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第25話 洞窟調査(2)

 僕とウルスダッツさん、それにウルスダッツさんの父君でもあるゼダンさんを加えた三人は、とある人たちを討伐するために中央大陸に行くことになりました。

 とある人たちというのはゼダンさんが敵対している人族のパーティーなので、僕とは関係性がありません。ですが、ミキュアを救って貰った恩を返すため、僕も協力させて頂くことになりました。ミキュアの傷を治してくれたゼダンさんには感謝しています。


 酷い傷でしたからね……女の子にとっては辛いことでしょう。男性なら戦場で負った傷痕は名誉や誇りといった言葉で片付けられますが、女性にとってそれは違います。ミキュアは男勝りなだけで心優しい女の子ですからね。


 僕たちは中央大陸東部に位置する森の中で野営をしています。僕はミキュアから預かっている指輪を眺めながら、ゼダンさんの話を聞いていました。


 「明日、奴らとの戦闘を開始するわけなんだが……もう一回だけ確認しておくからな」

 「何度目ですの? もう聞き飽きましたわ」



 ゼダンさんの話を枕に顔を埋めながら遮るウルスダッツさん。なんてことのない、親子の戯れですね。僕は両親とは縁を切っているのでどこか羨ましくも感じます。父上が失踪してから、若い男を連れ込んで挙句の果てには子供まで作った母上を、僕は親だとは思いたくありませんから。父上が何処かで生きているのなら、一緒に暮らしたいものです。


 「あのなぁルーナ、父さんは確実に勝ちたいんだよ。前回は押し切れなかったから、ルーナとルーク君の火力が頼りなんだ」

 「知りませんわ。私(わたくし)は、ミキュアさまと依頼を受けるはずだったんですわよ。それを破棄したのは、お父様なんですからね」


 「それは悪かったと思ってるけど、その代わりにこれが終わったら二人の交際を認めてあげるって言ってるじゃん。アブノーマルな関係だってわかってる?」

 「そんなことありませんわよ! 私たちは相性ばっちりですわ! きっと、あの愛らしいミキュアさまを守るために、私はこの世界に来たんですわ! そうに決まってますわ」


 「うおぉ、娘はお嬢様計画がこんな風に脱線してしまうとは……どこかおかしいと思ってたんだ。小さい頃から、エロゲの話ばっかり聞きたがるし。その枕、ミキュアちゃんのだろ? なんでお前が持ってるんだよ……」

 「こ、これは……きょ、許可は貰いましたわ!」



 どうやらウルスダッツさんはミキュアの私物を拝借してきたようですね。二人は恋仲らしいですので、それも戯れの一環なのでしょう。同性愛に関しては知識不足な面が否めない僕ですが、二人の仲が良いことは知ってます。


 「恋人の所持品を借りただけですから、そこまでのことじゃありませんよ」

 「ルーク君……いや、駄目でしょこれは。初日から暇を見つけては抱きしめて、獣人の嗅覚をフル活用してミキュアちゃんの香りを求めてるわけだし。変態だよ。匂いフェチの変態だよ。わからない。俺は百合は専門外だったんだから、女の子同士はわからない」


 「僕も同性愛の教養は持ち合わせていませんが、案外、普通の恋人の関係に近いのかもしれませんよ」

 「そうなのか? ルーク君が言うとそう思えてくるから不思議だよなぁ。妙に説得力があるというか……てか、話が脱線していたな。敵の話をするぞ」



 咳払いをして、真剣な表情になるゼダンさん。


 「俺と敵対している四人組だが、三人の情報は持っていない。残る一人が守るように行動していたことから、その一人より弱いんだと思う。だから、ルーナとルーク君には、その三人の相手をして欲しいと考えてる」

 「……お父様は一人を倒せなかったんですわよね。それじゃ繰り返しになりますわよ」


 「ああ、勿論そんなことはわかってる。あの時はこっちに来たばっかりでな、少しこの体に慣れていなかった。それを踏まえても恐らくは凌がれると思う。だから、二人には早急に三人を戦闘不能に追い込んで、俺の援護に回って貰いたいんだ」



 僕とウスルダッツさんで三人の相手をして、ゼダンさんが一人の相手をする。三人は一人より弱いから、僕たちならすぐに倒せる。その後、ゼダンさんに加勢して一人を仕留める……という作戦ですね。


 「とは言ったものの、俺が始末したいのは一人だけだ。他の三人はどうでもいい。むしろ逃げてくれた方が都合がいいな。仮に三人が余りにも弱かったら、ルーナかルーク君のうち一人は俺の援護に回って欲しい」


 「お父様は……なぜその一人に固執しているんですの?」

 「固執……か。例えば、俺とルーナだったら俺の方が強い。10回戦えば、10回とも俺が勝つだろう」


 「そんなこと言われるまでもないですわ。お父様が私を育てたんですもの、私よりも弱いわけがありませんわ」

 「そして、俺とルーク君が戦った場合は……9回は俺が勝つだろう」


 「そうですね。僕自身それなりの経験を積んできたつもりですが、ゼダンさんの動きを見ていると、まだまだ学ぶべきことは多いと実感しています」

 「ルーク君も相当強い。俺だって強い。だけど、圧倒的な差が開いてるわけでもないし、その差を埋めることが不可能だとは思えない。ルーナだって、あと10年も頑張れば俺より強くなれる」


 「だけどな、あいつは違う。俺たちは使徒だから、何れは競い合うことになる。その一人を放置しておくことは絶対にしてはいけないことなんだ。現時点でも厄介なのに、あれで成長途中なんだよ。このままでは、あいつの一人勝ちになってしまう」



 ゼダンさんが敵対している者は完成系が見えないほど成長幅が高いので、今のうちに倒しておかなければいけないと、そういうことですね。どこの世界の使徒かは知りませんが、彼にそこまでのことを言わせるのですから、相応の者なのでしょう。


 これはいい機会かもしれません。強者を見ることは、何よりの修行になりますからね。レベルアップには丁度いい。

 明日、どんな結末になるのかはわかりませんが、少なくともゼダンさんと一人の戦いを目に焼き付けることにしましょう。






 

 ゲーム160日目。


 コルーガの街で運送屋なる人々を発見し、テイム済みの魔物に引かれること20時間。俺たちは調査対象となっている洞窟の入口にやってきていた。


 「ここが噂の洞窟か……」

 「ふむ、こうして見ると只の洞窟にしか見えんが……」


 「確かに、人の手が入ってるようには見えない。自然現象で生まれた類の……いや、そんなこともないか」

 「……当初はこのような物は存在していなかったと仮定すれば、或いは只の洞窟だったのかもしれんな」



 入口付近には、数多くのテントや仮住居とも言える簡易的な建物が存在していた。

 周囲の木々は既に倒され、それなりに広大な範囲が整地されていた。今まで通ってきた道だって、列記とした道だったんだ。森の中に無理やり道を作ってみました……みたいな感じではあったが、見れないようなものではなかった。土魔法が使えればこれくらいは簡単にできること……なのか?

 ここから見る限りじゃ、内部は光源が設置してあるくらいで特に不自然な箇所は発見できない。しかし、こんな場所でも生還率が70%の危険な場所なんだ。気を引き締めないといけない。


 俺とダークロードが周囲の様子を伺っていると、ミレアを連れたおっさんが馬車……というか魔物車?からおりてきた。金属製の鎧で体の要所要所を保護しているおっさんに、昨日とは違い戦闘用のローブを着ているミレア。ダークロードは服が全て魔法アイテムだし、俺はキツネ尻尾が生えた軽鎧を装備している。外見上の纏まりは無いが、戦闘に特化した服を着ている点は共通していた。


 「よし、取り合えず今日は鈍った体を解すのに使え。本格的な調査は明日からでいいだろ」

 「解すついでに簡易的な調査をしてもいいか?」


 「そんくらいなら構わないが、余り奥に進むなよ。一人じゃ危険だからなぁ」

 「適当に入口付近を見てまわるだけだよ」



 揺れる馬車の中でずっと座っていたんだ。何度か休憩を挟んだとはいえ、腰周りと背中、肩や足がおかしくなっている。立っているだけなのに常に違和感を感じている状態。休憩のたびに起こされたから、睡眠だって碌に取れてない。今は早朝だから……昼くらいまで軽く運動して、ご飯食べたら少し寝るか。

 俺はアイテムボックスからテントを取り出して、ささっと組み立てると軽く準備運動を始めた。テントは二人用の物で、アレンと一緒だった時に購入した物だ。今は中でダークロードが寝ている。ミレアとおっさんも俺のとは違った高級品っぽいテントの中で寝ている。大きさこそ一人用の為小さいが、何らかの魔法が付加されているみたいだ。中には快適空間が広がっていることだろう。


 『俺以外は寝ちゃってるわけだけど、そんなに眠かったのか? 確かに、数時間毎に無理やり起こされたのは辛かったが』

 『あの振動の中で熟睡できる幹也がおかしいだけよ。皆はずっと起きてたの』


 『熟睡はできなかったみたいだけどな。少し、体に疲れが残ってる感じがする』



 準備運動やストレッチを一通りやり終えて、軽く体を動かした。

 約一時間程だろうか。違和感が薄れて頃を見計らって、洞窟を調べてみることにした。


 黒蟲の巣となっていた洞窟より、一回りも二回りも小さな入口。大型の魔物は絶対に入れない。中を見ても、特に変わった様子は見られない。こんな洞穴は、この世界では珍しくもない。

 

 魔力を更に消費して内部の構造を探る。俺の目となっているこの魔法陣は、MP換算で約20000の魔力を注ぎ込むことにより最大で約2.5kmまで認識できるようになる。これが俺の魔力が届く限界の範囲。厳密にはMP20000の魔素から俺の性質が除外されるまでの距離ということになる。

 そしてこれは特徴というか、弱点なんだが、上下左右2.5㎞先の様子を見ることはできるがそれが直径5㎞の球体にはならない。遠くを見ようとすれば近くを見ることができない。前方を見ようとすれば後方は見えない。一定の範囲内しか知覚できないから、近接戦闘に限れば元の視界よりも狭くなっているとさえ言えてしまう。


 『……あ、階段発見。そうか、本当にダンジョンなのか』

 『何かわかったの?』


 『なんとなくだけどな。簡単に言えば、これは遊戯の一つだ』

 『遊戯?』


 『敵や罠が豊富な地下洞窟を進み、最下層まで行ってお宝を入手する。そんな遊戯が俺の世界には存在して……いや、存在はしていなかった。空想上の遊戯施設として有名だったんだ』

 『存在して……え、妄想上での遊び場ってことなの?』


 『当たり前だろ、こんなものが現実にあったら危ないだろうが。俺の世界は平和なんだよ。魔物みたいな天敵もいない、平和すぎて人族同士で殺し合っちゃうような世界なの』

 『ぜ、全然平和じゃない……』



 索敵を下方向へ絞る。

 ……見えない。地下が無いわけじゃない。暗いから見えないわけでもない。


 なんだこれは……空間が歪んでいるとしか表現できない。

 濃い紫色で、ぐねぐねと動いていて……嫌悪感を感じる。うわ……気持ち悪い。


 『あれは……』

 『何かしら……あそこ、変よね』


 『やはり、この洞窟はダンジョンなのか? 不用意な決めつけは良くないけど、絶対にダンジョンだよこれ』

 『あまり……見ない方がいいと思うわ。なんか嫌な気分になってくるもの』


 そうだな。確かに、不安な気持ちになってきた。

 すぐに魔力の流れを止めて、索敵範囲を周囲200mに戻す。前方のみ200mでその他が150mの、まるで鶏卵のような楕円形が俺の目が及ぶ範囲。遠くはぼんやりとしか見えないので、精密索敵範囲とも言えるのは魔法陣から約20mの距離の間だけ。この辺は元の視界と変化はない。スキル:五感強化で視力が強化される以前の俺と同等と言える。


 ふぅ。取り合えず、1Fだけでも調べておくか。

 内部に足を踏み入れると、不可視設定されていたはずの腕輪が出現した。そして、どこか懐かしいと感じてしまうような機械化された音声が聞こえてきた。


 『ダンジョン【D7C】に侵入しました』


 『最高到達地点は14Fです』


 『残り復活回数は3回です』



 ……腕輪が機能したということは、ここはゲームに関するなんらかの施設ということになる。例の、この世界のダンジョンに入った時は聞こえなかった。なのに……。


 落ち着け。頭の中を整理しよう。

 

 『ダンジョン【D7C】に侵入しました』

 これからはこの場所がダンジョンであること、7という数字から少なくても他に6個のダンジョンが存在していることが推測される。DとCは頭文字か? 仮にDがdungeonのDであるとすれば、Cは……駄目だ。わからない。caveのCか?


 『最高到到達地点は14Fです』

 これは簡単。恐らく、誰かが14Fまで攻略したということだろう。ということは少なくとも15F以上のダンジョンだということだ。


 『残り復活回数は3回です』

 ……復活、できるのか? ダンジョン内で死んだ場合は蘇生されると……俄には信じがたいな。死者が出現しているという話から、この情報には信憑性がない。ブラフか? 確認がとれるまでは嘘情報だと思うことにしよう。腕輪が嘘を言う必要があるとは思えないが、自分の使徒にゴブリンとリザードマンを嗾けるような神様だ。信用ならない。


 『この洞窟はダンジョンで間違いない。使徒の為に用意された何か……』

 『え、どうしてそう思うの?』


 『ああん? 声が聞こえたじゃん』

 『……声?』


 『……聞こえなかったのか?』

 『聞き逃した……とは思えないけど。一応、幹也が目にした、耳にしたことは私にも伝わるわけだし』


 『そうだよな。魔法陣から見た情報でさえ受信できるベルフェが、腕輪の声を聞き逃すはずはない。となれば、この声は俺、若しくは地球人にしか聞こえないようになっている……ってことか?』



 確か、腕輪の声に最初に気付いたのは美也だったか。となれば、後者が正しいのか。俺たち以外には聞こえないんだろうな、きっと。


 洞窟内部は基本的に広い。奥は細いが、あれは狭いわけじゃない。例えばここ。一見、洞窟の壁に見えるが……更にむこう側は別の鉱物があって、更に奥は綺麗な壁、壁のむこう側が例の紫色の……。

 綺麗な壁とは、所謂破壊できない壁だろう。凹凸のない壁面を見れば、このダンジョンが巨大な四角形の空間で構成されていることが推測できる。この壁に、洞窟っぽく見えるように岩盤が追加されているというわけだ。きっと、その岩盤から希少な鉱物が採掘できるんだ。だからここには人が集まる。生還率が微妙でも、街から少し歩くだけで金が落ちてるんだ。拾うしかない。拾いに来るしかない。そんで死ぬ。街から人が少なくなる。噂を聞き、不自然に思ったギルドが調査依頼をだす……と。


 大方こんな所だろうな。

 念の為、壁も調べておくか。アイテムボックスから籠手を取り出して右腕につける。水魔法触手生成。触手ソードを唱えて、壁を一突き。すると、ぼろっと岩盤が少しだけ削れた。12本の触手で、断続的に岩盤を掘り続ける。MPが切れて、薬を飲んで回復。それを三度、約2時間かけてようやく壁を拝見することができた。


 薄く模様が掘ってある、純白の壁面。そこを触手で突いても、びくともしなかった。水刃でも、鉄の短剣でも、ピッケルでも、削れない。ヘッドが短く、シャフトが長いこのピッケルは武器にもなる。当然、生半可なものじゃない。それでも、破片すら入手できないなんて……。


 『ベルフェならこれ、壊せるか?』

 『……無理、ね。多分だけど。やってみようか?』


 『いや、やらなくていい。ベルフェにはボス戦で活躍してもらう予定だから』

 『えー、疲れるのは嫌よ。壁を殴るのと、ボスを殴るのじゃ疲労度が違い過ぎるわ』



 殴るのかよ。そういえば、ダンジョンボスん時も殴ってたな。肉弾戦は苦手じゃなかったのかよ……どうせなら苦手じゃない方を使えばいいのに。悪魔様の考えることはよくわからん。


 んー、壁のサンプルも採取できないし、テントに戻るか。

 背後を振り返り、歩き出そうとしたら、ゴツン! っと、派手に頭をぶつけてしまった。


 ……痛い。え、あれ? 道が岩盤で埋まってる?


 俺が掘った通路が消えてしまっていた。

 時間経過で、自動的に岩盤が生成されるのか? 俺が岩で埋められていないということから、何もない空間にのみ岩盤が発生する……と。

 うわぁ……閉じこめられた。また、これを削るのか。辛いな。


 「伸びろ、ソード」


 伸びろ、伸びろ、伸びろ。12本全てを詠唱して、少しでもMPを節約する。

 ガツガツ。ガツガツガツ。水でできた触手が、岩盤を削る。1分もしないうちに、全ての触手が壊れた。詠唱。壊れる。詠唱。壊れる。詠唱。壊れる…………。





 「う、眩しい…………外、か」


 明かりも灯さず、只管に詠唱を唱え続けて約100分。新しい岩盤はやわいのか、予定より早く脱出することができた。明かりが眩しい。水も食糧もあったのに、無意識で詠唱を続けてしまったみたいだ。頭の中で12個の構成式を只管考える作業に没頭していたらしい。


 やべぇ、テンション下がった。お腹すいた。右肩痛い。疲れた、寝たい。


 『幼稚退行してるわ』

 『うっさい、死ね』



 テントに戻ると、おっさんが昼食を作っていた。火を起こして、何やら大き目を鉄鍋でスープを掻き混ぜている。隣りには肉が焼いたものがあるし、パンだって用意されていた。


 「おー、ようやく帰ってきたか。どうだった?」

 「あそこの正体がわかった」


 「そ、そりゃあ……すげぇな。依頼が終わっちまった」

 「正体がわかっただけだ。もっと詳しく調べなきゃいけない。お腹すいた」


 「おう! ほら、嬢ちゃんも食え食え。せっかくの料理が冷めちまう」

 「ん……」


 肉を受け取り、フォークを使って口に運ぶ。焼き立てなんだろう。熱々で、ハーブが効いてて、とても美味しい。俺の好みを知っているから、ちゃんと兎肉を用意してくれたみたいだ。おっさんの食べてる魔物肉とは別に焼いてくれたらしい。

 魔物肉は嫌いだ。兎か鳥なら食べれる。最悪、魔物でも鳥っぽかったら食える。豚は存在しない。オークならいるけど、キモいから食わない。牛もいない。ミノタウロスならいるけど、キモいから食わない。両方ともDランクの魔物だから地味に高級品だし、高い金払って、あんなのの肉を食べたいとは思えない。鮭延曰く、味は豚と牛らしい。でも、嫌なものは嫌なんだ。

 パンは固いけど、お腹すいてるから美味しく感じる。コンソメっぽい調味料で味付けされた野菜スープも良い。疲れた体に温かいスープはありがたい。でも、ちょっと塩味が足りないかな。塩は高いからしょうがない。

 

 この洞窟は岩塩も取れるらしいから、見つけたら採掘しよう。

 本来なら絶対に存在しないはずの岩塩が取れるのも、一つの魅力なのかもしれないなぁ。あれって、地殻変動で生成されるものだから。もう少し北に行けば取れるかもだけど、この辺じゃ無理だって話を聞いた。



 「あー、美味しかったぁ……」

 「ははは、そうかそうか。もっと食うか?」


 「おかわり……いや、ダイエット中なんだ。でも、朝も食べてないし、スープだけなら……」

 「ダイエット?」


 『あ、幹也幹也』

 『……どうした?』


 『食べ過ぎに注意しろ。一昨日の幹也からの伝言よ』

 『……いや、明日は動くから、少しでも体力をつけておいた方が賢明だといえる』


 『…………』

 『……んだよ、いいだろ別に。一昨日の俺には、俺からよく言っておくから』


 「野菜多めで頼む」

 「あいよー」



 ゆっくりとスープを食べ終えて、一息つく。

 沸騰した水に謎の茶葉を入れただけのお茶を飲みながら、周りの風景を見ていた。


 俺らと同じように、拠点の近くでご飯を食べてる人が多い。昼食時だしなぁ。美味しそうな匂いが充満してるから、そろそろ飯でも食べるかって雰囲気になったんだろう。採掘組も、ピッケルやら手押しの荷車やらを置いて休憩している。結構な人数だ。そういえば洞窟内には光源が設置してあったな。あの人たちが置いたんだろうか……となると、深い階層は明かりが一切存在しない可能性がでてくる。松明擬きは作ってあるが、これで大丈夫なんだろうか。片手塞がるし、熱そうだし、自分で作っといてなんだけど、最悪の出来なんだが……。


 ガラスで周りを覆うとか、ランプ風にしようとも思ったけど手間がかかりすぎるからなぁ。既存品は売り切れてたし。どうせ、この洞窟に行くって連中が買ったに決まってる。次の入荷は3日後ですって言われた。全ての店を回ったわけじゃないが、二連続で売り切れてたから諦めた。

 光属性の魔法とか使えれば楽なんだろうけど、俺は水魔法しか使えない。アリアの氷魔法でも無理そうだし、そもそも地下空間で火なんか焚いたら酸素なくなって危ないんだっけか。じゃあ松明使えないじゃん。風魔法で酸素を……風属性使えねぇ。え、以外とピンチなのか?


 「嬢ちゃん、休んでるとこ悪りぃけど、二人を起こしてきてくれねぇか。肉はいいとしても、野菜がスープに溶けちまう。火ぃ止めたら冷めちまうしよ」

 「ん?……そうだな」


 

 思考を中断。立ちあがって、テントに向かう。

 

 まずは俺のテント。

 中に入ると、既にダークロードを目覚めていて何やら作業中のようだった。人族の魔力特性である魔力の腕を複数操って薬剤を掻き混ぜている。そこにダークロードが横から新たな薬剤を入れている。自称天才な彼は、魔力特性を使い熟しているようだ。少し、感心。


 「ご飯だってさ。スープの野菜が崩れるって」

 「少し待て、これが完成したらすぐに行く」


 「それは何を作ってるんだ、薬か?」

 「これはだな、疲労を回復する魔法薬だ。4人分を調合中であるから、完成したらキツネっ娘にも分ける予定であるぞ」


 「……まじか。ありがたい、さんきゅうな」

 「うむ、感謝するがよい」



 真剣に作業をしているようなので、後ろ姿を確認してからテントを出る。

 次はミレアか。勝手に入るのは無礼だと思うが、寝ている人を起こすんだからしょうがないよな。外から透視した感じでは寝袋に包まって寝ている様子だったから。


 中を見ると案の定というか、寝ていた。

 寝袋を揺する。つか、ここ寒い。全然快適じゃない、冬みたいな寒さを感じる。


 「ほら、起きろ。ご飯だってよ」

 「ぅん……」


 「返事だけ……しかも無意識だな。ほら!」

 「うぅん、んん……」



 何語だよ。

 完全に寝てるな……安心しきって、どこか幸せそうな、無防備な寝顔を晒している。良い夢でも見てるのかもな。顔に掛かっていた髪を戻す。その際にちょっとした疑問が解決された。なるほどなぁ、髪の毛が冷たいのか。髪(これ)が冷気を放っていて、だから周りが寒くなると。特殊な体質は親譲りか?

 しばらく揺すっていると瞼が開いた。眠気眼なミレアは俺に視線を合わせると、ゆっくりと瞼を閉じた。そして数秒後……がばっと勢いよく寝袋から起き出して、慌てた様子で何やら喚きだした。寝起きなのに元気だなこいつ。


 「な、なな、なんでミキュアいるの!? 私のテントだよ!」

 「やっと起きたか。昼食が出来た」


 「え……あ、まさか、これが夜這い! だ、だめだよ。私たちはまだ……」

 「夜、何? 夕飯じゃねぇよ、昼食だ。早くしろっておっさんが怒ってたぞ」



 手で顔を覆いいやいやと顔を動かすミレアを放置して、テントを出る。さすがに冷えた。外は暑いので、すぐに丁度良くなると思うが……エアコンの効きすぎた部屋は良くない。何事にも限度ってものがあるな。

 にしても、高級品はやっぱり違うな。外がどんな僻地でも一定のパフォーマンスを保てるように作られている。俺のテントなんて、下手したら強風を受けただけで揺れまくりだからな。多分これは、風を受けようが雨を受けようが、中には何の影響も及ぼさないんだろう。いいなぁ。贅沢言わなきゃ、俺のだって虫避けになるからそれでも十分だけど……少し羨ましい。


 自分のテントに戻ると、ダークロードとすれ違った。

 手渡しされた疲労回復薬?を飲みながらテントの中で寝転ぶ。味は微妙だったが、これで疲れが解消されるらしい。無駄に4時間も発掘作業に勤しんでしまったからな。夕方まで寝るか。口直しの水を飲みながら、枕を取り出そうとして失敗した。あれ、枕が無い……あ、そうか。レアが使ってるんだ。でも予備の方も消えてる。

 

 まぁいいか。腕を組んで枕代わりにして寝よう。おやすみ…………。





 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆










 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆








 「ん……寒い」

 『あ、起きた?』



 数時間の仮眠を終えて、体を起こす。腕を組んで寝たはずだったが、寝返りでもうったのか右腕を枕代わりにしていたようだ。感覚の無い右腕をさわりながら、頭を覚醒させる。


 『さっきまで、あの水魔娘がいたのよ。寝てる幹也にいたずらしてたわ』

 『そうか……だから室温が低いのか』


 『あれ、怒らないの?』

 『別に、子供のいたずらに一々怒らねぇよ』



 冒険者なんてやってるけど、ミレアはまだ14歳、中学生くらいの年頃だ。中学生だったら、知り合いが寝てたらいたずらするだろ。いたずらって言っても、どうせ鼻つまんでぐがぁって鳴かせたりとか、頬を指で突いたりとかその辺だろうし、むしろテント内の温度を下げてくれたことがありがたすぎて、その程度のいたずらは余裕でちゃらにできる。


 『え、もっと大胆だったような……』

 『そんなことより、ダークロードたちは何してるんだ?』


 『あの子は、一度戻ってきたけど幹也が寝てる姿を見てすぐに外に行っちゃったわね』

 『……近くにはいないみたいだな。夕食は俺が用意するか』


 『あれ、幹也って料理できないんじゃないの?』

 『できない。ドーナツとオムライスしか作れない。でも完成された品を出すことならできる』



 俺のアイテムボックスには大量の食糧があるからな。その中には食材だけじゃなくて、既に完成された料理も入ってる。肉の串焼きとか、焼き立てのパンとか、汁物だってあるし、それなりに種類は豊富だ。アイテムボックスは入れた時と同じ状態で取り出せるから料理が冷める心配もない。


 既に火が鎮火していたので、近くにいた人から火を貰って、それを火種にして火を熾した。日は落ちているので、外は暗い。焚き火が辺りを照らしているので見えない程ではないが……。この魔法陣に暗視機能を付けるには更なる改良が必要だと言っていた。特別な物が必要になるから、それを買う金が必要になるらしい。金貨が数枚あれば買えるらしいから、それが優先かな。ラナ直伝の暗視技術は、闇属性か光属性の魔法を応用したものだったから俺には使えないんだよなあ。似てるスキルや技を探すって手もあるけど、金を稼いだ方が早そうだし。


 火をぼんやりと眺めながらそんなことを考えていると、すっと隣に誰かが座る気配を感じた。集中しないと視界がゼロになるのが問題だよなぁ。鼻で判断すると、ミレアのようだった。彼女の匂いはなんというか、少しだけ魔物臭い。悪口になるから本人には言わないけど。


 「あれ、ミキュアって火の魔法使えたんだ」

 「はあ?」


 「え、だ、だって、火がついてるから……」



 はあ?の一言に怯えられた。

 この子はあれだな、少し怯えすぎなんじゃないか。口で言葉が詰まることも多いみたいだし……元気な時は馬鹿みたいに元気なんだから、ずっとそのままでいればいいのに。


 「アホか、あの人たちに火を分けてもらったんだ。なんでも魔法に頼ってると、判断力が鈍るぞ」

 「そうかなぁ、あはは……」


 「ん、元気ないのか? これでも食べろ、甘くて美味しい」

 「え? う、うん、ありがと。あ、本当に甘い」



 霊技祭で屋台が多く出店していた時に仕入れたアイス擬きをミレアに渡す。これ、レアが好きっぽい感じがしたからこっそりと多めに買ったんだが、レアは調理されたお菓子よりも果物そのままの方が好きみたいで結構余ってるんだよなあ。


 美味しそうにアイスを食べるミレア。焚き火の近くだから、アイスが溶けて手にたれてしまっている。食べ終えた後で、べたべたになった手を拭いてあげると恥ずかしそうにしていた。口周りの汚れより甘い果物を優先するレアと一緒にいたから、拭いてあげるのが習慣になってるな。

 

 そういえばと、俺はさっきから疑問に思っていたことを口にした。


 「なあ、ダークロードとおっさんが見当たらないんだが、どこにいったんだ?」

 「え、えっとね、グラーデとダークルォードさんは魔法アイテムの実験?ってのをしに洞窟の中に行ってるよ」



 なぜダークロードの名前を呼ぶ時に舌を巻く。ああ、あいつが自己紹介の時に変な発音で話してたからか。調子に乗ると途端にうざくなるからな。高笑い始めるし。なんでラスボス風なんだよ。ふはははは!なんて笑う奴初めてみたわ。


 「実験か。確かに、あの環境で使えるアイテムを確認するのは大切なことだな。必須とも言える。というか、お前らは暗い場所で真面に戦えるのか?」

 「私は、夜目が効くから……グラーデは夜は戦えないから、洞窟だと、無理かも」


 「おっさんの斧は狭い通路じゃ使えないからな。俺の銃だって跳弾の危険があるから多用できない。ダークロードの炎の杖だって密閉空間じゃ使用不可。なぁミレア、酸素って知ってるか?」

 「さんそ? …………あ、馬鹿にした目! も、勿論、知ってるよ、大きな山にある休憩所のことでしょ!」


 「え、酸素…………あ、山荘? まじか。酸素を知らないとなると、俺から言っておかないと駄目だよな。いや、ダークロードは錬金術使いだし、小学生レベルの化学知識くらいなら感覚で理解してるか……」

 「あ、え、山荘って、違うの?」


 「ん? あー、あってるよ、それで」



 理解できないことを全て魔法の一言で解決できるから、そこまで現象の解析に意味を見出さないのか。困ったことがあれば魔法で解決できる。燃焼に酸素を使うから、地下深くで火を過度に使用すれば酸欠で死ぬということを正しく理解しているかどうか……過去に似た事例があっても、火魔法ってとこに繋がらないよな、普通。息が苦しくなったのは火を焚いたからだーなんて。魔物が風魔法で攻撃してきたんだ!だから息ができないんだ!。こっちの方に発想がいってしまう。


 薪を追加しながら、ミレアとの雑談を続ける。

 雑談というか、雑談を装った確認作業だな。この世界の一般人の知識量をチェックしてる。アレンはどうも知識に偏りがあった。ルークは使徒なので論外。ルーナは怖いから余り雑談とかはしてない。彼女顔して俺の命を狙ってる狼娘だからな。狐装備の俺とじゃ相性も最悪だし。捕食されるの怖いし。ルーナの八重歯、妙に鋭いんだ……獣人怖い。














 ゲーム161日目。


 朝。冒険用の装備に着替える。

 下着のうえに、蜘蛛と似た魔物から採取できる強靱な糸を使用した布を巻きつける。特注品で、俺の構想を読んでくれたクラークの店の錬金術師が作った逸品。こんな薄っぺらい布でも、刃を防ぐ程度の防刃性能は持っているし、風属性の刃や土属性の槍なんかの威力を軽減させることもできる。

 汚れても良いような適当な服を上に着て、それから防具を取り付ける。革というよりは皮みたいな、魔物の皮膚をそのまま貼り付けた俺の軽鎧。狐毛が植え付けられていて、腕、胸、腰、足を覆っている。尻尾もあるし、闇の中でも敵の動きを察知できるように、狐仮面も着けていく。そこから更に、右腕にだけ魔石が鏤められた籠手を着ける。左腕の方は、どうせ洞窟内に侵入したら腕輪が出現するからと何も装備しない。防具のない肘から先を晒さないために、余った布でも巻いておこう。顔の包帯も巻き替えて、最後に、滑り止めに何時も着けている薄い手袋を填めて完成。

 そんなこんなで最終的には、霊技祭で身バレ防止策の一環として使用した、冒険者キツジローと似た姿になった。変装というかコスプレだけど、これはこれで、意外と完成してるんだよなあ。


 「準備はできたか、キツネっ娘よ」

 「ああ」


 「む、アレを忘れているぞ。優魔族から渡されていたではないか」

 「……マジでか」


 「感心せんな。好意を無碍にする。そういったことをする輩を、我は好まぬ」

 「……」



 ルークから貰ったピアスを耳に着ける。まずは……痛ッッ! 暗器の一つでもある細い針で、耳に穴を開けた。針には霊薬が入っており、耳に開いた針穴は綺麗に形を作っていく。そこにピアスを通して……できた。まさか、異世界でピアス穴を開けることになるとはな。体は大切にしろってよく父さんから言われてた。そのせいで、ピアスはしなかったんだが……どうせ目を失ってるし、今更か。


 黒色の石と、銀色の鉱石でできた魔法具のピアス。これには、装備している者の生命力を強化する働きがあるらしい。具体的には、重症を負っても生き延びる確率が上がるという能力を得られるらしい。生死の境にいるときに、こっち側に戻って来易くする効果が見込める魔法具。俺の手斧と同等の価値がある品物をポンっと貸せるなんて、ルークは金持ちなんだろうか。


 足、腰、胸のホルダーに短剣を差しながら、テントの外に出る。

 既に朝食は終えていて、鎧を着たおっさんとローブを深く被ったミレアが片付けをしていた。ダークロードが退室したことを確認すると、俺もテントを素早く解体してアイテムボックスに収納した。野営の地は他の人も使うからな。このままってわけにもいかない。



 洞窟調査を開始する。

 入口付近は広いから、ばらけた状態で進むことになった。


 「おし、準備は整ったな! んじゃ、行くぞ」

 「道が狭くなったら並びを変えるぞ。先頭は俺、次はダークロード、ミレアと続いて、最後尾はおっさん。基本的には、この隊列で進むことになる。戦闘はできるだけ控えて、奥に進むことを優先するからな。その辺の判断は全ておっさんが行うから、俺たちはおっさんに従って行動すればいい」


 「ま、そういうこった。ミレアもトト坊もちゃんと理解したか?」

 「うむ」

 「うん……私は三番目で、グラーデの前にいればいいんだよね?」


 「おうよ。つっても、この辺は明かりもあるし、魔物もでねぇみたいだけどな。もうちっと進めば、下りの階段があるんだと」

 

 俺が伝えたことをおっさんの口から聞きながす。


 深層に明かりがあるかは不明だが、もし一切の光源が存在しなかった場合はダークロードのアイテムを使用することになっている。光の塊を自由に操作できる魔法アイテムで、人数分は用意しているらしい。彼はそういったアイテムを数多く所持していて、その9割が自作の品らしい。使い方を熟知しているから、誰よりも上手く使える。きっと、俺の魔法陣だってダークロードが使えば索敵の領域を広げられるんだろうな。




 簡易的にだが整備された単調な道が続き、しばらく進むと階段を発見した。

 白色の装飾で飾られた、けれど質素な雰囲気を醸し出している階段。それを下ると、『2F』と腕輪からの報告があった。どうやら何階に到達できたのかを逐一報告してくれるみたいだ。

 更に進む。途中で鉱物を運び出す男たちと何度もすれ違った。見た感じだと、黒色が混じった石と赤褐色の石を運んでいる。聞くところによると、岩塩は既に取りつくしてしまったらしい。今は聞いたことのないような異世界語の鉱物がたくさん掘れるんだとか。どれも高価な物ではないが、この地方にはないものばかりなので需要があるらしい。


 階段を下りて、『3F』の報告を聞く。

 降りてすぐの場所で、それなりの人数の男たちが岩盤を削っていた。なんというか……湿度が高い。あと汗くさい。嗅覚を強化している俺としては、余り長居したくない場所だな。


 道が整備されていて、明かりが設置されているのはここまで。ここからが本当のダンジョンだ。ダークロードから四角い箱のようなものを受け取り、説明を受ける。


 「ここに指を入れて魔力を通す。すると、陣と魔力が反応して……このように、光魔法の発光体が反対側から出てくる。これを意識して動かすのだ。丁度、攻撃魔法を飛ばす感覚に似ているな」



 そんな説明を受けて、瞬時に対応できたのはミレアだけだ。おっさんは1個、ミレアが3個、ダークロードが5個の光を辺りに漂わせて周囲を照らす。俺は0個。魔法陣の制御に集中しているから、光魔法なんて使う余裕はなかった。


 普段は光の無い空間に、9個の光玉が漂う。


 「……上、多数。どうする?」



 仮面で感じた気配がある方向を見てみると、魔物がいた。

 多い……全部で17体。恐らく低ランク。姿は1.5m程の巨大な芋虫で天井や壁に、もっと言えば死角となるような場所にへばり付いている。これを人を恐れているととるか、奇襲を仕掛けようとしているととるか……。


 「無視するぞ、刺激するなよ。明かりはできるだけ抑えろ」

 「うぅ、気持ち悪い」


 「いや、あの造形は興味深いぞ。ただの幼体ではなくあの姿で成体なのだからな」

 「静かにしろ……奴ら、足音に反応してる」


 

 俺たちは忍者じゃない。だから当然、歩けば足音が鳴ってしまう。装備に金属を使っているから、擦れただけで音が響く。その度に、ぴくぴくっと魔物が頭から生える触角を反応させていた。


 通り過ぎてからしばらくすると、ぼと、ぼと、と、魔物が落ちたような音が聞こえてきた。気配を察知してみると、こっちにむかって這ってきている。洒落にならないスピードだ。


 「後ろから来てる。どうすればいい?」

 「走るぞ! ミレアは俺が担ぐ」



 足の遅いミレアをおっさんが小脇に抱えて、俺達は走り出した。

















 背後から魔物が迫ってくる。

 俺たちは、洞窟調査の一環でこのダンジョンを調べている。魔物の討伐は最小限でいい。命懸けの戦闘は少なければ少ないほど、生還率も上がるからな。


 「はぁ、はぁ、はぁ、もう、息が、限界で、わ、我を置いて、先に行け……」

 「馬鹿言ってんじゃねぇ。ほら、トト坊くらいなら片手で十分だ」



 体力の尽きたダークロードを左脇に、足の遅いミレアを右脇に抱えて、おっさんは後ろを走っている。斧はアイテムボックスに収納したみたいだ。


 ということは、逃げに徹するつもりだな。

 魔法陣に魔力を込めて、索敵範囲を拡大する。先の通路に明かりがなくても、道があるかないか程度なら簡単に見分けがつく。下層へ繋がる階段は薄い白色に発光してるからゴールもわかりやすい。


 「70m先を左、150m先を右、そのまま300m直進すれば階段につく」

 「おう! そこまで行けばこいつらも追ってこないだろう」



 そんな保障は無い。

 無いが、階段までの一本道には曲がり角が存在しないから、俺が芋虫を殺せば済む問題だ。いざって時は軽機関銃で一掃してやる。MPが自動回復できるようになった今では、弾代なんて些細なものだ。

 

 ドッペルガンを取り出して、形状変化を促す。

 前方から芋虫が跳んできたのだ。一瞬、ショットガンで撃ち落とすという選択肢を考えるが、跳弾した弾で怪我をすることを恐れて、銃を戻した。

 

 例のピッケルを取り出す。

 体を低くしてから素早く手を動かす。芋虫の顎を捉えて、そのまま腕を振り払うようにピッケルを投げ捨てた。前から跳んできた芋虫を左側へ誘導したわけだ。その際にピッケルが手を離れたが、予め伸ばしていた水糸を引っ張って回収した。水糸を使えば、投擲物を回収できるわけだ。


 水魔法水糸の本来の用途とは違った使い方に思えるが、実はこれが正しい使用方法である。暗殺者というものは、ただ殺せば良いわけじゃない。暗器一つで身元がバレる可能性だってあるから、証拠品を残してはいけない。独特な暗殺魔法で殺せば、殺害方法から暗殺者を絞られる恐れもあるので、暗器による殺害は別段珍しいものではないとクォーリアは語ってくれた。魔法傷よりも、刀傷の方が特定が難しい。




 走り続けると、階段が見えた。

 後ろを確認する。20体近くの芋虫をトレインしてしまっているな。トレインというのはゲーム用語で、多数のモンスターをまるで電車ごっこの如く引き連れる行為を表す言葉で、このまま気に入らない相手にモンスターを擦り付ける行為をMPKという。俺はこれの亜種行為で、敵プレイヤーを他のプレイヤーに擦り付ける行為をよくしていた。銃声で居場所が特定される危険があるから、あの戦場では安易な気持ちで銃を撃つことすらできなかった。1位になること、最後まで生き残ること、できるだけ敵を多く殺すこと。これら全てをクリアしなければ、デスマッチでポイントを稼ぐことなどできない。


 ドッペルガンの形状変化を促す。形状はMINIMI。F○社が開発した軽機関銃。

 小型で軽量化されたそれを置き、俺は地に伏せた。銃弾は5.56x45mm NATO弾を100発装填、魔力を供給し続けて連続リロードすることで、毎分1000発を撃ち出すこと可能となっている。


 「おい! 嬢ちゃん何やってんだ!?」

 「次の階層で挟み撃ちされるに銀貨三枚」


 「ああ? わけわかんねぇこと言ってねぇで!」

 「先に行けばわかる。下は任せた」



 タタタタタンッ! タタタタタンッ!

 玩具のような銃声が響いて、洞窟内を反響する。大量の芋虫は防御力に難があり、銃弾が身を削って緑と紫を混ぜ合わせたような色の体液が辺りに撒き散らされた。弱い。死角から奇襲されれば俺なんて簡単に殺されるだろう。1m以上の破格のサイズの芋虫、顎は肉を噛み切るために発達しており、奴らが葉っぱなんて食べないことが見て伺える。だが、この通路なら……只の的だ。


 すぐに片付いた。魔物といっても、所詮は芋虫に過ぎない。銃弾が有効な魔物に対して、ドッペルガンは無類の強さを誇る。銃だしな、普通に強い。


 後ろを振り返ると、人を二人も抱えたおっさんが硬直していた。あ、あれ? 俺の作戦……。


 『先に行けばわかる。下は任せた。下は任せ……ププ』

 『……なんだベルフェ、喧嘩なら買うぞ』


 『だって、だってね? 挟み撃ちされるに銀貨三枚、先に行けばわかる。下は任せた……ふふ、かっこいー』

 『殺し合いでなら勝てないが、喧嘩で負けるつもりは無い。殺人鬼使って火力上げて、頬肉全部削り落としてやろうか。あの手袋ならやれるぞ、きっと』


 「あのなぁ、俺は逃げるって言ったんだ。リーダーの言葉に従えないんじゃ、冒険者はやってけねぇぜ?」

 「そ、そうだよミキュア。ミキュアが言ったことだよ?」


 「時と場合によるだろ。ほら、俺たちが遅いから奴ら待ちきれないってよ」



 階段から、骨人間と緑小人……スケルトンとゴブリンの大群が駆け上がってきた。

 骨が7体と緑が7体で、計14体。あのまま階段を進んでいたら、3Fと4Fの間で、こいつらと芋虫の挟み撃ちをくらっていたわけだ。なぜ、そんなことがわかったのか。気配察知の能力とか、魔法陣の効果を利用したわけではない。ただ、絶対に追いつけないのにここまで粘った芋虫たちに違和感を感じたのだ。魔物には少なからず知性がある。奇襲作成を考える頭があるやつが、スピード差を理解できないはずはない。徐々に距離が開きながらも健気に地面を這い続けた奴らには、俺たちを追い続ければ何れ殺せるって算段があったんだろう。


 「なっ、魔物だと!? 二人共おりろ!ミレアは俺に援護魔法、トト坊は火の魔法で……」

 「杖は使えん。地下空間で火を使うと、空気が穢れるのだ。それに、我は既に体力の限界であって……」


 「おっさんが前衛、俺が後衛。ダークロードは適当な道具でおっさんのアシスト、ミレアはおっさんに魔法をかけろ」



 俺は簡単な指令を出す。現状ではおっさんよりも俺のほうが冷静だから、素直に声が通った。


 体の向きを変えて、再び銃を構える。

 以前使用した重機関銃……あれは、戦車やヘリに装備するもので、外して運用した場合はこんなに軽く動かせるようなもんじゃない。他の重機関銃も似たようなもんだ。重機関銃とは、一人で携行できないような大型の機関銃のこと。では、軽機関銃とは。一人で持ち歩きできるぐらいに軽量化した野戦用の機関銃を指している。その中でもミニミ軽機関銃は分隊の支援火器として設計されたものだ。


 まずはここを突破する。

 おっさん一人でも勝てる相手だ、気楽にいこう。

 「みんな集まったわね。それでは、作戦会議を始めます」



 乙牌さんが落ちていた木の枝をピシっと構えながら、委員長が学級会議を始めるかのような口調でそう言った。


 「作戦って、何に対しての?」

 「私は狼の魔物って聞いてるけど」


 美也ちゃんと姫宮はあまり興味のない雰囲気をだしている。ちゃんと話を聞いていない証拠だ。二人共、今すぐにでも幹也を探しに行きたいくせに。狼がいるせいで東の大陸に渡れないことを忘れているのか。

 しょうがない、俺が教えてやるか。


 「東に行った時に襲ってきた魔物だよ。乙牌さんでも勝てないから、幹也を探しに行けなくなっただろ」

 「……あ! じゃ、じゃあ! その魔物を倒してお兄ちゃんを探しに行くの!?」

 「…………」


 目を輝かせてテンションが上がった美也ちゃんとは裏腹に、隣りに座るセリちゃんは露骨に嫌な顔をした。幹也が謎の男と寝ている姿を見てしまっているからだ。

 彼女以外は幹也がホモじゃないってことを知ってるから、例え幹也が裸の男と一緒に寝てても……まぁ、何かあったんだろうなとしか思わない。事情があったんだろう。誰よりもBLを嫌っていたのはアイツだからな。


 「何かね……嫌な予感がするのよ。そう、明日の昼頃に狼男と狼女、魔族の三人組みが私たちを襲ってくるの。魔族と戦うのは明日香君ね。明日香君の魔剣で始めこそ圧倒するのだけど、中魔法も大魔法も、果ては極大魔法すらも防がれてしまうわ。だから剣術で勝負するんだけど、その魔族は相当の腕を持っていたらしくてね。簡潔に言えば殺されてしまうわ。狼娘の相手は美也ちゃんね。神術と格闘術を組み合わせた美也ちゃんは接近戦では分があるわ。でも、その狼娘は遠距離戦が得意みたいでね、大魔法を連発してくるのよ。美也ちゃんはINTが低いじゃない?耐性が無いから神術での防御スキルで戦うんだけど……MPが切れて負けてしまうわ。命は助かるのだけれど、四肢を欠落してしまって戦闘はできなくなってしまうかもしれないわね。狼男は私と姫宮さん、それとセリちゃんを加えて三人で対処することになるわ。本当なら私たち五人がかりで相手をしなければならない相手なの。その程度には力の差が開いてしまっているわ。現時点での全力を出すのだけれど、勝つことは難しいと思うの。前に遭遇した時も私の攻撃はほぼ無力化されていたわ。聖剣の防御無視も、雷撃の耐性無視も、どっちも効果が無いんだもの。それ以前にそもそもの身体能力が違いすぎてお話にならなかったわ。姫宮さんとセリちゃんは上級悪魔を使い魔にしているわよね? 彼らでもその狼男の相手は難しいと思うの。姫宮さんはMP値がそれほど多くないから行動に縛りがでてしまうし、セリちゃんは魔力はあれど性質が違い過ぎて使い魔の性能を引き出せていないのよね。それにね、魔術の基本属性でもある無敵の攻撃性能も、当たらなければ意味がないの。セリちゃんは魔術師としては一流だけど、それでも目視不可能なスピードで動く的は狙えないでしょ? 範囲攻撃をするにしても、一瞬あれば範囲外まで逃げてしまうし、逆に攻撃される危険もある。防御の魔術は聖剣でも切り裂けるし、絶対じゃないってわかってるわよね? 私の感では明日香君、私、姫宮さんが死んでしまうわ。狼男たちに殺されてしまうのよ。そう、そんな気がするの…………以上を踏まえて『どう戦えば私たちが生き延びれるのか』を命題にして話合うことにしました。何かいい案はありませんか?」


 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「セリの魔術で倒せるもん。感知できないんだったら"じどうこうげき"の概念を取り入れればいいんだってお父様が言ってたもん」


 「あー、その自動攻撃が何なのかは知らないけど、俺が狼女と戦って、美也ちゃんと姫宮の二人がかりで魔族と戦えばいいんじゃないんですか?」

 「良い案ね、さすが明日香君。でもね、君が狼女と魔法合戦を繰り広げている間に、私とセリちゃんが殺されてしまうのよ。私が狼男の攻撃を捌き続けるのは難しい。セリちゃんは援護なんて捻った行動はできないし、下手をすれば私にまで被害が及ぶから魔術は接近されるまで乱射できない。私が後衛でセリちゃんが前衛をするって手もあるけど、その場合はセリちゃんが殺される気がするし……」



 こ、この人は……意見を少し述べただけなのに。何だよ仕打ち。そもそも、その勘ってなんだよ。そんな気がするの~じゃねえぞまったく。ああ、なんで幹也の知り合いはこうも変な人が多いんだ。真面なのって俺くらいじゃないか?


 「じゃあ、いっそのこと逃げちゃおうよ! 東に! お兄ちゃんがいればその狼たちも倒せるよ!」

 「それも考えたわ。でもね、美也ちゃん。掲示板に掲載されている使徒の戦闘力を表したランキングで2位になった私と、1000番内のあなたと、5000番内の明日香君がいるのよ? それでも勝てないのに、なんでランキング外の幹也がいれば倒せるのかしら? 幹也が思いつく作戦を、どうして私が思いつかないと思ったの? これでも、私は幹也の師匠なのよ? 確かに、あの子は私よりもゲーム業界では有名だったわ。DOCの世界大会で上位入賞もしていた世界ランカーだったもの。 でも、私と幹也の戦績は1523勝4敗なのよ。あの子を育てたのは私だし、戦術を仕込んだのも私。私が勝てないのに、なんで幹也がいたら勝てるのかしら? 妄想と現実をごっちゃにしないで欲しいわ」


 「ご、ごめんなさい……私はただ、お兄ちゃんがいれば、何とか、してくれるんじゃないかって、思った、だけなの……」

 「み、ミヤちゃん……泣かないで?」



 乙牌さんって、思ったことを素直に口にしちゃうタイプなんだよな。例えそれが悪口になろうとも。年下のセリちゃんに慰められる美也ちゃんも少し変だし。幹也が絡むと情緒不安定になる。それは姫宮も同じだから、乙牌さんの返しでショックを受けているのは姫宮も同じだ。案外、幹也さえいればなんとかなるって思ってたのかもしれない。俯いて震えている。


 「確かに、あいつは参謀としては最高ですけど……それは地球でのことですからね。この世界での戦闘は銃頼りなものじゃありませんから」

 「あら、それは違うわね。明日香君は幹也の親友なのでしょ? あの子を見くびってはいけないわ。幹也はね、それこそ人外の領域にいるのよ。100マス計算ってあるでしょ? 小学校でやったわよね? 掛け算を解く問題なんだけど、私が大学に通っていた頃に、あの子の宿題を手伝ってあげたことがあるの。それで、数学が得意みたいだったから二桁×二桁の計算でね、100マス計算の問題を作ってみたのよ。そしたらあの子、すらすらと解いていくのね。あとで聞いてみたら暗算していたらしいのよ。掛け算を習ったばっかりなのによ? それからは色々と試したわ。明日香君は幹也がテストなんかをやっているところを見たことがないの? あの子はすらすらと解いていくわよ。基礎だけしか知らないはずなのに、初めて見た応用問題をノンストップで回答し始めるのよ。聞いてみれば、頭の中で知ってる知識を総当たりして問題と一致するものを探してるんだって。そんな途方も無いことをしているのよ。幹也の思考速度は異常よ。「師匠の直感は異常だ!」って何度も言われてるけど、私からしてみたらあの子の思考速度の方が何倍も異常なのよね。あの速さで物事を学べば大抵のことは極めてしまえるの。だから、幹也がその気になれば数日でこの世界の戦闘に慣れるわ。むしろ一流の領域にだって踏み込めるわよ!」

 

 「な、なら幹也を探す方向で良いじゃないですか」

 「それは無理よ。私にも師匠としての意地があるし……沽券にも関わるわ」



 マジで何なんだよこの人……幹也を褒めれば否定してくるし、貶せば即座にフォローしてくる。問い詰めてみれば意地があるから頼れないって……確かに、幹也を巻き込むのはどうかと思うけどさ。


 ってかあれだわ。この作戦会議無意味だわ。乙牌さんが一人で考えた方が無駄が省けるわ。もう黙って話を聞いておこう……。


 こうして、俺たちの戦術が決まった。

 まぁ、本当にその狼一行がやって来るかはわからないんだけど……。

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