第22話 南門防衛戦
白い魔物が迫ってくる。
いくらルークがB級冒険者でも、この数の相手に一斉に襲われた場合は背後を取られる可能性がある。ルークの死角から接近する魔物の足を撃つ。
……よし、命中。
足にダメージを負いその場に転がる奴の背を更に撃つ。弱点はわかってるから、前から攻撃しても後ろから攻撃しても狙う場所、そして結果は余り変わらない。しいて言えば筋肉がある分後ろからの攻撃の方が通りずらいが……誤算の範囲内だ。物理50%魔法50%である魔法銃ならあの白いのを倒せる。
右からくる魔物に銃口を向ける。
左手で引き金を引きつつ、前から来る魔物に対処するために右手のドッペルガンを投げ捨てて、左胸に装備した鉄の短剣を抜く。
因みに、俺は背後を気にする必要はない。仮面の効果で気配察知の能力を持っているからだ。まるで、上から見ているかのように詳細に敵の配置を感知することができている。だからこそ、現状、防衛部隊が如何に絶望的な戦いに挑んでいるのかが理解できる……。
クラーク王国防衛戦、開始直後の魔法攻撃から10分が経過していた。
戦闘は特に代わり映えはしていなかった。
ただ、絶え間なく続く戦闘に疲労した様子を見せる兵士がちらほら見えた。装備が重いんだ。一般兵に配られている鎧、それに鉄製の武器、あの装備を着けながらこの緊張感を受け続けるというのは、街の治安を守ったり門番をしたりするような一般の兵士には荷が重い。あれは外見を取り繕う為に少し豪華に出来ている。重いんだ。衛兵なんかは訓練時間も少ないだろうし、命を賭ける場合も少ないだろう。命を賭けた戦場では、訓練以上の結果は出ないもんだ。
それとは違い、冒険者と騎士の動きは衰えていなかった。寧ろ段々とペースが上がっている気さえしてくる。盾でぐっと敵を押し、長剣で胸を一刺し。騎士の戦いは安定していた。両手に槍を持って滅多刺しにする鎧武者のような冒険者すらいる。皆、まだまだ戦えるぞといったような感じだ。
ふと、誰かが叫んだ。「こいつらの弱点は胸だ!」「右の脇腹にも効くぞ!」そんな声が防衛線の右側から伝わって、それを聞いた誰かが同じように叫ぶ。情報共有には持ってこいの手だ。俺も同じように叫ぶ。
「弱点は胸部にある、 胸を狙え!」
『幹也、右3、前2。左前の兵士が死にそう』
魔物に押し倒されて今にも死にそうな兵士を助ける。
噛みつき攻撃をしようと口を開けたそいつの顎を吹き飛ばす。直後に動いた腕を撃ち、体の自由を取り戻した兵士が止めをさす。良くやった。
左胸から抜いた短剣で、前から迫る魔物の腕を下から貫く。銃口を直接胸部に当てて、引き金を引いた。よし、一撃死。すぐに死体を横へずらして、ルークの援護を続ける。
開戦直後、ルーナの放った火と雷のドラゴンが敵を薙ぎ払うのが見えた。
水竜を使えば同じように大量の敵を倒せるかもしれないが、今は周りの命を救うのが精一杯だ。兵士の人たちが危う過ぎる。一体一なら勝てる。一体二でも辛うじて戦えてる。でも、三体以上を同時に見れてない。そりゃそうだ。多対一の戦いの訓練なんて、彼らは積んでいない。俺も積んでない。いや、ゲームじゃ同じような状況下は経験済だけど、銃撃戦と剣と魔法の戦いは、まったくの別物なんだ。一対一ならまだしも、こんな戦いは始めてだ。
気配を察知していても、間に合わない場合もある。
ルークの背中を狙う新たな個体を狙う途中で、左を抜けてきた魔物が俺を襲ってきた。勿論、ルークの援護を優先する。ルークの風魔法が途切れた瞬間に、魔物の群れに囲まれてしまうからだ。銃で先と同じく足、弱点の順番で撃ち抜いた。
俺に伸びる手を短剣で防ぐ。そいつは刃を素手で掴み白い血を垂らしながら、もう片方の手で俺の腕を掴んできた。掴まれた箇所が、焼けるように熱くなる。
「クソ、離しやがれッ!」
「――――――ッ!」
もう一つの弱点であるらしい右の下っ腹を蹴り抜く。STR値の強化された俺の足が魔物の腹部を貫通し、声に鳴らない悲鳴を上げながら倒れる。そんな奴の胸部を撃ちながら、服を捲って右手の傷を確認した。
「……うぅ、また右腕」
『中級規模の呪術ね。私じゃ解呪できないわよ』
白い魔物に掴まれた腕に手の形の痣が付き、酷い色に変色していた。黒に限りなく近い紫色。中をやられているのか、二の腕辺りから指先までが痺れて上手く動かせない。精密な動作を要求する銃や短剣を……右手は使えない。
幸い、ドッペルガンは片手でも扱える。こんなもんは後で誰かに治して貰えばいいんだ。取り合えず、今は壁役を、ルークを守らなくては。
未だに突破された箇所は存在しない。第二防衛線に到達している魔物の数は多くて数千といった感じだろう。これなら後ろで対処できる。防衛線はまだ崩れていない。
だが、一瞬でも油断すればすぐに戦線が崩れ、国が破壊されてしまう。万が一、億が一でもレアを危険な目に合わせるわけにはいかない。レアとクウちゃんを守っているラナは強い。本当に強い。ぶっちゃけ俺より普通に強いが、この大量の魔物相手では暗器を使うラナの分が悪い。転移石だって混み具合によっては瞬時に転移されない可能性がある。
ここは死守する必要がある。
落ちていたドッペルガンを回収しながら、次の標的を決めて攻撃を再開する。
戦闘開始から11分経過。まだ、戦いは始まったばかりだ。
状況開始から20分が経過しました。
私は下で戦闘を繰り広げている者たちを眺めます。
眼下では私たち天使が使役する人形のプロトタイプとこの世界の人族が戦っています。中には他世界の使徒も多数混ざっているようですが、大した問題ではありません。
このゲームへの持ち込みを禁止された兵器『人形』。
この世界で新たに作られた『00』のA型は主に敵一般兵との戦闘を目的とした量産型の人形です。A型はあまり強くありません。人形は込められた魔力が尽きると機能が停止してしまうが故に、強力な量産機で多数の敵を殲滅することは苦手なのです。数には数、これが基本です。
……対集団戦用のA型の機能テストはこれで終了です。続いて対個人戦を目的として作られたB型のテストに移りたいと思います。一度、報告に戻りましょう。
私はすぐに天使リアナの下へ戻りました。
天使リアナは地に膝をついて、まるで祈るように両手を合わせていました。
ああ、黄金の綺麗な長髪に、色々と大人の魅力を備えたその肉体はとても羨ましいです。私はなぜこのような子供の身体なのでしょうか。それも、幼児の姿です。主よ、なぜですか?
天使リアナは技能:千里眼を得ている為、一度に多くの戦闘を監視することができます。人形に意識を移しているであろう彼女の肩を揺らして、私の存在に気付いてもらいましょう。ゆさゆさ、ゆさゆさ。
「リアナ、天使リアナ。A型のテスト終わりました」
「…………」
「リアナ、天使リアナ」
「…………はい、天使サナリカ。私の方もテスト完了です。この人形は如何せん操作性が良くありませんね。小さな女の子にすら勝てませんでしたよ」
「そうですか。天使リアナが勝てないのなら、私も勝てないのでしょう」
「…………それはさて置き、天使サナリカは今回の行動をどう考えていますか?」
彼女は閉じた目を私に向けながら、そう尋ねてきました。
今回の行動……人族の大国と魔物の大国への侵略行為のことですか?
「私は……わかりません。でも、人形の機能テストですよね? なぜ00なのですか? 最新の人形は14のはずです」
「天使サナリカ。"人形の持ち込みを禁ずる"のルールに則って、全ての人形を作りなおしているのです。量産型の人形核の生成には時間と材料を用します。00の復元にすら100日の準備期間を要しました。14の復元にはまだ時間が掛かるのです」
「そうですか」
「はい。それで、今回の行動……この侵略行為にも、恐らくそれ相応の理由があります。私の推測でしかないのですが」
「推測ですか? 天使リアナの考えなら正しいのでしょう」
「このゲーム……他世界の使徒と競うわけですが、どこの世界が最も脅威なのかわかりますか?」
脅威? ああ、あの悪魔たちのことですね。
私たちの住む天界に仇なす愚か者。二度も聖域を危険に犯したあの五体の悪魔は、私も嫌いです。
「あの悪魔たちですね。二度目の侵略行為の主犯者、ルシファー、サタン、ベルフェゴール、テナン、ロッドムル。テナンとロッドムルの両名は既に封印しましたが、残り三名を逃しています」
「はい、それも危険ですが……使徒の中で最も恐れるべきなのは13番目の世界、つまりこの世界の使徒なのです」
「この世界の使徒……ですか? でも、弱かったです」
「天使サナリカは戦闘経験があるのでしたね。確かに、一人一人は脅威だとは思えません。しかし、この世界の住人全てを敵に回した時、私たちに勝ち目はないでしょう」
「全て?」
「いずれ、私たちは主の用意したイベントなるもので争うことになります。それは当然、上位種の争いになるでしょう。私たち天使、地獄の鬼、悪魔界の悪魔、この三種の争いです。例外的に霊界の霊種が介入する可能性も有り得ますが、それでも現役の私たちの争いには遠く及ばないと思います。言い方は良くありませんが、ご先祖様の使う魔法は古いものばかりですので」
天使と鬼、それと悪魔は他種族よりも強力な力を持ちます。
天使リアナは、そのことを言っているのでしょう。
「なら、なぜこの世界が脅威なのですか?」
「この世界の使徒は不自然な程にその数が少ないのです。例えばこの戦い、大陸一番の大国を襲っているにも関わらず、国を守る人々に中には僅か三名しか、この世界の使徒が参加していないのです。他の使徒は他世界の使徒でしょう。見ればわかります」
「わかるのですか?」
「ええ、わかるのです。魔物の国の方は一名しか確認できなかったそうです。異常なまでに少ない使徒の数。これを私は何らかの制約と読みます。例えば、前半分の使徒の数を制限する代わりに後半の使徒を増やす……等です」
「えっと、そうなると、どうなるのです?」
「私たち天使の数は有限です。208名しか存在しないのです。それは他世界の使徒と争う内に、一人、また一人と減っていくのでしょう」
「私たち、天使がですか?」
「はい、天使長や大天使を除いて、私たちの力は絶対ではありません。現に私は以前、鬼族の黒鬼に殺されたことがあります。このゲームのルール上、一度死んだ者は戦いに復帰することができません。間違いなく、不利になっていくことでしょう」
「人形があります」
「……天使サナリカ、人形は絶対ではありません。性能は天候に左右され、夜間の戦闘では十分な力を発揮できませんし、暗い場所での戦闘も難しいです。そのような場所では誰かが光魔法を唱えなければいけないので、最低でも一人は戦場へ出ることになります。そうして一人ずつ、私たちは殺されることでしょう」
「……」
「それは鬼族も、悪魔族も同じです。いえ、この世界を除いた全ての世界に共通することでしょう。ですが、この世界は違います。使徒を、生き物が存在する限り新たな使徒を補充できる……この世界の魔物は強力ですし、人族の中にも特別な力を持つ者がいるようです。そんな使徒を次々と生み出される前に、大きな国を全て滅ぼすのです。きっと、天使長はそのつもりですよ」
それは……嫌です。
私たちは、本当なら、そんな野蛮なことをするために主に創造されたのではないはずです。もっと、皆が幸せを感じるようなことを……、人形を作ったり、皆で模擬戦をしたり。楽しいことをするために作られたのです。戦闘は嫌いではありませんが、国を、世界を壊すのは……やりすぎです。
「天使サナリカ。数体のA型を材料にB型を作ります。私は作業に集中するので、此方に向かっている、あそこにいる四名に攻撃を仕掛けてください。天使サナリカ、自分の人形はありますね? 使用を許可します。性能テストをする良い機会です」
「……わかりました。召喚人形SN02」
主に頂いた私の名前を付けた『人形SANALIKA』シリーズ、その二号機。私の専用機。
頭から尻尾まで全長七メートル、全高四.五メートルの二号機は両腕に天使マルクが精製した特別な鉱石を使用した大鎌を装備していて、下半身を四足にしています。背からは二本の長腕が伸び、先には天使サーシャが打った鉤爪が取り付けてあります。
人形全体が銀色に輝いていて、すらっと綺麗なデザインです。ラインが細いですが、頑丈に作ってあります。少なくとも、私の全力の魔法に三度は耐える程度の耐久性は備えています。
私とは違う身体構造な為に操作性は良くありませんが、私は好きです。天使マルクと天使サーシャと一緒に頑張って作った人形なのです。きっと強いに決まってます。
私の人形を見て、天使リアナが唖然とします。きっと、この素晴らしい造形に感動しているのでしょう。私も完成したこの人形を見たときは、余りの感情の高ぶりに思わず漏らしてしまいました。
「……天使サナリカ、天使としてのイメージを大切にしなさい」
「はい、天使リアナ。この銀色に輝くボディ、細い身体に何重にも組んだ重装甲、姿勢制御に特化した四足、天使マルクと天使サーシャに貰った武具……最高の人形です。憑依:人形SN02」
人形に意識を移します。
す、すごいです。天界に大切に保存してある一号機より、五倍以上のえねるぎーげいんがあります!
腕を振ります。大鎌が空間を切り裂いて、黒い軌跡が出現しました。
背に備えた腕を展開します。四足も中々に姿勢が取りやすいです。
先が三つに伸びている尻尾の先端には数種類の防御結界を展開する魔法陣が組み込まれています。どれも、制限無しに何度でも唱えることが可能なものです。
…………起動テスト終了。おーるぐりーんです。
特別に仕込んだ声帯を振るわせて、声をだします。
「デハ、イッテキマス。ビーガタノキノウテストガオワリシダイ、シーガタノキノウテストニウツルトオモイマスガ、ソノハンダンハテンシリアナニマカセマス。(では、いってきます。B型の機能テストが終わり次第、C型の機能テストに移ると思いますが、その判断は天使リアナに任せます)」
「……B型のテストは20分で終わります。その後、B型を材料にC型を作り、テストに移行します。C型のテストに20分、計40分間の足止めをお願います。状況が終了したら、合流場所まで天使サナリカの体を運んでおきますので、その人形のままで来てください。C型は全て放置します。余りにも相手が強いようなら、人形核だけ此方に転移させてその人形は破棄して下さい。命は大切です。人形はまた作れますが、天使サナリカは作れません」
「……ワカリマシタ。ワタシノカタダヲマカセマス。(……わかりました。私の体を任せます)」
まずは、此方に向かう四名の敵を倒しに行きます。
どうやら、相手側の精鋭部隊のようです。どれも強そう……ふふふ、やってやるです。
「はぁ、はぁ、はぁ。だあああああッ、クソ、クソクソクソ、あのクソアマがッ!」
『幹也、それ……』
仮面を外して、中に入った白い血を左腕で拭う。
ああああああああ、熱い熱い熱い熱い熱いッ! あのクソの血がついた場所が、焼けるように熱い!
なんだったんだあの個体は。
白い魔物の中に、馬鹿みたいに強い個体がいた。右側からやってきて、確認できたたけで兵士を五人も虐殺していた。完全にイレギュラー、俺が倒さなくてはと思った。
ルークに一言「一分だけここを離れる!」と告げて、俺はその個体と戦闘を始めた。
まず、銃弾を避けられた。
動きが今までの魔物と違った。接近を許してしまい、ドッペルガンを捨てて短剣で戦った。動く左腕を駆使して、奴を殺した。だが、返り血を諸に浴びてしまった。いや、故意に傷口を向けられて、浴びせられた。それも、何らかの魔法を付加した状態で。
ただの血がここまで熱いわけがない。
あああ、腕で拭ったせいで熱いのが広がった。クソ、なんだこれは。
『なぁ、俺の顔どうなってる? なぜだか、目が開かないんだ』
『ええっと、あのね。それ、さっきよりも強力な"最上級規模の呪術"で、簡単に解呪できるような代物じゃ……』
『ああ? とりあえずはこのまま戦うけど、何がDランクだよ。周りのは弱いし、今のは明らかに動きが違った。なんだ、今のがDランクってことか?』
『……ごめんなさい、わからないわ。ただ、今の人形はDランクより強かった気がする。ねえ、その顔……本当に大丈夫なの?』
大丈夫じゃねえよ。
目は開かなくても仮面があれば敵は察知できるから戦えるけど、この痛みは……集中できないぞ。でも、ルークを援護しなきゃ。
血を拭って仮面を綺麗にする。それを顔に装備して能力を発動……よし、周りの状況は確認できた。
「ルーク、悪かった。援護を再開する」
「はい、お願いします。この数、さすがに捌き切れません!」
ルークは一人で20体近くの魔物と戦っていた。
中級魔法は詠唱と集中が必要となるから、下級の風魔法と鉄製の剣で敵を足止めしていた。
強い。ルークは強い。でも、一体倒すうちに一体以上の魔物が襲ってくる。こんな戦場、まともに戦えるわけがない。
既に状況が開始して20分以上が経過している。
先程、攻撃部隊が近くを通って行った。馬鹿みたいに筋肉質の、ケンタウロスの脚部のような馬脚状に魔力を具現化したでかいドワーフ族の婆さんが、三人の冒険者を背に乗せて敵軍の中を中央突破していた。
その周りには氷の礫が飛び回って魔物を粉砕して、時折上級魔法が敵を薙ぎ払って……確かに中央を進んで行った。あの四人は、皆が皆化け物みたいに強そうだった。
まだなのか。
それとも、もうボスを倒した? 負けた? 指揮官関係なしに、コイツらは行動を止めない? 気が狂いそうになる。こんな戦い、やっぱり参加しなきゃ良かった。
頭から霊薬を被るが、顔の痛みが引かなかった。ただ、HPとMPは60%まで回復したので、攻撃を再開する。
ドッペルガンを左手に持ち、敵を狙って引き金を引く。足、腕、胸。よし、また一体倒した。もう何体目だ?
このままじゃ、マジで一騎当千いっちゃうな。はは、ワロス……。




