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第23話 エアコン少女

 多分、夏。


 俺がこの世界にきてから、今日で158日目となる。

 これを書く理由は……俺が死んでも何かを残したかったから。俺が死んでも……父さんや母さん、美也や明日香なんかに少しでも情報を残す為にと、地球からやってきた使徒が読んでくれることを願いならこの日記を書く。決して、決してとある修行の際に大量に買った紙がアホみたいに余ったからではない。だって、レアのお絵書き帳を5冊作ってもお釣りがきたんだ。まだ、あと100枚くらい余ってるんだ。そりゃあ日記帳でも作ってみたくなる。


 先ず、俺がこの世界にきてから気付いたことを纏めようと思う。



 ここは異世界だ。地球とは異なる文化が数多く存在する。

 

 この世界の人間は人族と呼ばれていて、人間という単語には人族に加えてエルフやドワーフなんかの亜人種、魔族等を含めた人型の種族の総称となっているので注意が必要となってくる。つまり、街にいる獣人やドワーフなんかも人間と分類できるのだ。何かの差別用語に引っかかる可能性もあるので、彼らのことは人間と呼ぶ方が無難だ。人族のこと人間ではなく人族と呼ぶことも勧める。

 

 この世界の生き物は『魔法』を使うことができる。それは空気中に漂っている『魔素』と呼ばれる物を消費して作られる『魔力』という不可思議なエネルギーを消費して使われているようだ。俺もこの世界では魔法を使うことができている。これが使徒の能力なのかは不明だが、俺は魔法スキルを所持せずに魔法が使えるので、元来、人間は魔法を使うことができる……という説が通るわけだ。昔話なんかにはあるのに、現代にはない魔法という技術。地球で魔法が廃れた理由、例えば、地球には魔素が無かった、或いは極端に薄かった……等が上げられる。


 ただ、仮に地球で魔法が使えたとしてもその規模は確実に小さくなると思われる。理由は魔力の生成量が違ってくるからだ。どうやら、この世界の住人には地球人には無い臓器があるらしい。その情報を聞いた後で殺した人族を解体した際に実物を発見できたので、この話の信憑性は高いと言える。

 魔素は血液中に含まれていて、血の流れを利用して体内を巡っているらしいが、体内にある魔素の殆どは魔素を貯める臓器に集中しているらしい。翻訳上『魔臓』と呼ばれるそれがあるという前提で、魔素を操る魔法という技術がここまで発達した……という可能性もある。


 結局、何が言いたいかというと、この世界での俺たちの体、又はアバターにもこの魔臓なる臓器が存在するということだ。これは急所の一環として認識されていることらしいので、これを知って欲しかった。注意しろ。簡単に言うと左側の肋骨の下辺りだ。心臓の少し下。ここを破壊されると、今後一切の魔法が使えなくなる可能性がある。身を守る際には他の急所と同じくらい、優先順位を上げて欲しい。この世界の戦闘には魔法を使うことが多いからな。


 他にも、この世界には人間の天敵となっている生き物が存在している。『魔物』と呼ばれる生物がそれだ。正式には『魔に属する生物』の略称らしい。魔に属する人族である魔族と似ているが、魔族は友好的な生き物で、過去に他の人間と和解して魔物から人間になったという記録がある。差別対象ではないので注意が必要だ。魔物と人間のハーフ、これは差別対象らしい。身分が低く、イジメられることも多いそうだ。実際に俺の知り合いにローレライと人族のハーフの女の子がいるが、フードを被って髪を隠している。そんな彼女たちは望まれない子なケースが多い。性的に人間を襲うような魔物が少なからず存在しているみたいだ。彼女らに罪は無いので、意味の無い侮辱等の行為は控えて欲しい。


 魔物は強い。そんな生き物がいる世の中なので、それらから人間を守るためにと魔物を狩る『冒険者』と呼ばれる人々がいる。こんな世界に急に飛ばされて、生きる為には金が必要だっただろう。冒険者は戦闘力さえあれば一定の金を稼ぐことができるから便利だ。


 しかし、依頼料の一割以下が実際の収入になることを忘れてはならない。装備にアイテム、依頼中の生活費は全て冒険者持ちだ。準備に四割、依頼後に四割、行動費に一割を目安として行動するのが良いと、他の冒険者が言っていた。かく言う俺も冒険者だが、依頼を受けてみたら結局赤字になった……なんてことも少なくない。

 なんせ冒険者にとっては必需品となるアイテムは総じて高い。希少な材料を使っていることもあるが、案に安くして買い占められることを懸念しているのだろう。全体的に一定量を配って、広く依頼を解決してほしいという国側の方針らしい。一つ一つに馬鹿みたいな税がついているんだと。


 俺らは使徒の能力で最低限度の戦闘力を与えられているが、俺の予想では使徒よりも高ランクの冒険者の方が強い。俺はD級とよばれる階級だが、成長制度の存在しない彼らよりも戦闘力が高い……とは言い切れなくなってきた。魔物が、天敵が存在している世界だから、この世界の人間は強い。勿論、成長制度を持っていることはアドバンテージにはなるがな。

 元の世界の軍人みたいな日常的に戦闘訓練を積んでいる人よりも、実戦の中で生きる彼らは特に肝が据わっている。死ぬかもしれない……なんて心配はせずに行動している節がある。一瞬の迷いで死んでしまうことを本能的に知っているのかもしれない。


 俺たちには成長制度がある。BPを消費することでSTR、VIT、INT、DEX、AGI、LUKの六つのステータスを強化できる。STR値は腕力とか握力が強化される。脚力も含まれるが、筋肉が強化されるわけではないみたいなので注意してくれ。VIT値は肉体強化……だと思われるが、確証は無い。VIT値が600あるが、俺の体は脆い。先日、最低のランクに分類されるGランクと推定される魔物と戦闘した際に、簡単に傷付いた。VIT値が高いからといって、信用してはならない。INT値は魔力適正の高さだと思う。これを上げてから、多少ではあるが魔法攻撃力が上昇した気がする。DEXは器用さである。これは確実に効果が確認できている。俺は銃の扱いを心得ているんだが、この世界でも銃を使って戦っているんだ。それで、このDEX値の補正から、銃の扱いが上手くなってるんだ。今の俺なら、敵が動いていても弾を命中させる自信がある。それくらいの補正が確認できているということだ。AGI値の効果も確認済みだ。これを上げることで、身体能力と動体視力を強化できる。他にも動作のスピードを上げることも可能で、簡単に言えば動きが速くなる。LUKはわからない。運の良さ……だとしたら、こんな能力はクソだ。信用してはいけない。間違ってでも、この値にBPを振るのは推奨されない行為であることを覚えておいてほしい。


 他にも、スキルと技がある。スキルは超能力、技は必殺技と考えてくれ。この世界の住人から技を教えて貰うこともできるが、これはステータスに書かれない場合もあるので注意が必要である。例にだすと俺が持つ念話という技は、ステータスには書かれていなかった。能力値の下の方で一覧を確認できるので、そっちも有効活用して欲しい。もっとも、視力の無い俺じゃ確認できないんだけどな。


 話しが逸れたな。ここまでで、魔法、天敵、成長制度のことをまとめたと思う。ただ、これは俺が現状で認識していることにすぎないので、過信はしないでくれ。間違っている可能性もある。だが、正しい可能性もあるので、もし良かったら役立てて欲しい。


 …………。

 ……。




 俺はペンを置いて一息ついた。

 両手を組んで身体を伸ばしながら、首を左右に捻った。パキっと音を立てながら、軽い刺激が首元を走る。ん、気持ちいい。


 今日はこれくらいでいいだろうと、自作した日記帳を閉じる。目を覆う包帯の位置を調節しながら、目元を押してマッサージをする。魔法陣を使っていても、目ってのは凝るんだな。不思議。

 すると、俺のことを伺っていたのか、作業の終わりを感じたらしく後ろからレアの近づく様子が見て取れた。今の俺は背後の状況さえ認知することができる。


 「おわった?」

 「終わった終わった。んじゃ、ご飯食べに行こうか」


 レアを抱きかかえながら、宿の酒場へとむかう。

 酒場につくと、美味しそうな匂いと共に大勢の冒険者たちの声が耳に入った。今日は騒がしいな。まだ朝だってのに酒を飲んでる奴もいる。空いてる席は……と辺りを見回すと、ダークロードが一人で四人テーブルを占領していた。マントを畳んで隣の席において、反対側にも杖やら何やらを置いている。迷惑な野郎だな……と思うと同時に、ああ、俺らを待ってるのかと納得も言った。ダークロードは友達思いの良い奴だ。レアのことだって面倒を見てくれる。多分、ラナの次に好かれてるのがアイツなんじゃないか。


 「よっ、おはよう。席いいか?」

 「うむ、良いぞ。そこの物はテーブルにでも立掛けておけ」



 ダークロードの前に座って、隣りにレアを座らせる。

 「ととくんおはよぅ」と小さい声で言うレアに、「おはようレアちゃん」と中二スタイルから素に戻って微笑むダークロード。そのトトという仇名はどこから来たのか不明だが、レアはダークロードのことをトトくんと呼ぶ。ラナのことを"ラナおねえちゃん"と呼んでいたのを止めさせてから、年上に対してもくん付けで呼んでいるみたいだ。なぜ、ラナお姉ちゃんが駄目なのか……あの変態が興奮するからだ。

 適当に朝食を頼んで、来た物を食べる。野菜と果物を好むレアにサラダとフルーツをあげて、残ったパンとスープを食べながら、ダークロードと依頼の話をする。


 「今日はギルドに行くぞ。俺たちも動こうと思う」

 「フッ、とうとう我らが動き出す時がやってきたか。そうかそうか……で、討伐系か?」



 ジャムを塗りながら、質問に答える。

 これ、何の果物だろう。聞いてくれよ、ジャムが銀色なんだ……。


 「いや、今回のは調査依頼。三日くらい移動した場所で、妙な洞窟を発見したんだとか」

 「それは興味深いな。我も以前に似たような依頼を受けたことがあるが、その時はコレを入手した」


 「これって……杖の先端の?」

 「火の属性を持った魔石だ。魔物の体内で生成された物ではなく、天然の魔素溜まりで作られたものだぞ。ギルドへの報告を偽って入手したレアものだ」

 

 「……お兄ちゃん、だめだよ?」



 雑談を広げていると、レアが俺に駄目だと言い始めた。


 「大丈夫だ。ちょっとそこまで行くだけだから」

 「じゃぁ、れあも行く!」


 「いや……駄目だろ。大きくなったら一緒に行こうな」

 「むぅー!」



 頬を膨らませて唸られた。

 レアは甘えん坊だからな。俺と離れるのが嫌なんだろう。こんな調子で……親を失って、スラムで生活するという可能性もあったんだから怖いな。


 この国の孤児は子供たちだけで生活している。孤児院なんて施設は無い。

 木属性の魔法があれば、生産性の高い野菜は2~3日で食せるまで成長する。木の属性は珍しいとはいえ、10人いれば一人くらいは持っている確率だ。この国には大量の空き家があるから、街の一角がスラムになっている。スラムといっても、物体を清める魔法があるから汚くないし、食べ物も豊富だから殺伐としてない。むしろ元気に子供が走り回っているような、そんな場所だ。

 リーダーとなる子が子供を集めて、皆で一つの空き家に住んでいるという。国も、それを黙認している。魔物や盗賊が当たり前のように存在しているこの世界では、天涯孤独となる子供も少なくない。大人になれば、どんな人でも、冒険者になるという選択肢ができる。貧しくても、金持ちになれるからと、スラム街出身の冒険者は多い。

 だからスラムには逞しい子が多い。俺がレアを引き取らなかった場合、ギルド側はここで生活しなさいと適当な子供にレアを預けていただろう。そんな例がありふれる世界。今後、俺が死んだ場合は……ラナが引き取るとは思うが、ラナだって暗殺者だ。常に死と隣り合わせで、そもそも、エルフが成長するためには膨大な時間が必要だから……少しずつ、少しずつでいいから、レアを育てなければいけない。


 こんな感じに、適当に理由をでっち上げればいくらでも出てくるが……とりあえず、俺は依頼に行きたい。覚えたての技術を実践で使いたいんだ。発想が戦闘狂だけど、戦いたい。

 さて、どう誤魔化すか。唸るレアの頬を両手でさわりながら、ダークロードとの話を続ける。


 「行くのは昼頃でいい。朝は人が多いからって言われた」

 「言われたとは……誰にだ?」


 「一緒に依頼を受ける奴らだ。俺の知り合いで、斧と魔法の二人組」

 「斧と魔法か。我が補助に回って、斧とキツネっ娘が時間を稼ぎ、魔法で攻撃……うむ、完璧だ」


 「どこかだ。魔法は援護と回復が得意で、斧が馬鹿みたいに力が強い。俺とダークロードで隙を作って、斧が決める。この方が合理的な作戦で……揺らさないで?」

 「だって、だってぇー!」



 フォークから手を離し、両手で俺の服を揺らすレア。

 そんな動作に少し癒されながら、ちゃんと食べなさいとフォークでサラダを刺して、レアの口に運ぶ。俺の服を掴みながら口を動かす彼女の口元に、少し残ったサラダを纏めてからさしだした。大きな口をあけて、パクっとそれを食べるのを確認して、レアの両手を剥がして果物も食べてと言う。


 「あーん」

 「……はい、あーん」



 果物も全部あげると、お腹がふくれた彼女はさっきまで寝てたというのにうつらうつらと船を漕ぎだした。

 最近のレアはなぜか寝ている時間が多い。エルフの特性なのか知らないが、睡眠時間が多いんだ。夜に加えて、昼寝、他にも度々眠っているのを見かける。寝る程暇なのかとも考えたけど、起きてる時間は積極的にキツとミルと楽しそうに遊んでいるのでそうでもないみたい。正確には、従魔二匹がレアの玩具になって……いや、なんでもない。ただ、お人形ごっこはお人形でやってくれると助かる。

 ふっと背後に気配を感じて振り返ると、ラナが立っていた。謎の変態忍者におねむなレアをまかせて、朝食を食べつつ今後の話をダークロードと続けた。


 「俺はこれからスラムへ行ってくる。それが終わってからギルドにむかうわけだが、一緒に行くか?」

 「無論、そうなるな。我は部屋でアイテムの確認でもしておこう。如何せん、我のアイテムボックスは容量が多くてな。整理が大変なのだ」


 「そうか……んじゃ、帰ってきたら部屋行くわ。ごちそうさまでしたっと」

 「了解だ。店主、美味かったぞ」



 デメタスさんにあいさつをしてから席を立った。

 食器を運ぶ女の子とすれ違って、俺は宿を出る。外は暑い。この辺りには四季があって、秋が短めで夏が長いらしい。だから、今は多分、夏だ。冗談みたいに暑いのに、エアコンなんか存在しないこの世界。俺は水魔法で薄らと首元を包み込んで体を冷やした。うひゃー、つめてぇ。


 徒歩で一時間ばかし歩く。

 すると、一番近くにあるスラム街に到着した。ここ一帯には孤児たちが生活している。その内の一家、比較的大通り付近にある家を訪ねた。


 「おーい、開けてくれ。俺だ、みきゅあだ」



 そう言いながら扉を叩く。インターホンが無いこの世界では玄関先で大声を出して、中の住人に気付いてもらわなければならない。なんて不便なシステムなんだ……と思ったが、日本だって一昔前はこんな感じだったはずだ。もし、ここが立派な家なら、あのドアをカンカンと鳴らす金属製のドアチャイムがついてる可能性もあるが、こんな場所にそんな洒落た物はなかった。

 何度か声をかけるとドアが開き、中学生くらいの少年がでてきた。ここに住む孤児を纏めているリーダーがコイツだ。


 「よう、一昨日ぶり」

 「……入れば?」



 中に入ると、たくさんの子供がいた。

 5歳から14歳までの男6女8、全部で14人。俺は大量に買ってきた食べ物をアイテムボックスから取り出しながら、その子供たちに配った。


 「わー、ありがとう!」

 「やったぁ! ありがとうねおねえちゃん!」

 「おい、ばか。お兄ちゃんの前でお姉ちゃんって呼んじゃダメだろ」

 「やった、私これ食べる!」

 「ぼく、もうあさごはんたべたけどたべていい?いい?」


 わいわいと騒ぐ子供たちを放置して、リーガー格の少年と共に奥に進む。

 奥の部屋に入り、入口を閉める。すると少年……クォーリアが話しかけてきた。


 「何の用だよ。水魔法ならもうネタ切れだぞ」

 「今日は魔法の完成度を見てもらいたくてな。あとは、約束の食糧を持ってきただけだ。種は取っておけよ」


 「それを一番理解しているのはあの子たちだよ。もう一回食べるには種を植えて魔法をかければいいって教えてあえる。俺を含めて"全員"が木属性魔法を使えるからな」

 「……そうだった。とりあえず、あの柱にコレを投げてもいいか?」


 俺はアイテムボックスから小さい鉈を取り出した。

 先日も使用した鉈。あの白い魔物に使った奴はばっちぃから捨てた。ただ、あの騒ぎのせいで鉄が不足しているらしく、こんな小さい鉈でも銀貨が4枚の値段がついていた。だからこんななりでも、大事な俺の投擲具の一つとなっている。

 俺の問いに対して、眉を顰めながら、少年は答えた。


 「……良いけどよ、あまり深くまで壊すなよ。魔法で直せるとは言っても、限界がある」

 「了解」



 そう言いながら鉈を投擲する。

 垂直に力を入れて投げた鉈は、縦に二回、勢い良く回転してから木の柱に突き刺さった。


 俺は、鉈を投げた方の手をぎゅっと握りしめながら、引くような動作をした。

 すると投げたはずの鉈が、すっと手元に戻ってきた。手品染みたこれが、今回得た技術の一つ。


 「水魔法水糸(ウォータースレッド)……どう?」

 「殆ど100点。伸縮性もあるし、目に見えないくらいには細くなってる。あとは、発動速度が上がれば完璧」


 「遅かったか? 溜めといっても、一瞬だけしかなかったはずだが……」

 「その一瞬が大切なんだよ。もっとスムーズに、アイテムボックスから投擲具を取って、こう」



 少年は果物ナイフを投擲して、すぐに手元に引き寄せた。その動きには無駄がなく、こんな子供でも暗殺者ギルドの精鋭だという彼の能力の高さが伺えた。


 彼、クォーリアはラナの弟分だ。

 ラナは元々は孤児で、その家のリーダーをしていた師匠って人から暗殺技術を教わっていたらしい。幼少の頃から訓練を始めていたと言っていた。だからこそ、あの歳で一流の暗殺者になっているというわけだな。というか、孤児を集めて暗殺術を教えていたその師匠って奴は多分、ろくでなしだ。


 ラナから暗殺術を教わっていた時に、ラナの知り合いで水魔法を使った暗殺術が得意な少年がいるという話をされた。食べ物を大量に持っていけば簡単に教えてくれるという情報を得て、それを実行した。その結果がコレというわけだ。

 俺はいくつかの水魔法を習得できた。それに比べて損害は軽傷、食べ物は比較的安価で手に入る。馬鹿みたいに大量に買ってきても、14人も育ち盛りの子供がいればすぐに食べきってしまうだろう。だから、前回の二回と、今回の一回の計三回。俺は彼らに普段食べられない物を提供するという契約で、魔法を教えて貰ったんだ。

 因みに、ここで言う普段食べられない物というのは、なにも高価な食べ物というわけではない。成長速度が遅く、木属性の魔法で成長を促しても月単位、あるいは年単位の時間が必要な果実なんかが中心だ。他にも、種が手に入りにくい野菜とかが複数。それにしても、本来は数十年とかかるはずの木に生るような果物でさえ数ヵ月で収穫可能ってんだから、異世界は意味がわからない。肥料代わりに木魔法を使うとこうなるらしい。


 その後も、数種類の魔法を彼に確認してもらった。

 全体的に高得点をもらえたが、やはり発動速度が遅いらしい。暗殺者業界ではどれくらい速く殺しの技が使えるかが重要らしい。


 「魔法の構成はできてるから、あとは只管練習。一年もあればこれくらいはできるようになる」

 「一年か……ま、暇があえば練習しとくさ。んじゃ、俺はもう帰る」


 「……そうか。姉貴によろしく」

 「おう、言っとく」



 部屋を出て玄関まで戻ると、果物を頬張る子供たちが見えた。

 暗殺者ギルドに所属しているクォーリアだけど、暗殺の依頼なんてものは数ヵ月に一度くらいの頻度でしか発生しないらしい。大抵の依頼は下級の暗殺者が経験を積むためにと請け負ってしまうので、彼には難易度の高い依頼が回ってくるんだとか。だから、仕事が少ない。すると、金も無駄に使えない。いざって時のために貯金すると、精々月に2~3くらいでしか贅沢なご飯を食べられないんだと。甘い果物は、彼らにとっては嗜好品なんだ。


 「中級の魔法が使えるようになったら、また来てもいいか?」

 「食べ物とか、何か適当に持ってきてくれれば教えるよ」


 「うぃ……じゃあな。何かあったら宿を訪ねてくれ。力になるから」



 社交辞令に、そんなことを言ってから家を出た。

 あの子たちも、将来は暗殺者になるんだろうか。微妙に気になるが、他人の家だ。詮索するのはやめておこう。何か怖いし。


 ひたすら歩いて宿へ帰る。その途中で、使い魔のベルフェゴールが目を覚ました。


 『んんー!……おはよう、幹也』

 『もう昼近くだけどな』



 水魔法を首に巻きながら、頭の中でベルフェとの会話を続ける。これは技:念話を利用した会話術で、レスポンスの速さから思考がだだ漏れになるというプライバシーの無さが特徴に上げられる特別な会話方法である。


 『今日はなにする予定なの? 魔法の練習?』

 『いや、依頼を受ける。そろそろ金も少なくなってきたしな。何より新しい戦闘技術を実践で試したい』


 『ふーん。でも気をつけなさいよ。幹也が死んだら私も負けちゃうんだから』



 使い魔であるベルフェゴールは、主人である俺が死んだ瞬間にゲームオーバーとなってしまう。だから俺のことを積極的に守っていかなければならない。怠惰系統の魔法を極めているらしいコイツだが、一向にその使い方を教えてくれない。

 最悪、スキル欄から直接使うという方法もあるんだが……視力を失った俺ではそれは難しい。確か、スキル欄の上から二個目だったはずだが、ステータス画面での上から何個目なのかが思い出せない。それがわからない限り、安易にステータス画面を開くわけにはいかない。間違ってBPを消費してしまう可能性がある。只でさえステ振りをミスっているんだから、その辺は慎重にいかないとな。


 『だから、早く怠惰魔法を教えろと……』

 『私だって教えたいわよ。でも、水属性の怠惰魔法って扱いが難しいから……幹也、相手の水を対象に魔法使える?』


 『相手の水……血液?』

 『血とか、おしっこでもいいけど。兎に角、相手の水。それの働きを鈍らせて、気分を悪くさせる魔法があるんだけど……』


 『なにその嫌がらせレベルの半端魔法。もっと格好良い感じの魔法を所望する』

 『うーん、闇属性が使えれば選択肢が広がるんだけど……』



 俺、水魔法しか使えないんだ……。悲しい。せめて、せめて無属性も使いたかった。人族標準装備の無属性が、地球人な俺には無いんだ。鮭延にはあったのに……。













 部屋に戻ると、レアがベットでよこになっていた。大きな高級枕の近くには、キツとミルが丸まっている。そんな光景を、ラナが椅子に座って眺めていた。眺めていた……というか、無表情でガン見してる。俺が部屋に入ってちらっと一瞬だけこっち見たけど、すぐに視線を戻した。


 「弟さんが、姉貴によろしく だってさ」

 「……うん、クォ、元気に、してた?」


 「おう、他の子たちも元気一杯だったぞ。甘い果物買ってったら喜んでた」

 「みきゅあ君、優しいね。ありがと」


 「……授業料だ。便利な魔法教えてもらえたし」



 例えばコレ。暑い季節に便利な水糸の魔法。首周りとわき、それと足の付け根辺りを冷たい魔法を巻き付けると、すごく気持ちが良い。消費するMP値も微々たるもの。意識的に魔素を取り入れることで自然回復が可能となったMP値だが、糸の魔法を使っても回復量の方が多いのか数分に一度のペースでゲージが回復している。


 ベットから目を逸らして、こっちを見つめるラナ。

 ラナは……変態だ。変態。変態なんだけど、容姿は整ってる。美人顔な人が多いこの世界だけど、この子は別格。本当に、美少女って感じだ。こうして見つめられると……気恥ずかしくなってくる。


 寝ているレアに近づいて、寝顔を見る。

 まぁ、映像として見えるわけじゃないけど、魔法陣の情報から推測するにぐっすりとねているみたいだ。俺の枕に抱きついて寝てる。うぉ、よだれがめっちゃ垂れてる……後で洗えばいいか。あれ、枕ってどう洗えばいいんだろう。服みたいにアイテムボックスで洗えばいいのか? それとも、普通に手洗い? わからない。中身は綿っぽい感触だから、多分洗っていいタイプの枕だとは思うんだけど……それは追々考えればいいか。


 「これから依頼に行ってくる。30日くらいかかるかも」

 「……また、レアたん、泣いちゃう、よ?」


 「確かに、レアは寂しがると思う。でも、俺は……レアの兄以前に俺なんだ。こんな危険な世界で、化け物連中と競うためには力がいる」

 「でも、焦ったら、死んじゃう、よ?」


 「だからゆっくりやっている。俺のRPG技術をフルに使って高速レベリングしてもいいんだが、確実に死ぬ。死にたくないから、訓練に訓練を重ねてから、実戦に出掛けるんだ。レアのご飯は勿論のこと、キツとミルにも餌をあげといてくれ。キツは木の実と生肉、ミルは水に魔力を込めた物を。三日に一度は、レアに肉料理を少しでも食べさせること。野菜と果物だけだと栄養が偏る」

 「うん、わかった、けど。気を、付けて……ね?」



 行ってくると部屋を出て、ダークロードの所へむかう。

 階段を上がって、廊下を進み、ルーナが泊まっていた部屋の隣にある部屋のドアを叩く。


 「おーい、みきゅあだ。ギルド行くぞ」

 「少し待ってくれ。準備をしている」



 中からそんな声が聞こえた。

 魔法陣を使って、部屋の様子を確認してみる。中には大量の物という物が溢れていて、整理整頓の整の字も見えない。貴重な素材がまるでゴミのように転がっている。ほら、ベットの脇に落ちてるのはCランクの魔物の角で、あれだけで金貨五枚はする代物だし、机の角で落ちそうになってるのは魔法銀の塊だろ? あんな大きいの、一体いくらすんだよ……。


 壁に寄り掛かり、ダークロードを待つこと約五分。中でドタバタしていたダークロードは扉の前で呼吸を整えてから、さも焦っていませんよと言った風に部屋から出てきた。綺麗な金髪をさらりと払って、格好つけて言い放つ。


 「待たせたな。では、行こうか」

 「……おう」



 こいつは、自分で作ったのに透視能力の有無を忘れているんだろうか。

 この魔法陣の前じゃプライバシーなんて皆無だからな。ぶっちゃけ、隣りの部屋くらいならベットの上からでも余裕で覗き見れる。いや、見ないけど。









 ギルドについた。

 相変わらずの、デカい建物に豪華っぽい感じの外観。大きな扉を開けて中に入ると、少な目とはいえ大勢の冒険者がいた。中には依頼を出しにやってきた一般の人もいるが、やはり大半は冒険者だ。

 受付には向かわず、酒場に行く。昼時なので微妙に混んでいる中、待ち合わせている人を探す。


 「フード被ってる女の子と、マッチョなおじさんの二人組を探せ」

 「大概の魔法使いはローブを被ってるし、冒険者は筋肉質な男が多いからな……いや、あれか?」



 ダークロードが指差す先には、確かにローブについているフードを深くかぶった少女と、昼から酒を呷っている大男がいた。


 「そうそう、あれだ。あの二人組と俺達二人、計四人で臨時のパーティーを組んで……って、言ったっけか」

 「既に聞いているな。そうか、あの二人……何やら、アンバランスな二人組であるな」



 確かに、小柄な少女とデカいおっさんの二人組は危険な香りがしないこともないが……斧のおっさんは巨乳派って言ってたし、ミレアも年下がいいとかほざいていたからなぁ。

 二人の近くにいくと、おっさんが俺に気付いて手を振ってきた。今の俺の格好は特に装備品を着けていない私服なわけだけど、よく気付いたな。黒髪なんて、別に珍しくもないのに。


 「おう、嬢ちゃん。久しぶりだなぁ」

 「そうか? 先週も会ってるけど……なぁ、ミレア」


 「ふぇ!? そ、そうだね。うん、久しぶり!」

 「……久しぶり。座っていいよな?」



 そう言いながら椅子に腰かける。ダークロードも隣に座ったので、軽く自己紹介を始める。まあ、パーティーを組む際の、一種の恒例行事だな。


 「今回はこの四人で依頼を受けるわけだが……先に俺のパーティーメンバーを紹介しておく。錬金術使いのダークロードだ」



 俺が軽く紹介し始めると、ダンっと勢いよく立ち上がって高笑いを始めた馬鹿がいた。


 「フ、フフフ、ハーッハッハッハァ! 如何にも、我こそがダークロード。稀代の錬金術師にして、師よりダークロードの名を受け継いだ暗黒王である! なぁに、我は寛大である。気楽に接してくれてかまわんぞ!」



 酒場中の注目を集めて、笑い続けるダークロード。

 きょとんとして口からスープを垂らすミレアと、思わず黙ってしまうおっさん。


 「ほら、口からスープ漏れてんぞ」

 「はぅ! あ、大丈夫だから、んん!」



 ハンカチを取り出して、口元を拭いてあげる。レアもこうやって口から物を溢すことが多いから、拭くのが癖になってしまってるな。


 「と、言う訳で、言葉通り楽に接してやってくれ。俺はみきゅあ、魔法と短剣」

 「ぷはぁ、大丈夫って言ったのにー! もう、ええっとね、私はミレア。魔法使いだけど、攻撃魔法は苦手なの」



 ずれたフードを直しながら、ミレアがそう言った。固まっていたおっさんも、それを聞いて動きだす。

 

 「俺はグラーデ、斧を使う。一応、このパーティーのリーダーを任せてもらうことになった」

 「む、キツネっ娘がリーダーではないのか?」


 「キツネ?」

 「俺のことね。ランクで見るとD級冒険者である俺が相応しいわけだが、経験で見るとリーダーにむいているのはおっさんだ。俺はぺーぺーで、おっさんはベデラン。だから、パーティーリーダーは彼だ」



 アレンにはリーダーの座を譲らなかった俺だけど、斧のおっさんになら譲れる。その程度には、彼のことを信頼している。何でも、冒険者生活を既に8年も経験しているらしい。命がけの生活を8年間。超ベテランだ。


 「……うむ、一理あるな。ところで、我はG級冒険者であるがこの依頼は受けられるのか?」

 「余裕。この依頼はD級で、この二人はE級だけどランク上げしてないだけで、Dランクのリザードマンと戦えるからD級換算。そんな三人と一緒だと、G級なダークロードが一人加わってもギルドからは文句を言われない」


 「ってわけだ。俺もミレアもその辺は了承済みだからよ。なんでも、ランクはG級だけど中々に強いんだってな」

 「我はDランクの魔物を一人で屠った実績がある」



 おっさんとダークロードが盛り上がり始めた。

 俺は、一人俯いてスプーンで野菜のスープをすくい続けるミレアに椅子を近づけた。丸いテーブルだから、席を寄せることができる。ぎょっとする彼女に更に近づくと、段々と涼しくなってきた。

 

 椅子をぴったしと合わせる。それ程まで密着すると、まるでクーラーでも効いてるかのような涼しさを感じた。

 この少女、ミレアには、魔物の血が流れている。人族と魔物のハーフである彼女の近くは、なぜか冷気が漂っていて少し寒い。そんな彼女だから、この季節には女神に成りあがることができるんだ。歩くエアコン少女。ミレアさんマジ女神。


 手を止めた彼女に、「食事を続けて」と言いながら身を寄せる。

 人口密度のせいで蒸し暑いギルドだけど、ここは快適だわー。水魔法にも限度があるからな。アリアを使えばもっと涼しくなるかもだけど、こんな所で腕だけドレスを晒すわけにはいかない。あの長手袋とフリフリドレスのせいで使う頻度少なくなってきてるからなぁ、あれ。腕だけとはいえ、かなりロリータ服っぽくなってしまう。


 「み、ミキュア、近いよぉ……」

 「だってここ涼しいんだもん。ミレア最高。嫁に欲しい」


 「え、ほんとう? お嫁さん……それなら、いいかなぁ。でも、ちょっとだけだよ?」



 その後、ダークロードも何か注文をして食べ始めた。

 俺も冷たいジュースだけ貰って、彼らが食べ終わるのを冷房(ミレア)のそばで待つことにした。


 体感だと、今日の気温は余裕で30.0℃オーバーなのに、ここだけ22~3℃くらいな感じがする。超快適。

 ふむ……コイツの肌はどれくらい冷たいんだろう。皿に添えてある左手をさわってみる。


 「ひゃっ!? な、なにごとだ!」

 「…………」


 

 あれ、普通だ。体温は特に低いってわけじゃないのか……じゃあなんでミレアの周りは温度が低くなるんだ?異世界には意味がわからないことが多過ぎるな。前に聞いた時は"お母さんがローレライなの"と言っていたが、まずローレライって何だよって話。種族名らしいけど、魔物ってことしか知らない。




 食事を終えて、ギルドをでる。既に依頼は受けてあるのであとは現地へ転移するだけだ。

 しばらく歩いて、転移門に着いた。転移門。転移石を使用して長距離を移動する場合、基本的にはここから移動することになっている。理由はある。転移石1個で一度に転移できる最大人数は五人。だから、五人以下で転移しようとした場合、近場に誰か別の人がいると巻き込まれる危険がある。

 

 そんな事故を防ぐ為に、転移する時はここでしろと決められた場所がここなんだ。まぁ、そんな決まりも絶対ではないんだが。


 「石を使って移動するぞ」

 「……移動に三日という話は何だったのだ」


 「どこから三日か……とは言ってないだろ。転移した先の街から、三日の所にあるって意味だ。レアの前で本当のことを話すと、あれ以上に機嫌を悪くされる」

 「となると、実際はどの程度の距離があるのだ?」


 「街までは、馬を半日走らせて20日。足を強制的に回復させて走らせ続ければ14日くらい」

 「……遠いな」


 「そうだ。だからこそ石を貰えたんだ」



 俺たちが雑談をしている間に、おっさんが手続きを終えた。

 転移石を持つおっさんの周りに移動する。「転移石(テレポートキー)起動」とおっさんが呟いた直後に、視界が歪んで……転移した。


 クラーク王国から更に東側、最前線と言われる街の近くに発見された洞窟の調査。

 これが今回、俺達が受けた依頼だ。


 

 乙牌「ねぇ、聞いて。何か嫌な予感がするわ。まるで……取り逃がした得物を追う獣のように、先日、大陸を渡る私たちを攻撃してきたあの化け物が、今度はこの大陸にやってきて、態々私たちを探し出して、攻撃を仕掛けてくるような……それも、今度は二人の仲間を引き連れて、三人掛かりで私たちを仕留めようとしてくるような……そう、そんな気持ち」


明日香「……そうですか」


 乙牌「そうなのよ。でも本当に嫌なのはここからなの。その戦いの結果が読めないのよ。今まではそうじゃなかったの。でも……わからない。わからないわ。私と姫宮さん、それとセリちゃんが一緒に戦ってる光景は思い浮かぶのに、明日香くんと美也ちゃんがどうなってるのかがわからないの。私たちの勝敗もわからないし……明日香くんは、そんな戦いに挑める?」


明日香「そうですね……まぁ、いざって時は戦いますけど(急に何を言いだすんだこの人は。戦いの結果が読めない?そんなの当たり前だろうに。まず話が電波すぎて、この人の相手するのほんと嫌だ……)。」


 乙牌「そう……それじゃ、作戦を決めなきゃいけないわね。セリちゃんと美也ちゃんを呼んできて。私は姫宮さんを呼びにいくから」



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