「つまり、新婚旅行ってことですね!?」
「いやー、気持ちのいい朝ですねぇ〜」
ルカは寝っ転がったまま伸びをする。心地のよい感触に身体全体が包まれている。ハーピィの羽根で作られたベッド──というよりかは落ち葉のように集められた羽根の山──に身を埋もれさせ至福のひとときを過ごす。
「ようやく⋯⋯ようやくこれでスタートライン、ですね⋯⋯」
体を預け天井を見つめるルカは一人でそうつぶやいた。
◆◆◆
木々の隙間から日が漏れる。風に吹かれ木漏れ日は踊るように揺れる。天然のサーチライトは影を裂き、血濡れた草花を照らしては隠す。
乱れた呼吸音。尽きかける生命の生臭いニオイ。風に乗って消えていく。荒立った毛並みは血に染まり、体内にあるべきものが外に飛び出している。
弱かった。ただそれだけ。当然の帰結。自然の摂理。争いに負け、傷つき、動けずじっと終を待つ。じわじわと死が首を絞め、搾り取られる感覚。
すると漏れ出る命に誘われたように、一つの影がやってきた。
「ケガ、してるの⋯⋯?」
かろうじて眼球だけがかすかな反応を見せる。
「他の子との縄張り争いにでも負けたのかしら」
力なく横たわる魔獣を見つめる一人の少女。
目が、合う。光が失われつつあるその目は、まだ生きようとしていた。
少女は、引き寄せられるように魔獣に近づき、手をかざした。
◆◆◆
朝。早起きな太陽はもうこちらを見下ろしている。
ようやくベッドを抜け出したルカは改めて大きく伸びをする。
軽い身支度を済ませると名残惜しそうにベッドを見つめ、数枚の羽根を懐にしまい込んだ。
満足げな顔で外に出ると、深呼吸。爽やかな空気にマモノの独特な匂い。まさしく旅立ちにふさわしい一日の始まりだ。
ルカが小屋の周りをウロウロと散策していると、大きな羽音とともにクイーンハーピィが姿を表した。
「あ、お義母さん! おはようございます!」
「阿呆、誰がお義母さんじゃ。ルシエル、わらわの名じゃ。今後はそう呼べ」
「⋯⋯善処します」
ルカは言葉ではそういいながらも、あからさまに嫌そうな顔をしてみせた。
「善処する者の表情ではないの⋯⋯」
これにはルシエルも言葉を漏らす。気を取り直すように咳払いをすると話を続けた。
「改めて問おう、ルカよ。おぬしは本気で人魔共生を目指しているんじゃな?」
「本気も本気、マジのガチってやつですよ」
「そう、か」
一度そこで区切るとルシエルは見定めるようにルカを見つめる。
「おぬしの目指す人魔共生、とは一体どんな世界なんじゃ?」
「そうですね⋯⋯」
問われたルカは少しうつむき口元に手を置き考えをまとめる。
「⋯⋯人間も魔物もみんな仲良く争いなく、ってのがキレイで聞こえはいいんでしょうけど、それは現実的ではないと思っています。だっておんなじ人間同士ですら争うんですよ? ですので争いってのはなくならないと思いますし、別になくそうとも思ってはいません」
「ほう?」
「だって皆それぞれに考え方がありますし、その考え方がその人をその人たらしめているといいますか、皆一律同じ考えになる必要はないと僕は思います。だからこそ思想をもとに対立は大なり小なり起こり続けていくはずです」
ただ、とルカは一度区切る。
「それは人間も魔物も一緒だと思うんです。皆、それぞれの考えがある、でもそれと同時に誰かと同じ考えを持つものは人間だとか魔物だとか関係なくいるはずです。分かりあえるものとは分かりあえる、分かりあえないものとは分かりあえない、そこに種族の壁なんてないはずなんです」
昨晩も語られた人魔に対する考え。人間と魔物にそう大差はないと主張する人間の勇者をルシエルは黙って見つめる。
「もちろん、歴史の中からお互いに嫌なイメージがあるのは理解しています。人間だから、魔物だからといって互いに一切の理解を拒む今の世の中は⋯⋯間違っているかと言われたら断言はできません。ですが、僕は⋯⋯僕は嫌なんです」
そういい切るとルカはルシエルの目を見つめた。そこにはいつもの調子のいい笑みはない。ルシエルは何も返さずしばらくその顔を見つめていた。
幼いハーピィたちの邪気を知らない笑い声が遠くから聞こえる。ルシエルはその声のもとへ顔を向け少し微笑む。そしてルカに向き直ると口を開いた。
「ニンゲンにはいい思いはあまり抱いてはおらん。だが、わらわとて人魔の共生を望まんわけではない」
「⋯⋯と、いいますと?」
「どうも、魔族はオスが生まれにくいみたいでのう。わらわが知る限りこの村の歴史でも数えるほどしか生まれておらん」
遠くを見てルシエルは続ける。
「このまま新たにオスが生まれることなく村のオスが息絶えてしまえば、それは一族の終わりを意味する。一族の繁栄、繁殖には必ずオスがいる。⋯⋯わらわとしてもニンゲンのオスを安心して伴侶として迎えられる世になれば、それは嬉しいことなんじゃ」
「では、早速セラさんとの結婚式の準備を──」
いつもの調子でそれまでの空気を壊し、ルカは勢いよく踵を返した。女王が翼で軽く頭をはたく。
「たわけ。昨晩言ったであろう? まだおぬしを信用しきったわけではないと。それに──これはさっきも言ったか、わらわはニンゲンにいい思いを抱いてはおらんとな」
「それで魔王に認めてもらえ、ですか」
ルカははたかれた頭をさすさすと撫で、その手でニオイを確認する。満足げだ。気にせずルシエルは返答を続けた。
「うむ。おぬしが何を経験してそのような思いに至ったかはわらわの知るところではないが、この壁を乗り越えられるようなニンゲンであれば、わらわもおぬしのことを認めざるを得ないじゃろうな」
「それで、その魔王ってのはあの山の向こうに本当にいるんですかね?」
「うむ、それに関してだが、わらわも詳しいことはわからん。なにせわれらの一族は人魔の境界があの山脈で分断されるとき、魔の領地には行かずここの地に残った。正直なところ魔王の存在は先代から聞いた程度じゃ」
ルカは村の向こうにそびえる山々へ目を向けた。朝日に照らされたその雄大な山脈は近づくことを拒む壁のようだった。
「当面の目標はこのやたらでっかいお山を越えること、ですね。この山脈を越える方法って、なんかないんですかねぇ」
「それがわかっておれば苦労はせんわ。そもそもかの勇者が魔物たちをどうやって北側へ追いやったのかも分かっておらん」
「と、なると王都に戻って情報収集しかないですねぇ」
「そうじゃの。まあ、あまり期待せんで待っておるわ」
そこへバサバサと羽ばたく音が聞こえたかと思うと、セラがやって来た。
「女王さまー」
「おお、セラよ。来たか」
セラの立派な鉤爪によって、念のため預けさせられていたルカの装備が運ばれてきた。
それを下ろすが早いかルシエルを問い詰め始めた。
「ホントに、ホントのホントのホントにコイツについていかなきゃダメですか!?」
「セラよ、昨夜も説明したであろう」
「監視役っていうのは理解しました⋯⋯が、それでも──!」
たしなめるルシエルの向こう側にキリッとした顔で腕を伸ばしグーサインを作るルカの姿が見える。
「何でコイツなんですか! なんでこんなヤツなんですか!?」
「セラよ、頼んだぞ」
「そんなぁ⋯」
有無を言わさぬルシエルの態度にセラもついに観念したのか、力を抜いて後ずさった。
女王は振り返りルカに声をかける。
「さあ、行くのじゃ勇者ルカ。セラを娶りたくば壁を越えこの世を変えてくるがいい」
「はい!」
力強くルカは頷いた。
「さあ、セラさん。共に行きましょう!」
装備を整えたルカは右手を上げながら元気よく歩き出す。対してセラは深くため息をついてがっくりと肩を、これでもかというくらい落とし、しぶしぶ歩き出した。
人魔共生、記念すべき第一歩目である。
◆◆◆
高く伸びた木々が見下ろす獣道。草木をかき分け人間と魔物が少し距離を空け歩みを進めている。前を歩くルカは大きく手を振り進んでおり、その足取りは軽く気分の良さが存分に窺える。
対して後ろを歩くセラはと言うと、止まらぬため息、重い足取り、不安と不満で満ちた雰囲気だ。
「ねえ、アンタ」
「ルカです! なんでしょうか!」
声をかけられたルカは嬉しそうに振り返り、後ろ向きに歩く。
「名前呼ぶわけ無いでしょ⋯⋯」
満面の笑みで見つめてくる人間にげんなりしつつも、セラは気になっていたことを尋ねた。
「アンタさっき女王様と何話してたのよ」
「セラさんとの結婚式の日取りのお話をですね⋯⋯」
「しないって言ってるよね!? いい? アタシはアンタの監視役でついてきてるの! それ以上でもそれ以下でもないのよ!」
「つまり、新婚旅行ってことですね!?」
「なんでそうなるのよ⋯⋯」
セラは天を仰いだ。欲しかった答えは得られず、ただただ今後への不安が募るばかりだった。
何を言っても無駄なのだろう。そう理解したセラは心を無にし、じわじわとルカとの距離を広げながら後に続いた。
途中、「なんか心なしか離れていってませんか!?」とルカが文句を上げていたが、全て無視して歩いていった。
真下にいた影がやや伸び始めた頃、二人は森を抜けて平原を進み王都へつながる街道を目前にしていた。
王都へ続く街道とはいえ、北へ行けば行くほどホプキンス山脈へ近づき、魔物との遭遇も増える。そのためこの辺りまで来るのは、北方の都市と王都を行き来する商人くらいだ。人通りの少なさを示すように、街道もところどころ荒れている。
「ここまで来たら後少しです!」
「もう少し、ねぇ⋯⋯」
セラは今まで歩いてきた道を振り返る。すでに先ほどまで歩いてきた森は遠くに見える程進んできた。
広大な森がセラの今までの世界だった。他の魔物の集落との交流で森の外に出たりなどはあったが、人間への警戒もあり、これほどひらけた場所を歩くことはほとんどなかった。
セラは急に心細さを感じる。女王からの命とはいえ、こんなふざけた人間を監視させられ、その上今は人間の街へと向かっている。その事実がセラをますます落ち着かなくさせていた。
「行きもそうでしたけど帰りも日が暮れる前には着きそうですね」
「アンタこの距離を一日で歩いてきたわけ?」
「そりゃあ! お嫁さんが待っていると思うと休んでなんかいられませんでしたよ!」
「あっそ」
無駄な会話だったな、とセラは小さく後悔した。
街道を南下していると先に荷馬車が停まっているのが見えた。
「ニンゲン⋯⋯!」
恐怖の対象がすぐそこにいる。その事実だけで、セラの身体は無意識に強張った。
「大丈夫ですよ、僕がいますから」
(アンタも信用できないわよ⋯⋯!)
セラは思わず心のなかでツッコミを入れる。
ルカは何の心配もしていないらしい。ズンズンと進み荷馬車へ近づいていく。
正面を向いた荷馬車には馬の姿はあれど人は見当たらない。
「おや?」
見ると荷馬車は傾いている。
そのまま進み荷馬車の後方を見ると、そばには老夫婦が座り込んでいた。
「どうしたんですか?」
ルカが声をかけ老夫婦に駆け寄ると二人は顔を上げる。ルカの顔を見たあと、その後ろにいるハーピィの姿を認め、二人揃って硬直した。
「ま、魔物⋯⋯!」
「ん、ああ。彼女なら僕のお嫁さんです。大丈夫ですよ」
「誰が嫁よ!」
老夫婦は不思議そうにルカとセラを交互にみる。
そしてルカの首にかかったシルバーのリングを見つけると、安堵の息を漏らした。
「勇者様がそういうのであれば⋯⋯」
すべての警戒が解けたわけではない。それでも老夫婦は、ひとまずセラを受け入れた。
「いやー、やっぱり取れるもんは取っておくべきですねぇ」
彼らの視線の先にある勇者の証を触りながらルカはつぶやいた。
「それで、何か問題発生ですかね?」
「ああ、それなんじゃが⋯⋯。ぬかるみに車輪がはまってしまってな、押してみたのじゃがどうにも⋯⋯」
聞くやいなや荷物を降ろしたルカは早速荷馬車の後ろに回り込み力いっぱい押し込んだ。
「うぉおりゃあああああ!」
腰を落とし地面からの力を余すことなく腕に伝え──
「⋯⋯全く動いてないわよ?」
「ええ、びくともしませんでした!」
ルカはぐるりと荷馬車を一周して考える。
「おじいさん、いったん荷物を降ろしましょう! 軽くすればもしかしたら!」
「ああ、そうじゃな!」
ルカは老夫婦と協力し積まれていた木箱を一つずつ抱え、街道脇の草むらへと運んでいく。
セラはというと、少し離れたところからその様子を眺めている。
「セラさんも手伝ってくれたりなんかは──」
「アタシは監視役」
「ですよねぇ!」
ルカはめげることなく残りの荷物を降ろしていった。
やがて荷台が空になる。
「よし、これなら!」
再び荷馬車の後ろへ回り込み、両手をつく。老人もその隣に並んだ。老婆は御者台に座り馬に指示を出す。
「おじいさん、おばあさん、せーのでいきますよ!」
ルカの言葉に二人は頷いた。
「せーのっ!」
少しだけ動いた荷馬車は、再び元の位置へ沈み込んだ。
「…………」
「…………」
ルカと老人は揃って荷馬車を見つめた。
「ダメじゃな」
「ダメですね!」
「なんでそんな元気なのよ……」
それからもルカは諦めなかった。
車輪の前に石を置いてみたり、辺りから太い枝を拾ってきて泥の中へ差し込んでみたり。老人と二人で押しては失敗し、やり方を変えてはまた押した。
何度目かの挑戦を終えたルカが、泥だらけの手を膝について息を整える。
「はぁ……はぁ……。なかなか手強いですね……」
「もう諦めたら?」
「何言ってるんですか」
ルカは当たり前のように答えた。
「ここに置いていったら、この人たち困るじゃないですか」
「…………」
「よし! もう一回いきましょう!」
それだけ言って、ルカはまた荷馬車の後ろへ回った。
セラはその背中をじっと見つめる。
よく分からない。
自分を見つけるなり結婚を申し込んできた。女王様の前でもふざけてばかり。さっきだって人の話を聞かず、勝手に新婚旅行などと言っていた。
なのに。
「せーのっ……!」
「ぐぬぬぬぬぬ……!」
老人と並んで必死に荷馬車を押しているその姿を見ていると、どうにも調子が狂う。
「あーもう!」
セラは大きく息を吐いた。
「ちょっと場所あけて!」
「おや?」
荷馬車の横へ回ると、セラは翼を広げる。そのまま車体へ身体を押し当てた。
「セラさん!」
「勘違いしないでよ! こんなのいつまで見てても埒が明かないから手伝うだけ!」
「やっぱり僕のお嫁さんは優し──」
「やめるわよ?」
「すみません!」
老人が思わず笑いを漏らした。
「それじゃあ三人でいきますよ!」
ルカが再び荷馬車に手をかける。
「せーのっ!」
三人が一斉に力を込めた。
車輪が回る。
泥を巻き上げながら、今までとは違って目に見えて荷馬車が前へ進んだ。
「もう少しです!」
「分かってるわよ……!」
「ぐっ……!」
馬も前へ進もうと地面を蹴る。
沈み込んでいた車輪が、少しずつ、少しずつぬかるみを登っていく。
そして──。
「うぉおおおおおお!」
「んんんんっ……!」
大きく泥を跳ね上げ、車輪がぬかるみから抜け出した。
勢い余ったルカがその場に倒れ込む。
「やったぁ……!」
仰向けになったルカの顔には泥が跳ねている。
セラも荒く息を吐きながら翼についた泥を見た。
「最悪……」
「いやー、助かりましたセラさん!」
「アンタのためじゃないわよ!」
顔だけを向けて言い返す。
ふと辺りを見ると、いつの間にか空は赤く染まっていた。
森を抜けた頃にはまだ高いところにあった太陽が、今では地平線へ沈もうとしている。
「いやぁ、本当に助かったよ」
老人の声に二人が振り返る。
「勇者様、ありがとう。あんたが来てくれなかったら、今日はここで立ち往生じゃった」
「いえいえ!」
ルカは泥だらけのまま笑った。
そして老人の隣にいた老婆が、今度はセラへと顔を向ける。
セラの身体がわずかに強張った。
「お嬢さんも、ありがとうね」
「…………」
一瞬、誰に言ったのか分からなかった。
老婆は自分を見ている。
「……アタシ?」
「ええ。泥だらけにさせちゃって、ごめんなさいね」
「……別に」
セラは老婆から目を逸らした。
「早く終わらせたかっただけだから」
「それでも、ありがとう」
「…………」
どう返せばいいのか分からず、セラは黙り込んだ。
少なくとも、その声に先ほどまでの怯えはほとんど残っていなかった。
「ところで、お二人はどちらまで?」
降ろした荷物を積み直しながらルカが尋ねる。
「わしらはベルガントまで行くところじゃよ」
「ベルガント?」
「ああ。この先の街でな。ちょいと用事があって向かっとるんじゃ」
「へぇー」
ルカはそれ以上深く聞くこともなく、最後の木箱を荷台へ戻した。
「そうじゃ。よかったらこれを持っていってくれんか」
老婆が荷台から小さな包みを取り出した。
「大したものじゃないけどね。パンと干し肉が入ってるよ」
「いいんですか!?」
「もちろん。お礼にもならないけど」
「では遠慮なく!」
「遠慮しなさいよ……」
先ほどまで必死に荷馬車を押していた男とは思えない勢いで包みを受け取る。
その様子に老夫婦は笑った。
「それじゃあ、わしらは行くよ。日が暮れる前に少しでも進んでおきたいからな」
「お気をつけて!」
再び動き始めた荷馬車をルカが大きく手を振って見送る。
セラは何も言わず、その隣に立っていた。
遠ざかっていく荷馬車。
その後ろ姿が小さくなるまで見つめてから、セラは自分の翼へ目を落とした。
泥だらけだ。
「……最悪」
「でもいいことしたあとの泥って気持ちよくないですか?」
「全然」
「そうですか……」
ルカは少し残念そうだった。
あれほどまで大地を明るく照らしていた太陽はもう頭を少し覗かせるほどになっていた。
「これは今日中に王都まで行くのは厳しそうですねぇ」
「アンタが余計なことに首ツッコむからでしょ」
「困ってる人を見捨てて進むわけにもいかないでしょう?」
「…………」
「ということで、今日はここで休みましょう! ちょうど食料も手に入りましたし!」
ルカは老夫婦からもらった包みを掲げた。
「アンタ、最初からそれ狙ってたんじゃないでしょうね」
「まさか!」
本当だろうか。
疑わしげに見るセラをよそに、ルカは野宿に使えそうな場所を探し始めていた。
◆◆◆
ぱちぱちと薪の爆ぜる音がする。
暗くなった平原の一角を、小さな焚き火だけが照らしていた。
そのそばではルカが横になっている。
先ほどまで一人で何かを喋っていたはずなのに、今ではすっかり静かになり、規則正しい寝息だけが聞こえていた。
セラは焚き火を挟んだ向かい側で身体を休めながら、その顔をぼんやりと眺めていた。
変なニンゲン。
それは間違いない。
初めて会った自分にいきなり結婚を申し込んできた。
勝手に村までついてきた。
女王様の前でもふざけてばかり。
やっぱり変なニンゲンだ。
変なのだが──。
セラは今日の出来事を思い返す。
困っている二人を見つけるなり、迷うことなく荷馬車に手をかけた。
何度失敗しても諦めようとしなかった。
なにか見返りを求めての行動ではなかった。
『ここに置いていったら、この人たち困るじゃないですか』
「…………」
変だけど。
意外と筋が通っているというか。
しっかりしているというか。
「……いや、しっかりはしてないわね」
小さく呟く。
眠っているルカから返事はない。
セラは少しだけ口元を緩めた。
そしてもう一つ。
『お嬢さんも、ありがとうね』
老婆の言葉が蘇る。
ニンゲンから礼を言われた。
思い返してみれば、そんなことは初めてだった。
人間は恐ろしい。
近づいてはいけない。
見つからないようにしなければならない。
ずっとそう教えられてきた。
実際、あの二人も自分を見た瞬間に怯えていた。
自分だって、あの二人を見た瞬間に身体を強張らせた。
それなのに最後には、あの老婆は自分を見て笑っていた。
「…………」
セラは炎の向こうで眠る人間を見る。
今日だけで何かが分かったわけではない。
この男を信用したわけでもない。
ましてや、嫁になるつもりなど絶対にない。
ただ──。
「……変なニンゲン」
もう一度そう呟いて、セラは目を閉じた。




