの壁が生えていた。拒絶するかのようなその存在にセラはさらに縮こまる。
「えーと……あの中に入るわけ……?」
「はい! もう目前ですね!」
「ひえぇ……」
対照的にルカは明るく答える。増えてくる周囲からの目線を気にしつつ、ズンズンと進んでいくルカに遅れまいと、セラは必死についていく。
王都、レグリア。ホプキンス山脈で分断された南側、人間領の大部分を治めるアルヴェリア王国の首都にして最大の都市である。中央よりやや北側に位置し、主要都市間の物流の要ともなっている。城を中心に城壁に守られ、その活気を示すかのように城壁外にも街は発展していた。
そんなレグリアの門の前、そのまま城壁内へと進もうとするルカをセラが呼び止めた。
「ちょ、ちょっと!」
「どうしました?」
「ア、アタシもあそこ通らなきゃいけないわけ……?」
震える翼で門を指すセラ。城壁をくり抜くように作られた門の脇には武器を構えた兵士が行き交う人々を見張っている。
「他にどこ通るんですか?」
不思議そうにルカは問い返した。
「いやいや! いやいやいやいや! アタシはマモノで、ここにはニンゲンが集まってて! そんなとこに堂々とアタシが入っていっていいと思ってるの!?」
「……? 何か問題でも?」
「大アリよ!」
「うーん、別に大丈夫だと思いますけど……。なんかあったら僕がなんとかしますし」
心配するセラをよそにルカは何食わぬ顔で答える。何が問題か分からない、といった様子だ。
可能な限り小さくなりながらキョロキョロと辺りを見渡すセラを見て、ルカが声を上げる。
「あ! あれですよ! 僕以外の人に見惚れちゃうとかそういうのは無しですよ!」
「まずアンタに見惚れてないっつーの」
やはりアレだ、コイツはダメだ。セラはここ一日二日での経験をもとにそんな答えを導き出した。
だが、こんなヘンテコポンコツニンゲンでも、ついていかなければ無数のニンゲンたちに囲まれひとりぼっちになってしまう。それだけは避けなければとセラはしぶしぶルカとともに門へと向かった。
「おい、そこ! 止まれ!」
案の定、二人は門番に呼び止められた。
セラは心臓が飛び出そうになり、全身の毛を逆立てながらうつむき、翼の先をキュッと握り込む。
「貴様なぜ魔物なんか連れて歩いている」
至極当たり前の質問。それでもルカは額に「?」の文字でも浮かべたように怪訝な顔をする。
「なぜって、そりゃあお嫁さんと一緒に歩くのは普通のことでは……?」
「……???」
「???」
唖然とする門番と見つめ返すルカ。互いに「こいつ何言ってんだ?」と言わんばかりのにらめっこが続く。
先に沈黙を破ったのは門番だった。
「嫁って……ソレがか?」
セラを指差し『ソレ』呼ばわりされたことにルカは少しむっとした。なんなら口にも出した。
「むっ! ソレとは何ですか! 僻みなら他所でやってくださいよ」
しっしっ、と手の甲を向け、ひらひらと動かす。
未だかつて遭遇したことのないタイプの人間を前に面食らいながらも、門番は改めてルカの全身を確認し、首から下がる勇者の証を目にした。
「お前……勇者なのか……」
信じられない、という表情で門番はルカにぶら下がるシルバーのリングをまじまじと観察する。見まごうことなき勇者の印、本当に信じられないが、本当に勇者なのだ。
「…………」
しばらくの葛藤のあと、門番は重い口を開く。
「……勇者なのであれば、ソレはお前がしっかりと管理しろ。何か問題でも起こせばすぐに追い出す……入れ」
その言葉を聞いたルカは振り返ってにこやかに笑う。
「ほら、大丈夫だったでしょう?」
「どこがよ……!」
なおも門番から向けられる視線を背中に感じながら、セラはルカにぴったりとついて門をくぐった。
門の先、城壁のなかに入ったセラの眼前に広がるのは一面に敷かれた石畳、そしてその上を行き交う人、人、人。馬車もひっきりなしに通行し、道は奥へ見える城まで伸びていた。
相も変わらずルカはお構いなしに進んでいく。突き刺さる奇異の視線を感じながらセラは小走りでルカについていく。できる限り目立つまいとしていたが、その存在は否が応でも目を引いてしまう。
「ね、ねぇ。ホントにアタシはここにいていいの……? さっきから周りのニンゲンたちがすっごい見てくるんだけど……」
「セラさんがキレイだからじゃないですか?」
そうだった、こういうヤツだった。
「もし心配なら、手でもつなぎましょうか!」
ルカの提案に、いつもなら拒絶の言葉を浴びせるセラだったが、そんな余裕もないのかふるふると顔を横に振った。
「ていうか、こんなところに何をしに来たわけ?」
心なしか小声でセラは尋ねる。
「大きく分けて二つですね。山脈を越えるための情報収集と旅の資金稼ぎって感じです」
そう言うとルカは立ち止まって周囲を見渡した。
「うーん、僕としてもこれ以上セラさんの可愛さが世間にバレると困っちゃいますので……ここからは路地裏を中心に移動しましょうか」
セラはその提案にコクコクと頷いた。
◆◆◆
レグリアの城壁内、城から伸びる大通りの途中には広場があった。その中心には噴水が設置され、その周囲では休憩する者や待ち合わせをする者たちが思い思いに時間を過ごしていた。
そんな噴水のそばで車椅子を押している一人の女性がいた。肩まで伸びた灰色の髪は癖が強く所々外へはねており、表情からも勝ち気そうな性格がうかがえる。
くすんだ色のチュニックにショートパンツ、足元には編み上げのブーツと、身なりはいたって簡素なものだった。
「ラー、どうだ。めぼしいやつはいるか?」
ラー、と呼ばれた女性はつばの広い白い帽子を被り、足先まですっぽりと覆う白いロングドレスに身を包んで車椅子に腰掛けていた。その姿は、付き添いの女性を連れて外出する良家の令嬢のようだ。
「いいえ、見当たらないわ」
周囲の人間を注意深く観察するラーは短く答える。
「なー、まだ出ちゃダメかー?」
突然、声がする。
出どころを見れば、車椅子の脇に取り付けられた水筒──というか、大きな筒。その口から、ぷるん、と青い何かが顔だけを出す。
「ちょっとスイ! ダメよ! いいって言うまで声も顔も出しちゃダメ!」
ラーは声を潜めて叱りながら、急いでそれを押し込み蓋をする。その後すぐさま辺りを警戒した。
周りを行き交う人間に特に目立った動きがないことを確認すると、ラーは背後の、車椅子を押す女に声をかける。
「それで、レナ。これからどうするの」
「そうだな……。宝石店や露店はあらかた見て回ったが、見つかんなかった……」
「なら、もう誰かに買われたのかもしれないわね」
「……その可能性はある」
「本当にここまで流れてきたの?」
「間違いない。アレを持っていた商人がレグリアの店に卸したって言ってたろ」
それに、とレナは続けた。
「あんなにしてやったんだ、ウソをつけるとは思うねぇ」
レナは握り込んだ拳へ視線を落とした。
「だからこそ、持ってそうなニンゲンを見つけて確かめていくしかないだろ」
「そうなると厄介ね。こんなにニンゲンがいる中から探すなんて──」
ラーはそこで言葉をとめると、一点を見つめた。
「ラー、どうした?」
レナはラーの視線を追う。その先には、雑踏のなかを歩くフードを目深に被った少女がいた。
少女はしきりに立ち止まっては振り返って後方を確認している。
「なんか怪しいなアイツ」
つぶやくレナをよそに、ラーは目を細めて少女を見つめていた。
時間にして二、三秒。
ラーは口を開く。
「レナ、あの子何か隠してる」
「何?」
「服の下、小さいのがいくつもある」
レナが少女を見る。
確かに怪しい動きはしているが、確証を得られるものではない。少なくともレナの目にはそう見える。
「わかるのか?」
「温度が違う。レナ、追うべきよ」
レナはその言葉に頷くと車椅子の取っ手を持ち、フードの少女を追い始めた。
人混みに紛れながら、レナたちは一定の間隔を保ち尾行を続ける。
少女はしばらくうつむきながら通りを進んでいたかと思うと、突然振り返った。
慌ててレナも立ち止まる。
「ちょっと、乱暴ね」
「そうだぞー!」
急に止まったレナに文句を言うラーと、それに同調する水筒からの声。
「うるさいな、バレちまうだろ」
小声でたしなめるレナ。顔を上げるとすでに少女は歩き出していた。
「ちっ、行くぞ」
その後もそのようなやりとりが何度か続いた。
振り返る少女。
近くの店先の商品を見ているフリをするレナ。
またまた止まる少女。
靴紐を結ぶフリをするレナ。
…………。
程なくして少女は大通りを外れ、細い路地の中へ入っていった。
レナとラーは顔を見合わせる。周りの視線がなくなるのはレナたちにとっても都合がいい。レナたちは少女の後を追い、路地に入っていった。
路地を進む少女。その背後で、レナたちはじわじわと距離を詰めていく。
路地の少し開けたところで、前を行く少女が立ち止まった。そのまま振り返るとレナたちの姿を確認し、口を開いた。
「……先ほどからわたくしになにか御用ですの?」
「なんだ、気づいていたのか?」
「当然ですわ、バレバレでしたわよ」
腰に手を当てた少女は少し誇らしげに言う。
「なら話が早い。ちょっとお願いを聞いてもらおうか」
「なんですの? 帰れったってわたくしは──」
「持ってる装飾品、全部出して並べろ」
「……え?」
予想していた展開と違う、というような少女のリアクション。一歩後ずさる。
「な、何をおっしゃっていることやら……」
少女は先ほどとは打って変わって、露骨に動揺を見せる。
「わ、わたくしはきわめて平均的で一般的な市民ですのよ! そんな装飾品なんて……!」
「……平均的な市民はそんなに装飾品を服の下に隠さないと思うけど」
「な、なぜわかるんですの……!」
ラーの指摘に、つい言葉を漏らしてしまい、ハッと口を押さえる少女。これでは答えを言ったも同然だ。
「と、とにかく! わたくしはそのような高価な物など持っておりませんわ!」
「へぇ、高価なモン持ってるのか」
「…………」
墓穴を掘り重ねてしまった少女は押し黙る。
「まあ落ち着け。別にすべて盗ろうってんじゃあない。危害を加えるつもりもない。ただ、ちょっと確認させてほしいだけなんだ」
喋りながらレナは後ずさる少女に向かって一人歩き出す。
「だから、大人しく──」
そう言って少女の服に手をかけた。
──瞬間、少女はレナの手を掴み、捻りながら身体を潜り込ませる。気がつけば、レナの身体が宙を舞っていた。
「レナ!」
ラーが呼びかける。
油断していたとはいえ、少女に投げ飛ばされた。
仰向けに倒れたレナは少し笑う。
「……そっちがその気なら、話は別だよな?」
そう言って立ち上がると、レナは身体に力を入れる。
「な、何を……」
先ほどの動きで被っていたフードが外れ、金色の髪をあらわにした少女が何事かと身構えていると、変化は足から始まった。
先ほど靴紐を結んでいたブーツがギリギリと音を立てパツパツに膨らんでいく。かと思うと、ショートパンツから露出していた脚を、みるみるうちに灰色の体毛が覆い、細かった脚も一回り、二回りと太くなっていった。そしてお尻側からはもふもふの尻尾が顔を出す。
目線を上げれば腕も同様に毛が生えそろい、大きくなった手の指先には鋭い爪が伸びている。
鼻は獣のそれに変わり、口元とともに前にせり出し短めのマズルが形づくられた。顔全体も灰色の毛に覆われ、特に頬部分は柔らかそうな長い毛がふさふさと揺れている。クセのつよい灰髪の先には、ピンと張った狼耳が現れた。
「……ウェアウルフ……!? あなた、魔物だったのね……!」
少女は後ずさる。が、もう後ろはすぐ壁だ。
「ふん、大人しくしていればよかったものを……」
レナは少女に素早く近づき、いとも容易く彼女の両手を自身の片手で掴み上げた。
振り払おうとするが、レナはびくともしない。少女は力の差を思い知らされた。
「や、やめてくださいまし!」
「だから言っただろ、大人しくしてろって」
「このような状況で大人しくできるわけありませんわ!」
「すぐ済む。じっとしてろ」
「いやですわ! 離してくださいまし!」
少女の必死の抵抗を意に介さず、レナのゴツゴツとした手は少女の服へ迫り──
「うわ! セラさん見てくださいよアレ!」
突然男の声が響き渡った。




