認められたはずなのに
訓練場へ入ると、近くにいた騎士たちがこちらを見た。
王城での勤務を終え、今日は合同訓練に参加する予定だった。普段とは違う部隊の団員も集まっている。
シェイドは挨拶をして、壁際へ荷物を置いた。
「今日は、王女様のところじゃないのか」
木剣を取ったところで、年上の団員に声を掛けられた。
「勤務を終えてから、こちらへ来ました」
「そうか。直属になっても、俺たちと同じ訓練はするんだな」
どう答えればよいか迷っているうちに、男は隣の団員へ向き直った。
シェイドも、開始の位置へ向かった。
◇
二人一組での練習が始まった。
シェイドは近くにいた団員へ声を掛ける。
「一緒にお願いできますか?」
「悪い。もう決めてる」
相手は隣の男を示した。
シェイドは頷き、別の人へ目を向けた。そちらでも二人が並び、そのうちの一人が、目が合うと顔を逸らした。
列の端で相手を探していると、教官に呼ばれた。
「シェイド。こちらへ」
「はい」
「私が相手をする。構えなさい」
礼をして木剣を上げる。
周囲では、もう打ち合いが始まっていた。
たまたま組み合わせが合わなかっただけかもしれない。それでも、先ほど目を逸らされたことが気になった。
教官が踏み込む。
受けた木剣が、思ったより大きく押し戻された。
「相手を見なさい」
「……はい」
シェイドは足を置き直した。
今は、目の前の動きに集中しなければならない。
◇
訓練が終わると、残った団員たちで道具を片づけた。
シェイドが衝立を戻していると、先ほど声を掛けてきた男が、木剣の並んだ台を示す。
「こっちの確認も頼む。欠けているものは分けておいてくれ」
「三人で確認するんですか?」
「ああ。先に始めててくれ」
二人が建物へ向かったため、シェイドは木剣を分け、自分の前に置いた分から確かめた。
柄の緩みと、刃にあたる部分の欠け。傷んでいるものを脇へ置いていく。
自分の分を終える頃、二人が戻ってきた。
「残りは、そちらに分けてあります」
シェイドが伝えると、男は台を見た。
「まだ終わってないのか」
「一緒に確認すると聞いたので」
「このくらい、先に済ませておけばいいだろ。新入りなんだから」
隣の男も木剣へ手を伸ばさず、出口へ向かった。
シェイドは二人を見た。
「残りも、僕が確認するんですか?」
「ああ。頼んだぞ」
二人はそのまま出ていった。
シェイドは未確認の木剣へ目を戻す。
使えるものと混ぜて戻すわけにはいかなかった。残りを確かめ終えたら、このことも教官へ伝えようと思った。
◇
道具を戻して廊下へ出ると、曲がり角の向こうから声がした。
「まだ十二歳だろ。あれで王女直属か」
「試験は通ったんじゃないのか」
「五年も団長たちに教えてもらってるからな」
シェイドは足を止めた。
先ほどの二人だった。
「それに、リア様の話し相手だったんだろ?」
「ああ。気に入られてるなら、最初から有利だよな」
シェイドは唇を結んだ。
「孤児をここまで置いてやってるだけでも、十分だと思うがね」
短い笑い声がした。
「姫様がそばに置きたいって言えば、周りも断れないだろ」
シェイドは角を曲がった。
二人が気づき、口を閉じる。
「リア様が、僕を選んだわけではありません」
思っていたより、硬い声が出た。
「ほかの候補者と同じ試験を受けて、任命していただきました」
一人が眉を上げる。
「何だ。聞いてたのか」
「聞こえました」
「冗談だよ。そんなに気にするな」
シェイドは二人を見たまま、続けた。
「リア様が試験に口を出したわけではありません。ご自分の気持ちで護衛を決めたように言うのは、やめてください」
今度は笑い声がしなかった。
男はしばらくこちらを見てから、目を逸らす。
「……分かったよ」
シェイドは歩き出した。
合格を伝えた時、リアは自分のことのように喜んでくれた。
あの笑顔まで、試験を通った理由にされたくなかった。
◇
「遅かったな」
談話室へ入ると、ノイッシュが卓から顔を上げた。
「道具の確認をしてたから」
「訓練、そんなに長かったの?」
ミストに尋ねられ、シェイドは少し迷った。
それから椅子へ座り、片づけのことを話した。続けて、廊下で聞いた言葉も伝える。
話し終える前に、ノイッシュが眉を寄せた。
「何だよ、それ。試験を見てもいないくせに」
椅子から腰を浮かせる。
「オレ、言ってくる」
「ノイッシュ」
ミストが呼び止めた。
「今、言いに行ってどうするの」
「でも、黙ってたら――」
「僕から、カエルンに報告するよ」
シェイドが伝えると、ノイッシュは動きを止めた。
「道具のことも、廊下で言われたことも」
「……ちゃんと全部話せよ」
「うん」
ノイッシュが座り直す。
ミストはシェイドの顔を見ていた。
「シェイド、それ……本当に平気?」
「うん」
すぐに答えたものの、ミストから目を逸らしてしまった。
「話せたから」
そう続けると、ミストは少し間を置いて頷いた。
「報告する時、僕たちも一緒にいていい?」
シェイドは二人を見た。
ノイッシュも、こちらを見ている。
「……いてくれたら、助かる」
◇
カエルンは、途中で遮らずに話を聞いた。
誰と訓練をしたのか。道具の確認をどう頼まれ、二人が戻った時に何を言われたのか。
シェイドが答えるたび、手元の紙へ書き留める。
「組む相手も、なかなか見つからなくて」
「その二人に断られたのですか?」
「ほかの人にも。でも、先に相手を決めていたと言われたから、避けられたのかは分からない」
「分かりました。そこは教官にも確認します」
確かなことと、自分がそう感じたことを分けて聞いてくれた。
廊下での会話を伝えると、カエルンは一度ペンを止めた。
「リア様のお気持ちで選ばれたと、言ったのですね」
「うん。冗談だって言ってたけど」
「冗談で済ませてよい内容ではありません」
静かな声だった。
シェイドは膝の上で手を重ねる。
「仕事をちゃんとできれば、そう言われなくなると思う」
「仕事を覚えていくことは大切です」
カエルンは目を合わせた。
「ですが、経験が浅くて注意を受けることと、不当に扱われることは別です。まだできないことがあるからといって、今日のような扱いを受けてよいわけではありません」
「……うん」
「直すべきことがあれば、私から伝えます。それと、この件は分けて考えてください」
シェイドは頷いた。
騎士団で暮らすうちに、困ったことまで一人で何とかしようとしなくてよいと、少しずつ覚えてきた。
今日も、伝えようと決められた。
「あなたは私の隊の騎士です。訓練先であっても、必要なことは報告してください」
カエルンが紙を揃える。
「教官と本人たちに事実を確認し、団長にも報告します。また何かあれば、教えてください。報告したことを責められた場合もです」
「分かった。ありがとう」
隣でノイッシュが、ようやく息を吐いた。
ミストはシェイドの前へカップを寄せてくれる。
手を伸ばすと、温かさが指へ伝わった。
話してよかった。
それでも、リアと笑い合うところを誰かに見られたら、また同じことを言われるのではないか。
その心配は、まだ口にできなかった。
◇
部屋へ戻り、シェイドは机の前へ座った。
明日の予定を確かめる。王城での勤務があり、リアの授業と、庭園を歩く時間が記されていた。
昨日の植物園で、リアは青い花を見つけて呼んでくれた。
もう少し一緒に見たかった。帰ってからの話も、まだ途中だった。
明日、時間があれば続きを尋ねようと思っていた。
けれど、廊下で聞いた声が戻ってくる。
――気に入られてるなら、最初から有利だよな。
同じ試験を受けたことは、変わらない。
カエルンも、今日の扱いは間違っていると言ってくれた。
それでも、自分がリアと親しくしているせいで、リアまで勝手な人事をしたように言われるのだと思うと、胸が重くなった。
自分の仕事が足りなければ、注意を受ければいい。
でも、リアまで悪く言われるのは嫌だった。
机の上には、青い花のハンカチが畳んである。
シェイドは手に取り、広げた。
小さな花を見ていると、渡してくれた時のリアの顔が浮かぶ。
もらったことは、今も嬉しかった。
丁寧に畳み直し、明日着る制服の内側へ入れた。
リアに会いたい。
話の続きも聞きたかった。
ただ、人前で勤務している時は、自分から親しく話しかけない方がいいのかもしれない。
少しだけ、気をつけよう。
シェイドは明日の予定を、もう一度確かめた。




