第22話 南門防衛戦(4)
天使リアナの命により、近づいてきた敵との戦闘を開始して数分。
私の人形は、既にボロボロでした。
右腕、左前足が大破。尻尾の結界も妨害されて展開できません。顔に仕込んでいた呪術も弾切れで、鎌も欠けてしまいました。それでも、彼らとの戦闘を続けます。最初は四人いた敵も残り二人、途中で参加してきた援軍の人族も六人の内三人は倒しました。
あと五人……左手を動かして、鎌を振ろうとしたところで、天使リアナからの念話が届きました。攻撃を中止して、後方に下がりながら返答します。
『天使サナリカ、撤退して下さい。C型が破壊されました』
『……天使リアナの人形がですか。壊れれたのは何機ですか?』
『製作した三機が全て破壊されました。既に私は合流地点まで撤退済みです。天使サナリカの体も、戦闘記録も全て回収済みなので、人形を破棄する場合は憑依を解いてください』
『……いえ、SN02は私の大切な人形ですので、持ち返ります。転移の魔法陣を仕込んでいるので、ある程度は素早い移動が可能なのです』
『そうですか、では待っています。B型は全て破棄、残っている魔力は回収せずに帰ります。少しでも、この世界にダメージを残すように命令されていますので』
『わかりました。すぐ行きます』
鎌を腕に内臓して、後ろ脚に仕込んだ転移魔法の陣を発動して短距離転移を開始しました。変な剣士に変な魔法使い、大きい盾の騎士に両手剣の騎士、大槌を持った騎士の姿を、魔力を覚えてから、その場を後にしました。
私の人形と互角にわたりあった彼らの存在を、決して忘れはしません。いずれ、いずれ私の人形が、あなた達を倒します。
ああ、去り際にキメ台詞を言うのを忘れてしまいました。
もしかしたら、この距離でも声が届くかもしれません。一応、言っておきましょう。
「イズレ、ワタシノドールガキサマタチヲホオムリサルコトダロウ。ソノトキマデ、セイゼイワタシニデアワナイコトヲイノルンダナ!(いずれ、私の人形が貴様達を葬りさることだろう。その時まで、精々私に出会わないことを祈るんだな!)」
カッカッカッと口元の声帯を震わせてから、再度、転移を開始しました。どうか、この声が届いているといいのですが……。
今回の戦いで、私たちは人形00のデータを得ることができました。どうやらこの世界の素材では、人形本来の力を十分に発揮できていないようですね。SN02も、想定していたスペックには届きませんでした。
やはり、もう少し大きく作るべきでしたか……帰ったら改修作業ですね。天使マルクと天使サーシャと一緒に頑張ろうと思います。彼女たちは、人形技師として一流の腕を持っていますからね。私の思ったとおりの人形を作るには、彼女たちの助けが必要なのです。
次はどんな人形を作りましょうか。
そんなことを考えながら、私は移動を続けるのでした。
………………。
…………。
……。
かくして勇者は魔王を退け、東に続く新大陸を解放したのだった。
最終決戦を終えて数日後、酒場で安い酒を呷る彼の周りには、長い年月を戦い、激戦を共に過ごした14人の仲間が集まって、皆で其々の想いを語り合っていた。
「だぁーから、俺は王国を作ろうと思うんだよ。俺が王となって統治するんだ」
「ならっ、なら! 妾が女王さま? プリンセス?」
夢を語る彼の隣で、小柄な少女……ルカ・ドワーフ族の少女が飛び跳ねていた。
勇者と恋仲にある彼女は、彼が王なら自分は王女になるのかと喜んでいたのだ。しかし、それに水を差したのはエルフ族の青年。華やかな衣装に身を包んだ彼は、薄い緑髪をさらりと払いながら言い放つ。
「ハッ、今どき君主制なんて古いんだよ。これからは共和制。つまり、民が物事を決める時代だ」
「ああん?」
酒の入ったカップをエルフにむけて、勇者は反論した。
「民が物事を決める? 大陸を解放してすぐにそんなことしてみろ。みんな大混乱だ。迷える子羊は誰かが導かねえといけねぇんだよ」
「なら、王国じゃなくて実力主義の帝国を作るんだな。たくさんの国があれば魔王も手を出さないだろう」
そばに巨大な大剣を降ろしながら、戦士といった風貌の男が言った。
エルフの青年は「混乱か……」と呟きながらブドウ酒を揺らして考えている。
「いやいや、俺は王になりたいんだ。中央の端っこにある王国で生まれたから、王国には愛着があるし、王様ってのにも憧れがある」
「国作りですか……僕は皇国をおすすめしますよ。魔王を倒した僕らを神聖視して貰うんです」
ふらふらと歩いてきた吟遊詩人が、軽い調子で言った。
それを聞いた男……飲みの席の反対側で魔法使いの女と話していた身なりの汚い盗賊のような男が、んん?とわざとらしく言う。
「なんだそりゃ、それで何が起こるんだよ。宗教でもやるのか?」
「……それもいいですね。大切なのは僕たちの言葉に確実に耳を傾けるような環境を作ることにあります。人類で、皆で力を合わせないと、いずれ魔物に負けることでしょう」
そんな声を聞き、ぶつぶつと呟いていたエルフの青年が立ち上がった。
近くで優雅にグラスを傾けていた魔女がそれに絡む。
「いや、やっぱり民主主義だ。議会制度だ。今みたいに王族や大貴族がいちいち口煩い世の中はこりごりなんだよ。お前らはすぐに死ぬから良いけどな、俺はまだ死ねないんだよ。平均寿命まであと700年とか意味わからねぇ」
「そんなことでどうするのだ……さすが耳が長いだけある。脆い脆い、精神が脆い。我を見習え。我は少なくとも、あと1000年は生きるつもりだぞ」
「はぁ?1000年? 短命の人族が何言ってんだ。せいぜいあと30年が限度だろ」
「30って、それは何時の話だ……フフフ、我は見つけてしまったのだ。不死の呪文というものをなッ!」
ばっさと黒いマントを払いながら高笑いを続ける黒い魔女に、エルフの青年は呆れた。確かに呆れたが、彼女の実力を知っているので、そんな一言でも無碍にすることはできない。え、マジで……?と目を大きく開いた。長寿仲間がいない彼にとっては、他とない吉報だったからだ。
酒を飲みながら少女と戯れる勇者は、ならばと答えた。
「ここには15人の勇者がいる。これを分けよう。そんで其々で国を興すんだ。ミレアルドなら簡単に国の地盤程度は作れちまうからな」
「うむ、妾の土魔法なら、街の一つや二つ作ることは用意に可能だぞ! 5分で作れるぞ!」
膝の上に座ってえっへんと無い胸を張る幼女の頭を撫でながら、勇者が話しを続ける。
「だからよ、俺たちで3~4ばかし国を作って、それで協力体制を築くんだ。対魔物戦を想定した軍事同盟。サーフレットの魔法ならワープの道くらい作れるだろ?」
「え、私? はーい、作れまーす!」
「よし、いい返事だ。でも返事だけじゃなくて、気持ちもこっちに向けて欲しかった。てめぇらポーカーしてんじゃねぇよ……お前もだタクヤ。俺の話聞いてたか?」
「え、うん、聞いてた聞いてた。……あれでしょ? ルゥのおっぱいの話」
「そうそう、あの有るのか無いのかわからないちっぱいが俺は大好きで……って違げえよ!」
「あるぞ? ほら、ちゃんとあるぞ?」
ルカ・ドワーフの少女、ダグリア・ルゥ・ミレアルドが勇者の手を取って自らの胸元へ誘導する。
身長が130cm程度の少女の胸に興奮するリーダーに冷たい目を当てながら、一人の騎士が話を再開させる。
「つまり、私たちを頂点とした国家を複数個も、作成するつもりなのか?」
「おう。それなら誰かが国作りに失敗しても、受皿ができる。いいか、俺らが居なければ人間は死ぬ。S級とまともに戦える存在は、世界中探しても20人を下回る。んで、そのうちの15人がここにいる」
「……いやいや、なんで国作りやねん。理由が繋がってない」
「あのなタクヤ、少し考えればわかるだろ。魔王は国を作る。魔王軍を作る。俺らが全力で戦えば魔王には勝てる。でも魔王が率いた魔王軍には勝てない。なんでかわかるか?」
「……ああ、魔力切れ?」
「そうだ。俺たちの中で、魔力無しで戦えるのはタクヤとイガルガしかいねぇ。例外的に雑魚多数の敵ならレイファ無双が使えるけど、それでも三日が限度だ。雑魚が多いせいで、俺たちはあの豚野郎を殺すのに8年もかかった。魔王軍が邪魔だ。なら、人間軍を作るしかねえだろ。人間軍を魔王軍にぶつけて、目をそっちに引き付けてから俺らがこっそりと魔王を殺せばいいんだ」
「解説乙。でも、国なんてそう簡単に作れんのか?」
「できる……と、俺は思ってる。少なくとも、このメンバーならな」
そう言った勇者は、一気に酒を飲み干すと言い放った。
少女もそれに続く。
「んじゃ、俺、王様とっちー!」
「妾は王女さまー!」
「なら、私は騎士団でも作ろうか」
「えー……じゃ、俺も王国派で」
そんな仄々とした光景を眺めながら、騎士の男は笑ってしまう。
隣にいただらけた少年も、嫌々ながら同意した。
「じゃ、俺は民主主義の国家を作るぞ! 基礎だけ作れば勝手に組み上がるだろ。おい、そこの暗黒王、手伝え!」
「フッ、耳長族に国作りは重荷だろう。我の知恵を貸してやらないこともないな」
「なら、俺らもそっちに行くか。なぁ」
「うんー? いいよー」
エルフと魔女の話に、戦士と魔法使いが乗っかる。
「では、僕は彼の言ったような宗教でも起こしますか。魔物は滅するべし、なんて言えば信者となった人も協力してくれるかもしれません」
「あー、んじゃ俺もそっち行くかな。王様って柄でもないし」
吟遊詩人の青年に、盗賊風の男が言った。
他の席で飲んでいた五人も、彼らは彼らで考えがあると主張した。
それぞれで合計四つの国を作る算段らしい。
「俺らだけで7個も国を作るのか。さすがに、これだけの数の国家が協力すれば、大抵の魔王軍とは戦えるんじゃねえか?」
「国が作れれば……だけどな」
そんなことは不可能だとでも言うように、黒髪の少年が拗ねた。
そんな彼の肩を叩きながら、勇者は言った。
「なぁに、作れるさ。南のやつらも、中央のやつらも、新大陸に興味津々だ。半ば飽和状態になってたからな。放っておいても人で溢れかえるさ。うし、行くぞ」
勇者が立ち上がりながら言った。
それから数年後、世界に7つの小国が生まれた。
こうして勇者クラークが作った王国が、後に東の大陸一を誇る大国となったのだ。
…………。
……。
目の下をかきながら、本を閉じる。
「何だコレ、馬鹿ばっかかよ」
『そうね。勇者物語のラストに、自国を褒めるような一文が書いてあったら萎えちゃうわよね』
「違うんだ。こいつら、言ってることが適当すぎるぞ。適当だけど、中途半端な政治知識の割に行動力があり過ぎるから……」
『ふーん、あ、隣にあるわよ。水魔法の使い方だって』
横にあった水魔法全集を手に取り、ギルド内にある書庫のような場所を後にする。
先日、勇者さまとやらが作ったこの国に、魔物の大群が攻めて来た。白い魔物の大群が。彼らの考えた通り、多くの国からの支援があったものの、防衛隊の奮戦とは裏腹に南門と西門付近にはかなりの被害が出てしまっていた。
あの戦いの結末を、俺は話でしか聞いていない。
俺は気を失っていた。
俺の顔面に血を吹きかけてきた個体を操っていたっていう天使を殺した後で、完全にMPが尽きた。スキル:殺人鬼で武器と体を強化して、残りのMPが尽きるまで攻撃して……最後は襲ってきた激痛に意識を手放してしまった。痛覚を麻痺させるベルフェの幻術が解けてしまったんだ。
意識が戻ると、俺は治療院にいた。
治療院とはこの世界でいう、病院みたいな場所だ。
そこの小さいベッドの上で、俺は目を覚ましたんだ……。
「んん……暗い」
『あ、幹也、気がついたの!?』
ここは……どこだ?
確か、俺は……そうだ。あのクソ野郎を殺して……あ、おいベルフェ。てめぇなんで幻術切ったんだよ。痛すぎて目玉とびでるかと思ったわ。気が狂うかと思った、割と本気で。
『だって、魔力無くなっちゃったんだもん。幹也の残ってた魔力全部、殺人の能力に持っていかれたわ』
『……そうか』
あの時……MPが少なくなって、一度補給に戻ろうかと考えていたそんな時、ベルフェが急に話し始めたんだ。この戦場に天使がいる。多分、さっきの妙な個体は天使が直接操ってたんじゃないか……と。
それで、対D級ダンジョンボスにベルフェが使ったような、魔力の波長での探知魔法をアリアを利用して唱えたんだ。氷属性の魔力をばら撒いて、散った魔素の動きをベルフェに感知して貰って……それで、天使とやらの居場所を特定した。
目に細工をされたとはいえ、仮面の能力で周囲の状況が確認できた俺は、冷静に考えた。このまま一人で行っても殺されるだけだ……と。だからこそ、ルークを連れて転移したんだ。探知魔法と転移魔法で、俺のMPは残り僅かになっていた。
転移した先には、片方の翼を剣士に斬られている、天使のような女がいた。髪は輝いていたし、白い服に白い翼、見た目は完全に天使だったから、一目でわかった。
そう、一目、そいつを見た瞬間にわかったんだ。
纏ってる雰囲気が、俺に血をかけてきた奴と同じだということに……。
そこからは記憶が曖昧だ。
確か、邪教徒と殺人鬼を使って、ゴブリンと戦った時のような武器強化まで使って……そいつを押し倒して、刺して、切刻んで、そしたら……そうか、魔力が切れたのか。
『なぁ、俺は天使を殺せたのか?』
『…………』
『そうか。あれだけして死んでないとなると、あいつらは不死なのか』
『違う。多分、あの天使は天使じゃなかった……人形よ。特殊タイプの、魔力を込めた天使の姿をとる人形が、天界にはあったわ』
『囮ってことか?』
『囮ではないと思うわ。だって、あれ一つに膨大な量の魔力が込められてるはずだから。でも、人形のはず。天使は、上級悪魔並みの魔力適正を持ってるから。こんな言い方で悪いけど……幹也程度に殺されるはずがないわ』
悪魔並みの魔力適正。俺らとは生まれ持った物が違うってことか。
俺程度では殺せない……ね。
『わかってる。わかってるけど……ああ、うぜぇ。何かないのか。お前らみたいなのを一撃で殺せる秘密兵器とか、必殺魔法とか』
『ないわよ……仮にそんな物が存在したら、悪魔が必死になって封印するはず』
『人間を殺せる毒も、人外には効果が無い……本当に、嫌になるな。たかが種族が違うってだけで、見た目は同じ人型なのに。なんでこうも違うんだ』
魔力の量が違うと、体内にある魔素の密度も違ってくる。魔素の密度が違うと、肉体強度が違ってくる。肉体強度が違ってくると、身体能力も違ってくる。身体能力が違うと、戦い方が違ってくる。
戦い方が……扱う魔法の規模が違い過ぎるから、俺ら有象無象じゃ近づくことすら難しい。今回は近づけたけど、囮だったわけだし。囮じゃなかったら、殺されていたのは俺の方ってわけだ。
俺は目を覆う包帯のようなものを触りながら、悪態をついた。
くそ、くそくそくそ。ああ、つーか、なんだこの包帯。こんな何重にもぐるぐる巻きにしたら、視界がぜろになるだろうが。誰だよこんなしたの。この世界のナースさんドジっ子かよ。
視界を確保する為にと、頭の中でアイテムボックスを開いて、仮面を探すが……見つからなかった。無いな。あれ、何で無いんだ?
確か、気絶する直前までは装備していたはずだ。治療の邪魔になるからって、誰かが外してしまったのか?
俺は、視覚と味覚の強化をといて、嗅覚を三重に強化した。
レアたちに改修されたあの仮面には、本物の動物の毛が使われている。だから、僅かに残った獣の臭いが……ん、すんすん。
この甘ったるい匂い……若干の獣臭と、それを打ち消すような香水の香り。ルーナか。
「ルーナ、近くにいるのか?」
「んん……ぐぅzzz」
微かに寝息が聞こえた。
近くで寝ているのか。休んでいるところで悪いが、起きて貰おう。
「ルーナ、ルーナ……起きろッ!」
「ひぅ!?」
近くで物音がした。
ルーナが起きたみたいなので、包帯を外してくれと頼むことにした。上体を起こしながら、ルーナがいると思われる方へと話かける。
「大きな声だしてこめんな。目を覆ってる包帯を外して欲しくて」
「ミ、ミキュアさまッ! 大丈夫ですの!?」
「大丈夫? ああ、意識はちゃんとあるし、何が大丈夫じゃないなのかわからない程度には大丈夫だな」
「何が大丈夫? え、えっとですわね、目が……」
「目か。だから包帯でぐるぐる巻きなのか。でも、こんなのしてたら邪魔だから外してくれないか?それか仮面を取ってくれ」
「あの仮面は……ここにはありませんわ。ダークが持っていますの」
はい?なんでダークロードが俺の仮面をパクってるんだよ。あいつの中二病は大概だけど、俺のキツネ仮面を欲しがるような奴じゃないはずだぞ。黒いインナーも、黒いマント、黒い魔法アイテムで全身を黒色で統一してるところからも読み取れるが、黒であることに何らかの思い入れがあるみたいだった。
「ダークロードが? なんでまた……まあいいや。んじゃ、この包帯を外してくれ。頭ぐるぐる巻きなら理解できるけど、目に巻いちゃ駄目だろ。それとも、これが異世界クオリティか?」
「だ、ダメですわ。ミキュアさまの目は、まだ治療中ですもの」
そう言ってしゅんとした雰囲気を出したルーナは、俺に近づいて、ぎゅっと抱きついてきた。
なんだよ、こんな時に恋人ごっこかよ。俺の目が治療中?
「包帯でガーゼでも押えてるのか。薬塗りたくったガーゼ……っていうか、この世界ってガーゼ無いじゃん。布か? 不潔だな。ちゃんと、殺菌してある布を使ったんだろうな」
「……ミキュアさま、今日は饒舌ですわ」
「饒舌? 嫌な言い方するな。俺は何時も良く話すぞ、なぁベルフェ」
『……前にも言ったけど、幹也は思ったことをそのまま言ったりしないわ。思考スピードが速いだけで、おしゃべりってわけじゃないもの。幹也も……わかってるんでしょ』
「わかってる? 何をわかってるんだ? 俺は大抵の事は既にわかっているが、そんな主語の抜けた文を読み取れる程、賢いってわけじゃない」
『目よ。正確には眼球』
「眼球?」
「そう、ですわ。ミキュアさまの眼には、まだ呪いが残っているんですわ」
「目の、呪い……あのクソの呪いか?」
「それで、あの、多分ですけど……目が、見えなく、なってるんですわ。目が、白くなっていましたから……」
はあ?
目が……白?
「目が白って、意味がわからないんだが。なぁルーナ、もっと、具体的に言ってくれないか?」
『眼球の黒目の部分に、呪術の術式が埋め込まれてるの。二度目の、最後の戦いの時に呪術を上書きされたわね。きっと、人形が壊れる寸前に、呪術の魔法を使われたのよ』
「ミキュアさまは、両目の中心に、酷い呪術を掛けられてますの。そのせいで、目が見えないんじゃないかって、お父様が言ってましたわ。私のお父様は、物知りですので、きっと本当に、見えないと……うぅ」
俺を抱きしめながら、震えた声でルーナが言った。
目が……見えない。
そうか、目が見えないのか。
……ショックだ。
確かにショック……だが、まぁ、所詮、目が見えない程度……いやいや、無理だろ。目が見えないって……。
頭の中がパニックになってくる。
目が見えない。勿論、それはこの世界での話だ。元の世界にある俺の身体なら余裕で見えるのだろう。
目が見えない。確かに、それは戦闘の際にハンデとなってくる。だが、あの仮面があれば別に目が見えなくたって戦うことが出来るし、日常生活だって送ることは可能だろう。まぁ、周りの人からはなんだあの仮面変な奴……と思われるかもしれないが、事情を話せば理解してくれるはずだ。
目が見えない。だからどうした。ほら、解決策はいくらでも……ああ。
『包帯で、治療中……と言ったな。ベルフェ、それは、薬で治るようなものなのか?』
『はっきり言うわ。無理よ』
『なら、どうすれば治る?』
『……可能性があるとすれば、上級悪魔で、呪術を専門としている個体を探せば……そいつが、協力的な悪魔で、幹也の呪いを解いてくれるっていうなら……治るわね』
『なるほど、なるほどな。ってことは実質、可能性は0%ということになるのか』
『そう、ね。私たち上級悪魔は基本的に、他人には無関心だから。それに、満足に魔力も使えないこのゲームの途中に、こんな高レベルの呪いを解こうだなんて、誰も思わないでしょうね』
俺に抱きつくルーナを抱きしめながら、頭を働かせる。
目が見えなくなったことは、割り切れる。衝撃的過ぎて、あと俺が泣く前にルーナが泣いちゃってるから……逆に涙出ねえし。なんか少し落ち着いてきた。落ち着いたし、一回、考えよう。
俺は、この世界であと十年くらい生きるつもりでいる。その十年はきっと、戦いの毎日になることだろう。使徒として他世界の使徒と戦うこともあれば、冒険者として、又は一個人として、襲ってくる魔物と戦うこともある。同じ人間と戦うことだって少なくないはずだ。そんな中で、目が見えないということは……どれくらいの負の要素となり得てくるのか。
不幸中の幸いと言えばいいのか、俺は気配察知の能力が付いた装備品を持っているので、目が見えなくても平気な面はある。だが、"見ない"と"見えない"は少し違う。見えないんだ。精神的な問題がここで浮上してくる。
俺は気が強い方ではない。むしろ弱いと断言できる。怒鳴られればびくっと肩を震わせるし、胸倉を掴まれた日には心臓がドキドキと鳴りっ放しだ。先日、変な奴に殺されそうになった時だって、主犯者を殺してからアイテムを漁るまでに数分間の空きがあったくらいだ。心を鎮めるのに、それくらいの時間が必要だった。
ゲームだからと割り切っている事も多いが、全てがそれに当て嵌まるわけじゃない。
厳密に言うと、手足の怪我は割り切れる。今すぐ片腕が使えなくなったって、もう片方が無事なら敵に食いつく自信がある。両腕が使えなくたって、足が無事なら戦える。でも、目は駄目だ。これらは全て、目とか耳とか、感覚器官が無事であることが前提な話だ。目が見えないのは……。
頭の中で声を出して、ベルフェに問いかけた。
『魔法で……目の代わりを作ることは可能だ。それは、どの程度の腕が必要だ?』
『感知魔法、探査魔法、調査魔法……色々な方法があるけど、どれも幹也には使えないと思う』
『そうか。そりゃそうだよな。俺は、下級の魔法だって触媒無しには満足に使えない』
『中級魔法を自由に使えるくらいの技術があれば……そうじゃなくても少しなら使えるけど、常時発動状態を維持するなら、最低でもそれくらいでないと』
中級魔法。最下級、下級、中級、上級、最上級と分類した場合に、丁度真ん中に位置する難易度の魔法技術。
多数の敵を意識した攻撃魔法や、重症の患者に有効な治療魔法、下級とは違って、超常現象による意味不明具合がこ大きくなってくるような……あんなのを自由に使える程度の腕が必要というのは、実質、無理だと、遠回しに、そう言われているような気がした。
そういえば、ダークロードが俺の仮面を持っているという。目が見えないという現状、何よりも大切なアイテムとなっているものだ。
「俺の仮面を、ダークロードが持っていると言ったな。なぜだ?」
俺の声を聞いたルーナが、鼻水をずずーとすすりながら答えた。
「ダークが、仮面を解析するって。不便の無いような、魔法アイテムを作るって」
「不便の無い?」
「もっと小さくすると言ってましたわ。あれをずっとは、着けられませんもの」
「確かに……だが、アレが無いと、俺は宿に帰れない」
俺の言葉を聞いた彼女は、顔を上げて上目使いになりながら言った。
「宿までは、私が背負いますわ。ダークはあれでも天才錬金術師を自称していますの。きっと、既に視界を確保できるようなアイテムを作っているはずですわ」
「……早くないか?」
あの黒いのがどれだけ天才か知らないが、さすがにそれは無いんじゃないか?
そんな俺の疑問には、ベルフェゴールが答えてくれた。
『あのね、幹也がここに運ばれてから、既に四日は経過しているのよ。あの戦いから、今日で五日目よ』
『……わかった。どうりで、妙に腹が減っているわけだ。5日も寝てて、なんで餓死してない?』
「そうですけど、昨日の段階で試作品が出来ていたので……塗料タイプのアイテムですわ」
「まあ、その辺はどうでもいいが。……よし、帰るぞ」
ルーナを退けてベットから降りる。
四日も寝ていたせいか、思ったように体が動かないが、ルーナに寄り掛かる程度のことは出来た。
そのまま背中におんぶされて、宿までゆっくりと運ばれた。
その後の出来事はいつも通りだ。
レアに大泣きされて、一緒にいたクウちゃんにも泣かれ、なぜかダークロードにも泣かれ、最後にルークから謝罪された。別にルークのせいってわけじゃないけど、なぜか責任を感じているようだった。
今の俺は仮面を着けていないが、周りを認識することができている。
本だって読めるし、運動だって出来る。むしろ目で見ていたよりも詳細まで見えるくらいだ。その気になれば、他者の服を透視してパンツの色だって確認できるレベルで、周囲の環境を読むことが可能だった。
俺の左目の下に、ホクロのような物がある。黒いインクで書かれた魔法陣。
これは仮面の能力を元に作成された魔法アイテムで、この極小の魔法陣に周囲の状況を認識させて、それを脳に送るというシステムを組んだ魔法アイテム……ということになっている。そう、ダークロードから説明させたが、今一、理解できない。ただ言えることは、目が使えなくても、魔法の力で周りが見えているということだ。
映像が見えない。絵としての景色も感じない。
色は認識できるが、基本的に視界は黒色で埋め尽くされている。光源を間近で当てた場合に、薄らと白色が見えるだけだ。
魔法陣の力により、そこに何があるのか、が自然と理解できるような……不思議な感覚だった。
そんな感覚だから、他人のパンツの色が透視できても、あまり嬉しくない。目開けても閉じても黒色だし、だからパンツ見えないし。顔も見えない。見えてないのに、認識できるという感覚にはどうも慣れないが……。
せっかく異世界に来たのに、異世界の景色が見えないというのは嫌だけど。
本当に、最悪。何が最悪かって、俺があの戦いで得た物が金だけだということ。金貨二枚。それが、あの戦いに参加したD級冒険者に配られた依頼料だった。
霊薬を複数使った以上、余裕で赤字である。視力まで失って、得た物が無い。この現状に、俺は泣いた。ガチ泣きだ。眠ったレアを抱きしめながら、ベットでしくしくと一人泣いていた。稀に見る大失態。
こんなミスで、レアの可愛い顔も、綺麗な髪も、美しい瞳も、見れなくなってしまった。妙な感覚で他者の区別がついても、やっぱり映像で見たいというのが本音である。
……まぁ良い。可愛い声は聞こえるんだ。耳は絶対にやらせないと、俺は神に誓った。いや、神には誓わない。俺の神は「お前ら地獄行きだー」な小学生みたいな奴らしいから。リラナルテさんにでも誓っておこう。
ギルドの図書館から、訓練場へと歩く。
水魔法に関して書かれた書物を、俺はギルドから借りていた。ただの一ギルド員である俺なんかに、ギルドが大切に保管している本を貸し出して貰えるはずがない。これをリラナルテさんに届けて、彼女から貸して貰うのだ。このひと手間がとても重要で、こうすることで俺はこの貴重な本を読むことが可能となる。
そもそも、あの図書館的な場所は、B級以上でないと利用できないという制限がある。ギルド側への信用がないと、入れない場所なのだ。俺は特別、リラナルテさんが書いた書類を持っていた為に入室できたが。
これを読んで、魔法技術を高める。その上で、盲目状態での戦闘に慣れる為の訓練をする。
幸い、ベルフェゴールの戦闘制限が解除されたので彼女との模擬戦が可能だ。俺の近くには、ラナやルークなんかの絶好の訓練相手がいる。みんな、俺より遥かに強い。学ぶべきことはまだ多く残っている。
とりあえず、今日から2週間はびっちし訓練だな。
この魔法陣は見え過ぎる。こんな情報処理をしながら戦闘をするのは一苦労だ。ただ、使い熟すことができれば、大幅な戦力アップとなることだろう。異世界での戦闘にも慣れなきゃだし、良い機会なのかもな。
本を広げながら廊下を歩く。
ゲーム開始から139日目の朝、ギルド本部内での話だ。
□□□□□□□□□□□
プレイヤー名:みきゅあ
出身:第七世界《地球》
所属:
選択:職業制
職業:罪人 Lv50
能力値:
HP 9300
MP 25005
STR 620(+20)
VIT 620(+20)
INT 1015
DEX 646
AGI 2282
LUK 646
BP:2100
□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□
スキル:
■罪人Lv50
■怠惰Lv50
■盗賊Lv45
■暗殺者Lv45
■斥候Lv45
■山賊Lv45
■海賊Lv45
■死神Lv20
■認識Lvmax
技:
・隠形
・暗殺
・強撃
・偵察
・死攻撃
・死領域
■継承
・魔素操作
・魔力生成
・魔力操作
・詠唱破棄
・暗殺技術
・触手操作
・尻尾操作
・竜魔法(水)
□□□□□□□□□□□
明日香「悪魔付き……ねぇ。なあ姫宮、悪魔使い同士、あの子とは仲良くなれそうか?」
姫宮「そうね、セリちゃんは純粋だから好き。美也ちゃんも天然だからあの子とは相性良いんじゃない。私は合わないけど」
明日香「そ、そうか……ルシファーさんはどう、なれた?」
ルシフ「うむ、俺様は特に人族に対して偏見を持っていないからな……アスモもベルゼも、恐らく俺と同じだろう。ただ、お嬢さんの悪魔は、悪魔悪魔しているから注意が必要だぞ」
姫宮「え、レヴィアタンは良い人だと思うけど……ねぇ」
レヴィ『そうか、俺は良い人だったのか。知らなかったわー』
明日香「あの人は……姫宮と気が合いそうではあったよな。ルシファーさんとセリちゃんは合わなそうだけどね」
ルシフ「セリは……セリだからな。本当、胃が痛くて痛くて、俺様は日々が辛い」
美也「ねぇねぇセリちゃん、セリちゃんって好きな人いるの?」
セリ「私の好きな人……うーん、あ、ルシファーのことは好きだぞ! あいつは私の命令をなんでも聞いてくれるんだ」
美也「確かに、ルシファーさんは執事服とか似合いそうだよね。じゃあセリちゃんはお嬢様だね!」
セリ「うん? 私はお嬢様だよ。私、セリ・リリアナ・アンドリュー・デネシアはデネシア家の長女ですのよって言えば、大抵のことは許されるってお父様が言ってたもん」
明日香「……と、言ってるけど」
ルシフ「父親の顔が見て見たいな。初対面でも殴ってやるぞ、俺様は……」




