第20話 魔法と奥義
お、落ち着け、落ち着くんだ。…………後ろ、よし。 んっ、……前、よし。
よかった……。
ふぅ、お尻に違和感はない。
というか、嗅覚を強化してる俺が感じとれないとなると、とりあえず昨日は何もなかったはずだ……よな?
この状況はなんなんだ。裸の男にも驚いたけど、それとは別で俺の腰になにか抱きついてる。となりのベットには女の人が寝てるし……うむ、意味がわからん。
頭痛が酷い。
昨日は確か、鮭延と二人で酒場に行ったんだ。ってことは、この頭痛は飲み過ぎたってことか? なんだろう。肉料理を食べている途中からの記憶がまったくないんだが……。
賭けに勝って大量の金貨と銀貨を貰ったから、俺の奢りで鮭延とご飯食べてたんだよ。デメタスさんとこの酒場と違って、そこは肉系が有名だったんだ。魔物の肉を絶対に食べたくない俺は異世界版のうさぎとか羊とか、そんな肉料理を食べてたんだ。
それで、ええっと……くそ、記憶が途切れてる。
『おい、ベルフェ。起きてるか?』
『……なによ?』
『なによってなんだよ。機嫌悪いな』
『知らない』
『俺の記憶が無くなってるんだ。目が覚めたらこの状況……何があったんだ?』
『…………』
『どうしたんだ?え、まさか本当に何かあったの?』
『謝って。それまで口聞かない』
『ごめん』
『…………なんですぐ謝るのよ。はぁ、そういえば、幹也ってこういう人だったわ』
『?』
『もういいわよ、一人怒っていてもしょうがないし』
『そうか。それで?』
『その人たちは幹也と相席で、一緒にご飯食べて仲良くなったのよ』
『仲良くなって……同室で、川の字で、一緒に寝るか?』
『知らなーい。私、すぐ寝ちゃったし』
『そうか、あまり要領得なかったな。次はもう少し周りを良く見ておくように』
『はぁ……りょうかーい。私、お昼まで寝てるから起こさないでね』
『おう、おやすみ』
『うん。…………zzz』
さすが怠惰の悪魔、寝るのが早い。
ベルフェの話によると、ご飯を食べて仲良くなったと。この上裸とか?
そういえばこいつ、どっかで見たことあるような……気のせいか。
とりあえず、このカオスから早急に離脱しなくては。
俺はベットから出ようとしたが、腰に抱きついている何かが邪魔で出れなかった。なんだこい……可愛い。
布団をめくってみたら、なんか獣人の女の子が俺に抱きついてた。く、なんだこの、エルフとは違った可愛さは……耳を撫でてみる。
「わふー」
「やわらけー、もっふもふ」
すごい。アレンの耳なんて比じゃないくらいもふもふしてる。黒……いや、暗い藍色で、少し垂れてて犬っぽい。しかもこのさわり心地は……ふむ、次の仲間は獣人に決定だな。
可愛いなぁ。撫でるたびにわふわふ言ってるし。少しひっかいてあげると……うぉ、尻尾がやばいことになってるな。喜んでるって認識でいいのか? てかこの子、力強いんだけど。STR強化されてる俺が抜けられないほどの力で俺を捕まえてる。さすが獣人だな、潰さないでくれよ?
さて、どうやってここを脱出するか。さすがに知らない人×3に話を合わせられる程、俺はコミュ力は高くない。しかも相手は俺を知ってるんだろ? 少し厄介だな。
俺が悩んでいると、「ううん……」と言いながら、獣人の子が目を覚ました。こんだけ撫でてたらさすがに気付くか。
「んん……ミキヤちゃん、おはようございます」
「お、おはよう」
俺の本名を知っている。なぜ?
背が冷や汗で濡れてくる。俺が名乗った? それはない。絶対にない。ゲームを始めた直後ならまだしも、みきゅあという名前にも慣れてきた最近ではそれはありえない。
まだ眠いのか、彼女は丸めた手で目の辺りを擦っている。裸の男、眠ってる女性、寝ぼけた女の子。一番騙しやすいのは……よし、この子に聞いてみるか。
「なぁ、昨日のことだけどさ」
「きのうの……」
俺の言葉を聞いた獣人の女の子が、頬を赤く染めた。それを隠すように俺の腹に顔を埋めてる。
お、おい。なんでそこで顔が赤くなるんだ。ま、まさか……本当に俺はこの男と何かしてしまったのか!? それともこの子と!? ど、どっちにしても危険な香りがプンプンする。BLか獣姦って、どっちにしてもアウトだろ!
そうだよ。獣人とじゃ獣姦になるんだよ。獣人って、耳と尻尾と、首の後ろから背骨にそって真っ直ぐと、あと股間周りが獣毛でいっぱいだからさ。なんで俺がそんなこと知ってるかって? アレンがそうだったんだよ。風呂で見た時まじびびったわ。ち○毛じゃなくて、獣毛なんだもん。
てか、さすがにそれはないだろ。この子まだ子供だし。俺は別に子供は嫌いじゃないけど、ロリコンじゃないから。ホモでもないし……じゃあ、なんでこの子は頬を染めた? 俺、鈍感じゃないからそういうの普通に気付くぞ?
「私は……クウは、もっと撫でて欲しいです」
「そ、そうか」
甘えられた。名前ゲットできたな。クウちゃんというらしい。
少なくとも、この場に居る三人の名前さえ知ってしまえば、どうにでもなる。「用事があるんだ。○○、△△、クウ、またな」とか言ってデメタスさんとこの宿まで逃げちまえばいいんだ。仲良くなったと言っても、たかが一緒にご飯食っただけだろ? 用事があるって人を引き留めたりしないはず。
それと、クウちゃんを撫でていて気が付いたことがもう一つ。そうか、撫でスキルか。この子はエッチ方面で顔を赤くしていたわけじゃないということだ。
俺の手が、彼女の頭から耳の後ろに移動する度に尻尾がぐるんぐるんと振れている。きっと、もっと撫でて欲しいんだろう。
なんせ俺の撫での技術は斉藤家で一番だ。うちのミミは、母さんの飼いネコのはずなのに、俺によく懐いていたのがなによりの証拠となる。母さんの場合は愛が強すぎて執拗に頬擦りとかしてたから、むしろミミには嫌がられていた。それで俺の所に逃げてきたミミを愛ででいると、嫉妬した母さんは俺を怒ってミミを取り返す。そしてまた執拗に可愛がるから……あの負の連鎖は不毛だった。
昨日のことは覚えていないが、俺に撫でられたのが気持ちよかったのだろう。なんせ俺の人生で初の仲良くなった(らしい)獣人ちゃんだ。どうせ俺のことだから、リラナルテさんの時みたいに体が勝ってに暴走したに違いない。そりゃあもう傍から見てて恥ずかしくなるくらい全力で撫でまわしたんだろう。それを思い出して、この子は顔が赤くなっていたんだ。
よし、これでBL展開が100%否定されたはず。だよな?
あれ、ということは、目の前のコイツ(上裸)はいったい何者なんだ。この子の父親で、隣のベットで寝てる女の人が母親か? どっちも人間にしか見えないんだけど。
だとすれば……どっちかの祖父母が獣人だったとか、そんな感じかもしれないな。この子の両親にしては若い気はするが、なんせ異世界だもんな。寿命の長い種族の血も引いてましたなんて可能性だって十分にあり得る。
これで全ての謎が解け……てねえよ。
なんで俺はそんな一家と一緒に川の字で寝てんだよ。むしろ余計わからなくなったわ。さっさと逃げちまうか。
俺はクウちゃんを撫でながら、どうにか手を離すように説得することにした。
「クウちゃん、気持ちいいか?」
「はい……ミキヤちゃんは撫でるのが上手です。もっと撫でて下さい」
「も、もっとか……じゃあさ、とりあえず手を離してくれ。そしたら背中も撫でてあげようじゃないか」
「わかり……ました。わふぅ。背中も、尻尾もです」
注文が増えた。
背中って、獣毛が生えてるあたりか? 俺に抱きつくように背に回していた手は離してくれたが、今度は服を掴んでしまった。ぎゅっと握りしめているから、きっと脱出するのは難しいだろう。でも、頭を撫でていたら目が細くなってきたから、このまま続ければ二度寝するかもしれない。その隙を突いてこの部屋から脱出するんだ。ふふ、楽勝だな。
右指を細かに動かして背の獣毛をかきながら、左手で尻尾を擦る。尻尾が動くから、撫でるのも大変だ。
しかし、こうしてると明日香の家の犬たちを思い出すな。ケンとチョロ、元気だろうか。二匹とも俺が中学三年のときからの付き合いだ。明日香の家に犬が来たって、休日になるとよく遊びに行っていたなあ。人懐っこくて、さわっても逃げないしむしろもっと撫でてって寄ってくるんだよな。その点はこの子も同じだし、犬ってみんなそうなのか? 他の犬のことはよく知らないからわからないけど。
思い出に浸りながらしばらく撫でていると、急に上からにゅっと手が伸びてきてクウちゃんの頭を撫でだした。その手に気付いて、彼女は目をとろんとさせながら上目使いで顔を上げている。
やべぇ、上裸の男、起きちゃったよ。
そして、手に驚き、思わず背と尻尾を抱き寄せてしまった次の瞬間である。
クウちゃんが、「ごしゅ、ミキ、ちゃ、ふわぁぁ……」となんだか喘ぐような声を出したと思ったら……その、なんというか、少し温かいようで冷たい何かを、太股辺りに、すごく感じた。なまじ五感を強化してある分、かなり具体的に。つまり……
「温度、匂い、これは……」
獣人ちゃんが漏らした。所謂、嬉ションである。
「はぁ、はぁ、はぁ。ここまで来れば、大丈夫だろ」
クウちゃん放尿後、俺を掴んでいた手が緩んだので「あーそういえばようじがあるんだったー。アディオス!」と叫びつつ窓から脱出した。
そこがこの広い街の中央の方(富裕層が多い地域)の高級宿で、しかもその部屋が四階だったのにはかなり驚いたけど、落下中にスキル:殺人鬼を発動し、肉体を強化してどうにか怪我をせず着地することができた。
ドガン!と洒落にならない音と共に地面に勝った俺の四肢が地面を深く削ったけど、衛兵を呼ばれる前にと周りの視線から逃げるようにその場を離れた。勿論、スキル:逃走犯を使用しての全力疾走である。
何かから逃げる時に、このスキルは最大の効果を発揮する。つまり、今までの魔物の攻撃を避ける時とは違い、あの龍人から逃げた時のような超人の如き速さで街を駆け抜け、デメタスさんの宿屋に到着した。
ぐったりしながら混んでいる酒場を抜けて、俺の部屋まで逃げてきたというわけだ。くそ、なんで朝っぱらからこんな逆境を潜り抜けないといけないんだ。四階の窓からダイブなんて、正直、魔物を相手している時より何倍も『死』を感じたわ。心臓がひゅっと軽くなって、肩が固まり、喉が引きつって、最後に全身が硬直する……あんな体験、もう絶対にしたくない。
部屋に入ると昨夜と同じようにレアが寝ていた。もう一つのベットにはラナも寝ている。いや、俺が部屋に入った瞬間に目を覚ましてるな。
撫でてと言われて実行したら、おしっこかけられた。嗅覚強化オフ、うぅ、それでも臭い……獣人とはいっても、半分が犬なのを忘れてた。犬の縦社会で、服従を示す行動の一つに尿を漏らすというものがある。あの場合は父親の手がキーとなって嬉ションしてしまったんだろうけど……ついてない。今日はついて無さ過ぎる。
着替えよう。
服を脱いでいる途中で、レアが目を覚ました。
「お兄ちゃん、おはようー」
「おはよ。よく眠れたか?」
「うん、ん? くんくん……あ、ああー!」
「?」
「お兄ちゃん、おもらしした!」
「ッッ!?」
「えっ?」ガバッ
俺を指差し、満面の笑みを浮かべるレア。
それを聞いてがばっと布団から飛び出て此方を凝視する変態女。
そうだった。エルフは獣人程じゃないにしても、五感が人族より何倍も優れているんだった。俺はそそくさと着替えた。
おい、二人とも。なんでそんな嬉しそうなんだよ。
「お兄ちゃんは漏らしていない。犬にひっかけられたんだ」
「…………わんちゃん、いないよ? キツ?」
冤罪を掛けられたキツが「クゥ!?」と鳴いて首を振り無罪を主張する。
レアの言葉が俺に届き、それがキツに伝わった結果だ。まぁ、キツは犬じゃなくてキツネだからな。スフィーティア種の見た目は巨大キツネそのものだから。キツはちっちゃくて人懐っこいけど、野生のコイツらは危険度が高い。俺は出会ったことないけど、少し前に酒場で冒険話を聞いたときに、成体のスフィーティアと戦ったことがあるという冒険者がいた。
「攻撃しても幻、攻撃しても幻の連続で、おまけに奴らの炎は全て不可視だ。幻術でフェイントを仕掛けてくるし、巨体の割に動きが俊敏だから感知能力無しじゃまず勝てない。つまり、俺じゃないと勝てない」とドヤ顔で語っていた。
Cランクに位置付けられているから、普通の冒険者じゃ勝てないんだろうな。何らかの特別な才能がないと対処できないランクがCランクだ。話をしてくれたそいつはC級冒険者で、なんでも魔力の流れが目で見えるんだと。意味わかんねぇ、異世界人怖ええよ。
「キツはスフィーティア種だろ。わんわん!」
「そっか! わんわん!」
わんわん!の一言で笑顔になれる。子供の相手は気楽だ。
ゲーム128日目。
今日は俺の第二試合がある。嬉ション事変の後、他の冒険者の戦闘方法をパク……見本として、先輩方から色々と学ぼうと大会の残り試合を見ていた。
結果から言うと、参考になったものは二つ。魔法での尻尾作成、及びそれの運用方法と目を強化する水魔法の二つだけだ。他にもミルの触手の動きを本格的に模写した触手ソードという魔法も作ったんだが……収穫的には水魔法の方が嬉しい技術だったな。
その人はB級魔法師で、試合には負けてしまったんだけど、彼は武闘派の剣士相手に接近戦をしていたんだよ。俺も最初はなんで剣を避けれるんだ?って疑問に思った。魔法師の方が動きは遅いのに、剣士の攻撃が当たらないんだ。それで視覚を強化して良く見てみたら、その人、涙を流して……泣きながら戦っていたんだ。
ここからは俺の予想なんだけど……眼球の周りを覆う水分に魔力を通して、更にそれを脳に伝える神経系を強化していたと思うんだ。多分だけど。真似してみたら以外と簡単に出来た。情報伝達の仕組みは中学校で習ったから、それを参考にして魔法の構成を組んでみた。
彼みたいな号泣レベルの大量の涙は操れないけど、少しだけなら動体視力を強化できるようになれたみたいだ。具体的に言うと、ラナの腕の動きが目で見えるようになった。逆に言えば今まで目で追えていなかったわけだが……B級魔法師の名前からとって、水魔法レナードと名付けよう。
尻尾は、元々使おうとは思ってたんだ。D級ダンジョンのボスが良い動きをしてたから。
それを真似しようと考えてたら、三つの尾を持つ謎の魔物をテイムしている魔物使いが大会に出ていて上級騎士と戦っていた。試合内容は上級騎士の圧勝だったんだけど、尻尾を使用した姿勢制御能力が安定していたから。俺もパク……参考にさせて貰った。これなら、ドッペルガンを使用したオリジナル魔法銃での超遠距離射撃の姿勢制御が……って、前の試合が終わった。うお、あの人すげぇ燃えてるし……熱くないのかな。
そろそろ俺の出番だな。
今回の相手はルークに圧勝した(本人談)という縦ロール女だ。因みに、龍人討伐パーティーへの勧誘候補だったりもする。
あの縦ロールはフィールド全域に届く程の魔法を使える、優秀な魔法使いだからな。俺のパーティーは魔法使いがいないから是が非でも欲しい逸材。決して、決して獣人っ娘だからという邪な理由ではない。アレンと同じ柄の獣耳と獣尻尾にさわってみたいだとか、あわよくば抱きつきたいだとか、そんな理由からではない。そこだけは信じて欲しい。
俺は銃、ルークは剣、アレンは格闘。つまり、魔法使いが足りないんだ。
俺もルークも魔法を使えないことはないけど、大規模な魔法となると一発で魔力が空になる。俺の実力だとMP換算で数万は消費してしまうからな。上手く魔力を転用できる、純粋な魔法使いが必要だ。
今日は金も賭けてないし、一回戦で騎士に勝てたから勝ちに飢えていない。むしろ相手の実力がわかるんなら負けたって良いぐらいだ。金も賭けて無いし。無論、わざと負けたりはしないけどな。その縦ロール、引っこ抜いてやるぜ!
仮面を装備して会場へとむかう。まずは尻尾と触手を使用した、近接格闘戦を仕掛ける。
今日の相手は、騎士と似た装備の冒険者だ。B級冒険者、マラブレードさん。
彼の経歴は既に調べ上げた。サケノベさんと同じくここ数か月で有名になった彼は、G級冒険者の時点でAランクの魔物を単独で討伐してる……たしか、西の大陸にある王国で魔物と戦い続けている国があるんだけど、そこに魔王の配下のAランクの魔物が攻めてきたんだ。
スロージュジェネラという蛇の魔物。全身が魔法を反射する特別な鱗で覆われていて、全長が400メートル以上もある大蛇。土属性の上級魔法を自在に操り、石化のブレスの特性を持つ化け物を、彼は一人で倒したんだ。
ただ、どうやって倒したのかがわからなかった。西の冒険者の話じゃ、死体は焼切られていたらしい。予選じゃ赤い剣を使っていたけど、あの剣が燃えるのかもしれない。
僕には切断の能力があるけど、きっとスロージュジェネラには勝てない。まず、近づけないと思う。高ランクの魔物が扱う魔法は、魔法の領域を超えているような物ばかりだから。実際にスロージュジェネラの使った魔法で、西の王国は滅びかけたらしいし。
数時間に渡って、巨大な岩々が天から降り注ぎ続けたんだって。国の騎士や冒険者が魔法を使って岩を破壊して街を守っていたらしいけど、破壊の跡は今でも大半が残っているって言ってた。小さな破片でも、人を殺す力は持ってるし……。
国に居た高ランクの冒険者が次々にスロージュジェネラの討伐に挑んだらしいけど、その全員が岩で潰されるかブレスで石になってしまったんだ。
そして、街を防衛していた彼らの魔力が底をつきかけそうになった頃に、突然魔法が止んで、不思議に思っていた彼らの前に大蛇の首を引きずったマラブレードさんが帰ってきたんだって。ロープを使って必死に首を運んでいたらしい。
Aランクの魔物のソロ討伐。それはS級冒険者がするような恐るべき所業だ。魔物との相性とか、不確定要素があったのかもしれないけど……きっと、実力的にはS級に近いんだと思う。
本当に、本当に意味がわからない。A級のサケノベさんの次に、推定S級のマラブレードさん。僕の試合相手だけ優勝候補ばっかりなんだけど。
マラブレードさんの一回戦目の内容は地味な試合だった。同じB級の冒険者と普通に戦って、普通に勝っていた。剣術も、盾術も、ハッキリ言ってしまえば幼稚。剣を振って、盾を動かしてるだけに見えたのにそれなりに名の売れているB級の冒険者に勝っている。誰もがあの試合に違和感を感じたはずだ。中には八百長だと言う人まで出ている。
僕も途中から剣聖ノ眼を使っていたけど、結局は最後までその違和感に気付くことはできなかった。次に戦うからという理由でその冒険者にも話を聞いてみたけど、「わからない。俺の方が強かったと思う。なのに、なんで俺は……」としか言ってなかった。
赤い剣と銀色の盾を持って、肘と膝にしか防具を着けていないマラブレードさん。大丈夫、僕にも、僕にも勝ち目はある。切断の能力で盾と剣を斬って、その後で彼を倒せば良い。サケノベさんの時は通用しなかった策だけど、あの人は普通じゃない。普通の人が相手なら、これで勝てるはずだ。
一回戦目のアレはサケノベさんの自滅、反則負けでの勝ちだった。これじゃ、C級冒険者になんかなれない。初期ランク認定試験を受ける為には、ギルド側に才能があると判断されなくてはいけないから。
だから、マラブレードさんにはちゃんと実力で勝つ。
実力で勝って、胸を張って冒険者になるんだ!
この指輪をして、あそこまで歩けば戦いは始まる。
右手で刺突剣を持って、左手で短剣の柄を触る。剣聖の剣術は一撃必殺の剣。ラハード流の真価、見せてやる。
「ラハード流、剣士ラシュード」
「ニーハリアれりゅ……レルゥー王国冒険者ギルド所属の、マラブレードです。噛んじゃった」
試合開始直後、僕は切断の能力を発動しながら刺突術を使った。
前回とは別の型。爽籟ノ速を使用して、刺突剣に魔力を通して……魔法剣としての力を発動させる。
刺突剣に流した魔力が風属性に染まる。攻撃魔法が苦手な僕でも、この剣を使えばラハード流の魔法剣術を使うことが出来るんだ。
刺突剣を、その場で数回動かす。剣からは目には見えない風属性の斬撃が発生して、空中を斬り裂きながらマラブレードさんにむかって進んでいく。
まだ、もっと、もっと、行け!
「シッッ!」
「うおっ! やべやべやべえ!」
そう言いながら彼は赤い剣で、僕の攻撃を逸ら……した?
え、見えない斬撃を、完璧に防いでる。
いや、驚くべきなのはそこじゃない。なんで、なんで『切断』できないの!?
僕の、剣の聖霊の力が……効かない。
考えろ。考えるんだラシュード。サケノベさんと戦ったときに経験しただろ! この人たちは、そういう人たちなんだよ!
まず、考えられることは、聖霊の力をマラブレードさんが持っている可能性。お祖父ちゃんは他の聖霊の力じゃ切断は防げないって言ってたけど、それが間違った認識だったという可能性は、この現状を見たからにはないとは言いきれない。
お祖父ちゃんが戦った二人の聖霊の能力を持つ者が、偶々切断を防げなくて、マラブレードさんが、能力を使って、防いで……る?
えっと、他には、うんと、ええっと、あ、まずい!
「そりゃ!」
「くっ、やぁあ!」
魔法刺突術を防ぎながら接近したマラブレードさんが、赤い剣を振るう。
僕はそれを切断の能力を発動しながら刺突剣で逸らした。本当は、本当なら、切断の能力を使った剣と少しでも接触したあの剣は、壊れるはずなんだ。なのに……まさか、あの剣の力なのかな?
左に踏み込んで、短剣を抜きながら盾を斬り付ける。それに反応した彼は、銀色の盾を使って攻撃を防ごうとしたけど……今回は切断の能力が発動した。
盾を簡単に切り裂いて、マラブレードさんの表情が変わる。
「ええ! 盾って切れるの!?」
「たりゃあああ!」
そのまま短剣をマラブレードさんの胸元に伸ばそうとしたけど、素早く身に引き寄せた赤い剣で防がれてしまった。
でも、なるほどね。少しずつだけど、わかってきた。彼に聖霊の能力はない。剣聖ノ眼で確認したから、それは断言できると思う。
赤い剣。これが多分、何かなんだ。
でも、切断の能力で壊せない物質なんて、有り得るのかな?
それともう一つ、これは嬉しいことだけど。
マラブレードさんは身を守った。つまり、サケノベさんみたいな、復活する能力は無いってこと!
「だったら、僕の剣術で!」
「スキル:剣闘士さん、発動っと」
そう、彼が呟いた瞬間……動きが変わった。
「くっ、この、感じッ、わ!」
「ほい、ん、よっと」
僕が交互に放った刺突剣での連続突きと短剣の斬撃を、マラブレードさんは赤い剣を使って逸らし続ける。彼の体まで剣が届かない。
この感覚。
相手の体が目の前にあるのに、どこまでも遠いこの感覚は……剣士なら誰でも知ってる、圧倒的強者と戦う時に感じる特有の感覚。さっきまでの陳腐な剣とは違う、これは、届かない。多分、この距離じゃ勝てない!
僕は、彼から距離を取ろうとした。遠距離戦なら、魔法剣術が使える僕が有利だからだ。でも、マラブレードさんはそれを許さない。
そうだ。一流の剣士から距離を取るのは、距離を詰めることと同じくらい難しい。
ここまでの技量を持ちながら、さっきまでは手を抜いていた?
右から迫る剣を避けて、ラハード流剣術の魔法刺突術で牽制しながら、二歩下がる。短剣を鞘に仕舞い、両手で刺突剣を構え、下から上へ素早く振る。切断の能力を付加した斬撃。刺突剣の用途と離れた不意を突く一撃すら、簡単に防がれる。
本当に、規格外過ぎる。
「もう、本当に、たりゃあ!」
「お、やるねぇ……じゃあ、スキル:特級騎士さんを追加っと。せいッ!」
ううっ、足を斬られた。でも、少しだけ距離をとった。
腰に手を当て、鞘から短剣を抜いてそのままマラブレードさんの首を狙って投げつける。頼むよ、この投擲で何か変わってくれ!
「お、投げナイ、ふぅー!?」
「バラナナ、頼む!」
「キシャァーーーッッ!」
僕の魔力を元に、短剣『魔竜バラナナ』が召喚される。
バラナナは空中で身を捩って赤い剣を避け、そのまま彼の腕に噛みついた。
上級騎士になった父さんが初めての防衛戦闘で倒したBランクの魔物、ドルレイカ。小型の竜種の魔物で、両手に二本の強靭な鎌を持ち、特性でもある浮遊魔法を常に発動して空中を飛んでいる魔物。
父さんが自分で討伐した分の全て……20体分の素材が使われて王国の王宮魔法師と専任の鍛冶職人が作った魔法アイテム。
バラナナの姿はドルレイカそのものだ。
剣聖の能力により、両手の鎌に切断の能力を持ったバラナナ。本来群れでBランク判定を受けているドルレイカだけど、バラナナは単体でBランクの魔物より手強いとお祖父ちゃんが言っていた。
推定S級のマラブレードさんを倒せるとは思えないけど、バラナナなら隙を作ってくれるはず。
マラブレードさんは両手の鎌の方を赤い剣で防いでるから、噛みつかれた腕はそのままだ。つまり、今なら倒せる。
ラハード流剣術の四つ目の型。サケノベさんに最初に使った刺突術で、距離を詰めながら攻撃を仕掛ける。僕に気付いたマラブレードさんは、赤い剣でバラナナを押し返すと、詠唱を始めた。ま、魔法を使ってくるのかもしれない。でも、僕の剣は、魔法を斬れるから!
「顕現せよミルネシア・デゼリリン。神器ミルネシアよ、我に破壊の……え、うん。行くぜミルネちゃん!」
「やぁああ! え……まずい、バラナナ下がって!」
「キシャ!?」
マラブレードさんの赤い剣が消え、彼の両腕が炎に包まれる。
包まれる? いや、違う。腕そのものが炎になった。
肩から火の腕が生えていて、手の甲の辺りから肘くらいまでを覆う炎の盾が両腕にあって、それに加えて両手に二本の、盾と同じく炎で出来た炎の剣を構えていて……。
ふと、サケノベさんの言葉を思い出す。
『世の中にはさ、真っ二つに切れちゃっても死なない魔物もいるんだよ? 体が水とか炎で出来てる魔物だっているんだよ? そんな相手にはどうやって勝つつもりなのかな?』
僕の剣術が、切断の能力を使っている僕の剣が、いとも簡単に、炎の盾で止められる。
そして、次の瞬間には近くにいたバラナナごと…………焼切られた。
「勝者、マラブレード!」
そんな声が聞こえて、気が付くと結界の外にいて、彼にむけた歓声を聞きながら、つまり、ああ、負けたのか……。
こうして、僕の大会は幕を下ろした。
凜太郎「なぁ、今回はどうして漏らしちゃったんだ? 前回はたしか」
クウロ「い、言わないで、ご主人様……」
凜太郎「クウロ……そんな顔しないでよ。 Mikiyaは逃げちゃったけど」
クウロ「だって、ミキヤちゃんと、ご主人様に撫でて貰って、私、嬉しくて、うれしくて……」
凜太郎「ああ、ごめんね、泣かないで。ほら、よしよし」
クウロ「クウ、ミキヤちゃんに嫌われちゃった。と、友達に、なれたのに……」
凜太郎「そうかそうか。でも、多分嫌われてはないと思うぜ。だって、Mikiyaって結構変態だし。案外、「獣人ちゃんのおしっこだ!わーい!」って喜んでるかも」
カレン「それはそれでどうよ。ブレード、クウロ泣き止むまでそのまま抱きしめてて、泣き声がうるさい……」
凜太郎「カレンちゃんまじ鬼畜。クウロー、大丈夫だって。ほら、下の食堂でデザード買ってあげるから行こうぜ。俺、果物使ったパイとか食べたい」
カレン「物で釣るとか、浅はか」
凜太郎「うーん、ようし、おりゃー!…………ごめん」
クウロ「ぐす……はい。高いの怖いです。おろして、下さい」
カレン「たかいたかいって、クウロは赤ちゃんじゃねえよ。パイは私の分も買ってこいよー。もう少し寝てるから」
凜太郎「そっか。んじゃ、行こうぜ」
クウロ「ご主人様、ミキヤちゃんに、会いに行ってもいいですか?」
凜太郎「うーん、Mikiyaも大会があるとか言ってたからな……明日行くときに探してみたら?」
クウロ「はい、わかりました」
凜太郎「うんうん。それにしても、Mikiyaって女の子だったのかぁ。やっぱり、お姉さまの名は伊達じゃ無いってことか。んん、でも男アバターで……あれ?」




