第54話 直談判
前回のあらすじ
ベルが失踪した
プロキオンの街を出てから三日後。
組織が拠点にしている古代都市の廃墟にたどり着いた。
都市の殆どが森に呑み込まれており、建物だった壁には苔が生え蔦が絡み付いている。足下にも鬱蒼と雑草が生い茂っている。
普通なら誰も近寄らない、だからこそ拠点に選ばれたこの廃墟を進んで行く。
四方八方から、気配が極限まで抑えられた視線と殺気が向けられてくるけど、ここでは日常茶飯事と言っても過言ではないほどに日常的な光景だった。
この古代都市は宗教都市だったらしく、森の侵食をそれほど受けていない街の中心部には神殿が建っていた。
その神殿の祭壇部分に地下へと通じる隠し扉があり、そこから地下へと降りていく。
地下も地上部分と同じくらいに広く、壁一面をヒカリゴケがびっしりと覆っているから暗さは感じなかった。
そんな地下の奥の方に、組織のリーダーが座っていた。
リーダーは茶色い髪をボブカットにし、髪色と同じ茶色い目をしている。
体格も声も中性的だけど、あまり記憶に残らない容姿をしている。
この、あまり記憶に残らない容姿と言う利点を活かして、リーダーは暗殺の依頼を一度も失敗すること無く次々と成功させてきた傑物だった。
私はリーダーの前まで行き、跪く。
後ろ手に短剣を忍ばせておく事も忘れない。
「何の用だ、ベルトーチカ? 里帰りの挨拶か?」
「ある意味では。今日はリーダーに、直談判しに参りました」
「そんなに難しい依頼だったか? ……ああ。暗殺対象に情が移ったのか」
「……っ! いえ、決してそのような事は!」
「取り繕わなくたっていい。直談判しに来る理由はそれぞれだが、大抵の場合はソレが理由だ。ベルトーチカは違うのか?」
「……いえ、違いません」
リーダーの言葉に、私は頷く他なかった。
でもその前に、一つ聞きたい事もあった。
「リーダー、一つ教えて下さい。モンテーロ伯爵とその夫を殺すよう依頼したのは、何処の誰何ですか?」
「それに答える義務も理由も無いが……特別だ。依頼主はアイギス子爵夫人だ。彼女にモンテーロ伯爵とその夫を殺すよう依頼された」
「何故ですか!?」
「一つと言った。それ以上の質問には答えられない」
「……はい、分かりました」
リーダーがそう言ったらどんな手段を用いても口を割らない事は知っている。
だから大人しく引き下がるしかなかった。
「それで……ああ、直談判しに来たんだったな? この任務から降りたいと言うのであれば別に構わないが……お前の妹の命の保障は無いぞ?」
「……っ!」
私は何度も組織を抜けたいと思っていた。
けれども、その度に同じく組織に所属しているたった一人の妹の命を引き合いに出されて、私は泣く泣く引き下がる事しか出来なかった。自分の命よりも、妹の命の方が重かったからだ。
そして今回も妹の命が引き合いに出されたけど……もう片方の天秤に乗っているモノが悪かった。
たった一人の妹の命と、私に色々なモノを与えてくれた主達の命。
天秤が完全に釣り合ってる中、どちらか一つを選ぶなんて出来なかった。
私が答えあぐねていると、リーダーが助け船を出す。
「もしくは、今この場でベルトーチカ自身が自害する事だ。武器は隠し持ってるんだろう? ならその武器で自分自身を殺せ」
「……もし自害したら、依頼はどうなるんですか?」
「他の者に引き継いでもらう。そうだな……ベルトーチカの妹が適任かもしれないな?」
リーダーはそう言って小さく微笑むけど、目は全然笑っていなかった。
その事に、本能的な恐怖を抱く。
それに、妹の手で主達を殺させるわけにはいかなかった。
そうなると、私に取れる選択肢は一つしかなかった。
「……すみませんでした、リーダー。直談判は取り下げます」
「ほう?」
「その代わり、モンテーロ伯爵とその夫の暗殺依頼は私が遂行します」
「そうか、期待している」
一切の感情も籠っていない声音で、リーダーは激励の言葉を送ってくる。
そして私は引き返して行った―――。
◇◇◇◇◇
ベルが失踪してから一週間。
皆ベルの行方を心配しつつも、普段通りの生活を送っていた。
俺とエンデも、その日はいつも通り一緒のベッドで眠りに就く。
そして夜更けあたりに、俺はヒトの気配を感じて目を覚ます。
すると目の前に、行方を眩ませていたベルが俺に馬乗りの状態で短剣を振りかぶっていた。
ベルはそのまま、俺の胸に短剣を深く突き刺し、胸に鋭い痛みが走る。
いくら『魔神』だからって、痛いモノは痛い。
そこで俺はようやく動き、ベルの腕を掴む。
ベルは俺が起きるとは思わなかったのか、動きが止まっていた。
その隙に短剣を抜き、ベルの細い身体を床に組み伏せる。
ドスンという音が響き、その音に反応してエンデが目を覚ます。
「ん……うん……クリスさん? どうかしたんですか?」
「ベルが戻ってきた」
「ベルが……えっ!? ……えっ?」
最初はベルが戻ってきた事に対する驚き、次が俺がベルを組み伏せている事に対する驚きだろう。
エンデに構わず、俺はベルに尋ねる。
「ベル。何故俺を殺そうとした?」
「……それが依頼だったからです」
「誰から?」
「……アイギス子爵夫人から、です」
即死、具体的には首ちょんぱで無い限り、『魔神』の能力で致命傷からでも回復出来ます。
あって良かった『魔神』の能力。
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