第4話 音の証明
第4話 音の証明
1 罠の匂い
大神運輸の事務所に、その封筒が届いたのは月曜の午後だった。
差出人は「全国運送事業協同組合」。鷹三郎が太い指で封を切り、中の書面に目を落とす。読み進めるうちに、眉間の皺が一本、また一本と深くなっていった。
「監査が入る」
コーヒーを運んできた涼子が、鼻で笑った。
「いつものことだろ。毎年来てんじゃないか」
「いつもと違う」
鷹三郎は書面を机に滑らせた。
重点調査対象事業者に指定する。
赤い判子が、ご丁寧に二つも押してある。
「……は?」
涼子の目が細くなった。大神運輸は創業三十年、行政処分はゼロ。事故率は県内最低。組合から優良事業者として表彰されたことも三度ある。重点調査など、来る理由がない。
理由は、翌朝やってきた。
午前九時ちょうど。事務所の前に、一台の白いセダンが止まった。降りてきたのは三十代半ばの男だった。
仕立てのいい紺のスーツ。銀縁の眼鏡。髪は一本の乱れもなく撫でつけられ、手には白い手袋をはめている。運送会社の油と排気ガスの匂いの中で、そこだけ消毒液の匂いがしそうな男だった。
名刺には、こうあった。
全国運送事業協同組合 監査部 主任監査官 黒岩 透
「本日より実地監査に入らせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
丁寧な口調だった。腰の角度も完璧だった。それなのに、どこか喧嘩を売られている気がした。
黒岩はまず、車庫に並ぶトラックを一台ずつ見て回った。ポケットからゲージを取り出し、タイヤの溝の深さを測る。運転席に乗り込み、ダッシュボードの埃を白手袋の指でなぞる。指先は、真っ白なままだった。
黒岩の唇が、わずかに歪んだ。満足したのではない。舌打ちを堪えたのだ。
事務所に戻ると、黒岩は段ボール三箱分の運行記録を机に積み上げ、一枚ずつめくり始めた。速い。まるで機械だ。
二時間後、その手が止まった。
「こちら。二年前の三月十四日。運行記録に、三時間の空白がありますね」
鷹三郎は答えなかった。腕を組んだまま、黒岩を見下ろしている。
代わりに涼子が口を開いた。
「その日、こいつが病院に担ぎ込まれた。運転はあたしが代わった」
「代行の記録は」
「当時の配車係に確認しな」
黒岩は手帳に何かを書きつけた。そして顔も上げずに、次の束へ手を伸ばした。
その様子を、二階の階段の上から見下ろしている影があった。
LUYだった。
抱えていたベースの弦から、そっと指を離す。練習していた曲の途中だった。
金髪の縦ロールが、肩の上でかすかに揺れる。
――あいつ、粗を探しに来たんじゃない。
LUYは目を細めた。
――粗を、作りに来たんだ。
2 過去のレッテル
監査三日目。
黒岩は事務所の応接机いっぱいに、黄ばんだ書類を広げていた。倉庫の奥の段ボールから、わざわざ掘り出してきたものだ。
「大神社長。少々、よろしいですか」
鷹三郎が無言で向かいに座る。黒岩は一枚の紙を、白手袋の指先でつまみ上げた。
「十一年前の納品書です。発注元の会社は、八年前に倒産しています。この取引、本当に実在したのですか」
「あった」
「証明する書類は」
「ない」
涼子が横から口を挟む。
「あそこは潰れるとき、書類を全部シュレッダーにかけたんだよ。荷を運んだうちのドライバーなら、今でも覚えてる」
「証言だけでは、証拠になりません」
黒岩は眼鏡を押し上げた。そして、声のトーンをほんのわずかに落とした。
「念のためお伺いしますが――こちらの社長は、かつて『関東連合 雷神会』という暴走族の総長だったそうですね」
事務所の空気が、ぴしりと音を立てて凍った。
「まさかとは思いますが。その頃の『お仲間』との、帳簿に載らない取引ではありませんよね?」
鷹三郎が、ゆっくりと立ち上がった。
椅子が軋む。百八十五センチの巨体が、黒岩の頭上に影を落とす。七十を過ぎた男の肩幅は、いまだに事務所のドアをふさぐほどだった。
「……何が言いてえ」
地の底から響くような声だった。三十年前、関東中の不良を震え上がらせた声だ。
普通の人間なら、それだけで膝が笑う。
だが黒岩は、一歩も引かなかった。それどころか、口元に薄い笑みを浮かべた。
殴ってみろ。その目が、そう言っていた。
殴れば暴行。監査妨害。重点調査どころか、事業停止に持ち込める。
鷹三郎の拳が、ぎしりと握られた。
「じいちゃん」
乾いた声が、張り詰めた空気を切った。
階段を降りてきたのは、黒いゴスロリのドレスに金髪縦ロールの、人形のような姿だった。片手に、分厚い冊子を抱えている。
黒岩が、初めて表情を崩した。運送会社の事務所に、フランス人形が歩いてきたようなものだ。
「失礼、あなたは」
「LUY。ここの社長の孫。ただのベーシスト」
低く響く、男の声だった。黒岩が二度、まばたきをした。
LUYは黒岩の向かいに、どさりと冊子を置いた。
全国運送事業協同組合 定款・監査規程 全文
「昨日の夜、全部読んだ。三百十二ページ」
「……は?」
LUYは付箋の貼られたページを開いた。
「監査規程第十四条。『監査官は、事業者の業務の適正性のみを対象とし、役員個人の経歴、信条、私生活を理由とした調査を行ってはならない』」
次のページ。
「第二十二条の二。『重点調査対象の指定には、具体的な違反の疑いを示す客観的資料を要する』。――その資料、見せてもらえます?」
黒岩の指が、ぴくりと動いた。
「それから、これ」
LUYはスマホの画面を向けた。録音アプリが、赤く点滅している。
「今の『お仲間との帳簿に載らない取引』ってとこ、ちゃんと録れてます。組合の倫理委員会、たしか直通の窓口がありましたよね」
LUYはにっこりと笑った。フランス人形のような、完璧な笑顔だった。
ただし、目だけは一ミリも笑っていなかった。
「監査なら、監査をちゃんとやってください。じいちゃんの昔話で点数稼ぐのは、仕事じゃないでしょ」
長い沈黙があった。
黒岩は無言で書類をまとめ始めた。その手つきは、来た日と同じように正確だった。ただ、ほんの少しだけ、速かった。
「……本日はこれで失礼します。次回、改めて伺います」
白いセダンが砂利を跳ね上げて走り去る。
涼子が、ふうっと煙草の煙を吐いた。
「探りに来やがったね」
「ああ」
鷹三郎は、まだ拳を握ったままだった。それから、ゆっくりと指をほどいた。
「あの目は、仕事の目じゃねえ。恨みの目だ」
LUYが首をかしげる。
「心当たり、あんの?」
鷹三郎は窓の外を見た。白いセダンが消えた道の、さらにその先を。
「ある。三十年前、俺が足を洗う前に、最後に潰した連中だ」
3 潰れた根
その夜。
鷹三郎は台所のテーブルで、ひとり一升瓶を傾けていた。酒を飲む祖父を見るのは、LUYにとって正月以来だった。
涼子は風呂に入っている。古い給湯器が、ごうごうと唸っていた。
LUYは向かいの椅子を引き、缶のコーラを開けた。
しばらく、どちらも口をきかなかった。
「……雷神会はな」
鷹三郎が、湯呑みの酒を見つめたまま言った。
「走るための集まりだった。夜の国道を、誰よりも速く、誰よりもでかい音で走る。それだけだ。カツアゲもしねえ、シャブも触らねえ。それが俺の決めた掟だった」
「うん」
「だがな、名前がでかくなると、寄ってくる虫がいる」
湯呑みが、ことりとテーブルに置かれた。
「倉田っていう男がいた。走りもしねえくせに、雷神会の名前を勝手に名乗って、商店街からみかじめを取ってた。払わねえ店にはガラスを割って、『雷神会をなめるな』って書き残してな」
LUYのコーラを持つ手が止まった。
「俺たちの名前で、俺たちが一番嫌いなことをやってやがった」
「……で、どうしたの」
鷹三郎は、少しだけ笑った。三十年前の夜を、まぶたの裏に見ているような笑いだった。
「一人で行った」
「一人で!?」
「仲間を連れてったら、それこそ族の抗争だ。俺の喧嘩は、俺一人で売るもんだ」
倉田の一味が根城にしていた埠頭の倉庫。中には二十七人。鷹三郎は木刀一本も持たず、素手で正面の扉を蹴破った。
夜明けまでに、立っていたのは鷹三郎だけだった。
倉田はその後、恐喝の余罪がまとめて露見し、塀の中へ落ちた。その一週間後、鷹三郎は雷神会の総長を降りた。
「それが、俺の最後の喧嘩だ」
LUYはしばらく黙っていた。それから、静かに聞いた。
「黒岩って、その倉田の……」
「息子だ。たぶんな」
鷹三郎は一升瓶を傾け、湯呑みを満たした。
「倉田が捕まったとき、ガキが一人いた。母親が籍を抜いて、自分の姓にしたって話を聞いたことがある。黒岩、ってな」
「名前、変えてまで……」
「勉強して、いい大学出て、まっとうな道に進んだ。それは偉え。だが親父の恨みだけは、名前と一緒に捨てられなかったんだろう」
給湯器の唸りが、いつの間にか止んでいた。
LUYはコーラの缶を、テーブルにことりと置いた。
「でも、じいちゃんは何も悪いことしてない」
「してねえ」
「なら、証明すればいい」
鷹三郎が顔を上げた。
「どうやって。書類はねえ。証人は年寄りばっかりだ。向こうは、そこを突いてくる」
LUYは立ち上がった。部屋の隅に立てかけてあったベースケースを、片手で掴む。
「書類で勝てねえなら、書類じゃない土俵で勝つ」
「……」
「俺のやり方で。音で」
鷹三郎は、孫の顔をまじまじと見た。
ゴスロリのドレス。金髪の縦ロール。どこからどう見ても、自分とは似ても似つかない。
だがその目だけは、三十年前、埠頭の倉庫の扉を蹴破った夜の自分と、そっくり同じ色をしていた。
鷹三郎は、湯呑みの酒を一息に飲み干した。
「……好きにしろ」
その声には、ほんの少しの驚きと、隠しきれない誇りが混じっていた。
4 音の証明
翌朝。LUYは自室のベッドにあぐらをかき、スマホを耳に当てていた。
一本目の電話。相手は、黒猫レコードのプロデューサー・矢澤。五十過ぎの元パンクロッカーで、今でも鼻にピアスの穴が三つ残っている男だ。
「矢澤さん。運送業界の組合のお偉いさんが、まとめて集まるイベントってあります?」
『組合ぃ? なんだよ朝っぱらから、藪から棒に』
「じいちゃんの会社が、ちょっと喧嘩売られてて」
電話の向こうで、矢澤がライターを擦る音がした。
『……来月、幕張で運送業界のチャリティフェアがある。トラックの展示会みてえなもんだ。組合の理事連中も全員来るぞ。うちのレーベルも、なぜかブース出すことになってる』
「そのブース、ステージにできます?」
『ステージって、お前……アンプ一台置くのがやっとの広さだぞ』
「アンプ一台あれば十分です」
数秒の沈黙のあと、矢澤が噴き出した。
『お前、なんかとんでもねえこと企んでんだろ』
「企んでます」
『乗った。枠は俺がねじ込んどく。その代わり、面白くなかったらギャラはなしだ』
「面白くします」
二本目の電話。
相手はアキラ。港湾の倉庫街で出会った、現役の暴走族「鉄蛇」のリーダーだ。あの夜、LUYのベースの前で、二十人の手下ごと黙り込んだ男でもある。
「アキラ? LUY」
『……おう。なんだよ、急に』
声が、妙にかしこまっていた。
「来月、幕張に来てほしい。バイク全部連れて」
『全部って、四十台はあるぞ』
「全部。ただし、ひとつだけ条件がある」
『条件?』
「一回も、空ぶかししないで」
電話の向こうが、静かになった。暴走族にエンジンを吹かすなと言うのは、ボクサーに拳を使うなと言うようなものだ。
『……なんだそりゃ。意味わかんねえ』
「来ればわかる。アイドリングだけで、会場を揺らす」
しばらくして、アキラの笑い声が聞こえた。最初は小さく、それから腹の底から。
『いいぜ。面白そうじゃねえか』
電話を切ったあと、LUYはしばらくスマホの画面を見つめていた。
連絡先の一番下。ほとんど使ったことのない名前が、ひとつある。
祖父の会社で、三十年間ずっと配車係をしている老人。LUYが幼い頃から、飴玉をポケットに忍ばせていた、無口な男。
山崎力也
LUYは、ゆっくりと通話ボタンを押した。
「……力也さん。じいちゃんには、内緒で頼みたいことがあるんだけど」
電話の向こうで、老人が息を呑む気配がした。
そして、低い声が返ってきた。
『――総長の孫の頼みだ。何でも言いな』
5 決戦の朝
一か月後。幕張メッセ、第六ホール。
「全国運送業チャリティフェア」の会場は、朝から人でごった返していた。銀色に磨き上げられた大型トラックがずらりと並び、子ども向けの運転席体験コーナーには長い行列ができている。正面のメインステージでは、組合の理事長が退屈な挨拶を続けていた。
黒猫レコードのブースは、会場の一番隅にあった。
畳六枚ほどの広さ。小さなPAが一組と、LUYのベースアンプが一台。それだけだ。
「……マジでこれだけかよ」
背後から声がした。振り返ると、バンドのメンバー三人が、楽器ケースを抱えて立っていた。
「矢澤さんから聞いた。お前、一人で何かやらかす気だって」
「やらかすなら、俺らも混ぜろよ」
「水くせえんだよ」
LUYは少しだけ目を丸くした。それから、ふっと笑った。
「……狭いぞ」
「知るか」
三人は手際よくドラムセットを組み、ギターのシールドをつなぎ、チューニングを始めた。畳六枚のブースが、あっという間にステージになった。
午前十一時。会場の入口が、ざわりと揺れた。
人垣が、自然に割れていく。その真ん中を、二人の老人が歩いてきた。
鷹三郎と涼子だった。
二人とも、黒い革ジャンを着ていた。三十年ぶりに簞笥の奥から出したそれは、少しだけ肩がきつそうだった。それでも、背筋は一本の鉄骨のようにまっすぐだった。
「あれ、大神運輸の……」
「雷神会の総長だろ。本物かよ」
「隣のは、女帝の涼子だ……」
業界の古株たちが、小声で囁き合う。誰も目を合わせようとしない。三十年経っても、伝説は伝説のままだった。
組合のブースで書類を広げていた黒岩が、顔を上げた。
二人の姿を認めた瞬間、その眼鏡の奥の目が、はっきりと歪んだ。
正午。メインステージの理事長の挨拶が終わり、会場にほんの一瞬、空白ができた。
その空白を、一本の低音が貫いた。
――ドゥン。
会場中の視線が、隅のブースに集まる。
ゴスロリのドレス。金髪の縦ロール。身の丈ほどもあるベースを抱えた人形のような姿が、マイクの前に立っていた。
「こんにちは。LUYです」
ざわめきが広がる。スピーカーから響いたのは、低い男の声だったのだ。何かのアトラクションか。誰も、事情を知らなかった。
「今日は、ひとつ証明しに来ました」
LUYは会場を見渡した。理事たちが並ぶ来賓席。その端に、黒岩がいる。
「俺のじいちゃんは、大神鷹三郎。大神運輸の社長です。そして三十年前は、雷神会っていう暴走族の総長でした」
ざわめきが、どよめきに変わった。
「じいちゃんは三十年前に足を洗いました。それから一度も法律を破ってない。この組合から、優良事業者の表彰を三回もらってます。でも今、昔の経歴を理由に、重点調査を受けてます。証拠は、何ひとつないのに」
来賓席の理事たちが、顔を見合わせた。何人かが、黒岩の方を振り返った。
LUYは、まっすぐに黒岩を見た。
「黒岩さん。あなたのお父さんのことは、聞きました」
黒岩の顔から、すっと血の気が引いた。
「あなたが、じいちゃんを恨む理由もわかる。でも、じいちゃんは昔、こう言ってました。親の罪は、子に背負わせるもんじゃねえって」
会場が、しんと静まり返った。
「だから、俺もあなたを責めない。責める代わりに――聴いてください」
LUYは、ベースを構えた。
「これが、大神鷹三郎の孫の、答えです」
指が、弦を弾いた。
――ドゥゥゥゥン。
腹の底をえぐるような、低く、太い一音。
そして、その音に応えるように、会場の外から地鳴りが響いてきた。
ホールの搬入口の向こう。駐車場に、四十台のバイクが整然と並んでいた。アキラと「鉄蛇」の男たちだ。
誰一人、空ぶかしをしていなかった。
ただアイドリングだけで、重く、低く、エンジンを唸らせている。LUYのベースが一拍を刻むたび、四十台の排気音が、それに合わせて呼吸する。
ドゥン――ドドドド。ドゥン――ドドドド。
シンゴのドラムが入る。ケンイチのギターが重なる。
ベースとドラムと、四十台のエンジン。それがひとつのビートになって、ホールの床を伝い、壁を震わせ、天井の巨大なガラス窓をびりびりと鳴らした。
来場者たちが、息を呑んだ。子どもが、母親の手を握りしめた。
暴走ではなかった。
共鳴だった。
6 七十歳の応援団
その時だった。
会場の正面入口から、新しい音が聞こえてきた。
エンジン音ではない。
足音だった。
ザッ、ザッ、ザッ。
大勢の、重い、揃った足音。ベースのビートに、ぴたりと合っている。
人垣が、もう一度割れた。
現れたのは、老人たちだった。
白髪。禿頭。銀髪。杖をついている者もいる。腰の曲がりかけた者もいる。数えて、三十七人。
全員が、黒い革ジャンを着ていた。
そしてその背中には、色あせた銀糸の刺繍。髑髏が、二本の稲妻を咥えた紋章。
関東連合 雷神会
鷹三郎の手から、紙コップのコーヒーが落ちた。
「……まさか」
先頭を歩いていた老人が、鷹三郎の前で足を止めた。痩せた、小柄な男だった。ポケットの膨らみは、たぶん飴玉だ。
山崎力也。三十年前、鷹三郎の右腕と呼ばれた男。そして今は、大神運輸の配車係。
力也は、にやりと笑った。前歯が一本、欠けていた。
「総長。久しぶりに、全員そろったぜ」
「力也……てめえ、なんで」
「三十年、一度も呼び出しがかからなかったからな。こっちから押しかけた」
後ろの老人たちが、くつくつと笑った。
「ディーターの孫に頼まれたんだ。『じいちゃんの昔の仲間に、じいちゃんが何をしてきたか、証言してほしい』ってよ」
力也は、懐から分厚い封筒を取り出した。
「十一年前の、あの取引。荷を運んだのは俺だ。発注書の控えは、俺が個人で持ってた。配車係ってのはな、捨てられねえ性分なんだよ」
来賓席の空気が、ぴんと張った。
「それから、ここにいる三十七人全員の署名だ。雷神会は、一度だってカツアゲもシャブもやってねえ。名前を汚したのは、倉田の一味だけだってな」
鷹三郎は、何も言えなかった。
ただ、ステージの上の孫を見た。
LUYは弦を弾きながら、祖父に向かって、小さくウインクした。
涼子が、鷹三郎の脇腹を肘で突いた。
「……あんたの孫だよ。とんでもないのは、血筋だね」
三十七人の老人たちが、ブースの前に整然と並んだ。
七十代の応援団。誰も騒がない。誰も叫ばない。ただ腕を組み、背筋を伸ばし、ステージの上の総長の孫を見守っている。
LUYのベースが、加速した。
――ダダダ、ダダダ、ダンッ!
四十台のエンジンが、それに食らいつく。シンゴのスネアが弾ける。ケンイチのギターが、天井に向かって吠える。
力也が、皺だらけの拳を、ゆっくりと突き上げた。
一人、また一人と、老人たちの拳が上がる。三十七本の拳。そして、それにつられるように、トラックを見に来ていた家族連れが、運転手たちが、組合の職員たちが、手を振り上げ始めた。
幕張の巨大なホールが、ひとつのビートで脈打っていた。
その中で、ただ一人。
来賓席の端で、黒岩だけが、動かなかった。
白手袋の手が、膝の上で、かすかに震えている。
その目は、ステージを見ていなかった。
三十七人の老人たちの背中。色あせた髑髏の紋章。
父が、生涯かけて名乗りたかった、その名前を。




