第28話 Mikiya VS サヤ(2)
ギルドにある酒場の端に、その二人は座っていた。
一人は騎士のような鎧を着こんだ、金髪の女性。黒髪を染めたような不自然な色彩ではない。それに、あの顔立ちは……ロシアンか。細身ではあれど隙は無く、果物ジュースを飲んでいる姿ですら、どこか絵になる存在感を放っていた。
ただ、存在感で言えばもう一人の方が上回っている。
日本人だ。前髪が目を覆い尽くすほど伸びており、髪と同色の黒いローブを頭から被っている。背には、書き殴ったかのような白い十字架が描かれており、そんな一見すると不審者のような男が果実を使ったパイを、むしゃむしゃと美味しそうに咀嚼していた。少し、頬が緩んでもいる。ロシア女と比べると、小柄のようだが……俺より15cm程度は背が高いようである。
鮭延がその場でくるりとターンして、其方を指差しながら言った。
「んじゃ、話しつけてくるから。みっきーはなんか用があるとか言ってたじゃん? そっちを先に済ませちゃってて」
「え、俺は行かなくていいのか?」
「言ったでしょー、アイツら短気なの。最初に会ったときだって、ハンマー投げられたんだから! でも、私がSランクの情報を持ってるって噂を流したら、すぐに食いついてきた。今からみっきーのことをちょちょっと持ち上げてくるからさ。とりあえず、銃の達人ってことでOK?」
「達人ってほどでもないけどな……俺より上手く扱える奴なんて、ゲームの中ですら五万といる」
「はいはい、謙遜おつかれさまーっと」
謙遜じゃない……この世界だと、DEX値が反映しているせいか銃弾が思ったとおりの軌道を描いてくれるけど。DOCだと、外すことも少なくなかった。俺がランキング上位になれたのは、状況把握が何よりも重要なゲームモード『デスマッチ』での総合成績のおかげだからな。銃もナイフも、格闘術でさえトップクラスだとはとてもじゃないが……言えない。
時間ができた。
なら、リラナルテさんのところに行こう。丁度、聞いてみたいこともある。
俺は、相変わらず誰一人と並んでいないおじさんの受付まで移動した。他の、美人受付員がいる方には長蛇の列ができているにも関わらず、ここは寂しい。
「どうも、D級のみきゅあです」
「これはこれは、お久しぶりです。はて、それは姿を隠蔽する魔法ですかな?」
「変化魔法っていうか、そんな感じです。脚をやっちゃいましたから、あれじゃ歩けないんです」
「そうですか。リラインも心配していましたよ、彼女はミキュアさんを応援していますから」
「まじですか、俺もリラナルテさんのファンなので、それは嬉しいですね……ところで、今日はリラナルテさんいますか? 少し、聞きたいことがあるんですけど」
「リラインなら、第三訓練場にいるはずです。少々お待ちください」
おじさんの仕事は早い。すぐに訓練場の入場許可証を発行してくれた。個人情報が詰っているギルドカードさえあれば簡単に作れるとはいえ、ぶれて見える程のスピードで腕を動かして、僅か数秒で書類を発行してしまうような彼は、なんか、仕事したいオーラが漂っているようで……ちょっとだけこわい。
「此方が書類となりますので、入口にいるギルド員にお渡しください」
「はい、どうもです」
紙を受け取ってから軽く世間話をした後で、訓練場へと向かう。
冒険者ギルドには、謎の技術により外観からは想像できないような広い訓練場がいくつも存在している。その内の一つに、リラナルテさんはいた。
魔法陣を起動させると、彼女の外見についての情報が脳内に流れ込んでくる。
少女特有の愛らしさを残しながらも、実は着せやするタイプなので、既に成熟した身体つきとなっている彼女。パーツ単位で見るとそうでもないのに、表情が大人びていて……情報が余りにも好みすぎて、さっさと目を治さなければと改めて思い返した。
「あら、ミキュアさん……ですか?」
「はい。何時もとは違った姿で、すいません」
「いえ、こちらのミキュアさんも素敵ですよ。ところで、今日はどうしたのですか? 依頼なら、まだありませんが……」
「今日は依頼探しじゃないんです。えっと、これを売ろうと思いまして……」
リラナルテさんは目を大きく開けて、驚いたような顔をしていた。
俺が抱きついた時、魔法具を入手してきた時、彼女はこんな顔をしなかった。常に微笑んでいるような、そんなリラナルテさんが……とても驚いている。
俺が彼女の前に差し出したのは……魔法具『アリア・エリスロード』。氷を操る、手斧。これを、売りたいと言った。
「前に言ってましたよね? 魔法具は高く売れると……確か、この国にはそういったオークションが、あるとかないとか」
「え、ええ。確かに、そのような場所はありますし、近々大規模な物が開かれるということも聞いてます。ですが……いいんですか?」
「はい、いいんです。手斧より大切なことがあって、それに参加するにはとある魔物を討伐しなければならなくて……個人的に依頼を出すとなれば、相応の物が必要ですから」
「……それでも私は、魔法具を十全に扱っているミキュアさんが見たいと、そう思っていたんですが…………その費用を、私が負担するわけにはいきませんか?」
「それは、無理です。というか、嫌です」
「そう、ですか……」
仲間の命を買うんだ。
スキルで盗んだ金や、借りた金なんかで払いたくはない。
断りを入れると、リラナルテさんが悲しそうな顔をして上目使いでこちらを見始めた。
なぜ、彼女がここまで俺に気を使うのか、そして期待してくれるのかわからないが……やべぇ、超可愛いんですけど。それは俺の人生で二番目に可愛い顔で、地味に股間が疼いた。
「そんな可愛らしい顔をしても、駄目ですからね。俺……じゃなくて、僕は決めたんですから。これは、売却します。それで、そのオークションに出品したいんですが……」
「……しょうがない、ですね。はい、わかりました。私に任せて下さい。後日、お知らせ致しますので。魔法具はお預かりしますね」
そう言って、俺の手からアリアを受け取ろうとしたリラナルテさんの両手が一瞬で凍りついた。
「んなッ!? 大丈夫ですか!」
「……はい、さすがは最高峰の魔法具ですね。どうやら、ミキュアさんと離れるのが嫌なようですよ?」
両手を覆っていた氷塊がジュっと音を立てて蒸発した。
そして、ハンカチのような物を取り出して、それを手斧の柄に被せてから、アリアを受け取ってくれた。
「ごめんな、アリア。でも、こういうことだ。じゃあな。機会があれば、また会おうぜ」
俺は、澄んだ刃を撫でながら……別れの言葉をかけた。
『……うぅー!』
「ん?」
最後の言葉をかけて、クールにその場を去ろうとした俺の左手が、突如輝きだした。
青色の輝きが徐々に形になって……薬指に、指輪が填まっていた。まるでアリアの刃のような、綺麗な青色の薔薇が装飾された指輪が。
「これは……」
「どうやら、この子はミキュアさんと離れたくないようですね。稀に見られる現状だと聞いていましたが……私も初めて見ました」
「初めてって、何をですか?」
「えっと、ですね……遥か昔、この地を魔王から奪還した勇者はとある魔法具を持っていました。そして、彼らの仲間の多くは、その魔法具から作られた魔法品を持っていたとか。魔法具から産まれた魔法品には元の魔法具の魔力が込められており、その力を限定的にですが使役することができたのです……確か、どこかの文献に載っていました」
「は、はぁ……よくわかりませんけど、アリアがこれを産んだってことですか?」
「恐らくは、そうだと思いますけど……少し、見せて貰ってもよろしいですか」
手斧を横に置いてから、俺の左手を掴んで優しく引き寄せるリラナルテさん。
左目から溢れる魔力跡から、何らかの魔法を使って指輪を調べているようだ。その魔法は、下級の類ではないだろう。中級以上の魔法を無詠唱であっさりと使用できるその姿は、伝説上のエルフそのもので……ああ、駄目元で告白してみようかな。好きですって。
いや、待て。待つんだ。そんなことしてみろ、おっぱい師匠に殺されるぞ。「同年代とのお付き合いは許可します。でも……本気の浮気は殺すわよ?」だったか、そんなことを言われている。あの人に嘘は通じないし、ここじゃ死んでも帰るだけだからって、マジで殺されかねない……はぁ、俺の恋は叶わないのか。
■■■
リラナルテさんの考察では、この指輪は一種の魔法触媒らしい。氷属性の威力を上げてくれるんだとか。水属性の威力は変わらないから、ただの装飾品としての用途しか思いつかない……とりあえず、付けたままでいいか。
手斧をリラナルテさんに預けて、受付まで戻ったところで例の二人を連れた鮭延と合流した。どうも話が纏まったようだった。
「初めましてだね、斉藤幹也。私の名はディーレネアというんだ。よろしく頼むよ」
「……ナル。よろしく」
微笑みながら握手を求めるディーレネアと、そっぽをむいて呟くように話すナル。
「こっちの騎士かぶれのわがままでねー、みっきーの実力を見たいんだってさ。私の話信じねぇーでやんの」
「斉藤幹也……君には私、或いはナル、若しくはサヤと戦って欲しい」
コイツ……俺の力を測るつもりか?
「私やナルが相手をしてもいいのだけれど、サヤ。君の戦闘を見てみたいという気持ちも、無くはない」
「私がみっきーと? 無理無理、瞬殺されちゃうよ、きっと。あんた等はみっきーのこと甘くみてるけど、盗賊団を一人で壊滅させたり、天使の親玉をザクザクしたり。結果だってだしてる」
「面白い冗談を言うんだね。私たちでさえキツかったというのに、どうして彼が君を倒せるって言うんだ」
盗賊団と天使の親玉を……か。
そう言われれば、強そうに聞こえるが……俺がしたのは、性犯罪者を奇襲で殺ったのと、死にかけのクソ天使を追い返しただけだもんなぁ。レアを甚振ったクソ共と、俺の目をやったクソを…………ああ、ムカついてきた。不愉快だ。嫌なことを思い出すと、ストレスが溜まる。
そういえば……このクソも、レアを甚振ったカス共の一匹だったな。
あの笑顔を穢した……。
「わかった、いいぞ。やってやる。鮭延……お前だ。てめぇを殺る」
■■■
「やるからには、私も全力をだしちゃうからねー!」
「ああ、構わない」
準備運動のつもりなのか、鮭延は腕や肩のストレッチを入念におこなっていた。
俺は貰い受けた指輪を、左手の中指にしっかりと填める。件の、致命傷を受けると発動する魔法品の指輪だ。これがあれば、訓練等での事故を防ぐことができるから。正式に申請することで、借り受けることが出来た。最も、それなりの金額が必要となるが。
「私はこれ使わない派なんだー。ほら、話したと思うけど、私って死なないんだよねー。身代わりっていうか、肉を用意してあるっていうかー」
「わかったから。使いたくないのなら、あとで返却すればいいだろ」
「うぃーっす……準備は?」
「いいぞ。今から、一分後に開始でいいな。おい、カウントを頼む」
俺の声に反応したロシア女が、手をぷらぷらと軽く振りながら答えた。
鮭延との模擬戦闘。ルールはなんでもありで、約10分程度の戦いだと決められた。俺が最適化を使用していることへの配慮だと思われる。
鮭延は、全力で戦いたいと言っていた。
A級の資格を得ることができた鮭延を、俺の知る鮭延沙耶だとは考えてはいけない。この世界にきてから数ヵ月で、アレンと別れたあの時点でA級冒険者なのだとしたら……何らかのチート級のスキル、若しくはチート級の技を入手している可能性が高い。以前、トランプを武器として登録したんだーとか、へらへらと笑いながら情報を洩らしていたが……。
武器や防具は見受けられない。アイテムボックスを利用した攻撃方法を取ってくると仮定すると、距離を取っておいた方が無難であると言える。魔法戦を仕掛けてくるなら、銃火器を所持している俺の方が有利。接近戦は……真正面からなら、勝てる自信はある。ただ、ラナやリラナルテさんクラスの速さで接近されると、まず勝てない。俺のステータスは低いらしい。鮭延は80レベルで、俺のステータスは30レベル以下の数値らしいから……肉弾戦は避けた方がいいだろうな。
怠惰魔法の実践投入は、まだ早い。歌詞が曖昧で、スキルの成功率は3%を下回る。詠唱に使っている言語を理解できていないことが原因なのはわかっているが、悪魔語なんてものは知らないし、覚えるつもりもない。銃主体で戦うのは警戒されているだろう。対策だって、取られていると考えるのが妥当か……尻尾や触手は使える。他にも水糸や水刃なら、タイムラグを気にせず詠唱することが可能だから、この戦闘でも十二分に使えるはずだ。水弾は……牽制程度になら。
ラナ直伝の暗器術だって練習している。ナイフの投擲くらいなら、DOCでも使っていたが……手斧や鉈、果ては針のような武器を投擲することには慣れてはいなかった。ラナと出会った頃から技術を習い始めて……今では実戦に組み込める程度まで扱えるようになっていた。そんな俺は、毒物を仕込んだ暗器を数多く所持している。これらを使用することで鮭延が苦しむかもしれないと考えると……ざまあみろって、怒りが和らぐかも。
にしても……Mikiyaで、対人戦か。相手は非武装の人間が一人。対して俺は、完全武装。これがDOCだったら負ける要素が見当たらないが……いや、この勝負の行方はどうでもいいんだ。負けたって、死ぬわけじゃない。肝心なのは、俺のストレスが発散できるか、できないか。このイラついた気持ちが解消できるか、できないか。
ましてや「殺しても死なないから」ときた。
都合の良いように解釈すると、いくらでも殺し放題ということで……。
カウントが進む。
5、4、3、2、1……ぜろ。戦闘開始だ。走れよ、Mikiya。




