特別な友達
リアの誕生日から、しばらく経った。
王城を訪ねたシェイドは、いつもの部屋でリアと向かい合っていた。
「シェイド、見て」
リアが嬉しそうに、小さな本を開く。
「何ですか?」
「これ」
指差されたページを見て、シェイドは目を瞬いた。
薄い紙の間に、白い小花が何輪か丁寧に挟まれている。そのそばには、淡い桃色の花びらが一枚あった。
「……これ、誕生日に渡した花ですか?」
「うん。押し花にしたの」
リアが大事そうに笑う。
シェイドは、もう一度ページへ目を落とした。
あの日、花瓶に飾ってくれた花束。喜んでくれたことは覚えているけれど、こうして残してもらえるとは思っていなかった。
「大事にしてくれてたんですね」
「だって、シェイドが選んでくれたんだもん」
リアは自然に答えた。
「綺麗なうちに少し取っておいたの。これなら、ずっと見られるでしょ?」
「はい」
シェイドは白い花を眺めた。
庭園で一緒に見た時のことも、花屋で探した時のことも思い出す。
リアの指が、桃色の花びらの近くへ移った。
「白いお花も好きだけど、こっちも好き」
「薔薇ですか?」
「うん。前より好きになったの」
「どうしてですか?」
リアは少しだけ視線を逸らした。
「……シェイドが、わたしっぽいって言ったから」
シェイドは、すぐには返事ができなかった。
店で見つけた時、リアに似合うと思った一輪。その言葉まで、こんなふうに覚えていてくれた。
「……ありがとうございます」
「またお礼言ってる」
「だって、嬉しいので」
リアが顔を上げる。
「シェイドも嬉しいの?」
「はい。こんなに大事にしてもらえて」
「そっか」
その返事を聞くと、リアも嬉しそうに笑った。
花びらを挟んだ紙をそっと戻し、ページを閉じる。
シェイドはその手元を見ながら、また何か贈る時も、リアの好きなものを選びたいと思った。
◇
その日は、しばらく二人で本を読んだ。
リアが気になったところを話し、シェイドが答える。別の本の話へ逸れてから、また続きを読み始める。
長椅子の隣で、リアがページをめくった。
「シェイド。この前、お母様に言われたの」
「何をですか?」
「最近、よくお話しするようになったわねって」
シェイドはリアを見た。
初めて会った頃と比べれば、たしかに言葉はずっと増えた。部屋へ入るなり名前を呼んでくれるし、読んでいる途中でも、思ったことを話してくれる。
「でも、誰とでもじゃないよ」
リアが続けた。
「シェイドとは話せるの」
「どうしてですか?」
「急がなくていいから」
リアは開いた本へ目を落とした。
「何て言えばいいか分からなくても、待っててくれるでしょ。話さなくてもいいって、最初に言ってくれたし」
シェイドも、その日のことを覚えていた。
緊張しているリアに、何か答えてもらおうとは思わなかった。ただ、少しでも安心してくれたらよかった。
「今も、無理に話さなくて大丈夫ですよ」
「うん。でも今は、話したいことがいっぱいあるの」
リアは笑って、シェイドを見た。
「来てくれると、嬉しいから」
シェイドの返事が、一拍遅れた。
「……僕もです。リア様に会えると嬉しいです」
「じゃあ、一緒だね」
「そうですね」
リアは満足そうに頷き、膝の上の本へ視線を戻した。
「これからも来てね」
「はい」
「この本の続きも、一緒に読みたい」
「じゃあ、次に来た時に」
「約束だよ」
シェイドも頷いた。
王城へ来る日は、朝から少し落ち着かない。リアに話そうと思っていたことを思い返したり、もう部屋で待っているだろうかと考えたりする。
会えば安心するのに、こうして嬉しいと言われると、今度は何と答えればいいのか迷ってしまう。
シェイドは隣へ目を向けた。
リアが挿絵を指差し、また話しかけてくる。
その声を聞きながら、シェイドは自然に笑っていた。
◇
「ただいま」
夕方、騎士団本部へ戻ると、談話室にいたレミユが顔を上げた。
「おかえり。今日はリア様のところ?」
「うん」
シェイドは近くの椅子へ座った。
「何してたの?」
「本を読んでた。それと、誕生日にあげた花を見せてもらったんだ」
「まだ咲いてた?」
「押し花にしてくれてたよ。白い花も、薔薇の花びらも」
話すうちに、口元が緩んだ。
「ずっと残しておきたかったんだって」
「そっか。大事にしてくれてるんだね」
「うん」
レミユはシェイドの顔を見て、少し微笑んだ。
「リア様のこと、本当に大事なんだね」
「うん。大事だよ」
返事はすぐに出た。
考える必要もなかった。
「友達だから?」
「……うん。友達だから」
今度は、少しだけ間が空いた。
レミユはそれ以上聞かず、手元に置いていた書類へ目を戻した。
シェイドは椅子へ座ったまま、自分の返事を思い返した。
リアは大切な友達だ。
話さなくても一緒にいられる人。会えば嬉しくて、喜んでくれれば自分も嬉しい。
今日、押し花を見せてもらった時もそうだった。
シェイドは花束を渡した日のことを思い出した。リアに喜んでほしくて選んだ花を、彼女はこれからも見られるように残してくれていた。
次に何か贈る時も、あんなふうに喜んでもらえるものを選びたい。
手元にあった本を開くと、見覚えのある挿絵が目に入った。今日、リアと読んだところだった。
続きをめくりかけて、手を止める。
ここから先は、また一緒に読む約束をしている。
シェイドは本を閉じた。次に会う日が、少し待ち遠しくなった。
◇
夏が過ぎ、庭園の葉が色づき、やがて王都にも冷たい風が吹くようになった。
シェイドは騎士団で訓練を続けた。剣を握り、走り、できる仕事を手伝う。叱られたり褒められたりしながら、少しずつ騎士になる日へ近づいていった。
バルドに教わった動きができるようになると、次の課題を渡された。読み書きの練習では、セシルに直してもらう箇所も減っていく。
疲れて帰れば食事があり、談話室には誰かがいた。
そこで聞いた面白い話を、次はリアにも話そうと思う。
王城へも変わらず通った。新しい本を一緒に読み、庭園を歩き、時には何も話さず隣に座った。
リアは会うたびに、話したかったことを教えてくれた。シェイドも、騎士団であったことを話すようになった。
次に会う日を約束するのも、いつの間にか当たり前になっていた。
「シェイド」
部屋へ入ると、リアが顔を上げる。
その声を聞くと、シェイドも笑顔になった。
「今日は、何を読んでいたんですか?」
「この前の続き。シェイドと読みたいところ、取っておいたよ」
リアが隣を空けてくれる。
シェイドはそこへ座り、二人の間に置かれた本を覗き込んだ。
◇
春が近づいた、ある日の夕方。
訓練を終えて木剣を片づけていると、背後から声を掛けられた。
「シェイド」
振り返ると、アレンが立っていた。
「団長」
「少しよろしいですか?」
「はい」
いつもの穏やかな表情だったが、今日はどこか改まった雰囲気がある。
シェイドも自然と姿勢を正した。
「どうしたんですか?」
アレンは静かにシェイドを見た。
「正式入団について、お話があります」




