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第26話 残心

 「近いな。ここから20kmも離れてないはずだ」


 お父様が鼻を鳴らしながらそう呟きました。

 

 私(わたくし)たちは中央大陸北部のとある森林の中で、獲物を追い詰めていました。先日、お父様が逃した獲物ですわ。何でもその獲物は、人族の女性で、剣と魔法を使い、仲間が"四人"いるみたいなんですの。現在、私たちが追っている獲物は『一人』と四人の計五人ということになりますわね。


 私はその四人をルーク様と二人で、できるだけ早急に無効化しなければいけないんですわ。

 『一人』の現時点での力が未知数なので、お父様の援護をするんですわ。戦闘の援護を。仮に私の力が援護をするに及ばないとしても、若い身体で保持魔力量の少ないお父様を回復する程度はできますもの。それに、ルーク様は私とは違い即戦力になりますから、ルーク様を送り届ける為にも四人を倒さなくてはいけないんですわ。


 「これから奇襲を仕掛けるわけだが……相手がガチの感知特化なら、この距離間でも余裕で俺らの存在を感じ取ってくる。一昔前に出会ったエルフ種の糞婆がそうだった。あの糞婆は、軽く100㎞以上離れた俺に対して、ピンポイントで火属性の最上級魔法を撃ってきやがったんだ。ご丁寧に極小サイズまで圧縮された魔法で俺の頭部を狙って。死ぬかと思った」

 「それは凄いですね。僕の知り合いにも似たような能力を持った者がいますが、彼は10km四方までを水晶型の補助具を使ってようやくといった感じでした。一般的な感覚で言えばその手の術者が相手でも5km程度までは平気だと思いますが。どうでしょう?」


 「…………本当は、俺だって嫌なんだ。その、男同士だなんて……な。でも、そんな能力なんだから、仕方ないじゃんか」

 「…………僕だって嫌ですよ」



 お父様とルーク様が、微妙な顔つきで互いに目を背けました。

 この気まずいような空気の原因は、エルフの特性にあるんですわ。

 エルフの魔力特性は特定の相手とのテレパシー。つまり、思念伝達なんですわ。


 脳内で言葉を考えるだけで、実際に口に出さずとも意思の疎通を図ることができるこの技術は、木々に囲まれた秘境の奥深くで暮らしていた先祖のエルフ達には必須の技術でしたの。狩りや天敵から身を守る際に、仲間と会話をするにはそれが一番ですから。


 元々は擬精霊を使役する精霊魔法が特性のエルフの子供に、偶然、テレパシーの魔力特性が発現したんですわ。親が混血種だったらしいですので、他種の特性が発現したわけですわね。


 廃れている特性(精霊魔法)より、目新しい特性(思念伝達)を羨ましく思った。そんな私たちの祖先は、その特性を遺伝させることに躍起になりましたわ。手振り見振りの合図よりも、テレパシーの方が便利ですものね。精霊魔法なんて使い勝手の悪い特性より何倍も役立ちますわ。幸いにもエルフという種族は魔法に精通していましたので、結果的には特性の書き換えに成功したんですわ。


 ただ、困ったことが一つだけ。特定の相手との思念伝達……の、特定の相手というのが、その……簡単な話、キスをした相手なんですわ。キス。粘膜接触から対象の魔力を測り、記録。それを元に送信先を特定して、魔素を媒介に思念を伝達する……というのが、私たちの特性なんですの。無論、正式な送信先の設定方法は違いますわ。ですが、そっちには真名が必要となってきますから……真名は呪術に利用される危険があるので安易に教えるわけにいきませんものね。


 「早くしないと、逃げられますわよ」

 「……はぁ、仕方ないですね」



 そう言いながらすっと目を瞑るルーク様。

 ……絵になりますわね、さすが美形が多いと言われる魔族の男性ですわ。


 「え、マジで? 俺が言い出したことでまっこと恐縮なんだけど、覚悟決めるの早すぎね?」

 「よく考えればゼダンさんと連絡が取れるということは僕の今度に役立ちそうです。強者との繋がりは、強くなる過程では欠かせないものですから」


 「えー、あー、うぅー…………よ、よし。ルーク君、キスするぞ」

 「はい、お願いします」



 …………。


 「それでは、私は後ろを向いてますわね」



 なんだか、見てはいけない気がしましたから。











 『準備はいいな。俺が仕掛けてから5秒後に全力で襲い掛かれよ? 黒髪で長髪の女剣士以外を狙ってだぞ?』


 『何回目ですの? 再確認せずともわかってますわ』

 『……嫌な予感がします。もう少し詰めて……そうですね、2秒後に変えましょう』


 『それは、例のアレを使っての予感だな?』

 『否定はしません。僕の意思とは、余り関係が無いものですから』


 『オーケー、それでいい。2秒後。いいな、ルーナ。2秒後だぞ。俺は一分後に動くから上手く察知しろよ。1、2、3……』



 お父様の言葉が途切れ、私は両手の鉤爪を填め直しました。

 私の位置から南西800mの位置にルーク様が、北北東10㎞の位置にお父様がいますわ。獲物は東に3km地点。その周辺で野営をしていると推測されますので、この距離が気配を悟られない限界の距離なんですわ。


 息を潜め、そっと私の中の戦闘意欲を高めます。

 42秒後、私たちが同時に全速力で獲物に奇襲を仕掛けますわ。70秒後に接触、獲物が逃げた場合四人の内近い二人を私が、遠い二人をルーク様が追って。三人、若しくは四人揃って逃げた場合は私が少ない方、若しくは直接お父様の援護を。逃げずに五人で反撃してきたのなら、此方も三人で。五人がバラバラになったのなら、『一人』を三人で。『一人』が四人の誰かと何らかの行動を示した場合は、お父様とルーク様が『一人』のいる組と戦い、私が余りを狩る…………大丈夫ですわ。作戦は全て理解しましたもの。


 最初が肝心ですわ。

 相手の実力が不明なんですもの。殺されないように、全力で挑むんですわ。


 「奥義:精霊化……ですわ。あとは、奥義:獅子 壱。奥義:象 壱。奥義:豹 壱」



 精霊の身体に、獅子の攻撃力、象の防御力、豹の速力。

 これに獣人の身体能力を併せてた状態が私の全力ですわ。お父様曰く、自身の強化には奥義を、攻撃には魔法を扱うのが適切な戦闘方法らしいんですが、私やお兄様ではその戦い方は不向きみたいなんですわ。獣人の血が濃いお兄様と、エルフの血が濃い私では、獣人の力とエルフの力が50:50で発現しているお父様とは違った道を進むべきですもの。ですが、お兄様は才能の無い私でも使えそうな奥義を、繰り返し教えてくれましたから。100%の力は発揮できずとも奥義の発動だけはできるようになったんですわ。


 お父様からしてみれば、教えてないはずの奥義を私が使っていることは不自然でしょうが。『一人』との戦いを本気で行えばそれも気にならなくなるはずですわ。もしバレてしまっても、お兄様に責任転換すれば済む話ですし……と、そろそろですわね。


 『56、57、58…………GO』



 地を蹴り、木々の間を縫うように走って、前に、前に進みます。

 徐々に速度を上げて、トップスピードを維持して、索敵範囲外からの奇襲を。


 ……お父様の魔法が届いた! 2秒後ですわ。1、2。


 『一人』が四人から二人を引き連れて離れましたわ!

 残る二人が、私の相手ですわね!


 「うわ、本当に来たよ。そして獣人ってとこまで的中とか……」

 「私が前衛でいいんだよね?」



 呑気に会話だなんて……隙だらけですわ!



 「火炎槍、これで逝きなさい!」



 現状で撃てる最速の魔法は中級以下ですから、火力面を考慮すれば火属性、または炎属性が最適解ですわ。

 私の手から離れた火炎槍が、二人の人族を巻き込むように突き進んで爆発しました。これで猶予ができたはずですので、次は上級魔法を撃ちますわ。


 「水竜招来、土竜、木竜、蹴散らしなさい!」



 爆発を包み込むように水竜が襲いかかり、土竜が岩石を生成しては撃ち放って、木竜が木々を操って二人を圧殺しようと試みました。はぁ……ふぅ。精霊化状態での、上級魔法の連発は何度やっても辛いですわね。魔力云々以前に、制御する際の集中力が持ちませんわ。


 ん? 私のとは別の破壊音が聞こえましたので、何処かでお父様かルーク様が戦っているみたいですわね。この二人を倒して、逸早く合流しないと……って、え?


 「スキル:魔法剣っと。美也ちゃん、魔法の対処は俺がするから」

 「うん!」



 私の魔法が……消えた?

 突如、私の火炎槍が霧散して、黒髪の少女に、茶髪の青年が砂煙の中から現れました。身体どころか、纏っている服にすら魔法を受けた痕跡が見えません。


 攻撃を防がれてんですの?

 いえ、そんな余裕はなかったはずですわよね。


 何にせよ、攻撃が失敗してしまいましたから。次の手を考えなくてはなりません。

 先ほどの会話から、魔法の対処は後ろの青年が行うらしいことがわかりましたので、ここは奥義で攻めたほうが良さそうですわね。


 少女が私に狙いを付けて接近してきました。

 それなりのスピードですが、私の方が速い、ですわ!


 少女の蹴りを、右腕を盾にするようにして防御。

 即座に右腕を振るって、鉤爪で、伸ばした足を刈り取るようにして攻撃を仕掛けました。


 「奥義:白虎 参ですわ!」

 「うっ、ひゃえ!?」



 んな!?

 私の奥義が……効いていない? 少女の素足に深く食い込んだ鉤爪ですが、それ以上は進みませんでした。爪を引いてみるも、傷は出来ずに足を引込められてしまいましたわ。


 一体、どのようなカラクリなのでしょうか。人族の皮膚は私たちと同じように柔らかいはずですわ。なのに爪が通じないなんて、そんな、鱗種じゃないんですから。ありえませんわ。


 魔法を唱えた形跡は無さそうなので、考えられるのは武術の一種、又は特別な体質。この少女は見た目ほど、人族じゃない……ってことも考えられますわね。今のご時世、複数の種族の血を引いているなんてことは、珍しくもありませんから。現に私がそうですし。


 まったくの情報不足ですわ。こうなれば、相手の手を探ってから策を考えた方が良さそうですわね。後ろの青年の、魔法の対処という言葉も気になりますから。



 私は、"骨が折れてしまった"右腕を治療しながら後ろに大きく、跳躍しました。

 そして、私を追って距離を詰めてくる少女に向けて、中級魔法である雷線を唱えました。すると、まるで吸い寄せられるかのように湾曲した雷線が、青年の剣に向かい、先と同様に霧散してしまったんですわ。


 少女の拳を躱して、腕を掴んで膝蹴りを叩き込みましたが……その腕が折れません。折れなかったんですわ。それどころか、私の蹴りが効いてるようには見えないんですわ。ダメージの有無は、表情でわかりますもの。この少女は演技が下手なのか、若しくは表情なんて気にも留めていないのか。


 案の定、私の攻撃を無視して、腕を掴んだままの私の腹部をに向けて貫手を繰り出してきました。


 死ぬ。

 背筋が冷えて、すぐに避けましたわ。


 スピードなら、私の方が断然に上ですので。ですが、防御……と言っていいのか疑問ですが、攻撃の効き難さは少女と青年の方に軍配が上がりますわね。物理現象をほぼ全て無視できる精霊よりも肉体強度が上となれば、それは生物学的にどうかとも思うんですが……。


 「さあ、一体全体、どのようなカラクリなんですの? あなたの身体も、後ろの方のそれも」

 「さーて、ね。魔法かなんかじゃないのー?」



 魔法なら、私が感知できないはずがありませんわ。

 

 戦況は……不利、ですわね。魔法が無効化されてしまうのが厄介ですわ。

 他にも、なぜ只の少女の蹴りが、精霊の身体を壊す程の威力を持っているのかが理解できませんわ。物理的な現象でなら、ダメージを負わない身なんですわよ。加えて、対魔法を想定した防御系統の奥義である象の壱番を使ったんですわよ?お父様は『一人』のことばかり危険視していましたが……他の四人も、中々に規格外なんじゃないんですの。


 まぁ、いいですわ。

 確かに相手は強いですが、それを言えば私(わたくし)だって強いですわよ。C級冒険者なんですもの。勝ち目なんて星の数程あるはずですわ。ただ、それを見つければいいだけのことですわ。


 先ずは、『困ったら取りあえずは最強の攻撃方法を』を実行するとしましょう。

 

 これは、お父様の教えですわ。

 そして、詠唱は歌うように。単語単語ではなく、流れを意識して。


 「○×△□~。○×△□~。○×△□~」

 「呑気に魔法の詠唱? そんなの、許すわけないじゃん!」



 この少女は、武術の経験が無いようですわね。

 動きのキレ、迷いの無さは優秀だとは思いますが、自身の身を案じていないのは頂けませんわ。攻撃的な動きだけでは、どうしても単調なリズムになってしまいますもの。避けるのは、容易いですわ。


 「んな!? お母さんみたい!」

 「○×△□~。○×△□~」



 ……私が、お母さんみたいなんですの?


 「んんー!! だめだ、こりゃ格闘戦じゃかなわないや。そろそろ時間だし。明日香くーん、ちぇんじ!」

 「だよな。それじゃ美也ちゃんは作戦通りによろしく。この獣人ちゃんは俺が引き受けるから」



 随分余裕ですわね。

 そろそろ詠唱も終わりますわ。これが無効化されてしまったら、本格的に不味くなりますわね。


 少女が私に背を向けて走り出し、青年が剣を構えながら此方にむかってきます。

 いいですわ、纏めて、蹴散らしてあげますわ!


 「○×△□~………。神話魔法玉藻前、魅せなさい玉藻前!」

 「それは……魔法?」



 九尾の狐尻尾が生えた、絶世の美女。

 そんな姿をした最上級の炎属性魔法が玉藻前(たまものまえ)。神話魔法玉藻前。最上級の幻惑魔法なら、無効化するという選択を選ばせないことができるはずですわ。


 「さぁ、玉藻前。そこの殿方に永久の幻を…………を?」

 「うぉお!? これ極大魔法じゃん」



 玉藻前が……霧散、しましたわ。

 魔素に還元されて、散って、消えてしまいましたわ。


 う、嘘ですわ。

 私とお父様が使える幻術で、最高クラスの魔法ですわよ。それを、意図も簡単に打ち破ったんですの……!?


 これは……私の魔法の全てが通用しないという前提で戦わなければいけないようですわね。私が使える、神話魔法全てが使っても意味を成さないと。


 というか、そんなのありなんですの!?

 聞いたことがありませんわ、そんな技法は。仮にそんなものが存在するなら、世の魔法使い全てが一方的に虐殺されてしまいますもの…………いえ、実際に目にしているんですから、認めなければいけませんわよね。


 上級、中級、最上級が無効化されたのですから、当然、最下級、下級の魔法も使えないと予想しましょう。竜魔法が無効化された時点で、まさかとは思ってましたが……魔法は、使えない。


 青年の剣筋を捉えて、鉤爪で受け止めながら彼の背後を確認すると、少女の姿が見えませんでした。


 逃げたのなら、それでも構わないのですけど……いえ、お父様の方に行かれると不味いですわよね。お父様も、精霊化を過信しているでしょうから。私に自慢してましたわ。これ使えばアレンを一方的にボコれるぞ……と。兄妹けんかなんて、私たちはしませんわ。


 少女を追いかけるにしても、この青年を先に無力化する必要がありますから……。次の行動に支障をきたしそうですけど、お兄様から教わった、奥義の連続発動で一気に決めますわ。


 この世界には空間魔法の概念を取り込んでいる、アイテムボックスというものがありますわ。この世界の生き物であらば誰もが自在に使えるそれを、私も使えるんですわ。

 私のアイテムボックスには、魔力を即座に取り入れることが可能な魔法薬が常備されていますわ。青年の剣を潜りながら、鉤爪で容器の底を切断して、中身だけを飲みこみました。


 「回復薬? させるか、 技:スラッシュ!」



 突如、青年の身体が跳ね上がって、私の背後から斬りかかってきました。

 私は振返りさまに奥義を使います。体外で魔力に属性を与え、それを両腕に纏わせて……


 「奥義:麒麟 弐ぃ、ですわ!」



 剣を腕で下から弾き返して、腹部の露わになった青年に追撃を仕掛けますわ。


 「奥義:饕餮 玖ぅー!」

 「まっずぃ?! 技:連続斬り(ダブルスラッシュ)、スキル:魔法剣……解放!」



 奥義:饕餮は両腕と牙を象ったもので、麒麟は獅子に纏った雷属性の魔力を利用した武闘の型ですから、これを続けて使うことで饕餮の威力を倍増できる……お兄様からは、硬い魔物にも使える攻撃性の高い奥義の使い方だと教えられていますわ。

 

 これが決まれば、人族程度なら確実に殺すことができるのですが……私の両腕が二度の剣撃で弾き返されてしまいましたわ。これでは……腕を戻すより、このまま噛みついた方が速いですから。魔力で作られた擬牙を大きく開けて、青年の首元に噛みつこうとしたところで……急に、身体が押し戻されました。


 んん! 一体なんですの!?


 ……どうやら、無属性の攻撃魔法を撃たれたようですわね。

 精霊化の影響からか、軽く痛みを感じる程度で済みましたが……魔法の発動が、早いですわね。剣術と魔法。双方で一定の技量を持ちながら、要所要所で切り替えて戦いを進めるというのは、私が奥義と魔法を使い分けていることに似ていますが。


 「ご自身の魔法は、無力化されないんですわね」

 「当然。獣人ちゃんのそれだって、珍しいんだろ。吸収できない魔法なんてあるんだな」


 「所詮、人族ちゃんには理解できないものですわ」

 「……まぁ、人間なんだけど。つか、ぶっちゃけ使徒だし。わかるだろ、なぁ。それがそっちの世界の技術なら、これはこっちの世界のもの……だろッ!」



 この青年は、遅いですわ。

 先程の少女より数段……ですから、守りの要の長剣さえなんとかなれば、私の勝利は揺るぎそうにありませんわね。


 剣士と対峙した場合、お兄様からは『剣士なら、腕を折れば剣は振れないっす!』と当たり前のようで確信を突くような困ったアドバイスを貰っていますわ。相当の剣士の剣は見破れない程に速いらしいですけど、私たちの動体視力なら余裕で見切れるらしいんですわ。因みに、これはお父様情報ですわ。


 と、言うよりも。既に勝ちは確信しましたわ。これ、当たっても平気そうですわね。


 剣筋を読んで、体を逸らしました。

 次に、剣から放たれた攻撃魔法を麒麟の奥義で往なしながら、懐に入りました。最後に腕を噛み砕いて、青年を蹴り飛ばして距離を置きました。


 「ぐ、噛みやがった。つーかこれ、腕死んでるじゃん。マジかよ……」



 これで……剣は握れないはずですわ。腕が反対側にぶらぶらしてますもの。


 「痛ってぇな……でも、まぁ。戦えないことはないか」



 ……腕を治療せずに、片手で剣を持ち直した?治療魔法は使えないようですわね。

 剣先から魔法を放つことができるんですから、杖としては片手でも戦えそうですけど……。


 「引き際を逃すと、早死にしますわよ」

 「生憎、死んでも元の世界に戻るだけなんでね。乙牌さんや美也ちゃんを生き延びさせるためなら、俺ぁ多少の無茶はできるんだわ。二人が死んだら、幹也に顔向けできない」



 え……死んだら、元の世界に戻るんですの?

 それは……初耳ですわね。でも、確証が無いので、そんな簡単には死ねないですわ。それに、敵の話なんて聞くだけ無駄ですわ。


 飛翔する風属性の魔法を避けながら、青年に接近。


 「技:スラッシュ!」

 「奥義:獅子 参、ですわ!」


 叫びながら繰り出された一閃を無視して、奥義を纏った掌打を叩き込みました。


 「うぼッ!?」

 「これで……終わりですわ。奥義:白虎 捌」


 胸部に掌打を受けて、怯んだ青年の肩から胸にかけてに、鉤爪の一撃がきまりました。

 膝から崩れ落ちる青年に背を向けて、逃げた少女を追い始めます。


 剣撃が私の首元に直撃しましたが、予想通り、少女の蹴りとは違って精霊の身体への効果が薄いようですわね。お母様の和服が裂けてしまいましたが、身体に傷は無いみたいですわ。


 魔法を無力化する能力は厄介でしたが、攻撃能力は持ち合わせていないようです……し?。はて、なぜ、少女は青年を見捨ててしまったんでしょう。わかりませんわ。二人掛かりなら。私の魔法を青年が受けて、少女の蹴りを主体とした戦法を続けていれば…………。


 『お父様、四人の内、一人を無力化しましたわ。これから援護に向かいますわ』


 『俺の方は大丈夫だ。それより、ルーク君の方へ行ってやってくれ!』

 『ルーナさん。僕の場所がわかりますか? 現在、四人の一人に襲われています。彼女の召喚魔法と僕との相性が最悪です』


 『わかりましたわ』

 『頼むぞ。俺は『一人』と四人の二人を相手にしているが……想定していたよりも力が弱い。少なくとも、あと五分は凌ぎ切れそうだ』


 ルーク様が危ないようですわ。

 私はルーク様がいる方角に、奥義を発動させながら向かいました。敵はあと四人……。

 ゲーム165日目


 ダンジョンの調査を始めてから4日が経過した。経過は順調。まぁ、卑怯というか、裏技というか、俺とミレアがいれはこの手の施設は攻略できるからな。そう、施設自体……はな。


 魔法陣で階段の位置を直接確認してから、最も魔物の少ない攻略ルートを模索、危険度の高い設置タイプのトラップをスキル:逃走犯の自動回避を利用して回避、減少したHPをミレアの回復魔法で回復、罠の発動後は一定時間のクールタイムが発生するからその間におっさん達が通り抜ける。すると、意図も簡単にダンジョンを攻略できてしまう。


 懸念すべき点は魔物が少ないといっても、数体以上の魔物の相手をしなければ階段に辿りつくことが不可能なことだった。Gランクの魔物は弱い。しかし、弱いといっても不意を突かれれば確実に殺されてしまう。そういうレベル。Fランク、Eランクの魔物と戦えば確実に消耗する。体力も魔力も、精神力も。29Fまでに6回は死にかけた。全て魔物の攻撃によるものだ。防御結界を任意で高速展開できるダークロード、破壊力に限ればCランクの魔物にも有効打成り得るおっさん、他者の能力向上、治療及び回復を自然回復量以内の最小魔力で発動できるミレア。この三人が居て6回も死にかけた。侮れない。生還率70%という話は嘘ではないようだ。


 そもそも、この生還率70%という数字が有効なのは14Fまでの話だ。なんせ俺たちが攻略するまでの最高到達地点が14Fだったわけだからな。実際に、死にかけたうちの一回は3Fでのことだ。芋虫を無力化して、骨人間と緑小人を全滅させた。よし、進むぞ。おっさんがそう言いながら階段を下ろうとした時、魔物の死体の下から影が伸びておっさんを襲いかかったんだ。幸い、ダークロードの防御結界が通用したから良かったものの、一歩間違えればおっさんの首が斬り落とされていた。影の正体は魔物の一種で、光魔法が弱点だったから楽に倒せたが、不意を突かれれば死ぬという事実をこれで再確認した。


 再確認して、気を引き締めて、尚5回、死にかけた。

 誰かが油断したわけでもない。下手なミスをしたわけでもない。作戦を考えたおっさんや俺のミスでもない。防御の要だったダークロードのミスでもない。適所に確実に援護魔法を唱えたミレアのミスでもない。俺は魔物の恐ろしさを改めて思い知ることになった。


 そして、29F。

 現在進行形で危機的状況に陥っていた。




 「300右、敵7、罠は壁と地面!」

 「こっちは任せろ! トラップは頼んだぞ嬢ちゃん!」



 おっさんが叫びながら片手のみで斧を振るう。

 片手持ちなのは、体力の尽きたミレアを小脇に抱えてるからだ。


 俺は走りながら短剣を抜き、逆手に構えた。

 皆より速度を上げて一人飛びだし、前方から接近している魔物に俺を狙わせる。人と獣の特徴を併せ持った獣人と似た、ワービーストのような魔物。種族名は不明。仮に猫魔とする。獣人と比べて獣の要素が強い魔物だが、所詮人型。弱点は多い。


 「ニャアアアアッ!」

 「……」



 爪を伸ばして空中から襲いかかってくる個体の攻撃を躱しながら、顔面を刃で薙いだ。手の中で短剣を回転させて順手に持ち直し、脇腹から急所を突き抜く。すぐに死体を除けて次の標的を確認する。更に二体、爪と牙の伸ばして此方に疾走してくる。

 左手の短剣をホルダーに戻して、ドッペルガンを取り出す。即座に形状変化を促して、M.R.I.リミ○ッド社のDESERT EAGLEをイメージする。短剣を投擲して、それを回避した個体を撃ちながら、もう一方の個体に急接近。銃を手放しながら回し蹴りからの爪攻撃を回避して、開いた両手を駆使してこめかみを支点に顎を押し込んだ。


 これで三体。300m先にある道まであと四体の猫魔が残っている。

 これらを対処する際に、走るスピードを緩めてはならない。俺の後ろにはおっさん達が居るが、更にその背後からは、総計170体以上の魔物が続いているんだ。26Fから集めてしまった魔物の数々が、百鬼夜行が如く俺達と列を成してダンジョン内を走っていた。


 止まれば死ぬ。最短ルートを塞ぐ猫魔の対処をする間も、悪趣味な罠を解除する間も、決してスピードを緩めてはいけない。低ランクとはいえ、この狭い道で170の魔物の相手など不可能に近い。そんなことをしてしまえば、少なくともダークロードとミレアの二人が死んでしまう。


 魔法陣で罠の場所を確認してスキル:逃走犯を発動させながら罠を踏む。発動される罠を全て回避して、すぐにスキルを解除して四体との戦闘を開始した。幸い、コイツらはG、又はFランクと推測される。冷静に対処すれば確実に勝てる相手だ。


 短剣と鉈を軽く握りながら一気にスピードを上げる。武器を投擲して牽制、次の銃弾で一体を仕留めた。すぐに壁に設置された罠を作動させて、飛翔してくる毒矢を銃で撃ち軌道を逸らす。焦るな、落ちついて、冷静に。


 攻撃に使える武器は限られてる。件のピッケルは使えない。職業『罪人』の補正により攻撃力が低下してしまうからだ。HP的ダメージが期待できない。短剣か鉈、手袋か銃、手斧や大鎌、暗器なんかは使用可能な武器だ。盗賊系の職業に関する武器は大丈夫なんだと思う。盗賊、山賊、海賊。暗殺者に死神なんてものが下位職業として付属させていたから、その辺と関係性があるんじゃないかと睨んでいる。


 武器の選択は慎重に、最適解を選べば問題ないんだ。20m先に一体、100m先に二体、まずは一体を手斧で殺す。魔法は駄目だ。MPは魔法陣で消費するから、できるだけ節約しないといけない。俺の魔法具アリア・エリスロードは氷魔法を操る能力を持っているから其方が主流だと思われがちだが、単純に切れ味も良い。Eランクの魔物の肉や骨を楽々切断できる程度の業物だから、こんなネコ女を殺れないわけがないんだ。殺れる、いける。


 「シッ」

 「ギャンッ!!」



 伸びてきた腕を切断して、目を見開いている猫魔の首を斬り落とす。手斧の刃の部分を引っ掛けてから、力を入れるだけで簡単に首が落ちた。STR補正で強化されている俺だけど、他の武器じゃこうはいかない。能力値プラス装備品の攻撃力。これが魔法道具の性能。金貨千枚以上の価値があるとリラナルテさんは言ってたけど、確かにそれくらいの金を出しても欲しいものだと思わせる力を秘めている。


 あと二体。

 姿を確認すると、今までの数体とは特徴が違っていた。特徴というか、性別が。


 雌(メス)ではなく、雄(オス)。

 筋肉質で、スピードが段違いに速い。雌がG~Fだとすれば、雄はF~E程度のランクだと推測できる。Eランクの魔物はD級冒険者がソロ討伐を推奨されるレベルの戦闘能力を備えている。それが二体。それも、数秒でケリをつけなければ大量の魔物に追いつかれてゲームオーバー。


 ……状況が悪い。MPを渋ったら死ぬ。


 「魔法具『手斧(アリア)』起動。足と大斧」

 『…………』



 手斧に指令をだして、水魔法水弾を発動。三発の水弾を前方30m地点に撃ち出しながら走る。俺よりも猫魔の方が速い。だから、奴らとの中間地点より此方側に俺由来の魔素を充満させた。これで手斧の氷魔法が使える。


 手斧を持った右手を前に伸ばして、4本の触手を生成した。

 数秒後に、二体の猫魔との距離がなくなる。奴らは遠距離攻撃の手段を持ち合わせていないようなので、先手を取れる。これは大きい。水魔法の触手は最長で約10mまで伸ばせる。先端の強度を上げて攻撃性を高めた触手ソード形態でも7m。4本の触手を全てソードに変えてから、俺は攻撃を仕掛けた。


 『くらッ、え! 今、二体目後ろ』

 『…………』



 迫る触手ソードを巨大な爪でいなす猫魔A。足を止めたAを追い抜かして跳躍した猫魔Bの真上に出現した大斧が、猫魔Bの背を打ち砕いた。刃が触れた部分が瞬時に凍って、それを砕くことで致命傷を与えたんだ。


 氷結化した血肉が降り注ぐ。視界が悪くなって不利になるのは猫魔だけ。嗅覚は互角。仮面の気配察知と魔法陣を併用して状況を把握している俺の方が圧倒的に有利。新たに追加した8本の触手を盾のように扱いながら接近。爪攻撃を二重に重ねた触手で防いで、攻撃を行った際に発生した隙を突いて、地面から伸びた氷柱が猫魔Aを串刺しにした。


 手斧で猫魔Aの首を落として、止めを刺した。即座に魔法を解いて、そのまま走り始める。足を止めていたから、後ろとの距離が縮まってしまった。罠を作動させるのに時間がかかるから、俺は一人で独走していなければならない。



 数十秒後に、右に曲がった。

 この道を直進すれば階段がある。そこまでいけば後ろの魔物を撒くことができる確証があるんだ。


 簡単に言えば、ボスエリアに雑魚は入れないということだ。10FにはFランクの大型の魔物が、20FにはEランクの中型の魔物が二体いた。次は恐らくDランクの魔物が待ち構えているはずだ。


 「あと700mでゴールだ、 敵0、罠が地面に一つ!」



 後ろまで聞こえるように大きな声で叫びながら、更にスピードを上げる。スキル:逃走犯を発動させて、落とし穴から逃げた。


 人外レベルの跳躍力で、落とし穴を回避。20m規模の罠を飛び越えた。一度作動した罠は、直ぐに元の状態に戻る。そして一定時間は踏んでも作動しなくなる。ダークロードとおっさんが通り抜ける頃にはなんてことのない通常の通路になっていることだろう。


 スキル:逃走犯を切りながら安物の薬を飲んでHPを回復する。着地の際に結構なダメージを受けた。足首と膝が痛む。受け身を取らなかったから、衝撃が直に効いたんだ。次からは気を付けよう。


 もう魔物はいないから、ドッペルガンを構えながらバック走で通路を進む。洞窟状態で足場が悪いけど、魔法陣があれば後ろの小石程度なら避けられる。走りながらでは上手く狙えないけど、数が数なので撃てば当たる。二人に当たらないように撃つことは然程難しいことではない。


 大量の魔物が俺たちに追いつけない理由は、ダークロードが随時展開している小型の防御結界にある。最小規模、つまり10cm四方の小さな結界を大量に置きながら走っているのだ。ダークロードが履いている靴は、魔力の送りながら地面を踏むと任意の場所に結界魔法を発動することができる、という魔法品だ。


 保有魔力量の多くないダークロードは大規模な結界を連発することができない。だから、列から飛び出た魔物を最小規模の結界を利用して的確に足止めしている。しかし、全ての魔物を止めること等不可能。だから、おっさんが度々巨大な斧を投擲している。それで前方の魔物が倒れれば、後方の魔物の動きを鈍らせることができるから。


 おっさんは常に10本の斧を常備しているらしい。アイテムボックスの9割相当を斧で埋めていると聞いた。ここまでに7本を使用しているから、残りは3本のはず。まぁ、俺が予備の武器を貸し出せば済む話だが、生憎おっさんに似合うような大型の武器は所持していない。少し大きめの盾があるけど、それで攻撃はできない。街で言ってくれれば、予備の斧くらいは持ってきたんだが、今更悔やんでも後の祭りだ。








 魔物から逃げ切った俺たちは、29Fと30Fを繋ぐ階段の中央付近で座り込んでいた。


 「はぁ、はぁ、はぁ、体力が持たないな。我は休息を所望するぞ」

 「俺も同意見だ。おっさん、今日はここまでにしてボスは明日倒そう」


 「いや、それはダメだ。少し休んだら下に降りる」



 今日はここで夜を明かそうと提案してみたが、却下された。どうしてだろう。ここは地下だから常に暗いから時間の経過が分かり難いけど、外は既に日も落ちて、もう少しで日が変わりそうになっている。このダンジョンで唯一の安全地帯である9Fから10Fの階段。ここで休まなきゃ何処で休むって言うんだ。


 「いいか、俺たちは疲労が溜まってる。疲れてる。いやな、最悪俺らはあと2~3日は持つだろうけどよ。でもな、ミレアはそうはいかねぇ。魔法使いで、しかも女だ。今は気絶するように寝てるが、コイツは既に限界に近い。明日になったら使い物にならなくなる。このまま勢いで30Fの魔物を殺して、そのまま外に戻る」


 『ん、どういうこと?』

 『精神的に参っちゃってるのよ。明かりもない、不衛生で、危険な環境にね。本格的に休憩して、冷静になって、色々と考えちゃうとダメになるってこと』


 『? 明かりはダークロードの魔法品があるし、トイレすらないけど洗浄魔法の使い手が二人いるから以外と清潔だし、ここならある程度の安全は保障できると思うけど……』

 『……あのね、誰もが幹也みたいな変に鈍感な心を持ってるわけじゃないの。そこの水魔娘は、元々が幼いのよ。心が脆いって言うの? 精神的に弱いのよ』


 「いやいやグラーデ氏、それは合理性に欠ける。やはりここで休息を取る方が得策だろう。5時間あれば、2種類の魔法薬を調合できる。頭の疲労を抜く薬と、体の疲労を抜く薬の2種類を。それを飲んで、更に3時間の仮眠を取れば恐らくは持ち直せるだろう」

 「……そうだな、そっちに変えるか。よし、トト坊の案に変更だ。嬢ちゃんと俺はメシの用意、トト坊は薬の調合。ミレアは……このまま寝かしとくか」



 ん、どうやら話が纏まったようだな。

 ええっと、俺はご飯作りか。既に完成された品を取り出すだけの簡単な作業だな。いや、おっさんが鍋を取り出してる。ということは、ガチで作るのか……。今日はまだ水と携帯食しか口にしていない。そりゃあ温かい物が食べたくなるか。


 食材を持っているのは俺とミレアで、ミレアは寝てるから、俺の手持ち分を取り出した。

 こんな所で作れる料理は限られてくる。火を熾すのは不味いから、火属性の魔法を当てると高温になるという鉱石で作られた長方形の石塊におっさんが魔法を当て、高温になったそれを利用して調理をすることになる。

 具材は野菜と肉が中心で、その両方を鍋にぶち込む。おっさんが調味料を味見しながら加えて、しばらくして完成。簡単だけど、美味しい、腹の膨れる一品が完成した。


 まぁ、2日前の朝と同じなんだけど。基本的にのんびり食事なんてものができるのは、10F毎にあるこの階段だけだ。常に魔物に襲われることを警戒しなくてはいけないから、パンとか、片手で簡単に食べられる物が中心になってくる。そりゃあ俺は相当数のパンを持ち合わせてはいるけれど、さすがに飽きてくる。


 固いパンも軟らかいパンも、甘いパンも辛いパンも、何個も食べた。串焼きなんかも食べ尽くした。たった5日間だけど、運動量が影響しているのか腹が減るんだ。太るとか言ってられない。生命に関わる。



 寝起きのミレアと一緒に食事を取った。

 ベルフェの話だと、ミレアは洞窟調査の過程でストレスを感じているらしい。睡眠時間が足りていないのか、目元に隈ができている。食後に渡した果物のパイは美味しいと言って食べていたが、あまり元気が無いようにも見えた。


 「ご、ごめんね。私って、足手纏いだったよね」



 魔法薬が完成するのを待っていると、そっとミレアが呟いた。

 足手纏い。そんなことはなかったと思う。腕力強化でおっさんの打撃力を高めたり、脚力強化で俺の走力を上げてくれたり。戦闘で負った小さな傷を回復してくれたりもした。ついさっきだって、無理して痛みが走っていた俺の足を完璧に治療してくれた。


 正直言って、ミレアはかなり役に立っている。

 ヒーラーがいるってだけで選択肢が広がるし、一瞬の判断が必要な時に迷わなくなる。多少の無茶をしても平気だからな。霊薬(エリクサー)は高価で無駄使いできないから、魔力でケガが治るってのはありがたい。

 

 それに、無属性魔法『洗浄』がマジで神。

 正式名称は違うんだけど、唱えた範囲の汚れを全て洗い流せることからそう呼ばれているんだとかで、これがあれば風呂なんて文化は生まれない。魔法の効果範囲に入れば、まるでシャワーを浴びた後のような状態に一瞬でなれる。そして、これはトイレ的な意味でも使えるんだ。こんな場所で、こんな状況だと、その辺でするか漏らすかみたいな選択肢しか普通は選べないんだが、これを唱えてから排泄すれば、一瞬で綺麗になる。ブツが消滅する。『汚れ』に当てはまる物にだけ有効な攻撃魔法だと言えばわかりやすいだろうか。


 魔法品が豊富で、必要な品が無い時はその場で作ることもできるダークロードには及ばないにしても、相当の活躍をしていると思う。


 「足手纏いって……それはない。客観的に見て、貢献度で見れば一位がダークロード。次点でミレア。道中では俺が、戦闘ではおっさんが最低限の仕事をしていたし、足手纏いは一人もいないだろうよ」

 「嘘だよ。なんで私が2番なのさ」


 「なんでって……俺が汚れていないのも、傷付いていないのも、みんなミレアの御蔭じゃないか。体力が持たないくらい何ともないさ。幸い、ミレアは細いから。おっさんからしてみれば斧よりミレアの方が軽いんじゃないか?」

 「うぅー……」



 冷気を放っている髪を撫でながら、拗ねている彼女を少しだけ励ました。

 黙り込んでしまったミレアを放置して、数時間後の30Fのことを考える。


 このダンジョンには10階層毎にボスがいる。

 9Fから10Fを繋ぐ階段に魔物は侵入できない。

 ボスを倒した後で、地上に戻る為の脱出ポイントのような物が出現する。転移系の装置で、腕輪から声が聞こえたので本物だと推測できる。


 とりあえず、ここまでの経験からわかったことがこれくらいある。

 採掘可能な鉱石の種類や、出現する魔物の種類はおっさんとダークロードが理解しているし、洞窟内に存在する魔素の量はミレアが感覚で理解できると言っていた。洞窟調査の依頼はこれで達成が可能だろうから、あとは帰ればいい。


 30Fのボスを討伐して、1Fに帰る。

 今までの傾向からして、30FにはDランクの魔物がいる可能性がある。幸い、俺たちはD級パーティー相当の戦闘力を保持しているから、十中八九勝てる戦いになるはずだ。仮にDランクが2体いても、俺とおっさんが別々に相手取ることで対応できる。3体目からはさすがにキツイが、それもベルフェゴールを召喚すれば簡単にケリが付く。


 『負けそうな時は遠慮なく呼ぶから、そのつもりで』

 『そんな何度も言わなくてもわかってるわよ。サボりは許されないってことでしょ?』


 『そういうこと。怠惰の悪魔を勤勉に使役させるって笑えるけど』

 『笑いごとじゃないわよ、まったくもう。私が弱くなったらどう責任取ってくれるのよ』


 『責任て……そん時は養ってやるよ。12年間限定でだけど』

 『本当に? 言ったわよ? 聞いたわよ?』



 ベルフェゴールは自称『怠惰を司る悪魔』だから、

 怠惰に過ごせば強くなれるし、勤勉に過ごせば弱くなってしまう。


 要はベットでごろごろすると能力値の最大値が更新されるということだな。絶対嘘だろそんなの……。





 166日目


 「うわ、本当に身体が軽い。頭ん中のぼんやりした感じもなくなってる」

 「そういう薬を調合したからな。当然の結果だ」



 ダークロードが調合した頭の疲労を抜く薬と、体の疲労を抜く薬の効果は絶大だった。どの程度の効果かといえば、街を出発する時より元気になっている気さえしてくる。それくらい疲れが抜けていた。


 「本来、魔法薬という物は多用すべきではないのだ。外部から影響を及ぼす回復魔法とは異なり、これらは人体に備わっている回復機能を一時的に上昇させているに過ぎない。短期間の間に多用すれば、薬が無ければ自然回復の見込めない体になってしまうのだ」


 「つまり、どういうことなんだ?」

 「使い過ぎ注意ってことだよ。薬が無いと疲れが取れなくなっちゃうの」


 「なるほどなぁ。確かに、少し休んだだけでここまでの効果なら使い続けたくもなってくるわな」



 「……で、ここを進めば20Fと同じようにボスが出現する可能性が高いだが。大まかな作戦は前と同じでいいのか?」

 「俺と嬢ちゃんが前衛、トト坊が中衛、ミレアが後衛って感じだな」


 「私は、グラーデに集中すればいいんだよね?」

 「そういうことだな。俺の一撃を決める為に、嬢ちゃんが隙を作る。嬢ちゃんの援護をトト坊が、俺の強化をミレアが担当するってことだ」


 「予想外の事態が起こった場合は俺が指示を提案する。その判断が間違っていた場合はおっさんが次の案を叫ぶ。それに反論したい場合は別の案を叫ぶ。声が途切れたら、その作戦を実行する。これでいいな?」


 「間違ってはないと思うが……些か非効率ではあるな」

 「予想外の事態という物は、早々起こり得るような物じゃない。だが対策を立てないというのは不味い。作戦を予め用意しておくには、覚える為の時間が足りない。こんなことでも、予め用意しておけば役立つかもしれないからな」


 「そうだぞ、パニックになって誰かが死ぬよりマシだ。いいか、焦るな、慌てるな。何が起こっても、俺か嬢ちゃんの意見に従うんだぞ」



 おっさんの言葉を聞いて、皆がゆっくりと頷いた。


 階段をおりて、腕輪から『30F』の声が聞こえてきた。

 広い。数キロ単位の巨大な空間。ダンジョンを構成する白い壁で周囲を囲まれたこの空間には、上下に繋がる階段、地上に戻る為の装置、深層の門番、これらが存在していた。


 門番。ボス。魔物。

 奴は……出鱈目なサイズの豚人間、Dランクの魔物『オーク』だ。



 Dランク、Dランク、Dランク。

 俺らの戦力はD級パーティー相当だから、勝てる。



 「作戦通りに行くぞッ!」

 「オーク……いや、奴は!?」



 オークとの距離は約1300m。俺たちの存在に気付いたオークが此方に接近してくる。約570cmの巨大だが、その素早さは人間の比じゃない。極めて俊敏。攻防速の全てが高水準にある文字通りの化け物だ。


 成長制度の効果を受けた俺は、その気になれば50mを2~3秒で移動できる。だが、奴はそれ以上の速さで接近している。後衛(ミレア)と前衛(俺)が固まっていれば勝機は無い。最低でも300mは欲しい。


 尻尾で初速を補って速度を上げる。スキル:逃走犯で仲間から逃げて更にスピードアップ。右腕から触手を生やして、左手で黒蟲の短剣を抜いた。右手のドッペルガンから銃弾を吐出しながら、奴との距離を縮めた。



 「ブウォオオオオ!」

 「なっ!?」



 あ、ありえねぇ……奴は、オークは、両手で持った二槍の突撃槍で、弾丸を弾き飛ばしやがった。


 なんだ、これは。

 銃弾を受けてもHPが減らない奴、見てから避ける奴、直感で避ける奴、感知して避ける奴。色んな対処方法を見てきたが、このオークがやったことは異質だ。

 防御力や速力に頼ったゴリ押しではなく、飛び道具に対する槍術の技法を使って真正面から銃撃を対処してきやがった。


 つまり、それは単純に槍術使いとして相応の域に達していることを意味する。

 加えて、あの身体能力に銃弾を認識した動体視力。本当にDランクの魔物なのか? D級ダンジョンで戦った強化個体のリザードマンよりも格上だぞ、そんなの。


 後ろとの距離が400mを超えた辺りで、オークの攻撃範囲に侵入した。


 オークの身体に合ったサイズの突撃槍が、突撃槍に似合わない横振りで振られた。

 風を斬る音が爆音のように聞こえる。別に、槍の攻撃になんて詳しくないが、これはわかる。囮だ。跳ぶようにして槍を回避すると、2本目の突撃槍が上から振ってきた。


 触手を地面に着いて、俺の身体を押し出した。

 真後ろから地面を叩く音が聞こえる。続く、背後から迫る三撃目を尻尾を地面に突き刺すことで体を斜め前方に押し上げ、追撃を回避した。水の尻尾は、俺の身体を支えられるサイズだと最長で3mまで伸ばすことができる。攻撃範囲が2m以内なら、回避に使える。


 尻尾を破壊され、空中に投げ出された俺に、4撃目の照準が合わせられ……なかった。


 地面に着地後、即座に一時離脱を試みる。

 オークは後方に跳躍、俺の姿を探している。


 技:隠密は対象の視界から外れた際に、強力な隠蔽効果を発揮することができる。更に、仮面の気配を読めなくするという特殊能力が、この技の効果を引き上げる。余程の索敵能力が無い限り、技:隠密を見破ることはできない。


 認識スキルのスキル:誤認で視線を他方向に誘導してからのコンボで、生き延びた。ギリギリの死闘。体が熱くて、血が沸騰しそうになる。死の恐怖が心臓を縛り付けて、呼吸が乱れる。殺す。この豚野郎をぶっ殺してやる。


 「嬢ちゃん、やべぇ、どうする!?」

 「ああん?」



 俺が足止めをしている間に追いついたおっさんが、神妙な顔付きでそう訪ねてきた。

 主語が不明瞭で質問の意図を理解できない。


 「だから、『槍持ち』だ! オークの槍持ち」

 「確かに、槍を持っているな。それもかなりの技量を備えているらしい」


 「当たり前だろ!……って、わからないのか?」

 「なにがだよ。それより、奴がくるぞ。散開後に左右から同時攻撃を……」



 「"Cランク"だよ。槍を持ったオークの適正レベルは、C級冒険者だクソったれ」




 槍術使(ランサー)いの豚人間。Cランクの魔物が、30Fのボスだった。







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