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13/24

君が笑ってくれるなら


 リアの誕生日を翌日に控えた午後。


 訓練を終えたシェイドは、木剣を片づけると、訓練場の端へ目を向けた。


 バルドは剣を鞘へ収め、リオンは額の汗を布で拭っている。


「バルド、リオン。今日、少し時間ある?」


 リオンが振り返った。


「あるよ。どうしたの?」


「王都に付き合ってほしいんだけど」


「買い物か」


 バルドに聞かれ、シェイドは頷いた。


「うん。お菓子と、花を買いたくて」


 リオンが布を畳み、シェイドを見る。


「……明日、王城へ持っていくの?」


「うん」


 少し照れくさくなって、シェイドは目を逸らした。


 相手の名前を言わなくても、二人には分かったらしい。


「それなら、渡す前に団長に見せておけ」


 バルドが言った。


「分かった」


 選んだものをアレンにも見てもらえれば、少し安心できそうだった。


 バルドはシェイドの返事を聞き、荷物を手に取る。団長に確認してもらえば、贈り物の取り次ぎも任せられるだろう。


「店は決めてる?」


 リオンが尋ねた。


「いくつか。でも、見てから選びたいんだ」


「じゃあ、早めに出よう。花屋は閉まるのが早いから」


「着替えたら玄関だ」


「ありがとう。すぐ行く」


 シェイドは急いで自分の部屋へ向かった。


     

◇

 王都へ出ると、シェイドは菓子店のある通りへ向かった。


 腰には、小銭を入れた革袋がある。


 一か月近く考えてきた。何を贈れば、リアが喜んでくれるだろう。渡した時、どんな顔をするだろう。


 何度考えても、浮かぶのはリアが嬉しそうに話していたものだった。


「そんなに急がなくても、店は逃げないよ」


 リオンに声を掛けられ、シェイドは歩調を緩めた。


「ごめん」


「謝らなくていいけど。転ばないでね」


「子どもじゃないんだから」


 バルドが横からシェイドを見た。


「子どもだろう」


「……そうだけど」


 リオンが小さく笑った。


 最初の店にも、花の形をした焼き菓子はあった。


 けれど、リアが食べていたものより少し大きい。店員に聞くと、砂糖をたっぷり使っているという。


 次の店では形の似たものが見つかったが、中に果実の餡が入っていた。


 どちらも美味しそうだった。それでも、覚えているものとは違った。


「これじゃないんだ?」


 リオンが棚を覗き込む。


「うん。中には何も入ってなかったと思う」


「味も覚えてる?」


「少し。僕も一つもらったから」


 柔らかな蜂蜜の香りがして、甘すぎず、もう一つ食べたくなる味だった。


 隣でリアが美味しそうに食べていたことも、よく覚えている。


「もう一軒、見てもいい?」


 シェイドが二人を見ると、バルドは店の入口へ目を向けた。


「決めたものを探しに来たんだろう。妥協するな」


「うん」


「見つからなかったら、その時に考えよう」


 リオンもそう言って、シェイドと一緒に店を出た。


 三軒目で、ようやく足が止まった。


「あ、これだ」


 棚に並んでいたのは、小さな花形の焼き菓子だった。丸みのある花びらも、淡い焼き色も、覚えているものによく似ている。


 店員に味を尋ねると、甘さは控えめで、蜂蜜を使っていると教えてくれた。


「これ、六つください」


「かしこまりました」


 箱へ詰めてもらう間、シェイドは棚の見本を眺めていた。


「見つかったね」


「うん。これなら、きっと好きだと思う」


 リオンはシェイドの顔を見て、少し微笑んだ。


「ずっと探してたものがあって、よかった」


 会計を済ませ、小箱を受け取る。


 バルドが手を差し出した。


「貸せ」


「持ってくれるの?」


「ああ」


「ありがとう」


 箱を預けたシェイドは、革袋に残った小銭を確かめてから、次の店へ向かった。


     

◇

 花屋の店先には、色とりどりの花が並んでいた。


 シェイドはその前をゆっくり歩き、白い花を探した。


「何かお探しですか?」


 店員に声を掛けられ、足を止める。


「白くて、小さい花を探してるんです」


 庭園で見た花の形や、葉の様子を伝えた。


 店員はいくつか候補を見せてくれた。シェイドは一つずつ見比べ、細い茎に小さな白い花がついたものへ目を留める。


「これが、一番近いです」


 身を屈め、葉の形も確かめた。


「王城の庭に咲いていた花?」


 リオンが隣から尋ねる。


「うん。リア様が好きだって教えてくれたんだ」


「それで、白い花を探してたんだね」


「前に行った時、まだ少し咲いてて。見つけて、すごく嬉しそうだったから」


 シェイドは花へ目を戻した。


 これなら、庭へ出られない日でも眺められる。


「この花で、小さな花束を作れますか?」


「ええ。お作りできますよ」


 店員が花を取り分ける間、シェイドは店内を見回した。


 そこで、淡い桃色の薔薇が目に入った。


 柔らかな色をした花びらが、幾重にも重なっている。


 見た瞬間、リアの笑顔が浮かんだ。


 好きだと聞いたことがあるわけではない。けれど、白い小花と一緒にこの薔薇を抱く姿が、自然に思い浮かんだ。


 シェイドは近づいて、しばらく眺めた。


「それも気になる?」


 リオンの声に頷く。


「うん。リア様に似合う気がする」


「入れてもらえばいい」


 バルドが言った。


「白い花だけにしようと思ってたんだけど」


「まだ変えられる」


「……そうだね」


 シェイドは店員へ向き直り、薔薇を示した。


「この花を、一輪だけ入れてもらえますか?」


「もちろんです」


 値段を確かめてから、白い小花と合わせてもらった。


 店員の手の中で、花束が少しずつ形になる。白い花の間に桃色の薔薇が加わると、シェイドは思わず顔をほころばせた。


 花がよく見える生成りの紙を選び、薔薇に合わせて桃色のリボンを頼んだ。


 包み終えた花束を見せてもらう。


「こちらでいかがでしょうか」


「はい。これがいいです」


 大きすぎず、リアが抱えるのにもちょうどよさそうだった。


 シェイドは両手で受け取り、もう一度見下ろす。


「満足したか」


 バルドに聞かれ、頷いた。


「うん。すごく」


「じゃあ、帰ろう。花も早く水に入れてあげたいし」


 リオンの言葉に、シェイドは顔を上げた。


「そっか。明日まで持たせないと」


 残った小銭で支払いを済ませ、店員に礼を言って店を出た。


     

◇

 帰り道、焼き菓子の箱は引き続きバルドが持ってくれた。


 花束は、シェイドが自分で抱えていた。


「それも持つ」


「ありがとう。でも、花は僕が持つよ」


「そうか。前も見ろよ」


「見てるよ」


 答えてから、また花を見下ろしてしまった。


 隣でリオンが小さく笑う。


「今は見てなかったね」


「……ちょっとだけ」


 通りを抜ける時、風が吹いた。


 シェイドは花束を胸元へ寄せ、花びらが傷まないように庇う。


 明日、リアはどんな顔をするだろう。


 白い花を見たら、気づいてくれるだろうか。焼き菓子も、喜んでくれるだろうか。


 薔薇も、気に入ってくれるといい。


「明日まで、綺麗なままだといいな」


 呟くと、バルドが花束へ目を向けた。


「戻ったら茎を水に入れろ。紙とリボンは外して、別に置いておけ」


「包み、元に戻せるかな」


「外す前に、どう巻いてあるか見ておけばいい」


「僕も手伝うよ」


 リオンが言った。


「一人でやろうとしなくて大丈夫」


「ありがとう。二人とも」


 騎士団本部が近づいてきたところで、シェイドは二人を見た。


「今日買ったもの、みんなにはまだ言わないでね」


「団長には見せるんだよ」


「うん。それは分かってる」


 リオンは頷いた。


「じゃあ、ほかの人には黙っておく」


「俺も言わん」


 シェイドはほっとして、花束を抱え直した。


「今日は、二人に頼んでよかった」


「明日は寝坊するなよ」


 バルドの言葉に、シェイドは笑った。


「しないよ。たぶん、早く起きちゃうと思う」


「そうだね。今からそんなに楽しみなら」


 リオンが穏やかに答えた。


 一か月考えて、店を何軒も回って、ようやく選べた贈り物だった。


 明日、リアが笑ってくれたら、それでいい。


 シェイドは二人と並んで、騎士団本部の門をくぐった。


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