君を守る、そのために
会場へ入った瞬間、シェイドは背筋を伸ばした。
集まっていた候補者は、自分たちを含めて九人。ほかの五人も、訓練場や本部で見かけたことのある騎士だった。
遠征から戻る部隊の先頭を歩いていた人。剣術の訓練で、何人もの団員を相手にしていた人。
受付を済ませると、皆それぞれに決められた席へ向かっている。
「おはよう、アッシュフォード」
一人の騎士がカエルンへ声を掛けた。
「おはようございます、ディーン」
短く挨拶を交わしたあと、その騎士の目がシェイドへ向いた。
「君がシェイドか」
「はい。よろしくお願いします」
「ディーン・ハウエルだ。実技で組むことがあれば、よろしく頼む」
差し出された手を握った。
大きく、硬い手だった。ディーンは軽く握り返すと、自分の席へ向かった。
シェイドも割り当てられた机の前へ立つ。
「シェイド」
隣の列から、カエルンが呼んだ。
「練習したことを、一つずつ確かめてください」
「……うん」
シェイドは椅子へ座った。
今日は三人も試験を受ける。分からなくなっても、隣へ行って尋ねることはできない。
机の上には、裏返された問題用紙が置かれていた。
◇
開始を告げる声とともに、紙を表へ返した。
法律、騎士団の規律、王城の警備に関する決まり。覚えた言葉を書くだけでなく、示された状況への対応を答える問題もある。
途中、一つの設問で手が止まった。
ノイッシュとミストと一緒に調べ、最後はセシルに説明してもらった箇所だった。似ている二つの決まりのうち、どちらを使うのか。
シェイドは文章を読み直した。
誰が、どこで、何をしているのか。条件を紙の端へ書き出すと、教わった違いを思い出せた。
回答を書き、次へ進む。
周りでは、ペンの音が続いていた。自分だけ遅れているような気がしたが、顔を上げても答えは分からない。
最後の一問を書き終えた時には、残り時間はわずかだった。
空欄がないことを確かめ、迷った箇所へ目を戻す。
「そこまで。ペンを置いてください」
手を離すと、指が少し強張っていた。
◇
受け答えの試験は、一人ずつ別室で行われた。
シェイドは礼をし、示された位置で足を止める。
試験官から外国語で話しかけられた。
最初の質問には答えられた。続いて尋ねられた内容も分かったが、最後に示された時刻だけが聞き取れなかった。
口を開きかけ、止める。
シェイドは習った言葉で、時刻をもう一度教えてほしいと尋ねた。
試験官が言い直す。
今度は聞き取れた。時刻を復唱して確認し、待ち合わせ場所までの案内を答える。
続いて、予定にない面会を求める客への応対が始まった。
「急いでいるんだ。すぐにお取り次ぎ願いたい」
「恐れ入りますが、まず担当者へ確認いたします。こちらでお待ちいただけますか」
「私が来たと言えば分かる。確認など後でよいだろう」
口調が強くなり、シェイドの肩に力が入った。
レミユとの練習でも、答えを急ぐと声が小さくなった。
息を吸い、相手へ向き直る。
「申し訳ありません。確認をせずにお通しすることはできません。担当者へお伝えしますので、お待ちください」
言い終えるまで、試験官は黙って聞いていた。
「以上です。退出してください」
礼をして廊下へ出る。
扉が閉じると、ようやく息を吐けた。
もっとよい言い方があったかもしれない。けれど、今は次の試験が待っている。
シェイドは案内に書かれた集合場所を確かめた。
◇
剣術の試験が始まる頃には、日が高くなっていた。
待機場所から、バルドの試験を見る。
強い打ち込みを受けても身体がぶれない。相手が間合いを変えれば、追いすぎず、次の一撃へ備えている。
ほかの候補者も、それぞれの動きで試験官と打ち合っていた。
「シェイド」
名前を呼ばれ、立ち上がる。
木剣を受け取り、決められた位置へ進んだ。
「よろしくお願いします」
礼をして構える。
開始の声とともに、試験官が踏み込んできた。
速い。
木剣を合わせると、腕へ重さが伝わった。そのまま押し合わず、足を引いて角度を変える。
次の打ち込みを受け、打ち返そうとしたところで、先に脇腹を打たれた。
「一本」
シェイドは息を詰めた。
元の位置へ戻り、構え直す。痛みはあるが、動ける。
今度は取り返そうと急がず、相手の踏み出す足を見た。
受けて、位置を変える。腕の力だけで押し返そうとせず、足を動かして間合いを保った。
強い一撃を横へ流した時、試験官の剣先が外へ向いた。
そこへ踏み込む。
木剣が相手の胴へ届いた。
「一本」
シェイドはすぐに間合いを取り直した。試験官も、もう剣を戻している。
そのあとも打ち合いは続いた。
腕が重くなっても、同じ場所で受け続けない。終了の声まで、足を動かし、構えを保った。
礼を終えて待機場所へ戻ると、膝から力が抜けそうになった。
水を飲んでいると、バルドがこちらを見た。
「最後まで足は動いていた」
シェイドは頷いた。
「……うん」
できたところもあった。
そう思えて、少しだけ呼吸が楽になった。
◇
最後の実技は、候補者同士で組む護衛連携だった。
シェイドの組には、ディーンと、オスカー・バーネットという騎士が入った。
三人で護衛対象役を守り、訓練用の通路を抜けて指定の場所まで移動する。途中で何が起こるかは、知らされていない。
渡された見取り図には、東西二つの退避場所が記されていた。
「まずは東へ向かう」
ディーンが図を指す。
「オスカーが前方、俺が後方。シェイドは対象のそばだ。異変があれば、すぐに伝えてくれ」
「はい」
オスカーは西側の退避場所にも指を置いた。
「東が使えなければ、こちらへ戻る。途中の分かれ道も確かめながら進もう」
シェイドは頷き、護衛対象役の騎士へ向き直った。
「移動する時は、僕が声を掛けます。危険があれば、僕と一緒に来てください」
「分かった」
開始の合図が出た。
オスカーを先頭に通路へ入り、シェイドと対象役、その後ろにディーンが続く。
衝立で区切られた通路には、曲がり角や横道があった。前方を確かめるオスカーが速度を落とせば、シェイドも対象役を急がせず、距離を整えた。
最初の角を曲がった時だった。
「後方、襲撃!」
ディーンの声と、木剣のぶつかる音が響いた。
後ろの横道から、襲撃者役が出てきている。ディーンがその前へ立ち、通路に入らせないよう押し戻した。
「前へ進め!」
シェイドは対象役へ声を掛けた。
「こちらへ」
だが、数歩進んだところでオスカーが止まる。
「東は通れない。前にも一人!」
通路には障害物が置かれ、その手前に木剣を持った騎士が立っていた。
後ろにも、前にも相手がいる。
シェイドは対象役を自分の後ろへ寄せた。
オスカーが前方の襲撃者を受け止める。ディーンは後方の横道を塞いだまま、こちらを見た。
「西へ戻る。オスカー、下がれるか!」
「先に対象を!」
ディーンが後方の相手の剣を弾き、横道へ押し戻した。
「シェイド、今だ!」
「はい!」
進んできた通路が開いていた。その先には、西へ向かう分かれ道がある。
シェイドは対象役へ向き直った。
「戻ります。僕と来てください」
ディーンが押さえている横道の前を、対象役とともに通る。
木剣の音が近くで響いた。
そちらへ目を向けそうになった時、隣の足音が止まった。
対象役が、打ち合う二人を見ている。
「道は開いています。こちらへ」
シェイドは進む先を示した。
対象役が再び動く。歩幅を合わせながら分かれ道へ向かうと、前方の相手を押し返したオスカーも後退してきた。
「後ろは見る。進んでくれ!」
ディーンが横道から離れ、退路の先へ回る。オスカーは最後尾につき、追ってきた相手の木剣を受け止めた。
シェイドは対象役のそばを保ち、西へ向かった。
退避場所まで、もう少し。
その時、左の横道で人影が動いた。
「左から来ます!」
対象役を通路の内側へ寄せ、シェイドは一歩前へ出た。
迫った木剣を受ける。
腕が痺れた。それでも踏みとどまり、剣先を横へ流す。相手の正面から外れ、対象役とともに下がった。
襲撃者の体勢が崩れた。
今なら、打ち込めるかもしれない。
けれど、シェイドは追わなかった。出口までの道が開いている。
「退避します。こちらへ!」
対象役へ声を掛け、相手へ木剣を向けたまま下がる。
襲撃者が体勢を立て直し、踏み込んできた。その前へ、ディーンが入る。
「ここは任せろ!」
木剣のぶつかる音を背に、シェイドは対象役とともに出口へ向かった。
「あと少しです。こちらへ!」
敵を追わず、出口へ向かう。
最後の角を曲がり、対象役が退避場所の線を越えたことを確かめた。
オスカーが入口を守り、ディーンも合流する。
「終了!」
試験官の声が響いた。
シェイドは大きく息を吐いた。
腕も脚も重い。対象役へ怪我がないか尋ねると、問題ないと返された。
「よく声が出ていた」
ディーンが木剣を下ろす。
「足が止まった時にも、気づいていたな」
「……ありがとうございます。助けていただいて」
「君が対象のそばを離れなかったから、俺たちも動けたんだ」
オスカーも頷いた。
「最後も、追わずに進んでくれてよかった」
シェイドは二人を見た。
自分だけでは、通れなかった。二人が相手を押さえてくれたから、対象役と一緒に進めた。
そして二人は、自分がそばに残ったことを認めてくれている。
「……ありがとうございました」
もう一度礼をした。
試験は終わった。けれど、胸の鼓動はなかなか静まらなかった。
◇
帰り道、シェイドはあまり話せなかった。
疲れているのに、試験で迷ったところが頭に浮かんでくる。
「今、失敗したところを数えてた?」
レミユに尋ねられ、顔を上げた。
「……分かる?」
「僕も、さっきまでそうしてたから。受け答えで、もっと早く確認すればよかったところがあってね」
思いがけない言葉に、シェイドは彼を見た。
レミユは小さく笑った。
「でも、考え続けても今日はやり直せないでしょ」
「ええ。まずは休みましょう。結果は三日後です」
カエルンの言葉に頷く。
バルドが歩く速さを少し落とした。
「腹は減っているか」
「……減ってる」
「なら、先に食べろ」
レミユが笑い、シェイドもつられて笑った。
帰ったら、ノイッシュとミストに話そう。
うまくできたことも、迷ったことも。二人なら、きっと聞いてくれる。
◇
三日後、候補者たちは再び集められた。
シェイドは両手を膝へ置き、前を見ていた。
試験官たちの手元には、結果をまとめた書類がある。アレンもその一人として、机の向こうに座っていた。
筆記、受け答え、剣術、護衛連携。それぞれの評価を踏まえ、選考を終えたことが告げられる。
「選抜試験の合格者を発表します」
シェイドは息を詰めた。
「カエルン・アッシュフォード」
「はい」
「バルド・アイゼン」
「はい」
「レミユ・フォークナー」
「はい」
三人の返事を聞き、胸が熱くなった。
よかった。
そう思った直後、次の名前が響く。
「シェイド」
自分の名前だった。
一瞬、声が出なかった。
「……はい!」
返事をすると、試験官が頷いた。
「以上、四名です。正式な任命については、追って通知します」
シェイドは膝の上の手を見た。
指が、少し震えている。
九人で同じ試験を受けた。その中で、自分の名前も呼ばれた。
説明が終わり、立ち上がると、ディーンが近づいてきた。
「おめでとう、シェイド」
「……ありがとうございます」
「また仕事で組むこともあるだろう。その時はよろしくな」
差し出された手を握る。
「はい。よろしくお願いします」
ディーンは笑い、カエルンたちにも声を掛けてから部屋を出た。
シェイドが振り返ると、三人がそばにいた。
「よくやった」
バルドの短い言葉に、張りつめていたものが緩む。
「……よかった」
声にして、ようやく笑えた。
その時、リアの顔が浮かんだ。
――シェイドも、一緒に来られたらいいのに。
あの日、自分も一緒に行きたいと答えた。
まだ正式な任命はこれからだった。けれど、そのために受けた試験を、通ることができた。
「リア様にも、報告しないとね」
レミユの言葉に、シェイドは顔を上げた。
「うん」
何から話そう。
名前を呼ばれたこと。最後の実技で、二人の騎士と一緒に対象を守ったこと。
リアが聞いたら、どんな顔をするだろう。
そう考えると、口元がまた緩んだ。
「今日、会いに行けるかな」
早く、この結果を伝えたかった。




