「泥棒がよく言うやつじゃないですか!」
王都、レグリア。アルヴェリア王国最大の都市。街の中心は、過去に防衛の拠点となった歴史を感じさせる城壁で囲まれている。その活気は城壁内にとどまらない。城壁をさらに囲うように民家や商店などが立ち並び、巨大な都市を築いていた。
そんなレグリアの城壁内、城へ続く大通り。ルカとセラは少女に連れられ歩いていた。
「ね、ねぇ……」
前を歩くヒメに聞こえぬよう、セラは小声でルカに話しかけた。
「……あのでっかい建物、何なの?」
セラはこの道の行き着く先を指さした。
「あれはお城ですね、この国の王様が住んでます」
「ニンゲンの王様……」
セラは不安そうな表情で、前を進むヒメの背中に目をやった。
「……気のせいかしら、なんかこれ、そのお城に向かっていってない……?」
「……気のせいじゃないですか?」
「で、でもアノ子、ヒメとか名乗ってるし……お姫様だったりなんて……」
「まさか! 王族の人間が、しかもお姫様が一人であんな路地裏歩いてることなんてないですよ!」
「そ、そんなもんなの……?」
セラは納得できないでいた。先ほど名前を聞いた際の「偽名、偽名……」という呟き。兵士のヒメに対する敬意を持った対応。どう見ても怪しい。
もしこのまま城に行った場合を想像する。ニンゲンの街の、それも王が住む城に、魔物の自分。先ほどの民衆たちの反応からみるに魔物が歓迎される場所ではないことくらい容易に想像できる。
むしろこの街で一番入ってはいけない場所なのではないだろうか。
「ちょっと……お礼は諦めて他いかない? もし仮にお城に行くとしたら、ほら、アタシはマモノだし、さっきより大騒ぎになっちゃうかもだから……」
「嫌です! お礼受けます!」
「……なんか起きたらアンタのせいだからね」
セラは諦めた。
程なくして巨大な城門が一行の行く手を阻んだ。
紛うことなき、城の入り口。侵入者を許さない砦。
セラはその威圧感に軽く身震いする。
ヒメが何も気にせず敷居を跨ごうとすると、脇にいた兵士から制する声がかかった。
「そこ、止まれ」
兵士は魔物連れの一行を一瞥する。
威圧的なそのひと言にヒメは立ち止まると、おもむろにフードを外して門兵に顔を見せた。
ヒメの顔を見た門兵はたじろぐ。
「ひ、姫様!?」
「ただいま戻りましたわ」
「先ほどほかの兵からお戻りになられるとはお聞きしておりましたが、なぜここでもお顔を隠すのですか……!」
その光景にルカとセラは互いに顔を見合わせた。
「…………」
「…………」
「…………ルカ」
「はい」
「ヒメはヒメでも姫じゃない!」
「ヒメはヒメでも姫でしたねぇ、びっくりです」
「『びっくりです』じゃないわよ! アタシ言ったわよね!?」
「さっきも言いましたが、まさか路地裏にいる少女がお姫様だなんて夢にも思いませんよ!」
「いくらでも気がつくヒントあったでしょ! アタシでも勘づいたわよ!?」
ヒメは言い合う二人に向き合い、頭を下げた。
「ルカ様、セラ様。騙すような真似をして申し訳ありませんわ。実はわたくし、ヒメという名前ではありませんの」
「そんな……名前まで!?」
「アレで騙せていたと思われたくないけどね」
驚くルカと吐き捨てるセラ。
「改めて自己紹介させてくださいまし」
ヒメはコホンと咳払いを一つすると続けた。
「わたくしはアルヴェリア王国第一王女、エリン・セレスティア・アリア・フォン・アルヴェリアと申しますわ!」
「長い! 覚えられません!!」
「失礼ですわね!?」
ヒメ、もといエリンは思わずツッコミをいれた後、ちらりと門兵の顔を見て、もう一つ咳払いをした。
「コホン。で、ではエリンとお呼びになってください」
「わかりましたエリンさん! よろしくお願いします!」
「そういう対応は早いのね」
城門の前でそんなやりとりが繰り広げられた。
門兵は家出から帰還した王女と、その後ろにいる見知らぬ勇者、そして桃色の翼を持つハーピィを交互に見比べていた。
「姫様、そちらの方々は……?」
門兵は口を手で覆い、二人から目を離さずに姫に小声で尋ねた。
「聞いておりませんの? わたくしの命の恩人たちですわ」
「恩人とともにお帰りになられる、とはお聞きしておりましたが……そちらの魔物も、ですか?」
「セラ様、ですわ」
「……は?」
思わず門兵はエリンに目をやる。
「あの方にはセラ、というお名前があります。それに、先ほど申し上げたでしょう? わたくしの命の恩人ですわ」
「し、しかし……恩人とはいえ魔物を城内に入れるなど……」
「お父さまはなんておっしゃってましたの?」
「……恩人をお通しせよ、と」
「ならば問題ありませんわね」
「…………」
門兵は何か言いたげな顔をしながらしぶしぶ門をあけ、三人を城内へ通した。
赤い絨毯が敷き詰められた長い廊下を進む。
高い天井。豪華な装飾。壁には肖像画や綺麗な絵画なんかが飾られている。
すれ違う兵士や使用人たちはセラを二度見する。
「ねぇエリン。その、アタシなんかが本当にお城に入っちゃっていいの……?」
居心地悪そうにそわそわするセラはエリンに声をかけた。
エリンは足を止め、セラに向き合う。
「わたくしはセラ様に救われましたわ。そしてそのことに対してお礼をさせていただきたいのです。そこに人も魔物も関係ありませんわ」
そう言い切ると、エリンは再び歩き出す。
「…………」
セラはその背中を何も言わず見つめていた。
やがて三人は巨大な扉の前にたどり着いた。両端に佇む兵士にエリンが頷いてみせると、ギギギッと音を立てて扉が開かれた。
扉の先には、先ほどまで歩いていた廊下とは比べ物にならないほど広い空間が広がっていた。
天井は高く、左右には等間隔に太い柱が並ぶ。その間には鎧に身を包んだ兵士たちが微動だにせず立っている。
入り口から真っ直ぐ伸びる赤い絨毯。その先、数段高くなった場所に置かれた玉座に、一人の男が腰掛けていた。
アルヴェリア王国国王、クラウス。
三人が足を踏み入れると、クラウスの視線がまずエリンへ向けられた。
次に、その後ろを歩くルカへ。
そして最後に、桃色の翼を持つセラへ。
「…………」
その視線がセラで止まった。
「ただいま戻りましたわ、お父さま」
何事もなかったかのようにエリンが告げる。
クラウスはしばらく娘の顔を見つめた後、静かに口を開いた。
「……エリン、説明しなさい」
「何をですの?」
「すべてだ」
クラウスは深いため息をついた。
家出した娘が戻ってくる。そこまでは聞いていた。
命の恩人を連れてくる。それも聞いていた。
しかし、その命の恩人の一人が魔物であることまでは聞いていない。
エリンはこれまでの経緯を説明した。
路地裏で魔物に襲われたこと。そこへ二人が駆けつけたこと。ハーピィ──セラが自分を抱えて守り、ルカが襲撃者たちを追い払ったこと。
話を聞き終えるまで、クラウスは一度も口を挟まなかった。
「……なるほど」
やがて玉座から立ち上がる。
その視線が、ルカへ。そしてセラへと向けられた。
「ルカ殿。そして、セラ殿」
「はい!」
「……な、何?」
思わず身構えたセラに、クラウスは静かに頭を下げた。
「娘を救ってくれたこと、父として礼を言う」
「お、お父さま!?」
エリンが驚く。
「何を驚いている。命を救われたのだろう」
「そ、それはそうですけれど……」
「ならば礼をするのが道理だ」
顔を上げたクラウスは再び玉座へ腰を下ろした。
「それでだ。相応の褒美を与えたいと思う」
「褒美!」
ルカの目が輝く。
「急に元気になったわね」
「何を言ってるんですかセラさん! 国王様からの褒美ですよ!?」
「節操ってもんがあるでしょ!」
「それとこれとは別です!」
「別にすんな!」
謁見の間に響き渡る声。
クラウスは眉間を押さえた。
「……エリン」
「なんですの?」
「本当にこの者に救われたのか?」
「間違いありませんわ」
「そうか……」
王の顔にほんの少しだけ疲労が浮かんだ。
しかし約束は約束。
「まあよい。望むものがあれば可能な範囲で用意しよう」
「本当ですか!?」
「ああ。何か望みはあるか?」
褒美。金、武器、防具、旅に役立つ道具。ルカは考えを巡らせる。
王からの褒美なのだ。何を望んでも、そうそう手に入らないものが貰えるだろう。
少し考えた後、ルカは口を開いた。
「僕の勇者ランクを今のシルバーからゴールドに昇格させてもらうことはできますか?」
ルカにしては堅実なお願いだった。今後の旅を考えたとき、ゴールドランクの権利である宿や道具屋などでの割引は大きな助けとなる。
「……ゴールドへの昇格については、余から命じることはできん」
「王様なのにですか?」
ルカは意外そうに目を丸くした。
クラウスはその反応を予想していたのか、わずかに頷く。
「勇者制度を管理しているのは魔物対策協会だ。王家とは別の組織である以上、余が直接その資格を与えることはできん」
「じゃあどうすればゴールドになれるんです?」
王は少し迷ってから、「本来、勇者には明かされていないことだが」と前置きして、説明を始めた。
「ゴールド昇格への条件。表向きには、『活動実績を総合的に見る』とされているが、もう一つ表向きにされていない条件がある」
「表向きにされてない条件?」
「ああ。協会が定める一定以上の危険度を持つ案件を、自らの力で解決していることだ」
「それを達成すればゴールドになれるんですか?」
「いや、そういうわけではない」
「違うんですか!?」
勢いよく顔を上げたルカに、クラウスは頷いた。
「一定以上の危険度を持つ案件の解決は、あくまで昇格に必要な条件の一つだ。それまでの活動実績や素行、能力などを含め、最終的には協会が総合的に判断する」
「つまり、その危険度の高い案件を解決した上で、今までの依頼なんかも含めて判断されるってことですね」
咀嚼するようにルカが呟いた。
「しかしなんでそんな条件を公表しないんですかね」
「これを公表してしまえば、昇格を望む勇者たちが危険度の低い依頼を一定以上受けなくなる恐れがある。ゆえに協会は具体的な条件を伏せているのだろう」
「……ややこしいわね、ニンゲンの勇者って」
黙って話を聞いていたセラが呆れたように呟く。
「僕も今初めて知ったんですよ!」
「アンタ勇者でしょ!?」
「シルバーですから!」
「それ関係あるの!?」
「知りません!」
「なんなのよ!」
再び騒がしくなる二人を前に、クラウスは小さく息を吐いた。
「……ともかくだ。余の権限で其方をゴールドへ昇格させることはできん」
「そうですか……」
ルカは目に見えて肩を落とした。
「その条件を満たすような依頼って、どこに行けば受けられるんです?」
「それが分かれば苦労はせん。そもそも、そのような案件が都合よく起こるものではないからな」
「じゃあ……」
「ああ。こればかりは巡り合わせだ」
「そんなぁ……」
ルカはがっくりとうなだれた。
これから魔王のもとを目指すにあたって、旅費は少しでも抑えたい。ゴールド勇者ともなれば各地で受けられる恩恵も増える。国王から褒美をもらえるというこの機会ならば、と考えたのだが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
「何を落ち込んでいる」
「え?」
「余は望む褒美を一つ与えると言ったのだ。叶えられぬものを望んだのなら、別のものを選べばよい」
「いいんですか!?」
先ほどまで垂れ下がっていたルカの頭が勢いよく上がる。
「むしろなぜ駄目だと思った」
「国王様っていい人ですね!」
「褒美一つで判断するな」
「ルカ、アンタさっきから王様に対して失礼すぎない?」
「褒めたんですよ!?」
「そういう問題じゃないわよ!」
クラウスの眉間にまた一本、皺が刻まれた。
「……金品、武具、旅に必要なもの。余に用意できる範囲であれば構わん。何か欲しいものはあるか?」
「うーん……」
ルカは腕を組んだ。
金。
それもいい。
強い武器。
それも旅には役立つだろう。
しかし、いざ何でもいいと言われると、なかなか一つには決められない。
「何か見て決めたりってできます?」
「見て?」
「はい! 例えば王様が持ってるお宝とか!」
「アンタ本当に遠慮ないわね!?」
「だって好きなものを選んでいいって言われたじゃないですか!」
「限度ってものがあるでしょうが!」
「構わん」
「いいの!?」
セラが思わずクラウスへ振り返った。
「宝物庫には献上品や装飾品、過去に王家が収集した品なども保管されている。その中から一つ選ばせるくらいならば問題はない」
「ありがとうございます!」
ルカの顔が一気に明るくなる。
「では、誰かに案内を──」
そこまで言って、クラウスの視線がエリンへ向いた。
「…………」
「…………」
エリンが目を逸らした。
「エリン」
「な、なんですの?」
「お前が案内しなさい」
「わたくしがですの?」
「ああ。場所はよく知っているだろう」
「…………」
明らかにエリンの目が泳ぐ。
「どうした?」
「な、なんでもありませんわ!」
エリンの返事が妙に早い。
クラウスはしばらく娘の顔を見つめていた。
「……ちょうどよい」
「?」
「案内のついでに、お前が宝物庫から持ち出した品を元の場所へ戻してきなさい」
「ぎくっ」
「口で言うな」
「エリンさん、お宝盗んだんですか!?」
「盗んでませんわ!!」
ルカの発言にエリンが勢いよく振り返る。
「少々お借りしようとしただけです!」
「それを盗んだって言うんじゃないの?」
セラも参戦する。
「違います!」
「何が違うんです?」
「いずれ返すつもりでしたもの!」
「泥棒がよく言うやつじゃないですか!」
「違いますわ! まだ売っていませんもの!」
「売るつもりだったんじゃないですか!」
エリンの顔が真っ赤になる。
「お父さま! どうしてこの方たちの前で言いますの!?」
「どうしても何もあるか。家出の資金にするため宝物庫の品を勝手に持ち出そうとしたのはお前だろう」
「うっ……」
クラウスは深く息を吐いた。
「……その上着の中、やけに膨らんでいるな。余が確認しているだけでも、装飾品が三点、それから宝石のついた──」
「わー! わー! わかりました! 戻します! 全部戻しますからもう結構ですわ!」
「ならば最初からするな」
「はい……」
先ほどまで堂々と父親と話していた第一王女が、すっかり小さくなっている。
セラはその様子を見て、ぽつりと呟いた。
「……お姫様って、もっとこう……ちゃんとしてるもんだと思ってた」
「聞こえていますわよセラ様!?」
「……もうよい」
クラウスの疲れ切った声がエリンを制止する。
「エリン。二人を案内しなさい」
「……わかりましたわ」
「そして」
「…………」
「戻してこい」
「わかっていますわよ!」
◆◆◆
「まったく……お父さまったら。わざわざお二人の前で言わなくてもいいではありませんの」
謁見の間を出たエリンは、頬を膨らませながら廊下を歩いていた。
「いやぁ、でも安心しました」
「何がですの?」
「エリンさん、ちゃんと家出する気だったんですね!」
「どういう意味ですの!?」
「路地裏に一人でいたから、てっきり何も考えずに飛び出したのかと!」
「失礼ですわね! わたくしだって今後の生活くらい考えていましたわ!」
「王家の宝を売って?」
セラの小言がエリンに直撃する。
「…………」
「…………」
「……それは言わないでくださいまし」
「図星じゃない」
セラが呆れた声を漏らす。
「でも、なんで家出なんかしたのよ?」
「それは……」
エリンの足が一瞬だけ止まる。
「…………」
「?」
「……いろいろありますの」
それだけ言うと、再び歩き出した。
ルカとセラは顔を見合わせる。
今は深く聞かないほうがいい。
そんな空気を察したのか、ルカもそれ以上は尋ねなかった。
しばらく城内を歩き、何度か角を曲がる。
先ほどまでの豪華な廊下とは違い、徐々に人通りが少なくなっていった。
「こちらですわ」
やがてエリンが立ち止まる。
目の前には、分厚い金属で補強された大きな扉。
その両脇には二人の兵士が立っていた。
「姫様」
「お父さまの許可をいただいておりますわ。こちらのルカ様に褒美を一つ選んでいただきます」
「承知いたしました」
兵士の一人が扉へ向き直る。
幾重にもかけられた錠が、一つずつ外されていく。
ガチャリ。
重い音が静かな廊下に響く。
「おお……!」
ルカが期待に満ちた声を上げた。
「なんかすごそうですね!」
「目を輝かせすぎよ」
「宝物庫ですよセラさん!?」
「アンタ、変なもの選ぶんじゃないわよ」
「大丈夫です! 一番高そうなものを選びます!」
「最低ね!」
「冗談ですよ!」
「アンタの場合わかりづらいのよ!」
最後の錠が外された。
兵士が両手をかけ、ゆっくりと扉を開く。
その先には──。
宝石。
装飾品。
美しく飾られた武具。
見たこともない意匠の工芸品。
王国の長い歴史の中で集められてきた品々が、棚や台座の上に整然と並べられていた。
「うわぁ……!」
ルカが思わず声を漏らす。
「すごいですね……!」
「当然ですわ!」
なぜかエリンが胸を張る。
「この国の歴史そのものと言っても過言ではない品々ですもの!」
「その一部を売ろうとしてたの誰よ」
「…………」
「…………」
「さ、さあルカ様! お好きなものをお選びくださいまし!」
「誤魔化した」
「誤魔化しましたね」
「お選びくださいまし!!」
エリンに背中を押され、ルカは宝物庫の中へ足を踏み入れた。




