君が笑ってくれるなら
リアの誕生日を翌日に控えた午後。
訓練を終えたシェイドは、木剣を片づけると、訓練場の端へ目を向けた。
バルドは剣を鞘へ収め、リオンは額の汗を布で拭っている。
「バルド、リオン。今日、少し時間ある?」
リオンが振り返った。
「あるよ。どうしたの?」
「王都に付き合ってほしいんだけど」
「買い物か」
バルドに聞かれ、シェイドは頷いた。
「うん。お菓子と、花を買いたくて」
リオンが布を畳み、シェイドを見る。
「……明日、王城へ持っていくの?」
「うん」
少し照れくさくなって、シェイドは目を逸らした。
相手の名前を言わなくても、二人には分かったらしい。
「それなら、渡す前に団長に見せておけ」
バルドが言った。
「分かった」
選んだものをアレンにも見てもらえれば、少し安心できそうだった。
バルドはシェイドの返事を聞き、荷物を手に取る。団長に確認してもらえば、贈り物の取り次ぎも任せられるだろう。
「店は決めてる?」
リオンが尋ねた。
「いくつか。でも、見てから選びたいんだ」
「じゃあ、早めに出よう。花屋は閉まるのが早いから」
「着替えたら玄関だ」
「ありがとう。すぐ行く」
シェイドは急いで自分の部屋へ向かった。
◇
王都へ出ると、シェイドは菓子店のある通りへ向かった。
腰には、小銭を入れた革袋がある。
一か月近く考えてきた。何を贈れば、リアが喜んでくれるだろう。渡した時、どんな顔をするだろう。
何度考えても、浮かぶのはリアが嬉しそうに話していたものだった。
「そんなに急がなくても、店は逃げないよ」
リオンに声を掛けられ、シェイドは歩調を緩めた。
「ごめん」
「謝らなくていいけど。転ばないでね」
「子どもじゃないんだから」
バルドが横からシェイドを見た。
「子どもだろう」
「……そうだけど」
リオンが小さく笑った。
最初の店にも、花の形をした焼き菓子はあった。
けれど、リアが食べていたものより少し大きい。店員に聞くと、砂糖をたっぷり使っているという。
次の店では形の似たものが見つかったが、中に果実の餡が入っていた。
どちらも美味しそうだった。それでも、覚えているものとは違った。
「これじゃないんだ?」
リオンが棚を覗き込む。
「うん。中には何も入ってなかったと思う」
「味も覚えてる?」
「少し。僕も一つもらったから」
柔らかな蜂蜜の香りがして、甘すぎず、もう一つ食べたくなる味だった。
隣でリアが美味しそうに食べていたことも、よく覚えている。
「もう一軒、見てもいい?」
シェイドが二人を見ると、バルドは店の入口へ目を向けた。
「決めたものを探しに来たんだろう。妥協するな」
「うん」
「見つからなかったら、その時に考えよう」
リオンもそう言って、シェイドと一緒に店を出た。
三軒目で、ようやく足が止まった。
「あ、これだ」
棚に並んでいたのは、小さな花形の焼き菓子だった。丸みのある花びらも、淡い焼き色も、覚えているものによく似ている。
店員に味を尋ねると、甘さは控えめで、蜂蜜を使っていると教えてくれた。
「これ、六つください」
「かしこまりました」
箱へ詰めてもらう間、シェイドは棚の見本を眺めていた。
「見つかったね」
「うん。これなら、きっと好きだと思う」
リオンはシェイドの顔を見て、少し微笑んだ。
「ずっと探してたものがあって、よかった」
会計を済ませ、小箱を受け取る。
バルドが手を差し出した。
「貸せ」
「持ってくれるの?」
「ああ」
「ありがとう」
箱を預けたシェイドは、革袋に残った小銭を確かめてから、次の店へ向かった。
◇
花屋の店先には、色とりどりの花が並んでいた。
シェイドはその前をゆっくり歩き、白い花を探した。
「何かお探しですか?」
店員に声を掛けられ、足を止める。
「白くて、小さい花を探してるんです」
庭園で見た花の形や、葉の様子を伝えた。
店員はいくつか候補を見せてくれた。シェイドは一つずつ見比べ、細い茎に小さな白い花がついたものへ目を留める。
「これが、一番近いです」
身を屈め、葉の形も確かめた。
「王城の庭に咲いていた花?」
リオンが隣から尋ねる。
「うん。リア様が好きだって教えてくれたんだ」
「それで、白い花を探してたんだね」
「前に行った時、まだ少し咲いてて。見つけて、すごく嬉しそうだったから」
シェイドは花へ目を戻した。
これなら、庭へ出られない日でも眺められる。
「この花で、小さな花束を作れますか?」
「ええ。お作りできますよ」
店員が花を取り分ける間、シェイドは店内を見回した。
そこで、淡い桃色の薔薇が目に入った。
柔らかな色をした花びらが、幾重にも重なっている。
見た瞬間、リアの笑顔が浮かんだ。
好きだと聞いたことがあるわけではない。けれど、白い小花と一緒にこの薔薇を抱く姿が、自然に思い浮かんだ。
シェイドは近づいて、しばらく眺めた。
「それも気になる?」
リオンの声に頷く。
「うん。リア様に似合う気がする」
「入れてもらえばいい」
バルドが言った。
「白い花だけにしようと思ってたんだけど」
「まだ変えられる」
「……そうだね」
シェイドは店員へ向き直り、薔薇を示した。
「この花を、一輪だけ入れてもらえますか?」
「もちろんです」
値段を確かめてから、白い小花と合わせてもらった。
店員の手の中で、花束が少しずつ形になる。白い花の間に桃色の薔薇が加わると、シェイドは思わず顔をほころばせた。
花がよく見える生成りの紙を選び、薔薇に合わせて桃色のリボンを頼んだ。
包み終えた花束を見せてもらう。
「こちらでいかがでしょうか」
「はい。これがいいです」
大きすぎず、リアが抱えるのにもちょうどよさそうだった。
シェイドは両手で受け取り、もう一度見下ろす。
「満足したか」
バルドに聞かれ、頷いた。
「うん。すごく」
「じゃあ、帰ろう。花も早く水に入れてあげたいし」
リオンの言葉に、シェイドは顔を上げた。
「そっか。明日まで持たせないと」
残った小銭で支払いを済ませ、店員に礼を言って店を出た。
◇
帰り道、焼き菓子の箱は引き続きバルドが持ってくれた。
花束は、シェイドが自分で抱えていた。
「それも持つ」
「ありがとう。でも、花は僕が持つよ」
「そうか。前も見ろよ」
「見てるよ」
答えてから、また花を見下ろしてしまった。
隣でリオンが小さく笑う。
「今は見てなかったね」
「……ちょっとだけ」
通りを抜ける時、風が吹いた。
シェイドは花束を胸元へ寄せ、花びらが傷まないように庇う。
明日、リアはどんな顔をするだろう。
白い花を見たら、気づいてくれるだろうか。焼き菓子も、喜んでくれるだろうか。
薔薇も、気に入ってくれるといい。
「明日まで、綺麗なままだといいな」
呟くと、バルドが花束へ目を向けた。
「戻ったら茎を水に入れろ。紙とリボンは外して、別に置いておけ」
「包み、元に戻せるかな」
「外す前に、どう巻いてあるか見ておけばいい」
「僕も手伝うよ」
リオンが言った。
「一人でやろうとしなくて大丈夫」
「ありがとう。二人とも」
騎士団本部が近づいてきたところで、シェイドは二人を見た。
「今日買ったもの、みんなにはまだ言わないでね」
「団長には見せるんだよ」
「うん。それは分かってる」
リオンは頷いた。
「じゃあ、ほかの人には黙っておく」
「俺も言わん」
シェイドはほっとして、花束を抱え直した。
「今日は、二人に頼んでよかった」
「明日は寝坊するなよ」
バルドの言葉に、シェイドは笑った。
「しないよ。たぶん、早く起きちゃうと思う」
「そうだね。今からそんなに楽しみなら」
リオンが穏やかに答えた。
一か月考えて、店を何軒も回って、ようやく選べた贈り物だった。
明日、リアが笑ってくれたら、それでいい。
シェイドは二人と並んで、騎士団本部の門をくぐった。




