君のために選んだもの
七月七日。
シェイドは自分の部屋で、小さな菓子箱と花束を見直していた。
白い小花の中に、一輪だけ入れた淡い桃色の薔薇。
昨夜はバルドに教えてもらった通り、茎を水へ入れておいた。朝になっても花は綺麗なままで、リオンに手伝ってもらって戻した包み紙も崩れていない。
桃色のリボンを少し整え、箱と並べる。
「……大丈夫」
一か月近く考えて、昨日は何軒も店を回った。
ようやく選べたのに、渡すことを考えると落ち着かない。
シェイドは花束を持ち上げた。
リアがこれを抱えたところを思い浮かべると、少しだけ口元が緩む。
「喜んでくれるといいな」
菓子箱も手に取り、部屋を出た。
◇
リアの誕生日を迎えた王城は、朝から華やいでいた。
廊下には季節の花が飾られ、祝いの品を運ぶ使用人たちが行き交っている。シェイドは花束がぶつからないように気をつけながら、アレンと並んで歩いた。
部屋の前では、カエルンが待っていた。
「おはようございます、シェイド」
「おはよう」
カエルンの視線が、菓子箱と花束へ向く。
「リア様への贈り物ですか?」
「うん。誕生日だから」
「では、お渡しする前に確認させてください」
「あ、バルドにも言われてたんだ」
シェイドはアレンを見上げた。
「団長。これ、見てもらえますか?」
「ええ。こちらへどうぞ」
隣の控えの間へ入り、机に贈り物を置いた。
箱を開けてアレンに見せ、買った店も伝える。カエルンはその間に、部屋の前へ戻った。
「昨日、バルドとリオンに付き合ってもらったんです」
「そうでしたか。どちらも、ご自分で選んだんですね」
「はい」
花束も確認してもらう間、シェイドはそばで待っていた。
アレンが箱を閉じ、シェイドへ向き直る。
「では、リア様へお届けする際のことですが――」
そこで、扉が叩かれた。
「皆様お揃いになりました。どうぞお入りください」
アレンは呼びに来た使用人へ顔を向け、頷いた。
シェイドは箱と花束を持ち直す。
確認してもらえたことで、少し安心していた。渡し方について、まだ説明が残っているとは思っていなかった。
◇
「リア様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、シェイド!」
部屋へ入ると、リアの顔がぱっと明るくなった。
普段より華やかなドレスの裾を揺らし、自分から近づいてくる。
窓辺にはセドリックとエリーゼが座り、そのそばにルイがいた。セシルはルイの後ろに控え、カエルンは扉の近くへ立っている。
リアがシェイドの手元を見た。
「それ、なに?」
シェイドは小箱を差し出した。
「これ、僕からです」
部屋の空気が、一瞬止まった。
セドリックは持ち上げかけたカップを止め、エリーゼも目を見開く。ルイが椅子から腰を浮かせ、セシルの視線がアレンへ向いた。
カエルンが一歩動き、アレンも手を伸ばしかけた。
王族への贈り物は、確認を受けた後、取り次ぐ者を通して届ける。本人へ直接差し出すものではない。
けれど、シェイドはそのことを知らなかった。
「……シェイドが、わたしに?」
「はい。お誕生日のプレゼントです」
リアは両手で箱を受け取った。
「嬉しい……!」
胸元へ寄せ、シェイドを見上げる。
アレンの手が止まった。
セドリックが静かに視線を向けると、アレンは一礼した。
「品物は、事前に確認しております」
「そうか」
セドリックは二人へ目を戻した。
リアは箱を抱えたまま、嬉しそうにしている。
「今日は、友人からの祝いだ。ありがたく受け取りなさい」
「はい、お父様!」
リアが弾んだ声で答えた。
ルイはゆっくり椅子へ座り直す。カエルンも元の位置へ戻った。
エリーゼは驚いた表情を和らげ、娘の顔を見つめた。
「開けてもいい?」
「もちろんです」
リアは長椅子へ座り、膝の上で包みをほどき始めた。
リボンがなかなか解けず、少し指がもつれる。それでも引っ張らず、結び目をゆっくり緩めた。
シェイドはそばに立ち、その様子を見守った。
◇
「あっ、これ!」
箱が開いた途端、リアの目が輝いた。
「わたしが好きなお菓子!」
「前に好きだと言っていたので、似ているものを探しました」
リアが顔を上げる。
「この前、騎士団にも届いたって話してたもの?」
「はい。今度は、お店へ買いに行ったんです」
「わたしのために?」
「はい」
リアはもう一度、箱へ目を戻した。
小さな花形のお菓子が、六つ並んでいる。
一つを手に取って眺めてから、シェイドへ笑いかけた。
「覚えててくれたのも嬉しいけど、買いに行ってくれたのが、もっと嬉しい」
シェイドが少し照れたように笑う。
「味も好きだといいんですけど」
「食べてみるね」
ひと口かじると、リアの頬がふわりと緩んだ。
「美味しい。これ、好き」
「よかったです」
「シェイドも。一緒に食べよう」
もう一つを差し出され、シェイドは少し迷った。
「リア様への贈り物ですよ」
「だから、わたしが一つあげるの」
リアは楽しそうに言い、隣を空けた。
シェイドは花束を卓へそっと置き、礼を言ってお菓子を受け取る。
口にすると、柔らかな蜂蜜の香りが広がった。
「……これです。前に食べたものも、こんな味でした」
「うん。同じだと思う」
リアは嬉しそうに頷いた。
食べ終えても、すぐには箱を閉じなかった。残りを眺め、指先で箱の縁をそっと撫でる。
「あとでお茶と一緒に食べるね」
「はい」
「明日の分も、残しておこうかな」
大事そうに蓋を閉じる姿を見て、シェイドは笑った。
◇
「それと、こちらも」
シェイドが卓から花束を持ち上げると、リアは顔を上げた。
「お花もあるの?」
「はい」
リアは箱を置き、思わず立ち上がった。
両手で受け取ると、白い小花と桃色の薔薇をじっと見つめる。
「……綺麗」
花束へそっと顔を近づけ、白い花に気づくと、はっとシェイドを見た。
「これ、庭園のお花だよ」
「好きだと教えてくれた花に、近いものを探したんです」
「同じだよ。わたし、このお花、大好き」
花を見て、シェイドを見て、また花へ目を戻す。
「お母様、見て」
エリーゼにも見えるように、花束を少し傾けた。
「シェイドが、わたしの好きなお花を選んでくれたの」
「ええ。とても綺麗ね」
「うん!」
その声に、エリーゼの笑みが深くなった。
リアの指が、桃色の薔薇のそばで止まる。
「この薔薇は、どうして選んだの?」
「お店で見た時に、リア様っぽいなと思ったので」
リアの動きが止まった。
セシルがシェイドを見て、カエルンもわずかに目を瞬く。
「……わたしっぽい?」
「はい。見た時にリア様が浮かんだんです。白い花と一緒に持ったら、似合う気がして」
セシルとカエルンの視線が、短く合った。
好きだと聞いたものを覚えていた。それだけでも、ずいぶん丁寧に選んだ贈り物だ。
そのうえ、本人を思い浮かべて薔薇まで添えている。
けれどシェイドは、ただ気に入ってもらえたかを確かめるように、リアを見ていた。
リアは薔薇へ目を落とした。
花屋にいたシェイドが、この花を見て自分を思い浮かべてくれた。
そう思うと、胸の奥が温かくなる。
「シェイド」
「はい?」
「お祝いしてくれて、ありがとう」
リアは花束へ目を落とし、それからシェイドを見上げた。
「わたしのために選んでくれたんだって思うと、すごく嬉しい」
頬を赤くしたまま、笑う。
シェイドも、つられるように顔をほころばせた。
「喜んでもらえてよかったです」
ルイは妹の顔と、シェイドの顔を見比べた。
どちらも、周りが気にならないらしい。
「……シェイド」
「はい、ルイ殿下」
「その薔薇、リアを思い浮かべて選んだんだな?」
「はい」
迷いのない返事だった。
ルイは花束へ目を落とす。
リアはその薔薇を、大事そうに眺めていた。
「お部屋に飾るね。朝、起きたら見えるところに」
「はい」
「シェイドが次に来た時も、見せる」
言ってから、リアは少しだけ眉を下げた。
「……その頃まで、咲いてるかな」
「水を替えて、大事にしてあげましょう」
エリーゼが穏やかに答える。
リアはしっかり頷いた。
「うん。大事にする」
そして、シェイドへ花束を少し持ち上げてみせる。
「似合う?」
「はい。思った通りでした」
リアの頬が、さらに赤くなった。
それでも花束を下ろさず、嬉しそうに笑う。シェイドも、安心したように笑い返した。
セシルは口元へ手を添えた。
カエルンは一度目を伏せてから、二人へ視線を戻す。
ルイだけは、まだ薔薇を見ていた。
◇
リアが花瓶を選ぶため、シェイドを連れて窓辺の棚へ向かった。
「どれがいいと思う?」
「小さい方が、花がよく見えるかもしれません」
「じゃあ、これ?」
「はい。綺麗だと思います」
二人の声を聞きながら、エリーゼは椅子の背へゆっくり身を預けた。
初めて会った頃は、目を合わせることさえ難しかった娘が、今では自分から少年を呼び、隣へ招いている。
シェイドも、その一つ一つに嬉しそうに答えていた。
「……あんなに喜ぶのね」
小さく言うと、隣のセドリックが妻を見た。
「リアが?」
「ええ。シェイドも」
エリーゼの目は、窓辺の二人へ向いていた。
セドリックはその横顔をしばらく見てから、声を落とす。
「何か考えている顔だな」
「まだ、何も」
エリーゼは穏やかに笑った。
窓辺で、リアがシェイドへ花瓶を見せている。
二人が顔を寄せて花の高さを確かめると、エリーゼはそれ以上何も言わず、楽しそうに目を細めた。
◇
騎士団本部へ戻ってから、アレンはシェイドを呼び止めた。
「今日の贈り物について、一つお話があります」
「はい」
「王族への贈り物は、通常は取り次ぐ者を通してお届けします。直接お渡しするには、お許しが必要なんです」
シェイドは顔を上げた。
「そうだったんですか?」
「ええ。私の説明が途中になってしまいましたね」
「すみません。見てもらったから、もう渡していいと思ってました」
「今日は陛下がお認めくださいました。次からは、用意する時に相談してください」
「はい。そうします」
アレンが頷く。
「リア様は、とても喜んでいらっしゃいましたね」
その言葉に、シェイドの表情が緩んだ。
「はい」
◇
「待て。白い花は、リア様が好きだから選んだんだな?」
談話室で、グレンが身を乗り出した。
隣にいたレミユも、シェイドの話を聞いている。
「うん」
「で、薔薇は?」
「リア様に似合うと思ったから」
グレンが黙った。
レミユは持っていたカップを卓へ置く。
「……それ、リア様にも言った?」
「言ったよ。どうして選んだのか聞かれたから」
レミユがバルドとリオンへ目を向けた。
「二人とも、買う時に聞いてたんだ?」
「似合うと思ったとは言ってた」
リオンが答える。
「花束ができた時も、嬉しそうだったよ」
「喜んでもらいたかったからね」
シェイドは当然のように言った。
グレンが額へ手を当てる。
「お菓子を探して、好きな花も探して、それで薔薇まで選んだんだろ?」
「うん。せっかくの誕生日だから」
「……シェイド。それ、ずいぶん特別な贈り物だと思うよ」
レミユが言葉を選びながら伝えた。
シェイドは少し首を傾げる。
「リア様への贈り物なんだから、リア様が好きなものを選んだんだけど……変だった?」
「変じゃねえよ」
グレンが答えた。
「変じゃねえから、何て言えばいいか分からねえんだ」
シェイドはますます分からない顔をした。
バルドが静かに茶を置く。
「喜んでもらえたんだろう」
「うん。すごく」
すぐに顔がほころんだ。
その表情を見て、レミユとグレンが目を合わせる。
言いたかったことは、本人には少しも伝わっていない。
「……そりゃ、よかったな」
結局グレンがそう言うと、シェイドは嬉しそうに頷いた。
◇
その夜。
リアの部屋には、誕生日に届いた贈り物が並んでいた。
綺麗な宝石や、新しいドレス。遠い国から届けられた珍しい品々。
一つずつ見せてもらい、お祝いしてくれた人たちへ礼状を書く約束もした。
寝る支度を終えてから、リアは窓辺へ向かった。
シェイドと一緒に選んだ小さな花瓶に、白い花と桃色の薔薇が挿してある。
包み紙とリボンは、菓子箱と一緒に引き出しへしまっていた。
リアは花の前へ座った。
『見た時にリア様が浮かんだんです』
思い出すと、また頬が熱くなる。
シェイドが花を選んでいた時、そこに自分はいなかった。それなのに、自分のことを考えてくれた。
好きだと話したお菓子も、庭園で眺めた白い花も、覚えていてくれた。
「……嬉しかったな」
声に出すと、また笑ってしまった。
リアは花瓶の向きを少し変え、寝台からも薔薇が見えることを確かめた。
明日の朝、目が覚めても、この花がある。
次にシェイドが来たら、綺麗に咲いているところを見せたい。
「おやすみ」
小さく声を掛けて、リアは寝台へ向かった。
横になってからも、もう一度窓辺を見る。
桃色の薔薇を見つけると、嬉しさがまた胸いっぱいに広がった。




