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気づけば、リア様のことばかり


 シェイドが十一歳になって、ひと月ほどが経った。


 本当の誕生日は、まだ分からない。そのため、騎士団へ来た日を誕生日として、毎年祝ってもらっていた。


 七歳の頃には自分の居場所さえ分からなかった少年も、今では朝になれば訓練場へ向かい、空いた時間には騎士団の仕事を手伝い、年上の騎士たちに混じって食事をする。


 リアと知り合ってからも、もうすぐ一年になる。


「シェイド、それ厨房までお願い」


「分かった」


 朝の騎士団本部で、レミユから小さな木箱を渡された。


「昨日届いた焼き菓子だって。訓練前に持っていってくれる?」


「いいよ」


 シェイドは箱を抱え、レミユと並んで廊下を歩き始めた。


「蓋、ずれてるよ」


「え?」


 見下ろすと、木箱の蓋が片側へ寄っていた。


「あ、本当だ」


 立ち止まって直そうとした時、隙間から中身が見えた。


 小さな花の形をした焼き菓子が、きれいに並んでいる。


「あ」


「どうしたの?」


「これ、リア様が好きなやつだ」


 レミユが隣から覗き込んだ。


「そうなの?」


「うん。前に王城で食べてた。美味しいって、嬉しそうにしてたよ」


「それ、いつの話?」


 シェイドは箱の蓋を直しながら、少し考えた。


「……結構前かも」


「よく覚えてるね」


「リア様が好きだって言ってたから」


 答えると、レミユが小さく笑った。


「何?」


「リア様のこと、よく覚えてるなって思っただけ」


「よく会ってるからでしょ?」


「うん。そうかもね」


 その言い方が少し気になって、シェイドはレミユの顔を見た。


 けれど、レミユはもう厨房の扉に手を掛けていた。


「ほら、ここに置いていいって」


 示された台の上へ箱を置き、厨房の人に声を掛ける。


 用事を終えて訓練場へ向かう頃には、シェイドは別のことを考えていた。


 今度リアに会った時、この焼き菓子の話をしよう。


 同じものが騎士団にも届いたと言ったら、きっと「いいなあ」と言う。


 その顔が浮かんで、少しだけ笑った。


     

◇

「シェイド、今日はこれ読もう」


 数日後。


 いつもの部屋へ入るなり、リアが一冊の本を抱えてやって来た。


「新しい本ですか?」


「うん。昨日お母様にもらったの」


「もう読んだんですか?」


「少しだけ。でも、途中でやめたの」


「面白くなかったんですか?」


「違うよ。シェイドと一緒に読もうと思ったから」


 思いがけない答えに、シェイドは少し目を瞬いた。


「僕を待っててくれたんですか?」


「うん。一人で読むより、一緒の方が楽しいから」


 リアは少し照れたように笑い、長椅子へ向かった。


 シェイドも、その隣に腰を下ろす。


 初めて会った頃は、向かいに座っていても緊張していた少女が、今では当然のように隣を空けて待っている。


 リアが二人の間で本を開いた。


 物語は、森で迷子になった子どもを主人公が見つけるところから始まっていた。


 二人でページを読み進める。


「この子、家まで送ってあげるんだって」


「一人で帰したら危ないですからね」


「優しいよね」


「そうですね」


 リアは挿絵を見ながら、嬉しそうに目を細めた。


 その表情を見て、シェイドは何気なく言った。


「リア様、誰かを助けるお話が好きですよね」


「そうかな?」


「前に読んだ騎士のお話も、好きだって言ってました」


「ああ、迷子の女の子を助ける話?」


「はい」


「あれ、好きだった」


 頷いてから、リアがシェイドを見る。


「よく覚えてるね。あれ読んだの、結構前だよ」


「レミユにも言われました」


「何て?」


「リア様のこと、よく覚えてるって」


「……わたしのこと?」


 リアが少しだけ身を乗り出した。


「何を覚えてたの?」


「焼き菓子です。騎士団に、リア様が好きなものと同じ焼き菓子が届いたんです」


「花の形の?」


「それです」


「いいなあ」


 思っていた通りの返事に、シェイドは笑った。


「どうしたの?」


「そう言うと思ってました」


「だって、美味しいんだもの」


 リアも笑う。


「今度届いたら、少しもらえるか聞いてみますね」


「わたしの分?」


「はい。持ってきていいか、団長にも聞いてみます」


「ありがとう、シェイド」


「まだ、持ってこられるか分からないですよ?」


「でも、覚えててくれたのが嬉しい」


 そう言って、リアはまた本へ目を落とした。


 シェイドも続きを読もうとしたけれど、少しの間、文字が頭に入ってこなかった。


     

◇

 本を読み終える頃には、昼を少し過ぎていた。


「庭、行かない?」


「いいですよ」


 二人で部屋を出て、庭園へ向かう。


 付き添うアレンたちの少し前を、リアと並んで歩いた。


 初夏の庭では、春に咲いていた花の多くが姿を消し、代わりに新しい花が増えている。


 リアは花壇を覗き込みながら、ゆっくりと歩いていた。


「あった」


 立ち止まった先に、小さな白い花が咲いている。


「シェイド、見て」


「まだ咲いてるんですね」


 以前、リアが好きだと教えてくれた花だった。


 シェイドも隣にしゃがむと、リアがこちらを見た。


「前に教えたの、覚えてたんだ」


「はい。リア様が好きな花ですから」


 リアは嬉しそうに笑い、白い花へ目を戻した。


「もう見られないと思ってたの」


「少しだけ残ってましたね」


「うん。また見られてよかった」


 風が吹くと、小さな花が揺れた。


 リアはそれを眺め、シェイドも隣にいた。


 何か話さなくても、気まずくはない。


 花を見ているリアの横顔は穏やかで、シェイドも急いで立ち上がる気にはならなかった。


 しばらくして、リアがこちらを向く。


「次に咲いた時も、一緒に見ようね」


「はい」


 来年も、こんなふうに隣で花を見られたらいい。


 シェイドはそう思いながら、リアと一緒に立ち上がった。


     

◇

 その日の夕食後。


 談話室では、カエルンとセシルが翌月の王城関係の予定を確認していた。


 シェイドは近くの席で剣帯の手入れをしていたが、二人の会話が耳に入った。


「七月は行事が続きますね」


「ええ。七日はリア様のお誕生日ですから、その前後も警備が増えるでしょう」


 シェイドの手が止まった。


「リア様の誕生日?」


 顔を上げると、セシルがこちらを見た。


「七月七日ですよ」


「知らなかった。いつなのか、聞いたことなかったから」


「あとひと月ほどですね」


 カエルンが予定表へ目を落としながら言った。


「王城では何をするの?」


「ご家族でのお祝いと、祝賀の席が設けられる予定です」


「贈り物も多いでしょうね」


 セシルが続ける。


「国内の貴族家だけでなく、親交のある他国の王家からも届きますから」


「そんなに来るんだ」


「ええ」


 シェイドは手元の剣帯へ視線を戻した。


 宝石やドレス。高価なお菓子や、見たこともないような品物。


 きっと、自分には想像もつかない贈り物がたくさん届くのだろう。


 今日、白い花を見つけた時のリアの顔を思い出した。


 焼き菓子の話を聞いて、「いいなあ」と言った声も。


 自分も何か、贈れないだろうか。


「シェイド?」


 向かいに座っていたレミユが呼んだ。


「何?」


「手、止まってるよ」


「あ……うん」


 剣帯を持ち直したものの、すぐには作業へ戻れなかった。


「何か考えてた?」


 シェイドは答えかけて、口を閉じた。


 まだ、何を贈るかも決まっていない。


「……まだ秘密」


「そっか」


 レミユは少し笑ったが、それ以上は聞かなかった。


 シェイドは剣帯へ目を戻し、残っていた汚れを布で拭いた。


     

◇

 その夜。


 部屋へ戻ったシェイドは、机の引き出しから小さな革袋を取り出した。


 騎士団で仕事を手伝った時にもらった小銭が入っている。


 書類を運んだり、倉庫を片づけたり、備品を整理したり。少しずつ貯めてきたものの、特に欲しいものもなく、そのまま残していた。


 中身を机へ出し、一枚ずつ数える。


「……これくらいあれば」


 豪華なものは買えない。


 けれど、豪華なものなら、リアはきっとたくさんもらう。


 値段ではなく、リアが喜んでくれるものを探したかった。


 小さな白い花。


 花の形をした焼き菓子。


 一緒に読もうと、途中で読むのをやめて待っていてくれた本。


 好きだと話してくれたものを思い浮かべるたびに、その時のリアの顔まで浮かんだ。


「……何がいいかな」


 誕生日までは、まだひと月近くある。


 シェイドは小銭を革袋へ戻し、机の隅に置いた。


 何を贈れば、あの笑顔が見られるだろう。


 考えながら寝台へ向かったけれど、横になってからも、なかなか答えは決まらなかった。


 それでも、眠るまでのその時間は、少し楽しかった。


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