↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/25

人見知りのお姫様


「初めまして。シェイドと申します。本日はお会いできて光栄です、リア王女殿下」


 シェイドは胸元へ片手を添え、静かに頭を下げた。


 セドリックが一瞬、その一礼に目を留めた。


 その傍らには、リアの兄である王太子ルイもいた。妹より少し背の高い少年は、リアの様子を気にしながら、シェイドへ目を向けている。


 けれど、シェイドはその視線に気づかなかった。頭を上げた時、正面にいる少女の姿が目に入ったからだ。


 淡い金色の髪に、澄んだ碧い瞳。まだ幼さの残る顔立ちなのに、不思議なくらい目を引く。


 綺麗な子だと思った。


 けれど、目が合った瞬間、リアは視線を伏せた。身体の前で重ねた指が、ドレスの布を少しだけ握っている。


 それでも小さく息を整え、もう一度顔を上げた。


「……初めまして。リア・フェリスティルです」


 声は小さい。けれど、王女としての挨拶はきちんとしていた。


「よろしくお願いします……」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 シェイドも軽く礼を返す。


 そこで、会話が止まった。


 シェイドは少し困った。


 王城へ来る前、アレンから、リアは人見知りが強いと聞いていた。特に同じ年頃の男の子を前にすると、緊張して話せなくなることがあるのだという。


 急いで返事を求めずに待てるシェイドなら、話し相手を頼めると思った。アレンはそう言っていた。


 無理に会話を続けようとしなくてもいい、とも。


 けれど、挨拶のあとにここまで何も続かないとは思わなかった。


 好きな食べ物を聞こうか。本が好きか、普段は何をしているのか。話題はいくつか思いつく。


 でも、リアの指先を見ると、布を握る力がさっきより強くなっていた。


 答えなければいけないことを増やしたら、もっと困らせてしまうかもしれない。


「……王女殿下」


「はい……」


 リアが小さく返事をする。


 シェイドは少し考えてから言った。


「話さなくて大丈夫です」


 リアが顔を上げた。


「……え?」


「無理に話そうとしなくても大丈夫です」


 シェイドは少しだけ笑った。


「僕も、知らない人と何を話したらいいか分からない時があります。だから、王女殿下も話したくなった時で大丈夫です」


 リアはシェイドを見た。


 今度は、すぐには視線を逸らさなかった。


 少しして、エリーゼが柔らかく口を開く。


「リア。少しここでシェイドと過ごしてみる?」


 リアは母を見た。それから、シェイドを見る。


 しばらく迷って、小さく頷いた。


「……うん」


「では、お二人はこちらへ」


 アレンが椅子を示す。


 リアが先に腰を下ろし、それを見てからシェイドも向かいの椅子へ座った。


「失礼します」


 間には小さなテーブルがあり、手を伸ばしても相手には届かない。


 シェイドには、そのくらいの距離がちょうどいい気がした。


     

◇

「では、私たちは隣の部屋にいますね」


 エリーゼが言うと、リアは少しだけ母を見た。


「何かあれば、すぐに呼んでいいのよ」


「……うん」


 セドリックとエリーゼが先に部屋を出る。


 ルイは最後まで少し心配そうだったが、エリーゼに促されてその後を追った。


 アレンも扉の前で一度立ち止まる。


「シェイド」


「はい」


「無理に話を続けようとしなくて構いませんよ」


「分かりました」


 アレンが部屋を出て、隣室へ続く扉が閉まった。


 何かあれば、すぐに呼べる。それでも、さっきまで大人が何人もいた部屋に、今は十歳の二人だけだった。


 また、沈黙が続いた。


 シェイドは少しだけリアを見る。俯いているものの、先ほどよりは肩の力が抜けているようだった。


 話したくないなら、無理に喋らせる必要はない。けれど、ずっと黙って向かい合っているのも、居心地が悪いかもしれない。


 部屋を見回すと、窓際の机に何冊か本が置かれていた。


「……あの」


 声をかけると、リアが顔を上げる。


「そこにある本、見てもいいですか?」


「……はい」


「ありがとうございます」


 シェイドは立ち上がり、一冊手に取った。


 表紙には、小さな竜と騎士が描かれている。


「あ」


 見覚えがあった。


「これ、読んだことあります」


 椅子へ戻って本を開くと、リアが少しだけ視線を向けた。


「この竜、最初は悪い竜だと思われるんです」


 返事は求めず、ページへ目を落としたまま続ける。


「見た目が怖いから、みんな逃げちゃって。でも、本当は村を守ってるんですよ」


 リアの視線が、本へ向いたままになった。


 シェイドはページをめくる。


「僕、この竜、ちょっとかわいそうだと思いました。ちゃんと話を聞けばよかったのにって」


 しばらくして、リアがほんの少し身体を前へ傾けた。


 本が見たいのだろう。


 シェイドは開いた本をテーブルへ置き、リアにも見える向きにした。


 何も言わずに待っていると、小さな声がした。


「……この子?」


 シェイドはそこで初めて顔を上げた。


「はい。この竜です」


「……かわいい」


「僕もそう思います」


 それだけだった。


 でも、挨拶をした時より、ずっと自然に答えられた。


 シェイドがページをめくり、リアが読む。すぐには次へ進めず、リアが顔を上げてから、もう一枚めくった。


 ほとんど喋っていない。けれど、不思議と気まずくはなかった。


「……シェイド」


 しばらくして、リアが自分から名前を呼んだ。


「はい」


 シェイドは少しだけ声を落として答える。


「……騎士なの?」


「まだ違います」


「……違うの?」


「僕はまだ十歳なので。十二歳になったら、正式に騎士団へ入るつもりです」


「……騎士になりたいの?」


「はい。なりたいです」


 迷わず頷くと、リアが尋ねた。


「どうして?」


「助けてもらったからです」


 リアが少し首を傾げる。


「前に、怖い目に遭った時に、騎士団の人たちが助けに来てくれたんです」


 シェイドは、それ以上詳しくは話さなかった。


「だから今度は、僕が誰かを助けられるようになりたいです」


 リアはしばらくシェイドを見た。


「……怖かった?」


「はい」


「……それでも?」


「はい」


 シェイドは少し笑う。


「怖かったからこそ、助けてもらえて嬉しかったんです」


「……そっか」


 リアは少し考えてから言った。


「すごいね」


 シェイドが目を丸くする。


「まだ何もできませんよ」


「でも……なりたいんでしょ?」


「はい」


「じゃあ、すごい」


 シェイドは少し照れたように笑った。


「ありがとうございます」


 リアが本へ視線を戻したので、シェイドも同じページを見る。


 初めは、こちらを見るだけでも緊張していたのに、今は自分から聞いてくれた。


 ドレスを握っていた手も、いつの間にかテーブルの上に置かれている。


 そのことが、シェイドには嬉しかった。


     

◇

 しばらくして、隣室へ続く扉が開いた。


 アレンが顔を出す。


「そろそろ戻りましょうか」


「はい」


 シェイドは本を閉じ、窓際の机へ戻した。


 リアも少し遅れて立ち上がる。セドリックたちも部屋へ戻ってきた。


「王女殿下。今日はありがとうございました」


 シェイドが一礼すると、リアもきちんと向き直った。


「……こちらこそ、ありがとうございました」


 最初と同じ、王女としての丁寧な挨拶だった。


 シェイドはアレンの方へ向く。


「では、失礼します」


 出口へ向かって、一歩、二歩と進んだ。


「……待って」


 シェイドは足を止め、振り返った。


 リアがこちらを見ている。


「はい?」


 リアは少し迷っていた。口を開きかけて、また閉じる。


 シェイドは何も言わずに待った。


「……また」


 小さな声だった。


「また、来る?」


 エリーゼが娘へ目を向けた。傍らのルイも、口を挟まずに二人を見ている。


 シェイドは、その反応の意味を知らなかった。


「王女殿下が嫌じゃなければ」


 リアはすぐに首を横へ振った。


「……嫌じゃない」


「じゃあ、また来ます」


「……うん」


 リアの口元が、ほんの少しだけ緩む。


 シェイドも、つられて笑った。


 また来ていい。そう思うと、王城へ来る前から気になっていた「何を話せばいいのだろう」という心配も、少し軽くなった。


 次も、この子が無理をせずに過ごせたらいいと思った。


     

◇

 部屋を出て、廊下を歩き始めてから、シェイドはアレンを見上げた。


「団長」


「はい」


「僕、ちゃんと話し相手になれてましたか?」


 アレンは少しだけ考える。


「なれていたと思いますよ」


「でも、あんまり話してないです」


「そうですね」


「それでも?」


「ええ」


 シェイドは不思議そうに首を傾げた。


「よく分かりません」


「リア様が、また来てほしいと言ってくださったでしょう?」


「……はい」


「今日は、それでよいのではありませんか」


 シェイドは、別れ際のリアの顔を思い出した。


 最初に挨拶した時とは違う、小さな笑顔。


「そうですね」


 そう答えると、アレンも静かに微笑んだ。


     

◇

 一方、部屋の中では、エリーゼがリアを優しく呼んでいた。


「リア。どうだった?」


 リアは少し考えた。


「……優しかった」


「そう」


 エリーゼが微笑む。


 リアの視線は、窓際の机に戻された本へ向いていた。


 返事ができなくても、困った顔をされなかった。何を話すか考えている間も、急かされなかった。


 あの竜をかわいいと言うと、シェイドも同じように思っていた。


「また会いたい?」


 母に尋ねられ、今度はほとんど迷わなかった。


「……うん」


 初めて会ったはずなのに、あの声を聞いていると、不思議と落ち着いた。もう少し、一緒にいたかった。


 リアは机へ歩み寄り、竜の描かれた本を手に取った。


 次に来たら、今度は自分から、好きなページを見せてみたかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。