あなたの護衛騎士に
「四人とも!?」
談話室に響いたノイッシュの声に、シェイドは笑って頷いた。
「うん。正式な任命は、これからだけど」
「やったじゃん!」
肩へ勢いよく手を置かれ、少しよろめく。隣からミストも笑いかけた。
「おめでとう、シェイド」
「ありがとう。二人と勉強したところも、ちゃんと答えられてたみたい」
「三人とも分からなくなったやつ?」
「うん。セシルに聞いておいてよかった」
ノイッシュが嬉しそうに胸を張る。
「じゃあ、オレたちも役に立ったな!」
「すごく助かった」
答えると、二人の笑顔がいっそう明るくなった。
近くで話を聞いていたエヴァンが、シェイドへ目を向ける。
「よくやったな」
「……ありがとう」
照れくさくなって、手元のカップへ目を落とした。
ノイッシュは隣の椅子を引き、ミストも本を閉じて卓の端へ寄せる。
「座れよ。名前を呼ばれた時、どうだった?」
シェイドは二人の間へ腰を下ろした。
「……すぐには、返事ができなかった」
「びっくりした?」
「うん。レミユが腕に触ってくれて、それでやっと」
名前を呼ばれた瞬間を思い出すと、また頬が緩んだ。
「本当に、受かったんだね」
ミストの言葉に、シェイドは頷いた。
「うん」
今度は、自分でも確かめるように答えた。
◇
正式任命の日、シェイドはカエルンたちと王城の廊下を歩いていた。
何度も通った場所だったが、今日はリアの部屋へ向かわない。
案内された扉の前で足を止めると、レミユが小さく声を掛けた。
「襟、大丈夫だよ」
「……触ってた?」
「うん」
シェイドは襟元から手を下ろした。
扉が開く。
三人とともに進み、決められた位置で礼をした。
前にはセドリックとエリーゼ、その隣にリアが座っている。ルイも立ち会っていた。
顔を上げると、リアと目が合った。
合格を報告した時、彼女は何度もおめでとうと言ってくれた。今日も、膝の上で手を重ねているその瞳は明るい。
「選考を経て、君たち四名を、リア直属の護衛騎士に任命する」
セドリックの声に、シェイドは背筋を伸ばした。
「隊長は、カエルン・アッシュフォード」
「はい」
「バルド・アイゼン、レミユ・フォークナー、シェイド。隊長と連携し、王女の安全を守るように」
シェイドも返事をする。
自分の声が、バルドやレミユの声と並んで響いた。
「リアも、これから王女としての務めを学んでいく。その歩みを支えてほしい」
「承知いたしました」
カエルンが答え、四人は改めて礼をした。
頭を下げながら、シェイドは胸の高鳴りを感じていた。
これからは、リアが出掛ける時にも一緒に行く。そのために学び、試験を受けてきたことが、今日、正式な役目になった。
「四人とも、よろしくお願いしますね」
エリーゼの声に顔を上げると、リアも立ち上がった。
「これから、よろしくお願いします」
少し緊張した声だった。それでも、四人へ順に目を向け、自分の言葉で続ける。
「皆さんが一緒にいてくださること、とても心強いです」
シェイドと目が合った時、ほんの少し笑みが深くなった。
シェイドも頷き、三人とともに礼をした。
◇
任命を終えて部屋を出ると、ルイが四人を呼び止めた。
「カエルン。リアの予定について、あとで確認したい」
「承知しました、ルイ殿下」
ルイは頷き、それからシェイドへ目を向けた。
「シェイド。試験の報告は聞いた」
「はい」
「試験を通った以上、護衛としては認める」
シェイドはルイを見た。
厳しい表情は変わらなかった。けれど、その言葉ははっきりと聞こえた。
「……ありがとうございます」
「ただし、ここからが本番だ。今まではリアの話し相手だった。でも、これからはそれだけじゃない」
「はい」
「分からないことはカエルンに確認しろ。一人で抱え込んで、勝手に動くなよ」
シェイドは背筋を伸ばした。
「はい。確認します」
返事を聞いたルイは、カエルンへ視線を戻す。
「何かあれば、オレにも報告してくれ」
「承知しました」
ルイが廊下を歩いていく。
シェイドは、その背中へ礼をした。
護衛として認めてもらえたことが嬉しかった。だからこそ、任された仕事をきちんと覚えたい。
顔を上げ、三人とともにリアの部屋へ向かった。
◇
扉を開けてもらうと、リアが椅子から立ち上がった。
四人のそばまで来て、胸の前で指を重ねる。
「改めて、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
カエルンが微笑むと、リアの肩から力が抜けた。
笑みを返してから、シェイドへ目を向ける。
「シェイド。本当に、一緒に行けるんだね」
「はい。これからは、護衛としてお供します」
「嬉しい!」
弾んだ声に、シェイドの頬も緩んだ。
「結果を聞いた時から、今日をずっと待ってたの」
「僕もです」
「さっきは、ちゃんと皆さんにご挨拶しなきゃと思って……」
リアが少し照れたように笑う。
任命の場でも、喜んでくれているのは分かっていた。けれど、こうして目の前で聞けると、シェイドも自然に笑えた。
卓には、訪問先について調べた本が開かれている。リアはその間に挟んだ紙を取り出した。
「聞いてみたいことも、少し書いておいたの」
カエルンへ差し出す。
「まだ、まとまってないんだけど」
「ありがとうございます。予定と合わせて確認させてください」
「うん。外へ出る時に気をつけることも、教えてね」
「ええ。出発前にお伝えします。気になることがあれば、その時にも聞いてください」
リアは頷いた。
その紙には、シェイドと一緒に考えた質問もあった。あとから書き足された文字を見つけると、どんなことを調べたのか聞きたくなる。
「シェイドにも、あとで見せるね」
リアに声を掛けられ、頷いた。
「はい。楽しみにしています」
◇
リアが卓へ戻ると、そばに控えていた侍女がカエルンへ歩み寄った。リアの身の回りを担当する専属侍女のニーナだった。
「午後の予定について、確認をお願いできますか?」
「ええ。お願いします」
カエルンが頷く。その隣へ向かおうとしたニーナは、シェイドにも目を向けた。
「シェイド様も、これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。まだ分からないことも多いので、教えていただけると嬉しいです」
「はい。私で分かることでしたら、いつでもお尋ねください」
穏やかな返事に、シェイドも笑みを返した。
カエルンとレミユがニーナたちと予定や引き継ぎを確認する間、バルドは扉の外につき、シェイドは室内を受け持つことになった。
カエルンに教えられた位置へ立ち、扉と窓を確かめる。
任命された日の、最初の仕事だった。
「シェイド、これ」
リアが本を持ち上げた。
「前に一緒に調べたところ、もう少し読んだの。一緒に見よう?」
「はい」
笑って答え、卓へ近づく。
リアはいつものように本を二人の間へ寄せた。シェイドも隣の椅子へ目を向け、足を止める。
「……座らないの?」
顔を上げたリアが尋ねた。
いつもなら、そこへ座っていた。
けれど今は、部屋の様子にも気を配っていなければならない。本に夢中になって、誰かが入ってきたことに気づかないようでは困る。
「今日は、護衛として来ているので。ここで見ています」
シェイドは立ったまま微笑んだ。
リアが小さく瞬く。
「……そっか」
空いている椅子へ一度目を落とし、それから本の向きを変えた。
「じゃあ、こうしたら見える?」
「はい。ありがとうございます」
リアが指した文章へ目を向ける。
以前、二人で疑問に思ったことの答えが載っていた。
「見学に来る人も多いんですね」
「うん。それで、案内する人も増やしてるんだって」
リアは続きを話し始めた。
シェイドも聞きながら微笑む。廊下で足音がすれば、扉へ視線を向けた。
「それでね、こっちには……」
ページをめくったリアが、言葉を切る。
シェイドが本へ目を戻すと、彼女は続きの文章を指した。
「ここも、見て」
「はい」
リアは本を少し傾けた。立っているシェイドにも見えるように、端を持ち上げてくれる。
シェイドは身をかがめ、示された箇所を読んだ。
「出掛けた時も、ここを見られるといいね」
「はい。お供する日が楽しみです」
目が合うと、リアは笑った。
シェイドも笑みを返す。
やがて廊下から声が聞こえ、シェイドは顔を上げた。バルドが侍女と言葉を交わしていると分かり、再び本へ目を戻す。
リアは次のページを開かずに待っていた。
「続き、見てもいい?」
「はい」
彼女の指が、ゆっくりと紙をめくる。
その隣の椅子は、この日、空いたままだった。




