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20/24

これからも、そばに


「シェイド、明日は?」


 夕食の皿を運びながら、ノイッシュが尋ねた。


「午後から王城へ行くよ」


「じゃあ、午前中は空いてるな!」


「休みの日まで勝負するつもり?」


 ミストが隣から言うと、ノイッシュは当然のように頷いた。


「この前、あと少しだったんだぞ」


「そう言って、三回負けてるよ」


「次は分かんねえだろ!」


 シェイドは笑いながら、空いている席へ皿を置いた。


「少しならいいよ。でも、疲れてたら休もうね」


 ノイッシュは何か言いかけたが、椅子へ座る時に顔をしかめた。今日の走り込みで、三人ともまだ脚が重い。


「……朝、決める」


「うん。それがいいと思う」


 訓練へ向かう時には、廊下で二人を待つ。仕事の予定が違えば、夕食で何をしたか話す。ノイッシュが勝負を持ちかけ、ミストが止めるやり取りにも、すっかり慣れた。


 そして、休みの日には王城へ行く。


 入団してからも、休みの日にはリアに会いに行っていた。


「リア様も、この前誕生日だったんだろ?」


「うん。十二歳になられたんだ」


「じゃあ、これから外でのお仕事も増えるのかな」


 ミストの言葉に、シェイドは顔を上げた。


「そうなの?」


「うん。王女様として出掛ける機会が増えるんじゃないかな」


 明日会ったら、リアが話してくれるかもしれない。シェイドはそう思いながら、食事を続けた。


     

◇

「少しずつ、外での務めも覚えていこう」


 父の言葉に、リアは膝の上で手を重ねた。


 家族でお茶を飲む部屋には、窓から庭園の緑が見えていた。十二歳の誕生日を終えたばかりのリアの前に、これからの予定を記した紙が置かれている。


「最初は、お母様と一緒に行くの?」


「ええ。まずは私と出掛けましょう」


 エリーゼが微笑んだ。


「初めから、何もかも一人でする必要はないのよ」


 リアは紙へ目を落とす。


 城内で客を迎える予定も、王都の施設を訪ねる予定もあった。自分もそこへ行くのだと思うと、少し胸が高鳴る。


「ご挨拶だけじゃなくて、お話もするのよね?」


「そうね。相手のお話を聞いて、気になったことを尋ねてもいいの」


「……何を聞こうか、考えておきたい」


 エリーゼの目元が柔らかくなる。


「それなら、訪ねる場所について一緒に調べましょうか」


「うん」


 リアが頷くと、向かいのルイが予定の紙へ手を伸ばした。


「それなら、リアにも専属の護衛が必要だろ」


「ああ。その選考もアレンと相談している」


 セドリックの返事を聞き、ルイは頷いた。


「オレにも十二歳で、エヴァンたちがついたんだ。外へ出る機会が増えるなら、リアにも必要だと思う」


「お兄様も、最初は緊張した?」


「……少しはな」


 ルイは紙から目を上げた。


「何をすればいいか分からない時もあった。でも、困ったらセシルに聞けたし、エヴァンは先に気づいて動いてくれた。グレンがそばにいると、落ち着くこともあった」


「そうなんだ」


「あいつらがいたから、自分のやることに集中できたんだと思う」


 リアは兄の顔を見つめた。


 いつも堂々としている兄にも、そんな時があったのだ。


 ルイは父へ向き直った。


「剣が強いだけじゃ駄目だ。リアが困った時に、ちゃんと気づける奴じゃないと」


 リアへ一度視線を向ける。


「まだ、困ってても言えないことがあるんだから」


「……うん」


 リアは小さく頷いた。


「だから、リアを任せる相手も、ちゃんと選んでほしい」


「もちろんだよ」


 セドリックは落ち着いて答えた。


「必要な力を確かめた上で、任せるつもりだ」


「決まったら、オレも話をしたい」


「ああ」


 リアは、兄が紙を戻すのを見ていた。


 知らない人に会う時にも、何を話そうか迷う時にも、一緒にいてくれる人。


 そう聞いて、真っ先に浮かんだ顔があった。


     

◇

 翌日、シェイドが部屋を訪れると、リアは卓の上に二冊の本を広げていた。


「シェイド、これ、見て」


 挨拶を終えると、すぐに手招きされる。


「何の本ですか?」


「王都のことが載ってるの。今度、お母様と一緒に出掛けることになったから」


 リアが指した頁には、建物の絵と説明が書かれていた。


「これから、お城の外へ行くことも増えるんだって。王女として、少しずつお仕事を覚えるの」


「そうなんですね」


 シェイドは隣の椅子へ座った。


 リアは本を二人の間へ寄せ、昨日聞いた予定を話してくれた。訪ねる場所も、会う相手も、まだ知らないことが多いらしい。


「だから、先に読んでおこうと思って」


 頁の間には、細い紙が何枚か挟まれている。尋ねてみたいことを書き留めたのだという。


「もう、こんなに考えたんですか?」


「考え始めたら、いろいろ気になっちゃった」


 リアも笑った。それから、少し声を落とす。


「でも、会った時にちゃんと聞けるかなって、心配にもなるの」


 最初に会った頃のリアは、顔を上げることさえ難しそうだった。


 今は、城の廊下で人に会えば自分から挨拶をする。誰かと話したことを、シェイドへ教えてくれる日も増えていた。


「この前、お庭でお客様に声を掛けられた時は、花のお話ができたんですよね」


「うん。でも、あの時はお花を見ていたから……何を話せばいいか、分かったの」


「今度も、気になったことがあるなら、そこからお話しできるかもしれません」


 リアは挟んだ紙を見た。


「……そうかな」


「はい。今、僕に話してくれたことみたいに」


 しばらく考えてから、リアが小さく頷く。


「お母様のお話を聞いているだけじゃなくて、わたしも、自分で尋ねられるようになりたいの」


「リア様なら、少しずつできるようになると思います」


 励ますためだけではなく、そう思った。


 リアは緊張することが分かっていても、会う人のことを知ろうとしている。


「それとね。わたしにも、専属の護衛をつけるんだって」


 シェイドは顔を上げた。


「専属の、ですか?」


「うん。お兄様のエヴァンたちみたいに」


 王城でルイに会う時、近くにはいつもエヴァンたちがいる。


 シェイドには、一緒に食事をしたり、勉強を教えてくれたりする人たちだった。けれど、ルイのそばに立つ時には、話し方も周囲への目の配り方も違っていた。


「誰がついてくれるかは、まだ決まってないの」


 リアは本の端を指で撫でた。


「知ってる人だったら、嬉しいな」


「そうですね」


 リアが出掛ける日、自分は騎士団で訓練をしているのかもしれない。


 帰ってきたあとで、どんな場所だったか聞くことはできる。けれど、挨拶の前に緊張した時には、ここでしているように話を聞けない。


「……シェイドも、一緒に来られたらいいのに」


 リアの声に、顔を上げた。


 青い瞳がこちらを見ている。


「さっきみたいに話せたら、少し落ち着ける気がするの」


 シェイドの胸が、小さく高鳴った。


 自分も、同じことを考えていた。


 リアが本で調べた場所を、一緒に見たい。初めて会う人に挨拶する姿を、そばで見守りたい。


 ただ、正式に入団して間もない自分に、その役目が務まるとはまだ思えなかった。


「……僕も、一緒に行けたら嬉しいです」


 それだけは、素直に答えた。


 リアの口元に笑みが浮かぶ。


「うん」


 シェイドも微笑み、本へ目を戻した。


「今日は、この続きを一緒に調べましょうか」


「いいの?」


「僕も、ここで何をしているのか気になったので」


 リアが嬉しそうに椅子を寄せる。


 二人で文章を読み、分からない言葉を別の本で調べた。


 リアが紙に書き足す横で、シェイドは建物の絵を眺めた。いつか、その場所を隣で見られたらと思った。


     

◇

「王族直属かあ……」


 騎士団へ戻ったシェイドの話を聞いて、ノイッシュは椅子の背から身体を起こした。


 談話室にはミストもいた。奥の卓ではグレンが飲み物を片手に休み、セシルが書類を読んでいる。


「やっぱり、憧れるよな。王族のすぐそばで守るんだぞ」


「でも、選ばれるのは一部の人だけだよ。試験も、すごく難しいって聞いた」


 ミストの言葉に、シェイドは聞き返した。


「試験?」


「難しいなんてもんじゃねえぞ」


 奥からグレンの声がした。


「あれは二度と受けたくねえな」


「グレンさんでも、そんなに大変だったんですか?」


 ノイッシュが目を丸くする。


「おう。剣が強いだけじゃ通らねえからな」


「守る相手のそばで、何をすべきか判断できることも必要です」


 セシルが書類から顔を上げた。


 シェイドは、ルイのそばに立つ三人を思い浮かべる。


 エヴァンも、セシルも、グレンも、その試験を越えてきたのだ。


「……すごいんだね」


 零れた言葉に、グレンが笑う。


「今頃分かったか」


「すごいのは知ってたよ。でも、試験のことは知らなかったから」


「いつか受けてみたいです」


 ノイッシュが身を乗り出した。


「まずは今の訓練だな」


「はい!」


 その返事を聞きながら、シェイドは膝の上の手へ目を落とした。


 リアと一緒に行けたら嬉しい。


 そう答えた時には、隣にいる自分を思い浮かべていた。けれど、そこへ立つには、そばにいたいという気持ちだけでは足りない。


「シェイド?」


 ミストに呼ばれ、顔を上げる。


「どうしたの?」


「……明日の訓練、ちゃんとやろうと思って」


「いつもやってるだろ」


 ノイッシュがすぐに言った。


「じゃあ、明日の相手はオレな」


「教官が決めるでしょ」


「組めたら!」


 シェイドは笑って頷いた。


「うん。組めたらね」


     

◇

 執務室で、アレンはカエルンへ一枚の書類を差し出した。


「リア様の直属護衛選考について、受験の意思を確認したいと思っています」


 カエルンは書類へ目を通し、頷いた。


「承知しました。私も受けさせていただきます」


「ありがとうございます。それから、シェイドをこちらへ呼んでもらえますか」


「シェイドも受けるのですか?」


「本人が望めば。ただ、試験の基準は同じです」


 カエルンは頷いた。


「分かりました。伝えてきます」


     

◇

 談話室を出ようとしたところで、シェイドはカエルンに呼び止められた。


「シェイド。団長が呼んでいますよ」


「僕を?」


「ええ。今から執務室へ行けますか?」


「うん」


 何の話だろう。


 今日の予定は、出掛ける前に確認している。王城でも、特に困ったことはなかった。


 シェイドは廊下を歩き、執務室の扉を叩いた。


「シェイドです」


「どうぞ」


 中へ入ると、アレンが書類から顔を上げた。


「急に呼んでしまって、すみません。座ってください」


「はい」


 いつもの椅子へ座る。


 アレンはシェイドが落ち着くのを待ってから、口を開いた。


「リア様から、専属護衛のお話は聞いていますか?」


「はい。今日、教えていただきました」


「その選考について、あなたにも受験の意思を聞きたいと思っています」


 シェイドはアレンを見つめた。


「……僕、ですか?」


「はい。王族直属護衛の試験を、受けてみますか」


 つい先ほど、グレンたちから難しさを聞いたばかりだった。


 自分には、まだ遠いところにある話だと思っていた。


「もちろん、受ければ任命されるというわけではありません。必要な力があるかどうか、ほかの候補者と同じ基準で確かめます」


 シェイドは膝の上に手を置いた。


 リアの言葉が、胸の内に戻ってくる。


 ――シェイドも、一緒に来られたらいいのに。


 嬉しかった。自分もそうしたいと思った。


 けれど、実際に道を示されると、簡単には頷けなかった。


「……少し、考えてもいいですか?」


「もちろんです」


 アレンは急かさなかった。


「あなたがどうしたいか、聞かせてください」


 シェイドは自分の手へ目を落とした。


 この手で、リアを守れるだろうか。


 まだ分からない。見回りでも先輩に助けてもらったばかりだ。


 けれど、できるようになりたかった。


 リアが不安な時に話を聞くだけでなく、何かあった時に動けるように。外へ踏み出そうとしている彼女のそばで、安心して務めに向き合えるように。


 シェイドはゆっくり顔を上げた。


「僕、リア様のそばで、お守りできるようになりたいです」


 声には、まだ緊張が残っていた。


「今の僕に足りないことも、たくさんあると思います。でも……挑戦したいです。その試験を、受けさせてください」


 アレンが静かに頷いた。


「分かりました。では、必要な準備についてお話ししましょう」


「はい」


 シェイドは背筋を正した。


 リアのそばに立つために、何を学べばいいのか。


 今度は、自分からそれを聞こうと思った。


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