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第28話 Mikiya VS サヤ(3)

※下ネタ注意

 「スキル発動ッ!」

 「手品魔法ぅー、すってぃーる!」


 《スキル:逃走犯発動》


 俺と鮭延が叫ぶのは、ほぼ同時だった。

 一般人だった鮭延をA級冒険者まで引き上げた謎のスキルが使われるとすれば、それは戦闘開始時に他ならない。だから、絶対回避のスキルを使うのなら……ここしかない。


 俺の体が、飛び跳ねた。


 跳躍。ジャンプなんて生易しいものじゃない。スキルによる肉体強化、及び尻尾によるアシストを併用したそれは、一瞬で鮭延の背後まで跳ぶほどの跳躍力を見せた。


 絶対回避のスキルが示した回答。

 それはつまり……奴の視界内にいる限り、そのスキルの影響からは逃げられないことを意味している。


 「クソが、反則すぎるだろッ!」

 「うえー、避けちゃうの? でも、そっりゃああ!」



 スキルをキャンセルして、攻撃を仕掛ける。

 空中でハンドガンを抜いて、発砲。この距離でこの体勢なら、外すことはありえなかった……だが、それで奴を殺すことはできなかった。なぜか。


 「うっはー、防弾ジョッキすげぇー!」

 「…………は?」



 思考が停止した。

 …………鮭延が、俺の戦闘服を着ていた。


 胸部に命中した銃弾が、ポロリと地に落ちる。

 空中で態勢を整えて、着地してから真横へ跳ねるようにして回避運動を取った。次の瞬間、俺がいた場所へと瞬間移動じみた速度で移動してきた鮭延が、細い長剣を振るった。そのまま着地していれば、完全に直撃コースの攻撃であった。


 「うぉおおお!? 生えろ生えろ生えろ生えろ生えろ、水魔法尻尾生成ッ!」



 両手で地面を叩いて勢いを殺さないように、腰から生えた尻尾を支点にして更に距離を取ったが、鮭延は追撃をしてこなかった。


 「これを初見で避けるとかみっきーすごすぎ。手品魔法からの短距離転移を初見で避けるとかありえないよねー、実際」


 鮭延は、剣を肩に担ぎながら、初撃を回避されたことに感心していた。戦闘中である。俺を舐めきったその行動に、先程までの言葉がどれだけ適当であったのかが伺える……なにが瞬殺だよ~だ。このクソアマは。


 戦闘服を奪われた俺は、下着一枚となっていた。

 厳密には、靴と、四肢に装着してある暗器とそれを固定している革製のベルトが残っているが…………。


 『すってぃーる』の技名から判断するに、やられたのは盗賊系統スキル持ちが覚えることのできる技『スティール』と似た何かだ。本来なら、接触時に対象の所持品をランダムに奪い取るという技である。先の考察と合わせれば、対象を視界内に捉えるだけで発動可能で、更に特定のアイテムを任意に奪えるスティールの上位互換的なチート技を、鮭延は使ってくるということがわかってくる。


 卑怯。この言葉が似合う技である。

 なぜなら、これを使われるだけで武具の全てが無効化されてしまうからだ。


 「みっきーのかぼちゃパンツは黒色かぁ。うーん、アバターでも似合ってるけど、やっぱみっきーのパンツ姿が見たいから、ねっ!」



 この世界の下着の形状は、ドロワーズに似ている。

 だからか、感覚的には短パンを履いているようで、これ一枚で恥ずかしいと思うことは無いが……クソ、サイズの合う服が他に無い。これで戦うしかないか。


 再度、突如背後に移動してきた鮭延が、俺へと長剣を振り下ろしてきた。

 それを感知した俺は、体を逸らして斬撃を回避して、伸びてきた腕を左手で掴み、空いた脇腹を全力で殴った。


 「か、はぁッ!?」



 肋骨を砕いて、肺を壊すようなパンチを叩き込んだ。戦闘服の越しでもノーダメージとはいかない。

 崩れるように膝をついた鮭延の後頭部に、銃弾を撃ち込んで終了。脳髄を撒き散らしたカスの死体のできあがり。



 「なんで!? なんでわかるの、転移先!? おかしいよ、みっきーの目どうなってんの!」

 「……ああ、これが『殺しても死なない』、か」



 少し離れた位置に、鮭延が立っていた。

 死体が霧散する。魔力の光と似た現象が見られたので、魔素で作られた何か、だと予想できる。ってことは、スキルだな、これは。


 あとは、鮭延の超スピードの正体は転移スキルであるということもわかった。

 なぜ、俺が鮭延の位置を知ることができるのか……それは、スキル:聴覚強化によるものである。


 「目、じゃない。耳が良いんだ」

 「へー! そりゃすごいねっ! でもさ、私って負けず嫌いなんだよねぇー!」



 奴の位置が更新される。

 とくん、とくん、とくん、とくん、とくん……心音を聞き分けて、鮭延の位置情報を観測。瞬時に魔法陣による視覚情報が脳内に送られてくるが、これに頼っては回避運動が間に合わない。さすがに、AGI値に差があり過ぎる。ここで俺が使用しているのが、触角強化による風読み。ようは、昆虫と同じことをして鮭延の動作を感知し、回避運動を取っているのだ。室内等の無風空間でのみ使用可能な、触角強化の利用方法の一つである。


 「また避けた!? なら……ラシュ君流、なんとか斬りッ!」



 高速で繰り出される剣撃を避けることは、困難だった。

 だから、刃を弾き返すに越したことはない。俺は、右腕から水魔法水刃(ソード)を伸ばして、長剣にぶつけた。水刃(ソード)は攻撃性能こそ優れてはいるものの、非常に脆く、一回の攻撃、又は防御で魔法の構成が軽度の衝撃と共に崩壊するという特性を持っている。だが、逆に考えれば防御した際にある程度の衝撃を与えることが可能だということで……鮭延が振るっている虹色の剣が大きく逸れて、その体に隙が生じた。


 「これで、二回目」

 「ひっ、ふぐぅッ!?」



 素早く短剣を抜き取って、鮭延の脇に突き刺した。超猛毒が合成された黒蟲の短剣である。数秒で顔色が変わり、大量の血を吐出しながら……死んだ。


 「うぅー! みっきーめが、痛いんだぞ! 死なないけど、ちゃんと痛いんだぞ!」

 「俺は寒いよ……服返して。あと、短剣」


 「嫌だね! てか、この短剣なに? 毒? じゃあ……これでッ!」



 懐に転移した鮭延がまるでヤクザのような構えを取り、盗んだ短剣で俺を突き刺そうと試みた。

 バックステップでそれを避けながら、腕を掴んで壊そうとしたところで……再び転移。今度は俺の真後ろ。


 「隙ありだねッ!」



 この転移スキルは、連続使用が可能なのか。ますます卑怯くさいな。

 件の手袋を装備して短剣を掴みながら、脚部から細い針のような暗器を抜き、腕に捻じ込んだ。


 「また止めたッ!?」

 「はい、三回目っと」


 奪い返した短剣を収納してから、麻痺毒で動きを鈍らせた鮭延に右手を翳す。魔力を込めると、幾重にも仕込まれた鉄製の爪が爆発するように噴出して、頭部を爆散させた。ショットガンみたいだな、これ。


 三体目の死体も、すぐに消滅してしまうだろうと高を括っていた俺は、果して油断していたのだろうか。

 カツンッ! と、聞き慣れたような、懐かしいような……嫌な音が聞こえた。


 「必殺ッー、flash bang!」



 不味い、スタングレネードだ。

 逃走犯のクールタイムが終了していないから、殺人鬼のスキルを使った。聴覚強化をOFFにして、魔法陣を止める。腕で耳を塞ぐようにして、全力で前方に飛び込んだ。


 キィーーーーーーン



 一瞬の爆音と、閃光。

 視力を失っていたのは幸いだったのかもしれない。だが、爆音が耳から離れず、方向感覚を完全に失った。最大限の集中力を要する五感強化での感知は不可能。だから、殺人鬼のオート操縦に身を任せた。


 「ぬわっ、なぜ怯まないし!」



 どのように戦っているのかはわからないが、激しい動作で動いているのは理解できた。

 約8秒後に、体の動きが止まった。くらくらする頭をなんとか覚醒させて、スキルをキャンセルする。


 魔法陣に魔力を送って状況を確認すると、鮭延が死んでいた。

 鋼鉄の短剣が、首を貫通している。返り血を浴びてべたべたになった右手を払いながら、此方を睨みながらぐぬぬと唸っている鮭延の姿を確認する。


 「みっきーが言ったんだよ。手榴弾あてれば15秒は動けないって! 他の人には効果あったのに!」

 「すまんな、口から出任せなんだ」



 それこそ嘘情報である。

 スタングレネードと呼ばれるそれは、爆発時の爆音と閃光により、付近の人間に一時的な失明、眩暈、難聴、耳鳴りなどの症状と、それらに伴うパニックや見当識失調を発生させて無力化することを狙って設計されている。例えば、アメリカ軍で採用されているM84の場合は約100万カンデラ以上の閃光と、1.5m以内に160-180デシベルの爆音を発するとされ……Wikiを見てくれ。今はそれどころじゃない。


 「ならー、次はこれ! INT特化の破壊力ぅー」

 「チッ、こんどは弓か」



 剣と同じような色合いの弓を構えた鮭延の手元に、魔力の光が溢れだす。

 矢を番えていない……魔法の弓か。だとすれば、避けるのは辛いか?


 手袋を外してドッペルガンを取り出した。

 形状変化を促して、アサルトライフルであるAk-47を両手で構えて、引き金を引いた。


 銃弾が届くまでのわずかな時間で、鮭延が転移を繰り返した。

 後方40m、右斜め前方70m、二度のフェイントを交えてからの、本命の頭上8mの位置から、魔法矢を放たれた。どうあがいても回避は間に合わないと判断したから、爆風を生みながら接近してきた攻撃魔法を、俺は防御することにした。


 『尻尾生成(しっぽ)、触手生成(しょくしゅ)、水刃(ソード)、水刃(ソード)、水弾(ウォーターショット)』



 魔法技術がある程度上達したいまの俺なら、腕部に填めた腕輪タイプの触媒のみで下級以下の水魔法を操ることができた。

 銃を収納。動物のように両手を地面につけて、尻尾をぐるぐると丸めるようにして盾代わりにする。更に、背から触手を生やして盾と地面を繋げる。尻尾の外側にソードの魔法を二重構造で展開して、その間を水弾で埋め尽した……この間、わずか1.1秒である。これほどの詠唱速度でも、クォーリアに言わせればまだ遅い、らしい。


 これが……現状で作れる、俺の防御魔法だ。

 ダークロードと二人で考えた、下級以下の魔法で作った中級規模の疑似結界魔法。魔法攻撃を防ぐには、魔法防御が最適だとダークロードは語っていた……これで無理なら、そこが俺の限界だということで諦めるしかない。


 ずんッと衝撃が俺を襲い、爆発が辺りを埋め尽くす。

 熱さで死にそうになったから、水魔法で全身を包み込むことにした。回復薬を何個か使用して、なんとか命を繋げる。HPが約400%程減少した辺りで、ようやく魔法の効果が途切れたかと思えば、次の魔法を唱えようとしていえる鮭延の姿が確認できた。


 これじゃジリ貧になる。回復薬はあと7瓶は残ってるけど……これだって無料(タダ)じゃない。ひとつひとつが、銀貨が何枚も飛ぶような代物だ。鮭延が消費した魔力量とじゃ釣り合いが取れないし、それを金を使って防いでいると考えると……ちょっとムカっとくる。


 俺が攻撃に怯んでいるようすに、鮭延は好機を得たようで……嬉しそうに、調子に乗った。


 「あれー、あれあれあれー! もしかしてもしかして、みっきーの弱点は魔法抵抗力の低さなのかなー! 馬鹿(火)力な魔法攻撃のまえじゃッ、キツネさんがダンゴムシなのかなぁー!」



 意味がわからない。

 うざったいけど、言い返せない。そもそも抵抗力ってなんだよ、人間は攻撃魔法全般に弱いよきっと。

 どうする……すぐにでも第二射がくるぞ。ほら、弓を構えてすぐに魔力が灯り始めた。ここから転移でのフェイントがきて、あの威力が襲いかかってくる。不味い、非常に不味い。逃げられない、最悪だ。平面移動じゃ絶対に逃げられない。かと言って飛び跳ねても、転移で位置を調節されてから魔法を撃たれてアウト。盾で防ごうにも、回復薬の残りが少ない……間違っても、霊薬なんて使う場面ではない、よな。もったいない。


 だとすれば……囮を撒いて、逃げたりとか。

 クソが、対潜戦じゃないんだぞ。そんなの、したこともない……尻尾は、全力で集中すれば20m×2~3はいけるか。魔法陣をカット、スキルは聴覚強化だけで、他の処理能力を水魔法に回せば……でも、新しい水魔法をこの場で考えることになる。猶予は2秒、構成式は……水刃の特性を残しながら、水弾を作るイメージ。


 「離れて撃てばー、だいじょうぶーっと。全属性(オール)を10せっといくぜー、やっほぉー!」



 煽りは無視して……よし、構成式ができた。

 難易度は下級と最下級の合成だから、下級相当。これなら、5個は作れる。限界まで頑張れば6個……いや、やっぱり5個。無理なことを必死にやるよりは、できることを全力にやるほうがいい。


 数十メートル離れた位置から、ランダムに放射され続ける攻撃魔法の豪雨。速い。とても速い。俺は身体を低くして、訓練場の壁際にむけて逃げるように走り始めた。


 「詠唱は……いい、か。頼むぞ、尻尾生成(しっぽ)と、水魔法囮球(デコイボール)」



 尾骶骨の辺りから二本、細くて長い、独特な形をした尻尾が急速に伸びる。その先端には水弾と水刃の魔法が繋がっていて、それが魔法の矢から俺を守るような軌道を取り始めた。攻撃魔法に誘爆性は無いから、一つ一つを迎撃しなければならない。適切に、丁寧に……。


 「そんなんじゃ防げないよ! エルフのお偉いさんから頂いた技術(もん)だからね、ほら、一緒に倒したじゃん。エルフ攫いの盗賊団をさぁッ!」



 ほざけよ。一緒には倒してないだろ、一緒には。

 それに、そんなんじゃ防げない……だと? 違うな、そんなことはない。ちゃんと考えて行動している。俺にとって長所だと誇れる物は、頭の回転速度……即ち、思考速度が他人より優れているという、コレだけしかない。たったこれだけ。けどそれは、尋常じゃない直感力を有しているおっぱい師匠からのお墨付きだから。俺自身、とにかく考えるようにと心掛けている。そんな俺が辿りついた最適解が無駄なんてことは……ない、はず。


 囮球と繋がっていた尻尾を引き抜いた。

 囮球の水弾が弾けて、内蔵されていた5個の水刃(カッター)が扇型を描いて飛びだす。全ての水刃と魔法矢が衝突して、大規模な魔法効果を生み出した。盾越しに俺のHPを400%も削った攻撃魔法ではあるが、その効果範囲外にいる俺には衝撃が届いていない。攻撃としては失敗。


 「ありゃりゃ、マジっすか……撃てば当たるんだけどなー、これ。追尾性能抜群だから。Bランクの魔物だってゴリ押せるんよ? なんでみっきーはD級なのさ」


 俺じゃゴリ押せないからだろ。

 稀に近距離攻撃を交えてくる鮭延を撃退しつつ、囮球での迎撃を只管繰り返して……計130発の攻撃魔法から逃れることができた。ただ、MPが枯渇してきた。魔素が圧縮してある錠剤をそれなりに持ってはいるが……これを使うのか。一粒数千円相当なんだけど……2~3日分の食費と同じくらい。俺とレアとラナの三人。そこにキツとミルの二匹を加えた分の朝昼夕+おやつ換算でな。……仕方ない、使うか。


 ダークロードお手製のMP回復薬を奥歯で噛み砕いた。草っぽい味がする。とてもじゃないが、美味しいとは言えない。でも、これで、別段意識せずとも自動的に魔素を補給してくれるようになった。魔臓に魔素が溜まることで、MP値は回復される。頭上にあるゲージが徐々に回復しているので、MPを気にせずとも魔法が使える筈だ。流石に殺人鬼のスキルを使うのは難しいが……消費量に回復量が追いつかないからな。あれはスタングレネードを使われたときのために温存しておくか。


 攻撃魔法の迎撃に成功した俺は、即座に反撃に移った。

 防戦になればいずれ負ける。攻めるべきだ。幸い、初手の不意打ちで俺を仕留め損ねた鮭延は、慎重になっている。そうでなければ、転移を利用して近距離からの魔法攻撃を仕掛けてくるはずだ。あの弓矢を至近距離で放たれた場合、回避することは困難を極める。あの転移術がある限り、自分の撃った魔法に巻き込まれるなんてヘマはしないはずだから。


 武器を装備するのは、一瞬だけに止めた。そうじゃないと奪われる危険があるから。

 身を低くして、一直線に走り抜けた。俺と鮭延との距離は約100m。射程距離が50mとして、50m近づくには最短距離で移動するのが手っ取りはやい。AGI値の上昇補正を受けている今、50mなんて距離は2~3秒で詰められる。


 しかし、奴もまた成長制度の補正を受けている身。

 俺の接近を感知した鮭延は、弓を仕舞い、次の武器を手に取った。


 「魔法だけじゃないんだよ! 軽戦士の派生職、軽業師なんだからねッ!」



 透き通るよう緑色の刺突剣を二刀。それぞれを下向きに構えた鮭延が、吠えるように叫んだ。

 だが、俺と鮭延は同級生。小学校と中学校の計9年間を共に過ごした仲だ。そんな相手に、大声での威圧は意味を持たない。


 獲物は刺突剣か……賭けになるが、ドッペルガンで対処することにした。二刀流の構えを取った鮭延が、銃を奪うことを優先するとは考えにくい。奴の頭の中は攻撃のことでいっぱいのはず。


 走りながら、両腕に装備した金具からナイフを外して投擲した。

 これは只の、牽制。そも、投げナイフは至近距離での遠距離攻撃として使うもので、数十メートル単位で離れている相手に対して使うものではない。だが、それは元の世界での話。風属性、無属性魔法等を合わせることで数百メートル単位の標的を必殺するのがこの世界の暗殺者連中である。一挙動で放つ手馴れたような投擲術を、鮭延は無視できない。


 「まぁ、風属性も無属性も使えないんだけど……なッ!」

 「なんで、気付くのッ!」



 背後への転移を繰り返した鮭延の刃に、ハンドガン(CZ75 SP-01)から伸びたバヨネットが一瞬だけ受け止めた。見るからに高価そうな刺突剣と、形状変化で追加されたアクセサリーであるバヨネットでは勝負にならないのはわかりきっている。バキ、と刃が折れる感触に惑わされないように、手首を曲げながら鮭延の胸部を撃った。


 撃ったつもりだった。

 だが……跳ねあがった二刀目が、秒速396mの弾丸を捉えた。弾丸を弾き飛ばして、俺の左肩を狙った一刀目にとる刺突が繰り出される。体を低くして、避けようとするが微かに肩が削り飛ばされた。姿勢がぶれて、倒れそうになった俺は、右手をどうにか動かして短剣を抜き、脇腹目掛けて動かすが……移動されてしまった。


 「あっぶねー! でも、このままひっと&うぇいをすれば私の勝ちだね! でしょ、みっきー」

 「どうだろうな。まだ二分半しか経ってない。七分もあればお前程度どうにでもなる」



 何時の間にスキルを使ったのか。俺から奪い取った短剣とドッペルガンを此方に向けながら勝利宣言を掲げる鮭延沙耶。にやにやと笑いやがって……随分と上機嫌じゃねぇか。


 どう攻めるか……転移を自由に使っているということは、あれのMP消費量はそれ程でもないのだろう。矢の魔法は連射していたが、それを繰り返さないということは燃費が悪いということ。一本や二本なら、防げるからな。連射しないとなれば決め手に欠けるとの判断だろう。燃費が悪い。これはスティール擬きにも言えることだ。俺の主要武器を奪うばかりで、暗器や下着の類を盗ってはいない……下着を取られたら終了だな。俺の負けでいいよ。いや、そしたら本気で殺すけど。


 長剣と刺突剣の対処はできる。ルークとの魔法訓練時にその技術は修得してあるから、頑丈な短剣でもあれば凌げるんだ。問題は転移が攻撃パターンに組み込まれてくることだが……鮭延は余り賢くない。単純。目線で転移場所を追っているから、魔法陣で確認すれば一目瞭然だし、聴覚強化で位置を確認してもいい。触角強化で動きを読むのは限界があるが、大体の居場所さえ判断できれば魔法陣で追える。


 だけど、体が動けるかは別問題。頭で判断できても、腕や脚の反応が間に合わない場合が多々ある。AGI値が足りていないんだ。これは龍人戦にも懸念すべき事柄だ。残りBPはAGI値を中心にステ振りするのも悪くない。


 だとすれば、こっちは不意を突いて攻めるしかない。幸い、尻尾や触手なんかの絡め手が効く相手だ。カウンター中心に戦術を組み立てれば……。


 「私……程度? うーん、これは本格的にいじめなきゃいけないっぽいね。そんな感じがする。いい加減さ、認めなよ、私の方が強いってッ!」

 「ほざけッ!」



 その場から消えた鮭延の動きを感知して、俺は走り出した。





 ■■■





 「どうたい、ナル。あれが斉藤幹也。成長制度は職業制で、レベルは57だそうだ」

 「…………」



 私の話を聞き流しながら、彼はじっと二人の動きを目で追っていた。

 普段は口数の少ないナルではあるけれど、興味のあることに限ればそれも変わる。甘いものが好きで、負けず嫌いで……戦闘狂。それがこの日本人の特徴である。


 「AGI、VIT。共に5000未満。かと言ってINTがあるわけでもないから、極大魔法も使えない。そんな彼が、あの手品師と対等に戦えている理由は……」

 「多分、経験……」



 ぼそぼそと、独り言でも呟くようにナルは語り始めた。


 「最初の一連の流れは……スキルか技の応用で、あれがアイツの最大速度。それで、手品師の初手を避ける。回避行動中に攻撃方法を予測して、攻撃を行った。でも防がれて、動揺しながらも次の行動に支障を来していない……手品師のテレポートに対しては、カウンターを取って対応。あの格闘術、それに銃火器の慣れからして、重度のVRゲーマーだと推測できる。剛拳か、FBB、DOC、STFのどれかを年単位でやり込んでる」


 「相応のPSはあるということだね。でも、戦闘技術に秀でているだけではこのゲームはクリアできない。その辺りはどう見ているんだい?」

 「魔法の使い方に癖がある。掲示板からコピペしただけの奴らとは違うけど、でも弱い」



 そこまで饒舌なのが、興味を持っている証にもなる。どうやらナルと斉藤幹也の相性は悪くないらしい。



 「弱いのなら、Sランクは無理そうだね。当初の予定通り、私たちだけで挑むことにしようか」

 「待って。いや、待て。まだ話は終わってない」



 二人の戦いからは目を離さず、言葉だけで彼の評価を続ける。


 「アイツには、センスがある。見ればわかるだろ。俺らが50代の頃に、あの手品師とタイマンで戦えたか? 不可能だ。奴は80。それも機動力のあるINT特化。噂では30000値は超えていると聞く……あの曲芸染みたスタイルに対抗するには、それ相応の力が必要になる」


 「過大評価しているね。私は兎も角、ナル。君なら勝てるだろうに」

 「…………レベルを上げるだけなら、一ヵ月もかからない。Sランクがどの程度かは知らないが、戦力は多いに越したことは無い。足手纏いなら別だが……アイツは欲しい」



 ナルが独占欲を見せるのは初めてのことだね。

 そこまで魅かれたのなら、私は構わないよ。死人がでるのは嫌だから、私が守ることになるんだろうけど。それが、騎士の務めなら。



 


 ■■■




 三度の刺突を短剣の刃で受け流して、隙を見つけて毒針で露出している腕部を貫こうと試みる。


 「うわっと、あっぶない!」

 「チッ」



 僅か数十センチの転移でそれを躱して見せる鮭延に、一分前の油断は感じなかった。適当なことをほざきながらも、戦いに対して真剣になっている。成長制度の恩恵を受けているとはいえ、A級冒険者は厄介極まりない。ド派手な魔法は無いにせよ、接近戦に転移移動を組み込まれては防戦一方となってしまう。


 腕を掴みとる余裕がないから、暗器でも一撃必殺を狙ってみるも避けられてしまった。

 なら、次は正統派のカウンターを試す。


 「ラシュ君流、なんとか突きッ!」



 技名を叫ぶことは、攻撃タイミングを教えてしまうというデメリットがある。と、考えていたが……逆にそれを利用したフェイントか。下手な小細工を打ちやがる。


 右手を引いて、攻撃の瞬間に座標が移動する。

 それに動揺して手元が狂えば終わりだから。慎重に、慎重にと攻撃を捌いていく。声と攻撃のずれに焦るな。タイミングを合わせれば……突きを刃で滑らせてから短剣の柄を指で弾き、指を支点に回転させて順手に持ち返る。その状態で短剣を振れば……ほら、指が落ちた。


 「痛ッ、嘘で、しょッ!」

 「甘えッ!」



 左斜め後ろへの転移。そこから繰り出される突きをアイテムボックスから素早く取り出した鉄製の鉈で叩くようにして防いだ。刃が砕けて使いものにならなくなった鉈を捨てながら、次の獲物を手にして詰めにかかる。


 これまでの傾向からして、不利になった鮭延が取る行動は大凡二種類に分類される。

 転移での撤退。若しくは、捨て身の特攻。


 「あれ、剣が握れない?」

 「あほか」



 親指を失った鮭延は、四本の指で剣を構えようとして……落してしまった。

 それに気を取られていた鮭延の喉元に、すっと毒針を刺し込む。ぐぐぐっと、4cm程まで刺してから、バックステップを踏んで距離を取る。鮭延の抵抗は剣を払うように振るうだけで、膝から崩れ落ちて、痙攣を始めて……死んだ。


 「うわ、また死んだ!? 結構本気だよ、私さ!」

 「俺だって本気だ。その針は銀貨8~10枚の価値がある」



 黒蟲の毒より数段劣るが、とある毒蟲から採取できる毒液が仕込まれている。ラナの暗器コレクションから貰い受けた一品だ。つまり、本職が好んで使うような代物だということ。強力に決まっている。


 「刺突剣でダメなら、あとは……これとか良い感じ!」

 「……んだよ、それ。ふれ、ふれいる?」



 確か、そんな名前だった。木製の棒から赤褐色の鎖が伸びていて、先端には鋭いトゲ状のでっぱりがある鉄球が繋がっている。この世界じゃ見かけない類の武具だが、それはまだ使い手に出会っていないだけか?


 連続転移のフェイントを交えて、まるで手足のようにフレイルを操る鮭延。さっきから、武器の技量が半端無いわけだが……伊達にA級で生き残ってはいないというわけか。どこか、摩羅刀を連想される。それ程までに、完成された物だった。


 短剣で受けようものなら、鎖に巻き取られ即死。かと言って、回避が可能なはずもない。初見の武器を無手で捌く技量が俺にあるわけがない。使えるものは……魔法か。尻尾か触手、若しくは水刃。


 「生えろ、触手生成」

 「うわ、キモい! でも軟いねッ、ゼリーっぽいんだッ!」



 右腕から放たれた大量の触手が鮭延に襲いかかる。装備が無いので毒触手は含まれていないが、採掘できるほどの威力を持ち合わせている触手だから、当たれば相応のダメージを期待できる。


 だがその威力も、鮭延の振るう謎素材のフレイルの前では水風船のように破裂してしまった。その場で腕を回するようにして、次の攻撃準備をしている鮭延だが……よく見れば隙がある。あの武器、転移との相性が悪い。鮭延の行動を見ていると、転移の際に物理的なエネルギーがリセットされていることがわかる。攻撃しながらの転移が無いのがその証拠。転移後に、最低限の動作を必要としている。


 更に触手を破壊した鮭延の腕を狙って、予備の短剣を投げつける。

 転移での座標ずらしてそれを回避した鮭延は、触手の無くなった俺に止めをさすためにと腕を回そうとする。腕が奴の視界に入り、俺を隠した一瞬の隙を突いて、二挺目のドッペルガンを取り出して引き金を引いた。MP5が火を噴いて鮭延の上体を捉えた。びくびくとその場で肩を震わせてから倒れ込む。


 「みっきー、何個持ってるんのさ。これで二個目だけど、もしかして三個目もあったり?」

 「……どうだか」



 これで銃を使えなくなったわけか。

 残りのドッペルガンも奪われてしまった。残っている武器は、黒蟲の短剣、鉄製の短剣、ナイフ、小剣。その他諸々の暗器のみとなってしまった。決して少なくはないが、銃が無いのは辛いか。遠距離攻撃が投擲と水刃(カッター)のみというのは、俺のスタイルに合わない。


 「どう、そろそろ諦めモード入ったー? 私の強さに平伏して、おしり貸してくれる気になってきたー?」

 「うっさい、変態め」



 この戦いに負けると、俺は掘られるのか?

 仮にそうだとしたら、ストレス解消が目的なんだとか言ってられなくなってきたぞ。レアを汚したことは気が狂いそうになるくらいにムカついているが、ケツを賭けるほどのことかと言われれば……いや、賭けるほどのものか。俺に懐いてくれていて、無邪気な笑顔を見せてくれて、荒れた心を癒してくれるまるで天使のようなレアが…………褒め言葉に『天使』使うの止めるか。あのクソ天使が頭を過って後頭部が痛んでくる。


 「パンツ一枚で頑張るのはこの辺が限界じゃない? 肩がぐちゃぐちゃだよ?」

 「だったら服を返せ。それは防刃仕様にもなってるんだよ」


 「それは嫌だね! みっきーの裸身アバターは目の保養になるんだ。ぶっちゃけ抱かれたい!」

 「黙れよ」



 アホなことを叫びながら虹色の長剣で再度仕掛けてきた鮭延。

 剣なら、短剣で防げる。左肩を負傷しているので、右側で受けようとするが……鮭延が左前方から攻めてきた。右後方へのフェイントを交えての攻撃に、余裕を持った反応が難しくなる。


 あの剣は危険だ。虹色に輝くなんてどうかしている。

 魔法品か魔法具か、どちらにせよ只の長剣ってことはないだろう。剣の魔法具といえば、ルークの魔剣や、魔羅刀の炎剣がある。死の魅了を与える剣と、マグマのように燃え盛っている剣……どちらも攻撃的なイメージがある。剣という形が、能力に方向性を持たせているのだろうか。


 刃と刃が衝突して、キィィィンといった異音が聞こえてきた。

 なんだこの音は、と疑問に思ったのも一瞬。次の瞬間には俺の短剣が破壊され、虹色の剣が右腕を切り裂こうとしていた。


 「ッッ!?」

 「貰ったー!」


 《スキル:逃走犯発動》


 スキルの発動がギリギリで間に合った。

 俺の右腕が鮭延の剣と同程度のスピードで跳ね上がり、右足を支点に回転しながら、背後への跳躍を始めた。空中で一回転を決めながら、約10mの大ジャンプを決めた俺の体が、次は飛び込むような前転を開始する。俺の着地地点に合わせるように転移してきた鮭延の剣撃を回避するための行動だ。前転から流れるように逃走が始まろうとした所で、俺はスキルの発動をキャンセルした。


 「ちょこまかと、雑技団みたいな避け方でさッ!」



 二度の回避運動で、10%以上のHPが減少している。

 この減り幅は、先の攻撃の両方が致命傷足り得たことを意味しているな……これらの情報からは、俺のVITが低いことを差し引いたとしても、あの武器の性能の高さが伺えてくる。当たれば一発で指輪が発動してしまう可能性がある。


 長剣とも短剣とも言えない、微妙な刀身を持った小剣を右手で握り締める。

 元は『みきゅあ』用にと手に入れた代物だ。『Mikiya』の体には合わないが……致し方ない。安物の短剣では無理でも、これならあの剣を受けることが可能かもしれない。ダークロードから無償で譲り受けた、彼曰くほとんど失敗作のこれなら。


 フェイントの効果が無いことに気づき始めたのか、転移からの攻撃が素直になってきた。前方4mの位置に転移した鮭延が、独特な足運びを交えて下段で構えた剣で斬り上げてきた。


 「何とか斬りぃー!」

 「魔法品起動、うぐッ」



 左肩に痛みが走り、魔法品の小剣が虹色の剣を受け止めた。

 鮭延が力を込めて俺の剣を押し上げようとするが、上手くいかない。それもそのはず。なんせこの剣は……。


 「鋼鉄の大剣でさえ、楽々防ぎきるからな……」

 「はぁ!? わっけわかんない、オリハルコンの剣だよ! 大盾だって砕ける威力なんだから、壊れてよッ!」



 ダークロード作の魔法品だ。確かに、この剣は刃が丸いから攻撃に関しては何の役にも立たないが……とにかく頑丈に出来ているので、防御するだけなら使えなくもない。細い盾みたいな物だ。魔法なんかの範囲攻撃は防げないが、剣を押さえつけることくらいはできる。


 何はともあれ、鮭延の一撃を防いだ。

 動揺している内に、追撃を仕掛ける。


 水魔法水糸を唱えて、小剣と水糸を繋げる。

 この水糸はただの暗器回収用の水糸ではない。水刃の特性を与えてある。任意のタイミングで高速振動してくれるので、人体程度なら簡単に切断することができるんだ。


 小剣から伸びた水糸を左手に纏いながら、鮭延の顔面を狙って右足を跳ねあげる。Mikiyaは細マッチョな見た目とは反して、関節周りの柔軟性が非常に高い。右手で剣を抑えつけながらでも、蹴りを繰り出すことが可能だ。


 「うわっと、あっぶない!」

 「せい、やッ!」



 剣を離して、背後にバックステップを踏んで蹴りを避けた鮭延に向けて、小剣を投擲する。斬れない剣でも、相応の質量を持った物体ではあるので、命中すれば無傷とはいかないが……転移して避けると思いきや、フレイルを取り出してそれで弾き飛ばしやがった。避けた所を水糸を操って攻撃する作戦が失敗……でもないか、このままいける。


 尻尾と触手を腰から生やしながら走る。左手をぐいっと引くことで小剣が戻ってくるが、それよりも速く、鮭延のフレイルが俺の頭部を狙い迫ってきた。脇腹付近から二本の触手が伸びてフレイルの軌道を歪めながら小剣をキャッチして、弛んだ水糸を鞭のように操って鮭延の喉元を破壊した。


 「……!?」



 突然、喉元を抉られた鮭延は訓練場の端の方に転移した。状況把握のための一時離脱。血だらけの手で首を押えている鮭延を魔法陣で覗きながら、落ちていた虹色の剣を拾おうと試みた。


 「……重い」



 見た目に反して、重い。武器が重いのは当然のことだが、それにしても異様だ。 STR補正の影響でおっさんの大斧でさえ持ちあがる俺が、地面から持ち上げることすらできない。なんだこの剣は。伊達に虹色じゃないってことか……どんな素材で作られてるんだか。少なくとも、鋼鉄や魔法銀ではないな。こんなカラフルじゃない。


 「ふぅー、また死んじゃった。あーあ。なんでみっきーなんかに……ちょこまかと、避け過ぎだっての。変な魔法ばっか使っちゃってさ。私だって痛いことすれば痛いんだぞ。初めてだよ、溺死したの……」



 何か悪口言ってるけど、全部聞こえているからな。


 「でも、手品魔法の連発は大人げないし……ネタもそろそろ尽きて……あ、これがあるけど。これ……蛇の、剣?…………あ、あは、ははははは、ははははははっ」

 

 離れたところで、鮭延がけらけらと大笑いしていた。腹を抱えての大爆笑である。

 急にどうした。


 「すごい、すごいよみっきー! 私をこんなに殺したのはさぁ、あいつだけだよッ!」

 「アイツ?」


 「そうだよ、あの化物みたいな魔物の大将だよ! 私の仲間を、全員ぶっ殺してくれた畜生で、私は泣きながら……あぁぁぁあああッ!」



 至近距離まで転移してきた鮭延が、虹色の剣を薙ぐように振るった。

 鋭い斬撃を描いたそれが、瞬時に伸び始めて……蛇腹剣!? 対処法なんて知らないぞ、どうする。


 ワイヤーで繋がった刃が、空間を埋めるように降り注いでくる。一朝一夕で身につくような技術ではない、鮮麗された物だった。俺に剣術の心得は無い。まして、蛇腹剣の避け方など知るわけもなかった。


 右腕が持っていかれ……筋繊維の千切れる感触が、トラウマを刺激する。ああ、腕が。腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が。


 『ベルフェ起きろ。早くしろ、痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたい』

 『うぅん……なによ、煩いわねぇ、ふぁー』



 ね、寝ぼけてる!?

 お前……ふざけるなよッ!


 『てめぇ寝惚けてんじゃねぇぞクソ女あやくしやがれよ腕とれたんだよ痛いんだよぉッ』

 『早くって、何をよ。まったくもう、眠いのにむりやり起こしておいて……』



 痛いで埋め尽くされていた思考が、唐突に消えた。


 寝惚けた様子のベルフェが、待機空間から幻術を唱えたのだ。

 痛覚を鈍らせて、痛みを感じない状態にできる魔法。だが、あの時の経験からわかるが……痛みを感じなくても、あと1~2分で意識を失ってしまう可能性がある。血液が足りないのと、腕をやられたという精神的なショックが原因だ。こればかりは自覚していようがどうしようもない。


 今だって、心臓の活動が異常なまでに活発になっているのがわかる。

 聴覚強化をしているせいか、やけに心音が耳に響いてくるんだ…………不味いな、集中力を失っては勝ち目がない。視界を確保するための魔法陣ですら、一定量の集中力を必要とするってのに……。


 襲い掛かってくる刃の嵐を、尻尾と左手に展開した水刃で防ぎながら接近しようと試みるが……速い、速すぎる。剣を操る鮭延の右腕が尋常じゃないスピードで動いている。ラナが短剣を振るう時よりも速い。目で……魔法陣で追うことはできない。五感強化でも無理だ。あれで斬られたら終わる。


 となると、俺に残された道は遠距離からの攻撃のみとなる。

 まだ毒針は残っているから、隙を見つけて投擲してみるか。


 刃を水刃が弾いて、次の刃を触手が受ける寸前に、毒針を投擲した。

 俺と鮭延との距離は5~7m程度。必中の距離だ。


 「……」

 「あぁぁあああああッ!」



 鮭延の首を狙って投げられた毒針が、蛇腹剣の刃によって防がれてしまった。

 絶叫しながら、目を瞑って叫びながらでも……周囲の状況把握ができている。なんだ、これは。スキルか? スキルや技のモーションなのか?


 だとすれば、隙なんてものは存在しないだろう。俺の逃走犯(スキル)に失敗が無いのと同じ理由だ。あれが技であるなら、技後硬直を攻めるという手が残っているが……技というものは大抵が長くとも秒単位で終わる。鮭延が蛇腹剣を操り始めて、既に10秒が経過している点を顧みると……技ではない。スキルか、又は技量があるだけなのか……どちらにせよ、このままってわけにはいかない。


 『なら、突撃あるのみだ。銃は無くとも、Mikiyaのアバターなら……ナイフがあれば、まだ戦える』

 『そんなちっちゃい剣ばっか使ってないで、素直に魔法を使いなさいよ』


 素直に魔法を使いなさい?

 甘いな、お前は俺をわかってない。


 俺は魔法が得意というわけではない。

 水魔法だって、習い始めてから一年と経ってはいないんだ。拙くて、儚くて……非常に、脆い。そんな技術。それに比べて、銃やナイフ、これ等を含めた近接格闘戦。これはどうだろう。俺が何年間、DOCをやり込んでると思ってんだ。ほぼ毎日、数年単位での訓練を積んできたんだぞ。こんな心臓バクバクで、頭の中の半分くらいが『やばい、どうしよう!?』で埋まっているのに……どうして魔法技術を信用できる。


 水魔法は条件反射で使えるのか? 無理だろう。

 でも、これなら使える。使ってくれる。なんせ、体が覚えているんだからな。


 『その話はよくわからないけど、お前って言ったでしょ? それ、やめてって。やめなさいって、ちゃんと言ったわよね。私にはベルフェゴールって名前が…………』



 ベルフェを無視して、嵐の中心に向かって走り出した。

 すぐに刃が迫ってくる。短剣でそれを受け流そうとするが、刃と刃が触れ合った瞬間に、俺の短剣が砕け散る。鮭延の剣は、どれもが規格外なのか。体を逸らして刃を回避するが、次の行動に繋げるための猶予は無く、ほとんど一瞬で次の刃が俺を削り殺そうと襲い掛かってきた。射程圏内を絶対的な空間にする。それが、蛇腹剣の特性ってわけだ。


 『って、聞いてないし……はぁ。それじゃ、私の言葉を無視する幹也に、ひとつだけ助言をあげるわ。刃じゃなくて、それを結ぶ芯の部分を押えて、刃の軌道を変えちゃえばいいのよ。それで解決ね』


 ……なるほど。

 簡単に言うけど、相当無茶だぞ、それ。


 『でも、刃をなんとかするよりは……現実的か』



 回避主体では、間に合わない。AGI値が不足している。だからこその防御だったわけだが……そうか、俺が避けるんじゃなくて、剣側の軌道をずらせば良いのか。対処法を知らない武器ってだけで混乱していた。もっと視野を広げなくてはいけないのか。


 どうもこれが最善策とは思えないが、ベルフェの言葉を信じてみることにした。


 小剣を逆手で構える。

 高速で動き回る蛇腹剣の芯を狙って、小剣を押し付けるように動かした。


 キィィィィィィィィ!!



 異音が鳴り響いて、刃の動きが乱れた。本当に乱れた。ほんの数瞬だけど、明らかな隙ができた。


 《スキル:殺人鬼発動》


 「ああああああああああッッ!、あぁぁ……」

 「死、ねッ!」


 身体強化のブーストをかけて、接近する。

 一本の剣に戻った蛇腹剣で、俺を一刀両断しようと奇声を上げた鮭延だが……俺の短剣が鮭延の胸部を突き、その動きを止めた。


 ……やった、よな。黒蟲の短剣で、心臓を貫いたんだ。確実に殺したはず。


 「…………なのに」

 「…………」



 なのに……魔素が霧散しない。

 鮭延の形を……維持している?


 俺は焦りを覚えて、倒れる鮭延の体をそっと抱えた。


 「お、おい。鮭延、お前…………」

 「え、えへへ……ドジっちゃった」



 ど、ドジった?

 ドジったって、何をだ?


 まさか。謎の蘇生スキルを、使うタイミングを……ドジったってことか? 


 指輪を……していないのに?

 

 「う、嘘だろ。こんな……おふざけの、模擬戦なんかで」

 「あはは……みっきーの、言った通りだったね」



 俺の腕から零れる血で頬を濡らしながら、鮭延は震える手を俺に向けて伸ばし始めた。


 「鮭延ッ! 大丈夫だからな、助かるからなッ!」


 黒蟲の毒だって、魔法で治せるはずだ。ルーナが実践していた。

 なら、急いでリラナルテさんの所に運ぶべきか。多分、さっきの訓練場にいる……はず、だが。人間が黒蟲の毒液を摂取した場合、数秒程度から症状が出始める。呼吸困難に陥り、激痛と共に死に至る。間に合うはずがない。この場でなんとかするしか…………。


 「最初から……こうすればよかったんだよね、みっきー」



 鮭延の手が、俺の頬に触れた。

 震えている。とても冷たい。


 「鮭延…………」

 「みっきー、これ……」



 何かが、鮭延の手から零れてぽろぽろと地上に落ちた。

 それは、やはりとても見慣れていて、どこか懐かしい…………。


 「ぱいなっぷる、あげる」



 M26手榴弾。アメリカ軍が開発した破片手榴弾である。










 ■■■





 死んだ。俺が。

 そりゃあもう、見事なまでの死にっぷりだった。


 「…………」

 「そろそろ機嫌直してよー。ねぇー、みっきーってばー」


 勿論、抵抗はしたさ。

 死に土産を置かれたと理解した瞬間に、手榴弾の上に鮭延を叩き付けたし。でもさ、あんな10個も20個もばら撒かれちゃったら、無理じゃん。勝てないよ、そんなの。


 「…………」

 「拗ね拗ねみっきーのままじゃ、おしり揉んじゃうぞー。えい! うっわ、やわらかい! ちっちゃいのに、このやわらかさは……ふぁー、気持ち良いんだろうなぁー」


 模擬戦闘は俺の敗北で終了した。

 

 だが、ロシア女が俺に「合格だよ。皆でSランクを倒そうか」と言ってくれた。

 如何やら協力してくれるようだ。


 後日、詳しい話をするために会う約束をして、二人とはあの場で別れた。

 そして、『みきゅあ』の体に戻った俺は鮭延に背負って貰い、宿に向かって移動していた。所謂、おんぶの体勢である。


 俺が意図して無視を続けていると、この女は尻を揉み始めやがった。両手で、大きくゆっくりと……俺の尻を揉んでやがる。


 「おい、やめろ。マジでやめろ」

 「もっとじゃなくて?」


 「性感帯じゃねぇんだよ。触られるだけ不愉快だ」

 「ふーん……しょうがないなぁ。じゃあ、止めてあげるよ」


 あげるよ、じゃねぇよ。

 なんで譲歩してあげましたよ、みたいな言い方なんだよ。


 「おしりは解放してあげるけど……おお! みっきーみっきー、この世界のズボンって生地が薄いからさ! 背中にみっきーのち×ちんの感触が伝わってくるよ! すごい、おんぶすごい! おらー、もっと押し付けろよー」

 

 …………鮭延と話してると、退屈しないわ。本当。


 「あ、そう言えばさぁー」


 よいしょ、と。俺を背負い直した鮭延が、軽い口調で会話を続ける。

 コイツ、普通に雑談始めやがった……何か、俺一人で怒って馬鹿みたいじゃん。はぁ。こんなやつなんだと、割り切るしかないか。同級生だもんな。多少は割り切って接しないといけない。


 「みっきーが童貞じゃないとかいう説あったじゃん?」

 「……急にどうした」



 説ってなんだよ、説って。

 俺は童貞じゃねぇよ。中一の頃から、師匠とそれとなくしてるよ。


 「あの後さ、私も考えてみたんだ。私なりにね。そして、結論がでました!」

 「結論もなにも、既に答えが出てるから」


 「結論。な・ん・と! みっきーは童貞なのでしたーッ!」



 うざっ。何なのコイツ。人を不快にする達人か何かなの?


 「……参考までに、話は聞いてやるよ」

 「え、本当!? まずね、私の初体験の話なんだけど……」


 「……それ、聞かないと本題に入れないのか?」

 「入るも何も、これが本題だよ!」



 俺を左右に揺すりながら、下ネタ話を続ける鮭延。

 先程まで、転移を駆使して俺を苦しめていた人物とは思えない。


 「私ね、中学を卒業した後すぐにね、初体験を迎えたんだ。私たちとは学校が違ったんだけど、昔からの知り合いでね。塾が一緒だったの」

 「塾なんて行ってたのか。さすが金持ちだな……俺は近所のお姉さんに教わってた」


 師匠は頭が良い。加えて、物事を教えるのが上手い。

 小学生の頃から、勉強を見てもらっていた。俺がおっぱい師匠から教わっていたのは、なにもゲーム技術だけではない。家も近いからな。毎日のように訪ねていたものだ。師匠は仕事をしてないから、暇そうにしていたし……俺が遊びに行かない日は、師匠が家に来てしまうくらいだ。


 元々、師匠のお兄さんと俺の父さんが親友同士なんだ。二人に母さんを加えた三人が、幼馴染の関係というわけだな。家だって、母さんの実家と家がお隣さんだし、師匠の家は道路を挟んだ反対側に建っている。徒歩、10秒圏内だ。毎日のように互いの家を行き来していて……って、こんなことはどうでもいい。何だっけ、鮭延の初体験の話だったか。


 「色々と省くけど、要は私が処女じゃなくなったってことね。ここまでおーけー?」

 「オーケー」


 「んで、GWOを始めたじゃん。異世界生活の始まり! 男アバターをゲットした私は、エルフやケモノっ娘なんかとしこたまえっちぃことをしたわけさ」

 「それ、どこかで聞いたな……エルフの耳は性感帯なんだろ?」


 「そうなの! こうね、耳を、しゅっしゅってしてあげるとね、力が抜けるみたいでね!」



 そこからしばらく、鮭延の風俗通いの話が続いた。

 どうしてこんなのがA級冒険者になれたんだ。不思議すぎる。


 「それでね、その男の子とした後でね、最適化が切れちゃって、私の姿にもどっちゃったわけ」

 「そりゃあ……気不味そうだな」


 「そうなの! あちゃー、しくったなーって思ったのね! でも、その男の子! ティシルくんっていうんだけどね、顔真っ赤にしちゃってさ! 聞いてみれば、女の子とはしたことが無いっていうんだよ! 男専門の男娼やってたんだって。すごくない!? おしりすごいよぉーって、あんなに乱れてたのに、童貞なの!」


 鮭延のテンションが、今日一番の最高潮なんだが……。

 てか、その……ティシルくんだっけ? この国で未成年ってことは、15以下ってことだろ……生きるって、大変なんだな。


 「もう可愛すぎて、じゃあお姉ちゃんともしよっかって、言っちゃったの! それで、ここからがこの話のキモなんだけど……私ね、処女だったの!」

 「…………ん?」


 「だから、私がね。処女だったの!」

 「…………少し待て。いま理解するから」



 えっと、地球で初体験を済ませたはずなのに、破瓜したってことだよな。

 つまり……。


 「この世界と地球とで、肉体に変化があった?」

 「そうなの! だからね、みっきーも童貞なんだよ!……だよね? ラナちゃんから、みっきーが誘ってくれないって相談受けたし、他の人ととか、してないよね?」


 処女膜が復活したから私は処女で、だからあなたも童貞なのよ……か。それは、どうだろう。

 確か、童貞とか処女って、経験の有無を称しているんじゃなかったか? 膜があろうが無かろうが、未経験なら処女なんだって、師匠が言ってた気がする。


 「まぁ、その後でティシルくんが本気で可愛くなっちゃって。その娼館から買い取って、今は宿の部屋で一緒に暮らしてるんだけどね……っと。宿にとうちゃーく!」

 「…………えっ?」



 え、なにそのオチ。処女がどうとか童貞がどうとか、全部吹っ飛んだわ。

 

 え、ティシルくんいるの?

 鮭延が泊まってる宿ってそれ、俺が泊まってる宿じゃん。デメタスさんとこの宿だろ。つまりここだろ。え、居るの?



 俺はあたまにはてなを浮かべたまま、部屋までもどった。

 こうして、鮭延に振り回された一日が終わったのだ。


 ……夕食時にティシルくんを紹介されました。

 ふわふわの金髪で、透き通るような白い肌で、全体的に細くて、容姿が完全に小学せ……いや、なんでもない。

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