第41話 イレギュラー
前回のあらすじ
ギルを殺すのはまだ先
プロキオンの街に戻ってきて早々、後輪の片方が脱輪している馬車と出くわした。
幸いなことに、怪我人とかはいないようだった。
俺達の乗っている馬車もその馬車の傍で止まり、御者台のベルが問い掛けてくる。
「如何なさいますか?」
「助けましょう。このまま見過ごすことも出来ないですし」
「畏まりました」
ベルはそう返事をすると、御者台を降りる気配があった。
俺とエンデも馬車を降り、脱輪している馬車へと近付く。
「大丈夫ですか?」
「ええ、まあ」
エンデがそう声を掛けると、中から返事が返ってきた。
と言うか、この声はまさか……。
そう思っていると、中からメルシアとルナシアが降りてきた。
「メルシアさん。どうしてこの街に?」
「娘と一緒に小旅行に向かう途中だったんです。でも馬車が脱輪してしまって……」
「でしたら、馬車は我が家と関わりのある業者に頼んで直してもらいましょう。馬車が直るまでの間は、どうか我が家でごゆるりと休憩されては如何ですか?」
「いいんですか? ご迷惑になったりとかは?」
「問題ありません。……いいですよね、クリスさん?」
俺にとっては問題以外の何物でもないが、モンテーロ家の主が決めてしまったことに反論することも出来なかった。
「ああ。いいんじゃないか?」
「なので、どうかお気になさらず」
「では、お言葉に甘えさせていただきますね」
偶然とは言え、メルシアとルナシアを招き入れることとなった―――。
◇◇◇◇◇
その場でベルには御者に出向いてもらい、俺達は徒歩で屋敷へと向かっていた。
馬車も一旦あの場に放置し、一応見張りとしてメルシア達の馬車を引いていた御者に残ってもらっていた。
屋敷まで戻り、一旦応接室に二人を通す。
紅茶を振る舞いながら雑談に講じていると、ベルが戻ってきた。
「お帰りなさい、ベル。それでどうだったの? すぐに直せそうだった?」
「はい。その事でメルシア様にお話が……」
「いいわ、聞かせて」
メルシアがそう先を促すと、ベルは姿勢を正して続ける。
「では……メルシア様達が乗られていた馬車なのですが、もう片方の車輪にもガタが来ていたようで、後輪全部を新しい物に交換する必要があるらしいのです。ですがその修理に、最低でも一、二週間掛かってしまうとの話です。如何なさいますか? 代わりの馬車も用意出来るとの話もございますが……」
「そうね……あの馬車はとても気に入ってるから、直してもらおうかしら? そんなに急いではいないと業者の方に伝えておいてくれると助かるのだけど」
「畏まりました、伝えておきます。……では」
ベルはペコリと一礼すると、応接室を出て行った。
それを見計らい、今度はエンデが口を開く。
「では馬車の修理が終わるまでの間、我が家で過ごされては如何でしょうか?」
「そこまでお世話になる訳には……」
「大丈夫です、気にしないで下さい。困っているヒトは見過ごせませんから」
「……では、お言葉に甘えさせていただきますね。しばらくの間、お世話になります」
メルシアは一瞬だけ俺の方に目をやり、そう答える。
こうして、俺にとってもイレギュラーな、メルシアがいる生活を送らざるを得ない状況になってしまった―――。
◇◇◇◇◇
その日の夜。
俺は何とはなしにバルコニーで星空を眺めていると、後ろから声が掛けられた。
「変わらないのね。そうやって星空を眺める癖は」
「……メルシア殿ですか。お言葉ですが、貴女は私を誰かと勘違いなさっているのでは?」
「変な芝居は止めて。エドなんでしょう?」
「……夜会の時もそう質問されていましたよね? 何度でも申し上げますが、私はクリスです。エドと言う名では――」
「エドはあたしに隠し事をする時、左手で右手首を掴む癖があるのよ。知らなかったの?」
その言葉を聞き、目を見開く。
俺にそんな癖があったことは初耳だった。
「やっぱりね……自覚は無かったみたいね」
「……だとしても、たまたま癖が同じだったというだけでは?」
「それはどうかしら? 貴方、あたしとルナシアの事を意識的に避けてたでしょ? 会話は全てエンデさんに任せきりにして」
「それはエンデがこの家の主ですからね。私はエンデの伴侶というだけですよ」
「伴侶、ね……」
メルシアはそう呟くと、俺の傍まで近付いてくる。
俺はメルシアに気取られぬよう、細心の注意を払いながら『クライムシン』を取り出す。形態は『スロウベル』だ。
「エドは怒ってるでしょう? あたしがルナセールと結婚したことに」
「……独白なら耳を傾けましょう。私はエドなどという人物ではないので」
「そういうことにして……いや、今はその方が都合が良いわね」
メルシアは手すりに身体を預け、独白という形で告白する。
「あたしは別に、ルナセールと結婚する気は更々無かったわ。でも……エドが『イフの大迷宮』で死んでしまったと聞かされた時、あたしは哀しみに暮れたわ。何も考えられないくらいに。その時に傍に寄り添って、あたしを慰めてくれたのがルナセール。そしてその時に、あたしもどうかしてたと思うんだけど、その……エドを喪った哀しみを紛らわせるために、ルナセールと関係を持ってしまったの。たった一度の過ちだったけど、その時にルナシアを身籠ってしまったの。その事実を告げた時、ルナセールは「責任を取る」と言ってあたしと結婚してくれた。今でもルナセールには申し訳ない気持ちでいっぱいよ。彼の人生を縛ってしまったも同然だから」
メルシアの独白を聞きながら、それはどうだろうか? と心の中で首を傾げる。
ルナセールはメルシアを狙っていたから、メルシアと関係を持ち、あまつさえ自分の子供を孕ませた事を望外の幸運だとでも思っているに違いない。
だからメルシアが罪悪感を感じることは無いとは思うが……それでもメルシアの行動は褒められたモノではないし、出来ることなら今すぐこの場で殺してやりたいくらいには殺意は湧いている。
でも今じゃない。
今ここでメルシアを殺せば、俺に疑いの目が向けられる。それだけは避けたかった。
メルシアを殺すことだけはすでに決定事項ではあるが……。
それからもメルシアの独白を聞いていたが、どれも独りよがりの自己満足にしか聞こえなくて、後半は何を言っていたのか記憶がほとんど無かった―――。
愛憎は表裏一体。
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