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18/24

新しい制服で、君のもとへ


 夕食を終えて食堂を出たところで、ミストが尋ねた。


「シェイド、明日の朝も一緒に行く?」


 正式入団から数日。三人で朝食を取り、そのまま訓練場へ向かうのが、少しずつ当たり前になっていた。


「うん。でも、明日は休みだから、朝ご飯のあと王城へ行くんだ」


「王城? 何しに?」


 ノイッシュが顔を向ける。


「会いに行く約束をしてる人がいて。制服を見せる約束もしてるから」


「へえ。誰?」


「リア様」


 ノイッシュの足が止まった。


「……王女様!?」


 廊下に声が響く。ミストも立ち止まり、シェイドを振り返った。


「王女様と会う約束をしてるの?」


「うん。十歳の頃から、時々お話ししに行ってるんだ。最初は団長に、話し相手になってほしいって言われて」


「王女様と普通に話してるのか!?」


「本を読んだり、庭園を歩いたりもするよ」


 ノイッシュはしばらく口を開けたまま、シェイドを見ていた。


「オレ、式典で遠くから見たことしかないぞ……」


「僕も、直接お話ししたことはないよ」


「でも、リア様は普通にお話ししてくれるよ」


 シェイドが答えると、ミストは少し驚いたように彼を見た。


「シェイドには、もう当たり前のことなんだね」


「……そうかな」


 言われて考えたが、リアと話す時間を珍しいものだと思ったことは、しばらくなかった。


 次に会ったら何を話そう。読みかけの本はどうなるだろう。


 近頃は、そんなことばかり考えている。


「制服を見たいって言ってくれたんだ。だから、入団の日のことも話そうと思って」


 ノイッシュが、その顔をじっと見た。


「楽しみなんだな」


「うん」


 返事はすぐに出た。


 ミストも少し笑う。


「じゃあ、朝ご飯は一緒に食べよう。そのあと王城に行くんだね」


「うん」


「オレたちのことも話してよ。同じ日に入った奴がいるって」


「話すつもりだったよ」


「本当? ……あ、道に迷ったことは言わなくていいからな!」


「それ以外にも、話すことはあるよ」


 三人で笑い、また歩き出した。


 少しして、ノイッシュが隣で呟く。


「王女様と本読むのか……お前、ほんと何なんだよ」


「シェイドだよ」


「名前は知ってるって!」


 今度は、シェイドも声を上げて笑った。


     

◇

 翌朝、二人と朝食を済ませ、シェイドは王城へ向かう支度をした。


 制服を着ていることには、少し慣れてきた。けれど、今日はリアに見てもらう。


 部屋を出て玄関へ向かう途中、無意識に襟元へ手が伸びた。


「そんなに触らなくても、ちゃんとしてるよ」


 声を掛けてきたのはレミユだった。


 シェイドは手を下ろす。


「……見てたの?」


「ちょうどね。今日は王城でしょ?」


「うん」


「似合ってるよ。行ってらっしゃい」


 いつも通りの声に、シェイドも笑った。


「行ってきます」


     

◇

 王城のいつもの部屋へ通されると、リアが顔を上げた。


「シェイド――」


 呼びかけた声が止まる。


 制服姿を見た途端、リアの目が大きく開いた。次の瞬間、顔いっぱいに笑みが広がる。


「シェイド!」


 椅子から立ち上がり、ぱたぱたと駆け寄ってきた。


「かっこいい! すごく似合ってる!」


 シェイドは入口で足を止めた。


「……本当ですか?」


「本当! ちょっと見せて?」


 リアは胸元の紋章へ目を向け、それから袖や剣帯を見た。顔を上げた時にも、瞳が輝いている。


「本当に騎士団の制服なんだね。シェイドが着てる!」


「はい。約束していたので、見てもらおうと思って」


「うん! 楽しみにしてたの!」


 リアは両手を胸の前で合わせた。


「似合うと思ってたけど、着たところはもっとかっこいいね」


 返事に困って、シェイドは少し視線を下げた。


 ここへ来るまで、リアにはどう見えるのか気になっていた。けれど、こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。


「……ありがとうございます」


 頬が熱くなる。照れくさいのに、口元は緩んでしまった。


 リアはその顔を見て、また嬉しそうに笑う。


「おめでとう、シェイド。本当に騎士団に入ったんだね」


「はい」


「前に、騎士になりたいって話してくれたでしょ。だから、制服を見せに来てくれるの、わたしもずっと楽しみだったの」


 弾んでいた声が、少し柔らかくなった。


 シェイドは頷いた。


「今日、見てもらえてよかったです」


「わたしも。来てくれて嬉しい」


 リアはもう一度制服を見てから、卓の方を振り返った。


 読みかけの本のそばに、小さな包みが置かれている。


「……あのね、シェイド」


「はい?」


「わたしからも、渡したいものがあるの。入団のお祝い」


 リアは卓へ戻り、包みを両手で持ち上げた。


「僕に?」


「うん」


 差し出す指に、少し力が入っていた。


 シェイドは両手で受け取る。


「開けてもいいですか?」


「うん」


 リボンをほどく間、リアはじっと手元を見ていた。


 包みの中には、白いハンカチが入っていた。


 そっと広げると、端に小さな青い花が一輪、刺繍されている。細い緑の茎と、二枚の葉もあった。


「……お花」


「入団するって聞いてから、わたしが刺繍したの」


 リアは胸の前で指を重ねた。


「少し、揃ってないところもあるんだけど……」


「リア様が、縫ってくれたんですか?」


 リアが頷く。


「シェイドに、お祝いをあげたくて」


 シェイドは、小さな花を見つめた。


 会えない間に、リアが自分のために針を持ってくれていた。


 そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。花びらのそばへ、そっと指を添えた。


「……嬉しいです」


 顔を上げると、リアが少し不安そうにこちらを見ていた。


「本当?」


「はい。すごく」


 ハンカチを両手で持ったまま、シェイドは笑った。


「ありがとうございます。大切にします」


 リアの肩が、ようやく下がった。


「……よかった。気に入ってもらえるか、心配だったの」


「どうしてですか?」


「お店にあるものの方が、きれいにできてるから」


 シェイドは首を振った。


「僕は、これがいいです」


 リアが目を瞬いた。


「リア様が作ってくれたから」


 少しの間、二人とも何も言わなかった。


 やがてリアは、嬉しそうに目を細めた。


「……うん」


 シェイドはハンカチを丁寧に畳み、包みへ戻そうとした。


「シェイド。ちゃんと使ってね」


 手が止まる。


「でも、汚れてしまうかもしれません」


「ハンカチだもん。洗えばいいよ」


「……そうですけど」


 リアは少しだけ声を小さくした。


「持っててほしくて、作ったの。訓練の時とか、お仕事の時とか。使ってくれたら、嬉しい」


 シェイドは彼女を見た。


 部屋にしまっておけば、きれいなまま残せる。


 けれど、リアは持っていてほしいと言ってくれた。


「……分かりました」


 畳んだハンカチを、制服の内側へしまう。


「持っていきます」


 リアはそれを見て、満足そうに笑った。


     

◇

「入団の日は、朝、カエルンたちが部屋に来てくれたんです」


 隣へ座ると、気づけばいつもよりたくさん話していた。


 バルドが剣帯を直してくれたこと。カエルンに襟を整えてもらったのに、グレンには髪を乱されたこと。


「グレンらしいね」


 リアが楽しそうに笑うので、その先も話したくなる。


 式で名前を呼ばれ、きちんと返事ができたこと。


 同じ日に入ったノイッシュとミストのことも話した。


「二人は、幼馴染なんだそうです。よく言い合ってるんですけど、仲がいいんです」


「シェイドも、一緒に練習してるの?」


「はい。誘ってくれて。朝ご飯も三人で食べてます」


 リアは嬉しそうに頷いた。


「よかったね。どんな子たち?」


「ノイッシュは、すぐに話しかけてくれました。もっと強くなりたいって、いつも言ってます。ミストは、僕が木剣を強く握りすぎてるのに気づいてくれて」


「ちゃんと見てくれてるんだね」


「はい。二人のことも、リア様に話してって言われました」


「わたしに?」


「ノイッシュに。道に迷ったことは言わなくていいって」


 言ってから、シェイドは口を閉じた。


 リアが目を丸くする。


「……今、言っちゃったね」


「言ってしまいました」


 二人で顔を見合わせ、笑った。


「二人にも、よろしくって伝えてね」


「はい」


 そのあと、本の続きを開いた。


 リアが栞を抜く。頁を押さえる指先を見て、シェイドはさっきの小さな花を思い出した。


 あの指で、一針ずつ縫ってくれたのだ。


「シェイド、ここ。前は、どこまで読んだっけ?」


「この人が、手紙を受け取ったところです」


「そうだった。続き、気になってたんだ」


 シェイドも本へ顔を寄せた。


 新しい制服を着ても、こうして隣で本を読む時間は変わらない。


 それが嬉しくて、リアの声を聞きながら、同じ頁を目で追った。


     

◇

「ただいま」


 騎士団本部の談話室へ入ると、レミユが顔を上げた。


「おかえり。制服、見てもらえた?」


「うん。似合ってるって」


 答えると、また笑ってしまった。


 卓では、ノイッシュとミストが勉強をしていた。そばのセシルが二人の書いたものを確かめ、長椅子ではグレンが休んでいる。


 シェイドが席へ座ると、ノイッシュはすぐに身体を向けた。


「オレたちの話、した?」


「したよ。二人にも、よろしくって」


「王女様が?」


 ノイッシュが目を丸くする。


 ミストも少し驚いたあと、笑った。


「ありがとう。伝えてくれて」


「うん。それから、入団のお祝いももらったんだ」


 シェイドは制服の内側からハンカチを取り出し、卓の上で広げた。


 ノイッシュが青い花を覗き込む。


「ハンカチ?」


「うん。リア様が、刺繍してくれたんだ」


「……王女様が、自分で!?」


 ノイッシュの声に、長椅子のグレンまで顔を上げた。


 セシルの手も紙の上で止まり、ミストは小さな花へ目を戻す。


「この刺繍、リア様が縫ってくださったんだね」


「うん。入団するって話してから、作ってくれてたんだって」


 シェイドは嬉しそうに答えた。


 ノイッシュが、ハンカチと彼の顔を交互に見る。


「お前……王女様に会いに行くだけでもびっくりしたのに、手作りのお祝いまで……」


「僕も、もらえると思ってなかったよ」


 レミユはカップを卓へ置き、青い花を見た。


「それは……嬉しかったね」


「うん。僕のために作ってくれたから」


 迷わず返ってきた言葉に、レミユの目元が少し柔らかくなる。


「よかったじゃねえか!」


 グレンが長椅子から声を掛けた。


「ちゃんと礼は言ったか?」


「言ったよ。大切にするって」


「ならいい。大事にしろよ」


 シェイドは頷き、ハンカチを丁寧に畳んだ。


「最初は、部屋にしまっておこうと思ったんだけど、使ってほしいって言われたんだ」


「訓練にも持っていくの?」


 ミストが尋ねる。


「うん。持っててほしくて作ったからって」


 ミストは、畳まれたハンカチをそっと両手で持つシェイドを見た。


「……そっか」


「刺繍が引っ掛からないよう、ほかの物と分けて入れるとよいですよ」


 セシルが穏やかに言う。


「分かった。ありがとう」


 シェイドはハンカチを制服の内側へ戻した。


 ノイッシュが、その顔を見て笑う。


「そんなに嬉しいんだな」


「……顔に出てる?」


「帰ってきてから、ずっと笑ってるぞ」


 少し照れた。けれど、否定する気にはならなかった。


「嬉しいから」


 そう答えると、ノイッシュも笑った。


 それから、思い出したように身を乗り出す。


「で、道に迷った話はしてないよな?」


 シェイドの笑顔が止まった。


「……少しだけ」


「言ったのかよ!」


「ごめん。話さないでって言われたことを話したら、そのまま……」


 ミストが笑いをこらえきれず、ノイッシュは卓へ額を伏せた。


「王女様に、最初に知られたのがそれか……」


「一緒に練習してることも話したよ。もっと強くなりたいって言ってることも」


 ノイッシュが顔を上げる。


「そっちも話した?」


「うん」


「……なら、まあいいけど」


 ほっとしたような顔に、シェイドも笑った。


「次は、ちゃんと道を覚えたって話すからな」


「じゃあ、明日の朝は案内してもらおうかな」


「任せろ!」


「僕もついていくね」


 ミストの言葉に、ノイッシュが「もう迷わないって!」と返す。


 そのやり取りを聞きながら、シェイドは胸元へそっと触れた。


 明日の訓練にも、持っていこう。


 リアが使ってほしいと言ってくれた、このハンカチを。


 レミユはその仕草を見て、柔らかく笑った。何も言わず、カップを持ち上げる。


「シェイド、明日は何時に食堂行く?」


 ノイッシュに尋ねられ、シェイドは顔を上げた。


「今日と同じ時間でいい?」


「おう!」


 明日の約束をしながら、シェイドの口元は、また自然に緩んでいた。


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