第21話 天賦の才
「ん、なんだこりゃ」
ふらふらと飛んでいたら、良い感じに壊れた負の感情を感知した。
あっちの方だな。大木が生い茂る森の奥深く、其処から負の感情が感じ取れる。弱く、儚いけど……ぶっ壊れたような。おいおい、これって、俺と契約できるレベルなんじゃないか?
森の中をしばらく進むと、小さな洞窟があった。臭いからしてゴブリンの巣だ。それも、ボブゴブリンではない小柄な方の純粋種だ。珍しい、絶滅したかと思っていた。
洞窟の中へ入ると、入口付近に数匹分の死体があった。どれも細切れに切り刻まれている。酷いことをするもんだな、ベリーグットだ。俺と気が合うかもしれない。
中を進んでいく。その洞窟にはかなりのゴブリンの死体が存在した。魔物とはいえ絶滅危惧種をここまで無残に切り刻むような奴だ、どんな壊れ方をしているのかが楽しみ過ぎるな。
ん、声が聞こえてくる。若い、女の声。それと、リズム良く肉を斬る音も。おーおー、やってるやってる。
「なんで、斉藤くんは、実の、妹に、色目を、使うの、かな。私の、こと、可愛いって、好きだって、言って、くれた、のに……みんな、死んじゃえ、美也ちゃんも、乙牌さんも、斉藤くんに、色目を、使う人は、全員、死んじゃえば、いいんだ……あ、魔石ゲット、やったぁ♪」
「…………」
色恋沙汰か。嫉妬。嫉妬の感情。なんて心地の良い物なんだ。自分じゃない、他人に向けられた愛情への尽きない嫉妬心。この『レヴィアタン』の契約者にぴったしじゃないか。
俺はその後でこの女……姫宮静香と契約した。
その際に職業を強制的に変えてしまったが、それもしょうがないだろう。お前に呪術師は似合いすぎる。精々、『罪人』くらいが丁度いい。
キツネ仮面と軽鎧を脱いで薄いペラペラの安い布で出来た普段着に着替えた俺は、第一闘技場を出て縦ロール……ルーナに手を引かれ、近くの宿屋とやらに向かって歩いていた。
ルーナの話によると、そこでパーティー加入についての話をするらしいが……このような場合、相手のホームに連れて行かれるというのは余り良い話ではない。例えば、これから話合う内容が『ルーナが俺のパーティーに加わる際に提示する条件』とかだから、俺が不利になる可能性がある。
要は心の問題なんだ。知らない場所と知っている場所で、落ち着いて冷静に話せるか否かが分かれてくるからな。これは"そんなことか"と割り切れるような問題ではない。割り切れるのなら、ホームだなんて概念は生まれない。
だからといって、仲間になってくれると言うのだからついていく他ない。ルーナは魔法使いとして優秀な部類に入る。こいつは三体のドラゴンを操りながら接近戦を仕掛けてきた。これはかなり難しいことなんだ。
俺の使える水魔法、水刃や触手ソードは下級魔法に分類される魔法だ。これらは少ない魔力で発動できることは勿論、他にも発動し易い構成のものばかりなんだ。
この構成というのは魔法を発動する時にイメージする式みたいなものなんだけど……下級魔法は数学で言うところの四則演算みたいな感じで、基礎を習えば小さい子でも発動することが可能だ。
勿論、四則演算レベルとはいえ使い熟せるまでには年単位の訓練が必要になるくらいには難しい。俺の場合は殆ど毎日フルに使っての一ヵ月と少しだったが、使徒の力の御蔭でMP値が確認できたし、INT値の補正込みでの話だからこれは例外。
下級魔法に慣れてくると、次は中級魔法が使えるようになる。中級魔法には総じて複数の敵を攻撃できるような中規模な魔法が多い。そういえば、俺が一回戦で使った巨大な氷の塊の魔法が多分だけど中級魔法に分類されるな。アレは手斧のサポート有りでしか使えないがな。まぁ、今の俺じゃ下級魔法ですら触媒が無いと満足に使えないわけだけど……はぁ。
自分の才能の無さが悲しくなってくる。最下級なら自由に使えるんだけど、ウォーターショットって、ただの水の塊だからダメージが無いに等しいんだよなあ。んで、中級魔法の更に上位に位置する上級魔法……これは、対集団戦で使うような魔法で、全てが大規模なものだ。
黒蟲の巣があった洞窟の周辺を炎で覆い尽くせるようなベルフェのなんとか~って魔法とか、ルーナが使ったようなドラゴンを作るだとか……最下級のただの水の塊とは訳が違う。
発動難易度も鬼畜なもんだ。下級が足し算とか引き算としたら、上級は研究者が考えるような問題に匹敵する。何年も何年も勉強した人が、やっと挑戦できる領域。そんな魔法を三つも発動しながら、頭をフル回転させる必要のある格闘戦を、コイツは仕掛けて来たんだ。吃驚したわ。吃驚しすぎて少しパニックになったくらいだ。
何度も構成を作った魔法は段々と使いやすくなるとルークは言っていたが、それでも限度というもんがある。
……もしかして、何かコツとかあるのかな? 後で聞いてみよう。俺だって冒険者だ。雑魚の群れに囲まれる可能性だってある。そんな時に、上級魔法を使えれば楽に切り抜けられるだろう。難易度が高いとはいえ、裏ワザの一つや二つあるかもしれない。
『そんなの無いわよ。あ……でも、一度発動できれば直感で似たような魔法は使えるかもしれないわね』
『似たような魔法って……劣化版ということか?』
『そうそう、一段階ランクは下がるけど。今度教えてあげよっか?』
『……お前はさ、肝心な事を俺に言わない癖あるよな。いつも後から後から、舐めてんのか』
『幹也だって、私のことお前って呼ぶ癖があるわよ。やめてって言ってるのに』
『はいはい、わかったよベルフィちゃん。これで満足か?』
『ええ、満足よ。ベルフェゴールって名前はね、お父様から継いだ大切な名前なの。命よりも大事だと言っても過言ではないわね!』
『そりゃあ過言だ。命あっての物種だろ。名前か……俺の幹也って名前はな、幹のように色んなものを中心に入れるようにって、父さんが考えてくれた名前なんだ。最初に名付けられた、母さんの考えた方にならなくて本当に助かったぜ』
『そうなの。どんな名前になる予定だったのよ?』
『笑わない?』
『笑わないわよ。お母様が考えてくれた名前なんでしょ?』
『……星菜って名前。斉藤星菜』
『ティナ? 良い響きじゃない。なんで嫌なのよ』
『えっ……。なんというか……感性の違いって奴じゃないかな、多分』
少なくとも、星菜君は嫌だった。小学生の時は星菜の方が良かったーとか言って母さんに喜ばれていたけど……ぞっとするな。キラキラネームなのは妥協するからさ、せめて男っぽい名前であってくれよ。
それで、何の話だっけか……まぁいいや。ってか、さっきから通ってるこの道って……。
「着きましたわ、私、ここの宿で部屋を取っていますの」
「そうか、ここか……。確かに、第一闘技場からは比較的に近場だな」
うん、知ってた。だって、俺も一部屋取ってるから。
宿に入ると、酒場のテーブル席に座って果物を食べていたレアに発見された。「あ、お兄ちゃんおかえりー!」と手を上げてながら笑みを浮かべるレア。あれ、ラナが居ない……ってことはありえないから、どっかに隠れているんだろう。
忍者かよ……って、おい。あいつ、テーブルの下に居やがった。テーブルの下で、足を伸ばしているワンピース姿のレアから見えるであろう下着をガン見してやがる。すごい集中力だ。
此方に背を向け正座しているラナを蹴飛ばしながら、レアに話しかけた。
「ただいま。俺、今からこのお姉ちゃんとお話ししてくるからさ。ここで良い子にして待ってられるか?」
「んーとね、わかった! でもね、れあ、今日のおひるねは、お兄ちゃんと一緒がいいかな」
「お昼寝……あとでな。俺も今日の試合は終わったから時間あるし、少し寝るくらいなら付き合うから」
「うん! じゃあ、りんご食べてまってる」
因みに、レアの食べている果物は林檎とは掛け離れた別の何かだ。なぜか林檎と翻訳されているが……なんであんなピンクなんだよ。皮がじゃなくて、中身がピンク色。
「おう。おい、変態女。てめぇは席にすわってろ」
「ああん……みきゅあくん、女の子に、らんぼうしちゃ、めっ……だよ?」
「朽ちろ。ルーナ、部屋まで案内頼めるか?」
「え、ええ。そのつもりですわ (宿の子と仲が良いのかしら? というより、ミキュア様はこの酒場を利用しているのかもしれないですわね。ここのパンとスープはとても美味しいですし) 。」
レアとラナを酒場へ残こし、ルーナの部屋へむかう。
次々と階段を上っていく。お、四階なのか。初めてこの階段を上った。何か感動だな。建物の外見だと絶対に二階以降は有り得ないが……そこは魔法の力で何とかできるんだろう。
「此方ですわ。隣りはパーティーメンバーの子が取っているんですけど、どうやら留守のようですわね」
「へぇ、四階ってこうなってるのか」
ルーナの部屋に入った。あ、窓がある。外どうなってんだ? いやいや、落ち着けよ。部屋の構造も気になるが、それは後回しだ。
俺が部屋に入ると、すぐにルーナが部屋の鍵を閉めた。……まぁ、女の子だし、防犯意識が高いのはむしろ良い点だろう。
「では、ミキュア様はこっちに座って下さい」
「……え、椅子じゃなくて?」
「はい。大事な話はベットでしろと、そう両親に教えられていますの」
「へ、へぇ。変わった一族ですね」
思わず敬語で話してしまうレベル。だが、両親の教えなら仕方がないな。俺は、小さいシングルベットの端に座った。すると、ぽふっと音を立てて、俺の真横に座るルーナ。……近い。
「もう少し、真ん中に寄るというのはどうだろうか」
「は、はい。わかりましたわ」
わかってくれたようで何よりだ。
ルーナが少しだけ場所を移動したおかげで大分余裕が出来た。俺は後ろに手を伸ばしてリラックスしながら、話し始めた。
「それで、ルーナが俺のパーティーに入るという話なんだが」
「わ、私、なんだか熱くなってきましたわ。上着を脱いでもよろしくて?」
「は? まぁ、よろしいですが」
「ん、……」
俺が引き気味にそう言うと、彼女はいそいそと上着を脱ぎだした。
皮製品の格好良い上着を脱いで、タンクトップのようなラフな格好になるルーナ。……自分の部屋だから、どんな格好をしようが縦ロールの勝ってだけど。でも、改めて見ると腕とか筋肉質じゃないんだよな。こんな細腕で、なぜあの力が出るんだろう。物理的にありえないだろ。そもそも力というものは……。
俺が筋肉について考えていると、ルーナが急に話始めた。
「私がミキュア様のパーティーに入るにあたって、一つ条件が御座いますの」
「……聞こう」
ほら、来たぞ。どんな条件なんだ?
俺の予想では金だな。それなりの金額を払えと言ってくるはずだ。しかし、俺の懐事情は既に解決済み。金貨20枚、つまり1,000万円までならぎりぎり払える。
「そ、その前に、一つだけ聞きたいことが。あ、あの! 現在、お付き合いされている方とかは……」
「お付き合い……いや、いないが」
え、急になんの話だ?
お付き合いされている方? 異世界に彼女なんているわけねえだろ。いや、元の世界にもいないけど……あ、涙が出てきた。
俺が軽く絶望していると、言葉に詰まりながらルーナが話続けた。
「では、条件は、あの、その……」
「……」
「わ、わたくしと! …………さい」
「え、もう一回言って貰えないか?」
「わたくしと、お付き合いして下さい!……です、わ」
…………は? 告白された?
あまりに唐突な出来事に、思考が停止する。いや、停止するな。考えろ。コイツ……何を考えている?
金以外にも選択肢はあった。それらを提示せずに交際を要求した? どういうことだ。考えろ。
例えば、俺と縦ロールが付き合った場合にどんなメリットが存在する? 金か? いや、それなら金を払えと一言告げるだけで済む。わざわざ他パーティーのC級冒険者を勧誘しているんだ。こっちがある程度の金を払えることくらい容易に想像できるはず。
金じゃないとなると……繋がり、例えばリラナルテさん。俺の魔法の師匠である彼女との人間関係を望んでいる? 違う、こんな回りくどい手を使う必要はない。リラナルテさんの性格上、一言二言会話をするだけで親身になってくれる可能性すらある。あの人は強い割には結構チョロインな所があるから……待てよ、じゃあ何が望みなんだ?
目をぎゅっと瞑り、膝の上で手を握る彼女を見る。
縦ロールの裏が見えない。交際して下さい、何がしたいのかが想像できない。一番ありそうな可能性は……やっぱり金か。いや、俺の持ち物全てか。隙を見て俺を殺し、所持品を全て奪う……そんなところだろう。なら、すぐには実行しないはずだ。油断させておいてという作戦のはずだからな。
龍人と戦う際には、縦ロールの魔法が欲しい。アレン並みのスピードにで動けるのなら、奴に対して有効な手札と成り得る。そうなると…………ここは乗っておくのも一興か。
なんせ龍人さえ倒せればこっちのもんだ。その後に縦ロールの前から姿を消せば良い。
転移石が存在するこの世界なら可能だ。レア、ラナ、ルーク、合流予定のアレンと幼馴染さんには事前に話をつけておき、ひっそりと皆で逃げればいい。なに、簡単なことだ。
まぁ、その前にルークに龍人のことをどう話すかだけど……それは後でも構いやしない。ルークはYESマンな所がある、真剣に頼めば断りやしないさ。
俺はぷるぷると震えたルーナの頬に手を当て、顔を上げた彼女に告げた。
「条件を呑もう」
「えっ」
「これから宜しくな、ルーナ」
「は、はい! 此方こそ、よろしくお願い致しますわ!」
大声を上げながら俺に抱きつくルーナ。おお、良い演技入ってるな……。
そのまま後ろのベットに倒れ込む。端っこだから少し落ちそうになるが、ルーナが邪魔で体が動かない。俺を力いっぱい抱きしめながら、尻尾を振る彼女の下で、俺は考える。
何が目的かは知らないが、そっちがその心算なら、逆にお前を利用してやる。まずは、あのドラゴンの魔法でも教えてもらうとするか。口元を紡いでそんなことを考えながら、ルーナの気が済むのをそのまま待ち続けた……。
ゲーム131日目。
ルーナが正式にパーティーに加わる約束をしてくれてから三日後、俺は第三試合をするためにと、もう見慣れた控え室に来ていた。
どうやら今日の対戦相手が炎の魔法を使うらしいという情報をルーク経由で手に入れた俺は、ルーナからドラゴンの魔法……竜魔法とやらを習い始めた。
次の試合までに使えるようにして欲しい、できるか?と言った俺に対し「可能ですわね!」と胸を張って答えたルーナの魔法訓練を受けること二日間……なんと、俺も上級魔法を使うことが出来るようになっていた! 勿論、特別な触媒を使用しての簡易版だが。
今日の軽鎧は更に改良が加えられていた。まず始めに、左腕にあった籠手が右腕に移されている。
右腕の籠手が若干大きくなり、籠手の上側に12個、下側に12個の計24個の魔石が所狭しに敷き詰めてある。若干ゴツイ籠手とは変わり、右腕には竜の咢を模した、特別な金属で作られた青い手甲が装備されていた。
手の甲から腕に掛けてを覆うコレは、水魔法水竜を使う為に絶対に必要な装備品だ。むしろその為の専用装備といっても良い。なんせこの手甲には水竜の構成の形に魔力を通す紋章がびっしりと刻まれているからな。
ルーナ曰く、上級魔法を使う際に最も大切なことは構成を知っているか否か。魔法式をどこまでも深く、詳細に理解していることで、構成の式を完璧に暗記して即座にイメージへと変換することが出来るようになり、上級魔法を使用しながらでも動くことが可能なのだとか。
ルーナの訓練は厳しかった。
まずは魔法の構成式を彼女の父親が考えた独特の記号で表した物を只管説明される。それを全て覚えた後で、水竜の構成を紙に書き続ける。
上級魔法の構成は、ノートと似たようなサイズの紙が30枚程必要なくらい複雑な構成だった。それを書いて書いて書きまくって……ようやく暗記できたと思ったら、次は発動する練習。
俺が勉強している間に戻ってきたルーナのパーティーメンバーでもある錬金術師に金貨14枚で作って貰ったこの手甲を装備して、ギルドの訓練場へ籠って、只管に魔法を唱え続けた。
MP値が尽きる度にルーナが持っていた不味い回復薬を飲まされて、次々と魔法を唱え続けた結果……一応、合格点を貰うことが出来た。脳内詠唱は無理だが、"敵を蹴散らせ、水竜"の少ない詠唱で発動が可能になった。この時点で俺はこの魔法に、金貨18枚を注ぎ込んでいるが、それ以上の価値のある魔法だ。むしろ安く済んだと喜ぶべきだが……若干ピンチではある。
それと、上級魔法が使えるようになったことでリラナルテさんがすごく驚いていた。リラナルテさんの話だと、俺には水魔法しか適正がないから、他の適正の無いことの反作用的な意味合いで水魔法の呑み込みが速いのかもしれない……らしい。そういう説を唱えていた。
なるほど、馬鹿の一つ覚えだと。貧乳の上で腕を組みながらうんうんと首を動かす彼女には、文句の一つも言えなくなるくらいの愛嬌があった。過去の過ちによりその貧乳が実は隠れ美乳だということを知っている俺としては、「なるほど、さすがリラナルテさんですね!」と持ち上げることしかできなかった。聡明なことでいらっしゃると言われた彼女は、そうですかーと嬉しそうだった。喜ぶリラナルテさん、それを見て萌える俺、誰も損をしない、正にwin-winの関係というやつだ。
今日の対戦相手は、騎士らしい。
一回戦二回戦と共に軽鎧を装備した騎士。二回戦目には炎の魔法を使っていたみたいだ。俺の水魔法とは互いに苦手属性である。
火属性と水属性の魔法がぶつかり合った場合、白い煙を周囲にばら撒いて消滅することが多い。魔素を利用した技術とはいえ干渉しているのは元素だ。多少の超常現象が起きている中でも付属し発生する結果には科学的な要素が含まれる。
だから、その騎士とやらの炎にむかって俺の水竜を当てれば、大量の煙幕が発生するはずなんだ。それで敵の視界を奪い、気配だけで位置を特定できる俺はアリアを使って滅多打ちに出来るというわけだな。雑な感じもするが、この作戦で大丈夫だろう。
賞金の金貨は欲しいが、この大会はもう負けても構わない。パーティーメンバーの確保は済んでいるし、魔法縛りの戦闘経験も十分に積んだ。最近じゃ銃の腕が鈍ってしまう心配をするくらいだ。もう三日も触ってない。明日辺りに適当な魔物でも狩りにいくか。Gランクくらいならドッペルガンでも上手くやれば一撃で倒せるから慣らしには丁度いいはずだし。
お、前の試合が終わったみたいだ。相変わらず、一試合毎の時間が短いな。このペースで一日続いて、やっと一回り終わるんだからさすが大陸一の大会だよな。参加人数って何人だっけか?
控え室を後にして会場へと向かった。
「おいおい、聞いてねぇぞ。なんだよアレ……」
『言ってたわよ。赤い剣を持つ騎士って』
『確かに赤い剣は持ってる……けどよ、軽装じゃねえ。重装備やん』
『よく見なさい、全身を鎧で覆ってはいるけど、アレって一応、軽装よ』
会場へ出ると、対戦相手の騎士が目視できた。
ルークの話では、赤い剣を持った軽装備の男……という情報だった。脛や肘に最低限の防具を装備した、スピード重視の剣士寄りの騎士という話だった。だが、情報とは違った。
赤く輝く剣と"盾"を持ち、同色の鋭い"鎧"を全身に装備している。確かに、重鎧には分類されないかもしれない。奴の鎧はもっとスマートだ。なんだあれは。武器と防具でセットの特別製……ルークの魔法を吸収したという剣と同じ素材? ったく、厄介なことになりそうだ。
係員に指輪を貰い、中央位置へと歩き出す。
この世界の騎士という存在は侮れない。ゲームとは違ってAGIが低いとは限らないから。いや、むしろ奴らは速い。なまじ重い装備を着る為か、奴らは基本的に速いんだ。クソ、あの全身鎧だと、力押しが通じない可能性がある。
どうする、もう試合が始まってしまう。今更作戦変更か。魔法を吸収する素材とやらで出来ているらしい剣と盾と鎧に、魔法縛りである俺が勝つ方法は……いや、吸収という特性なら実体のある魔法が通用するはずだ。アリアの大斧で攻めるというのはどうだろうか。水竜と触手で奴の注意を引いて後ろから大斧で鎧を破壊して、その後で魔法戦を仕掛ければいい。そうだ、それで行こう。
スタート位置について数秒後、集音魔法の発動を確認した後で名乗りを上げる。これでもう三回目、慣れたもんだ。
「クラーク王国冒険者ギルド所属、D級冒険者キツジロー」
さも緊張してないですよ、といった感じを装ってクールに言った。
観客席から「うぉおお!」だの「やっちまええ!」だの応援混じりの罵声が聞こえてくる。俺に賭けているのか、普通に応援してくれているのか……偶に聞こえる「頑張ってー!」の声に癒される。
俺が声を上げて数秒後、今度は騎士の番がやってくる。今思えば、俺はこの時にもっと心構えを作っておくべきだったのかもしれない。
「B級冒険者マラ・ブレード。おい、Mikiya! 今日はお前を殺すぜ」
なッ!? ちょ、俺の本名!っていうか……マラ・ブレードだと!?
試合開始の鐘が響くなか、俺の思考が奴の存在へと引っ張られる。
同姓同名?いや、そんな馬鹿な。この世界の言語は全て日本語へと自動的に変換されるようになっている。ということは、マラ……魔羅という、遠まわしに陰茎のことを指す単語も、それに準じるはずだ。子供にち○こなんて名づける親がいるはずがない。となると、俺は奴を知っている。コイツは俺と同じ……第七世界の使徒、同郷の、地球人、それも日本人だ。
プレイヤーネーム『魔羅刀』、ランキング表記は『Mara-blade』。DOCの国内ランキング第1位、『天才』の異名を持つ化け物が、今回の対戦相手。
駄目だ、勝ちが見えない。奴は文字通りの化け物だ。それこそ、おっぱい師匠と同レベルの"天性の直感"を持ち合わせている。
おっぱい師匠の勘は危機察知能力に長けているが、奴の勘はそのベクトルが違う。この世界に来て何日経った? どのくらいの時間、奴はあの装備で戦っている? 一週間を超えている場合……殺されるぞ。
「クソッ、てめぇ、Mara-bladeだな!」
「だから、そうだって言ってるだろ!」
は、速い!?
いや、違う。動きが良過ぎて速く見えるんだ。クソ、クソクソクソッ、あの糞野郎、騎士装備に慣れてやがる。
奴の剣をスキル:逃走犯を使用して回避し、そのまま距離を取ろうとする。しかし、それは叶わなかった。
「せいッ!」
「うッ、がああああああああ!」
右足が斬られた。
返しの刃での二連撃で、膝の下、続いて太股の真ん中あたりから足が切断された。それも、二回。
スキルが体を動かして、足のない状態でも無理やり回避運動をとる。逃走犯で回避し切れなかった。叫び声を上げた口を無理やり閉じて、触覚の強化をオフにする。少しでも、痛覚を弱める必要がある。痛みと出血で、思考が鈍る。
触手ソードを右腕から生やし、それを支えに立つ俺に、奴は動きを止めて話しかけてきた。
「なぁ、Mikiya。昨日、クウロが謝りたいってさ。自分で焼いた菓子もってお前に会いに行ったんだよ」
「ああ?」
「何度も練習してな、やっと良いのが出来たって嬉しそうに言ってたよ。でも、すぐに帰ってきたんだ。俺はさ、お前が見つからなかったのかと思ったんだよ。それで諦めて帰ってきたんだって。でも違った、クウロは目にいっぱい涙を溜めながら、今にも泣きそうな顔で帰ってきたんだよ」
「……何の話だ?」
俺の言葉に反応した奴は、右手で持った赤い剣を俺に突き付けて、話を続ける。
「クウロは、生まれてすぐに奴隷になった。そんな生活が続いたせいか、視線に敏感なんだよ。それも超能力染みているレベルでな。なんとなく、相手の考えていることがわかるんだってさ。そんな力があるから、お前がクウロに向けた視線にだって気付いちまうんだ」
「……だから、何の話だと言っている」
「他の獣人女と仲良くしているお前に、勇気を振り絞ってクウロは話しかけたんだってよ。なのに、なのによ。"誰だコイツ?"……そんな視線を、お前から感じたんだってさ。初めての友達だって嬉ションするくらい喜んで、謝りたいからって出来ない菓子作りを頑張って、話かけたら無視されて。なぁ、可哀想だとは思わねえか? 嫌われていたならまだ誤れば済む。だけど、忘れられていたなんてさ」
「……」
いやいや、マジでなんの話だよ。心当たりが微塵もないんだが……あ、待てよ、嬉ション?記憶の片隅に何か引っかかるような……。
「俺はさ、性奴隷目的で買ったとはいえ、クウロを娘のように思ってんだ。あいつの母親はすぐに死んじまったらしいし、父親なんていないから。レイプされて生まれた子だからな。そんな子がさ、俺とカレンを本当の両親みたいに思って慕ってくれてんだよ。甘えてくれてんだよ」
「だからよ、Mikiya。俺はキレてんだ。何事にも不真面目にがモットーの俺だけど、今だけは真剣に怒ってる。ここじゃてめぇを切り刻んでも何も問われない。いや、むしろ推奨すらされている。伝統も何もあったもんじゃない、ただ強さを宣伝する為だけの大会だからな。だから、殺す。お前と初めて戦った時、俺の頭踏みつけながらこう言ったよな。『脇が甘いからナイフを手放す、銃の構え方が違う。視線を動かすのに頭が動きすぎ。これからお前を殺すけど、それはお前が弱いからだ』ってさ……」
「俺はさ、これからお前を殺すけど、それはお前が弱いからだ……よな」
「はは、俺を殺す……か。てめぇがか? いいか、腐れチンコの糞野郎。ここはDOCの中じゃない。異世界なんだ……あの中じゃ才能があるお前が圧倒的に有利だったけど、こっちじゃ違う。俺にも力がある」
奴の話は意味不明だったけど、殺気だけは本物だ。
キレた、だから殺す。ムカついた、だから殺す。態々一試合を捨てて、ムカつくやつを集中的に狙うなんてことは、俺だって経験がある。DOCの中じゃよくある話だ。本当、良くある事……。
触手を伸ばし、右足を縛り付け止血をする。籠手の裏に塗り付けてある薬草の成分を含んだ触手で、傷を覆った。簡易的なものだけど、数分くらいならこれで死なない。死ななきゃ指輪は発動しない。だから、大丈夫。
問題は、奴がどれだけあの武器を使い込んでいるか……。"DOC内の約七割の銃火器を最も上手く扱うことのできるプレイヤー"、それが天才『魔羅刀』だ。奴には才能がある。どんな武器でもすぐに上達して、誰よりも強くなってしまう……そんな才能が。
だけど、状況が違う。
あのゲーム世界じゃ、要素に差が無かった。同じような装備で、同じように戦っていた。状況が違う。奴が剣を持ち俺が魔法を使う……これには明確な差が存在する。
持っている手札だって違うから、いくら奴の剣の腕が良かろうがその領域で戦わなければ良い。大丈夫、まだ、戦える。
DOCで使うような挑発には、俺も少し弱い。まるで神経を逆撫でされるような気分だ。さすが昔の俺、初心者相手によく煽る。つか、それ中学生の頃の話だから、中学生の話は無しだろ。時効だろ。中二病舐めんなよ。
「俺だってお前を殺すけど、それはお前が弱かったからだし。それに……いや、No worth for me to talk.」
「上等。確かに、話すだけ無駄だよな……なぁッッ!」
迫る奴の剣を、尻尾を巻き付けて妨害し、横に跳ぶ。
その後すぐにジュっとした音と共に、瞬時に蒸発する俺の魔法を横目で確認しながら、カッターを三回発動した。
空気を切り裂きながら進む水の刃を、盾を使って奴は防いだ。盾に命中した俺の魔法も、同じように瞬時に蒸発した。あの武器、相当な熱量を持っている。吸収の特性じゃない。
使徒である奴には、俺のHPが見えているはずだ。逃走犯での回避運動の度に、僅かに減少していた値を見られているはず。安易に逃走犯は使えない。種を見破られれば、俺の勝ちは消える。奴を殺せなくなる。
俺の魔法を防いだ奴だが、HPは未だに100%のままだ。攻撃を完璧に防いだ場合、ダメージを負わないのがこのゲームの……いや、世界の仕様か。俺は尻尾と触手を伸ばしながら、腰に差したアリアを引いて起動した。
敵は防御力が高い。ちまちま戦っていても埒が明かない。短期決戦、それも、ほんの数秒間の戦いである必要がある。殺す、絶対殺す。俺の足を斬ったことを、地獄で後悔させてやる。
頼む、殺人鬼……力を貸してくれ。
「スキル……発動」
「スキル:剣闘士、特級騎士発動。顕現せよ、ミルネシア・デゼリリン。奴を焼き殺す」
《スキル:邪教徒発動》
《スキル:殺人鬼発動》
俺はスキルを発動しながら、赤く燃え上がる奴に対して接近戦を仕掛けた。




