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第六章 D級勇者パーティー

 あの金貨は、まだ使っていない。どうも、自分のものじゃないような気がするのだ。家で金をためているところにしまい、それきり考えないことにした。いつか急に金が要ることでもあれば、ほかの硬貨と一緒に使ってしまうかもしれない。そのときは、そのときだ。

 グラテン王国に、そろそろ雨季が来る。年によっては何日も雨が降り続き、テルソン川の水かさが増して、周りの土地まで水に浸かってしまう。城外の畑では収穫を急いでいて、城内の通りにも、作物を積んだ馬車がそこらじゅうを走っていた。

 ある日の午後。いつものように屋台で働いていると、麦を積んだ馬車が何台か、ルル通りを通っていった。そのうちの一台は、ほかより明らかに荷が多い。それなのに、ほかの馬車と同じ速さで進んでいる。近くまで来て、ようやくわかった。勇者らしい格好をした三人が、後ろから押しているのだ。

 平らな道で、何で押すんだ?

 不思議に思っていると、三人は手を離し、御者(ぎょしゃ)に声をかけた。

「押せるのはここまでだ! 依頼の報告に行かないと!」

 御者が振り返り、礼を言う。そこで初めて、三人の姿がよく見えた。

 こりゃまた、見事なもんだ。

 その辺から三人連れてきたって、背の高さも肉づきも、そうきれいに三段階にはそろわないだろう。ところがこいつらは、高い、普通、低い。細い、普通、太い。その差まで、きっちりそろっている。背が高くてひょろ長いのが一人。背丈も肉づきも並で、並々(なみなみ)なのが一人。背が低くて丸いのが一人。

 並んでいるだけで、どうにもおかしい。たぶん、こんな体つきになる前からの知り合いなんだろうな。

 三人とも若く、顔にはまだ幼さが残っていた。これといって覚えやすい特徴もない。そもそも、成人しているのかどうかも怪しい。勇者にしては、あまり見かけた覚えのない顔だ。

 確かに格好は勇者なのだが、装備が粗末なのは俺にもわかる。鎧も腰当ても肩当ても革で、盾は小さな木の盾。見えるところに金属らしいものが一つもない。剣は鞘(さや)に収まっていて、いい物かどうかはわからなかったが、少なくとも鞘はありふれた代物だった。しかも全身泥だらけで、ついさっき河原から這い上がってきたように見える。

 俺が三人を見ていると、向こうも俺の屋台を見た。

「おい、茶でも飲もうぜ!」

 一人がそう言うと、三人は肩で風を切ってやって来て、遠慮も何もなく腰を下ろした。勢いがよすぎて、腰掛けの脚が地面をこすり、ぎぎっと鳴る。周りの客が、何事かとちらちら目を向けた。

「店主! うまい茶を三杯くれ!」

 一人がでかい声を張り上げ、俺はびくっとした。

 茶を飲むんだよな? 何で酒場でエールを頼むみたいに威勢がいいんだ。

 やがて三杯の茶を並べてやると、三人はカップを持ち上げ、声をそろえた。

「依頼成功を祝って、乾杯!」

 そのまま、ぐいっと飲み干す。まるで凱旋(がいせん)してきた英雄だ。

 飲み終えると、今度は手のひらを下に向け、手首を軽く上下させて俺を呼んだ。おかわりをよこせ、ということらしい。ずいぶん偉そうな呼び方をする。

 俺は笑ってやった。別に、こいつらが怖いわけじゃない。こんなガキ相手に、いちいち腹を立てるのが面倒なだけだ。

 もう三杯、茶を注いでやる。今度は一息には飲まず、楽しそうにしゃべりながら飲んでいた。誰が先に級を上げるか、次はどうやって魔物を倒すか。そんな話ばかりで、声はどんどん大きくなる。そうこうするうちに、またカップが空になった。例の手つきで俺を呼ぶ。

「店主! もう三杯!」

「うちに来るのは初めてですよね。念のため言っときますけど、おかわりは無料じゃありませんよ」

 笑顔でそう言ったのだが、チビ丸が、いきなりかみついてきた。

「何だよ、その言い方! 俺たちは勇者だぞ! 茶代くらい払えるに決まってるだろ!」

 俺は笑顔のまま答えた。

「いやあ、どうでしょうねえ」

 これで完全に怒らせたらしい。チビ丸はテーブルをばんと叩いて立ち上がった。

 ただ、立ち上がっても、頭は俺の顎までしかない。

 まったく怖くない。

「何も知らねえくせに! 俺たちはいずれS級になるんだぞ! たかが茶屋台の店主が、でかい顔すんなよ!」

 今どき、ここまで浅はかな若者も珍しい。

 屋台で茶を飲んでいた勇者たちが、そろって三人を馬鹿を見るような目で見ている。こっちはどいつも、何年も生きるか死ぬかの場をくぐってきた連中なのだ。

 揉めるのも面倒だ。笑いをこらえながら、さっさと勘定を済ませてもらおうとした、そのとき。

「ほう。それで、今は何級なんだ?」

 とうとう、俺より先に我慢できなくなった客がいた。

 声のした方を見る。こちらも、前には見かけたことのない二人連れだった。

 一人は、どう見ても戦士だ。腰掛けの脇に剣を立てかけ、上半身には薄手の鋼の鎧を着けている。体つきはがっしりしていて、もう若くはない。俺といくつも違わないだろう。

 もう一人はそれより若いが、それでも三十くらいには見えた。こっちは何をする勇者なのかわからない。そばに武器はなく、法杖(ほうじょう)も見当たらなかった。どこか品のある男で、ずっとにこにこしている。ただ、その目は、ずいぶんいろいろなものを見てきた目だった。

 茶を出したとき、二人の話が少し聞こえた。王都の言葉とは違う。北の方の訛(なま)りに聞こえた。

 俺に背を向けて座っている戦士が、今の声の主だった。

 三人は固まったまま、その戦士を見ている。なかなか返事をしない。

「聞いてるんだ。大人に聞かれたら、ちゃんと答えろ。それくらい、この大陸じゃ常識だろう?」

 戦士が立ち上がる。

 特別な大男というわけではない。俺より頭半分ほど高いくらいだ。だが、三人の方へ向き直った途端、その迫力に、俺まで押されるような気がした。

 チビ丸は、そのまま腰掛けに座り込んだ。三人とも、縮こまって下を向く。

「D……D級です……」

 ヒョロ長が、小さな声で答えた。

 屋台じゅうが、どっと笑った。

 戦士は笑わない。鋭い目で三人を見下ろしていると、同じテーブルの、品のいい男がその体を軽く引いた。

「まあまあ。そのくらいに。まだ子供じゃないか」

「級を上げる前に、礼儀くらい身につけろ」

 戦士は三人をひとにらみして席に戻り、それきり何も言わなかった。

 三人のD級勇者は、すっかりしぼんでいた。さっきの威勢は、もうかけらもない。

「店主さん、あの……依頼の報告に行ってきます……」

 うつむいて立ち上がり、逃げるように外へ向かう。

「まだ勘定が済んでねえぞ。六杯で、銅貨七十二枚だ」

 払ってから行くように言うと、三人は「あっ」と声を漏らし、あちこちのポケットを探り始めた。

 ずいぶん探し回った末に、三人合わせて出てきたのは、銅貨四十何枚。

 どうしていいかわからない顔で、黙って俺を見ている。ついさっきまで俺にすごんでいた連中が、今はこの情けない姿だ。おかしくて仕方がない。

「依頼の報告に行くんだろ? 報酬をもらってから払いに来な」

 苦笑しながら、そう言ってやった。

 三人の目に、助かった、という色が浮かんだ。少しばかり感謝も混じっていたようで、そのままくるりと向きを変え、勇者ギルドへ駆けていった。

 俺も屋台の奥に戻り、拭き布を取って、三人の使ったテーブルと腰掛けを拭き始めた。別に、あいつらが嫌だからじゃない。腰掛けじゅうに泥をこすりつけていったのだ。きれいに拭かなきゃ、次の客に座ってもらえない。

 拭き終えて、いくらもしないうちに、三人がギルドから走ってきた。

 俺の前できちんと銅貨七十二枚を数え、うやうやしくテーブルに置く。それから俺を見て、戦士の方もちらりと見た。

「礼はどうした」

 戦士は顔も向けず、低く、厳しい声で言った。

「ありがとうございます! 店主さん、ありがとうございます! ありがとうございます!」

 三人は振り返りもせず、一目散に逃げていった。

 屋台に、また笑い声が上がった。

 秋風が吹く。そろそろ夕方で、戦士たちのテーブルも勘定になった。俺はそちらへ歩いていった。

「さっきは、ありがとな」

「店主さんは、気が長いですね」

 品のいい男が、笑って言った。

「まあ、若いからな。すぐ頭に血が上るんだ。そのうち痛い目を見て覚えるだろ」

 戦士が俺の手に銅貨を渡し、尋ねた。

「店主、ちょっと聞きたいんだが。ここからカラグニアまでは、あと何日くらいかかる?」

 ああ、やっぱり北の方から来た勇者なのか。

 少し考えてから、顎をなでながら答えた。

「ルル門を出て、道なりにずっと西へ行けば、足が速けりゃ五日くらいでアムニウって街に着く。王国で二番目に大きな街だから、そこで一度休むといい。そこからまた西へ八日で、西の辺境伯(へんきょうはく)の領地だ。村なんかがいくつかある。さらに二日も行けば、王国とカラグニアの国境あたりに出るよ」

「わかりました。ありがとうございます」

 品のいい男が笑顔で礼を言った。

「気をつけてな」

 二人は席を立ち、やがてルル通りの向こうへ姿を消した。

 秋の日は、ますます短くなる。暗くなるころには、通りにもほとんど人がいなかった。店じまいをしていると、ポカペラが出てきて、ギルドの扉に鍵をかけた。

「今日、あの三人に何か怒鳴られてなかった?」

 いつもの無表情だ。

「大したことねえよ。ガキが三人、礼儀を知らなかっただけだ。それより、あいつら何の依頼を受けたんだ? えらく得意になってたけど」

 ただ気になったので、笑って聞いてみた。

「堰堤(えんてい)の補強。それだけ」

 ポカペラはだるそうに手を振り、そのまま帰っていった。

 数日後。

 王都に雨季が来た。しとしとと雨が降り続き、通りはどこも湿って、じっとりしている。雨になると、商売はさっぱりだ。勇者たちも、依頼を受けたり報告したりする用がなければ、ほとんど出歩かなくなる。毎年、この時期から客足が遠のき、次の春までは戻らない。

 屋台で火竜白檀(かりゅうびゃくだん)のひしゃくをいじっていると、魔法薬の店の老魔法使いが、にこにこしながらやって来た。

「おや、じいさん。今日は雨なのに、茶を飲みに来てくれたのかい?」

 俺も笑って声をかける。

「店にもろくに客が来なくてね。弟子に任せて、茶で体でも温めようと思ってさ」

「はいよ。いつもの金糸草花茶(きんしそうはなちゃ)でいいんだよな?」

 すぐに立ち上がり、新鮮な金糸草の花と、乾燥させて保存しておいた野葡萄の根を取り出して配合し、葉を煮て渋みを抜いた。ほどなく、湯気の立つ金糸草花茶をポットに入れ、老魔法使いの前に置いた。

 老魔法使いが、俺のじいさんの若いころの話をしてくれていると、あの三人がまた現れた。頭に手をかざして雨をよけながら屋台の前まで来て、俺の顔をうかがい、おっかなびっくり中へ入ってくる。俺はそちらを振り返った。

「おや、勇者様がお三方。今日もお茶ですか?」

 笑って、少しからかってやった。

 三人は雨を避け、屋台のひさしの下に横一列に並んでいた。ヒョロ長、並々、チビ丸。この段々になった並びは、何度見てもおかしい。

「店主さん、あの……無料のお湯だけ、もらえませんか?」

 ずいぶんおとなしくなったもんだ。

 その様子に、思わず笑ってしまった。

「お湯もただじゃねえよ。一杯銅貨一枚。こっちも商売だからな」

 三人は顔を見合わせ、うなずいた。

「じゃあ、お湯を三杯お願いします」

 そう言って、空いている席に座る。

 老魔法使いと目が合った。二人して声を上げて笑い、俺は湯を注ぎに立った。

「で、今日は何しに来たんだ?」

 三人の顔を見て聞く。

「何しにって……お湯を飲みに来たんです」

 並々が俺を見て答えた。

「とぼけんなよ。お湯なら家で飲めるだろ。わざわざ金を払って、うちまで飲みに来るか? え? 正直に言ってみな」

 そう言ってからかうと、三人は互いに顔を見た。やがて、チビ丸が口を開いた。

「店主さん……その、俺たち……勇者の話を聞かせてもらえませんか?」

 こりゃ困った。

 勇者の話なんて、知らねえぞ。

 しばらく考えた。二十年以上、うちの屋台には勇者が入れ代わり立ち代わり来ている。だが、俺を相手に、自分の冒険を長々と語っていった奴は確かにいない。ほかの勇者の冒険をテーブルで話していることはたまにあったが、わからない話には興味もなく、ろくに聞いていなかった。

 俺がまともに知っている冒険の話といえば、グリエルに魔法をかけられて、人の股間を蹴りに行った一件くらいだ。

 それは話せねえだろ。

 困って顎をなでていると、三人は俺が話したくないのだと思ったらしい。

「この前は、本当にすみませんでした。店主さんは毎日、あんなにたくさんの勇者に会ってるんですから。お願いします。勇者の話、聞かせてください」

 チビ丸は真剣だった。どうしても聞きたい、という気持ちが顔に出ている。

「話したくねえんじゃなくて、本当に知らねえんだよ。長いこと店をやってるけど、勇者だって、ここにはちょっと休みに来るだけだ。自分の冒険を俺に聞かせてくれた奴なんていないんだ」

 そう説明すると、三人は見る間にしょげてしまった。

 若い奴はこれだ。浮かれるのも早けりゃ、落ち込むのも早い。

「それに、何で人の話を聞きたいんだ? お前らだって勇者だろ。そのうち自分で冒険するんじゃねえの?」

「それがいつになるか、わからないんですよ。この前は堰堤の修理。次も堰堤の修理。あとは麦刈りの手伝いとか。今、ギルドにあるD級向けの依頼って、そんなのばっかりなんです」

 ヒョロ長が、うんざりした声でこぼした。

「なあ、それ、前にも誰かに聞いた気がするんだけどよ。王都の周りの堰堤って、そんなにあちこち直さなきゃならねえのか?」

 片手を腰に当て、もう片方を三人のテーブルについて聞いた。

「知りませんよ。この前行ったところなんか、堰堤の中がもうぼろぼろで。それを、俺たち何人かだけで直すんです。あんな仕事、二度もやりたくないですよ」

 並々はテーブルに上半身を投げ出し、力なく言った。

「勇者の話が聞きたいのかね?」

 俺も三人も、いっせいに振り返った。老魔法使いが、にこにこしながらこちらを見ていた。

「ご存じなんですか?」

 俺は老魔法使いに尋ねた。

「この歳まで生きていれば、勇者の話もいくらかは知っているよ」

 老魔法使いは、穏やかな顔で笑う。

 三人は急に元気になった。期待に目を輝かせて、老魔法使いを見つめている。

「聞きたいなら、こっちにおいで。話してあげよう」

 三人は勢いよく立ち上がり、湯の入ったカップを持って、老魔法使いのテーブルへ移っていった。

 俺は空いたテーブルを拭き、今日使ったカップを洗いながら、話に聞き入っている三人を眺める。

 勇者の話って、そんなに面白いもんなのか?

 俺は勇者と接することが多すぎて、かえって、そんなもんだと思ってしまうのかもしれない。

 それから数日、三人はちょくちょく顔を出すようになった。老魔法使いがいれば、一人一杯、銅貨一枚の湯を頼んで、昔の勇者の話を聞く。いなければ、俺に軽く頭を下げて帰っていく。

 この三人の聞き手ができてから、老魔法使いも前よりよく来るようになった。記憶の中で古びた話を、誰かに聞いてもらえるのがうれしいのかもしれない。

 またある日、雨脚が強くなった。客の一人もいない屋台で退屈していると、ちょうど三人が前を通りかかった。

「どこ行くんだ? また依頼か?」

 何となく声をかけただけだった。

 ところが、三人ともひどくしょげ返っている。どうにもならない、とでも言いたげな顔だ。ヒョロ長が、力のない声で答えた。

「この前直した堰堤が、また水漏れしてるそうです。仕事がちゃんとできてなかったから、もう一度直してこいって、ギルドに言われて……」

「ああ」

 そう返したものの、それ以上何を言えばいいのかわからなかった。三人は黙って歩いていく。ルル門から城外へ出ていくのを、俺は見送った。

 三日目、雨がやんだ。

 午後になって、三人が泥だらけで戻ってきた。顔には疲れが色濃く出ている。城門をくぐると、ルル通りをまっすぐうちまで来て、空いている席にへたり込んだ。三人とも、ばらばらな格好でテーブルに突っ伏している。見ただけで、もう動く力も残っていないのがわかった。

 しばらくたっても、何も頼まない。お湯を三杯、ただで出してやるか。そう迷っていると、急に三人の席から大きな声が上がった。

「もうやめるのかよ!」

 チビ丸がヒョロ長に食ってかかっている。

「お前は、いつまでこんな仕事を続けるつもりなんだよ!」

 ヒョロ長も負けていない。

「まだ一つしか依頼をやってないだろ!」

「こんな依頼、一つやったって十やったって同じだろ!」

 声はますます大きくなる。並々は二人の言い合いを見ているだけで、ほとんど口を挟まなかった。

「我慢して、こういう依頼をいくつもこなせば、C級にだって上がれるだろ」

 チビ丸は、まだ説得しようとしていた。

「我慢したいなら、一人でしてろよ。俺は明日、勇者の登録を取り消してもらう」

 ヒョロ長はきっぱりと言った。

 これには並々も黙っていられなかった。

「そんな言い方するなよ。小さいころから、何をするにも三人一緒だっただろ? 勇者になろうって言い出したのだって、最初はお前ら二人じゃないか。俺も、一緒にやりたいと思ったんだよ。まだ一つしかやってないんだし、もう少し続けてみようぜ。ほかの依頼だって、そのうちあるだろ?」

 ちょうど、別のテーブルの客が勘定を済ませたところだった。そちらも勇者の一団だ。帰り際、一人が三人の方を向いた。

「おい、お前ら。勇者を続けるかどうかは、別にどっちでもいい。ただ、中途半端な覚悟じゃ死ぬぞ」

 それだけ言って、屋台を出ていった。

 三人はようやく言い争うのをやめた。そのまま座り込み、誰も何も言わない。

 やがて、ヒョロ長が先に立ち上がった。

「俺は帰る。あとは二人で好きにしろよ」

 そう言い残して、行ってしまった。

 残された二人は、いつまでも黙っていた。顔が沈んでいる。

 退屈な依頼よりも、友達が行ってしまったことの方が、この二人にはずっとこたえたのかもしれない。

 それから数日、三人そろっている姿は見かけなくなった。

 チビ丸と並々が二人でギルドへ行き、一緒に城外へ出ていくのは見た。依頼だろう。ヒョロ長はいない。老魔法使いの話を聞きに来るのも、二人だけになった。

 ヒョロ長が抜けると、あの三段階の釣り合いが崩れてしまう。もう、見ていても面白くない。茶のテーブルについた二人を眺めていると、座る位置まで、どこかしっくりこなかった。

 老魔法使いの話は、いくらでもあるらしい。どこまで本当で、どこから作り話なのか、俺にはわからない。まあ、話す方も聞く方も楽しけりゃ、それでいい。

 ある日、話を聞き終えた二人が、こんなことを尋ねた。

「おじいさん、一人で冒険する勇者の話はないんですか?」

 老魔法使いは、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。

「ずっと昔、魔王との戦争のころには、一人で冒険する勇者もいたよ」

「じゃあ、今度はそういう勇者の話を聞かせてもらえませんか?」

「でも、それは私が聞かせたい話ではないんだ」

「どうしてですか?」

 チビ丸が聞いた。

「私の知る限り、仲間のいない勇者は、あまりいい結末を迎えていないからね」

 そう言って、老魔法使いは髭をなでながら、はははと笑った。

 チビ丸と並々は、何か考え始めたようだった。やがて、並々が真剣な顔で俺を見た。

「俺を見るなよ。仲間がそんなに大事だとは思わねえけど。まあ、勇者じゃねえしな、俺は」

 それだけ答え、俺はほかの客と話をしに行った。

 ときどき目をやると、二人は真剣な顔で老魔法使いと何か話している。友情だの、衝動だの、若さだの。そんな言葉が切れ切れに聞こえた。

 年寄りは、やっぱり子供の相手がうまいもんだ。

 しばらくすると、チビ丸と並々はうれしそうに立ち上がり、老魔法使いに別れを告げた。それから俺のところへ来て、手に銅貨を二枚載せる。

「なあ、お前ら。次はちゃんと茶を飲んで、もう少し儲けさせてくれねえか?」

 からかってやると、チビ丸が元気よく答えた。

「はい、店主さん!」

 並々も俺に笑いかけ、二人は勢いよく駆けていった。

 チビ丸の短くて太い脚が、なかなかの速さで交互に動いている。やっぱり、笑ってしまう。

 数日後。

 昇って間もない太陽が、雨に濡れたルル通りを少しずつ温めていた。遠くから、三つの人影が近づいてくる。

 高い、普通、低い。細い、普通、太い。

 あの釣り合いだ。初めて見たときと同じ、おかしな三人組だった。

 三人とも自信に満ちた顔で、少し浮き立っている。そこも、最初に会ったときに似ていた。

 うちがもう開いているのに気づくと、三人は自分たちから寄ってきた。

「店主さん! 三人で依頼に行ってきます!」

 チビ丸と並々を見て、それからヒョロ長を見た。

「お前、勇者はやめたんじゃなかったのか?」

 手を止めて聞くと、ヒョロ長は、そう聞かれるのがわかっていたように笑った。痩せた顔の、頬骨(ほおぼね)の下に二つのくぼみができる。

「やめましたよ。でも今回は、友達として一緒に行くんです」

「へえ……ああ、そりゃいいな。気をつけて行ってこいよ」

 何と言えばいいのかわからず、笑ってそう言った。

「はい! 戻ったら、まずここでお茶を飲みます!」

 三人は並んで歩いていく。東から射す日が、その背にちょうど当たっていた。ぼろぼろの革鎧も、少しは光を返す。

 まあ、光の当たる面積は、それぞれ違うけどな。

 三つの背中が、やがてルル門の向こうへ消えた。

 若いころの友情ってのは、いいもんだな。

 前掛けを持ち上げ、手を拭きながら思った。

 俺にも、ああいう友達がいたことはあっただろうか。子供のころから今まで、ずっと思い返してみる……やっぱり、一人もいなかった気がする。

 いつか、あんな友達ができたら。それは俺にとっても、いいことなんだろうか。

「店主! 茶、三杯!」

 客の声に、考え事を遮られた。

「あいよ! はいはい、ただいま!」

 やっぱり、金が一番の友達だ!

 雨は降ったりやんだりを繰り返し、ルル通りの石畳の隙間にも、苔(こけ)が生え始めた。

 三人が出かけて何日になるか、俺は数えていなかった。これまでの堰堤の修理や麦の刈り入れなら、二、三日で帰ってきた。今回は少し長い気もするが、わざわざ気にすることでもないだろう。

 さらに何日か降って、ようやく雨がやんだ。太陽はときどき雲の間から顔を出し、少し暖かくなったと思うと、またすぐに引っ込んでしまう。

 ある日の昼過ぎ。ルル門から入ってくる人や馬車の流れの中に、見覚えのある姿があった。

 高いのと、普通の。

 チビ丸はいない。

 二人は俺に気づき、人の流れを抜けて、こちらへやって来た。近づいて初めて、顔に涙の跡があるのがわかった。相変わらず汚れているが、泥だけじゃない。乾いた血も混じっているようだった。

 俺の前まで来ると、二人はいきなり、わっと声を上げて泣き出した。慌てて前掛けで手を拭き、驚いて二人を見た。

「どうした? チビ丸は?」

 並々が泣きじゃくりながら、言った。

「スライムに殺されたんです!」

 何も言えなかった。

 人を慰めるなんて、もともと俺にはできたためしがない。しかも、スライムに殺されたというのは……何と言えばいいんだろう。俺でさえ見たことのある、ありふれた魔物なのだ。

「ああ」

 うなずいてはみたものの、それだけで済ませるのも、どうかと思った。さんざん考えた末に、ようやく一言、絞り出した。

「もう勇者はやめて、家に帰ったらどうだ」

 ヒョロ長と並々は、泣きながらうなずいた。何も言わず、すすり泣きながら去っていった。

 振り返ると、屋台で茶を飲んでいた何人かの勇者と目が合った。今の話は聞こえていたらしい。何とも言いようのない顔で、俺を見ている。

 目を合わせたまま、誰も何も言わなかった……。

 日が暮れかけていた。

 荷物を全部荷車に積み、帰ろうとしたところへ、ギルドの戸締まりを終えたポカペラが、まっすぐやって来た。何も言わず、テーブルに積んでおいた腰掛けを一つ下ろすと、どすんと座り、そのままギルドの扉をぼんやり見つめている。

 その様子を見て、俺は慌てて荷車の引き手を下ろし、脇にしゃがんだ。

 しばらくすると、脚がしびれてきた。左右交互に脚を揺すりながら、横目であいつを見る。相変わらず、生気のない顔だ。

「何かあるなら言えよ。早く帰りたいんだけど」

「うーん……あの依頼はやめときなって言ったんだけど、聞かなかった。でも、あとで考えたら、スライム数匹ならD級の依頼なんだよね。あの三人が受ける依頼なんだよね」

 ポカペラは抑揚のない声で、独り言のように言った。

「それで今、自分を責めてるのか?」

 少し驚いた顔で、こちらを振り返る。

 何言ってるの、この人。

 そう言いたげな目だった。

「自分を責める? 別に。ただ、馬鹿は勇者にならないでほしいなって」

 そう言うと、ポカペラは立ち上がり、自分の肩をもんで、ため息をついた。

「はあ……明日の朝は、また訃報(ふほう)を書かなきゃ」

 それだけ言って、帰っていった。

 俺もようやく荷車を引き、家へ戻った。

 翌朝。

 勇者ギルドの外壁に、また訃報が貼り出された。

 訃報

 ペタラフ・オラヴィス

 D級勇者

 王国暦237年10月28日

 魔物討伐中に殉職

 通算依頼数:3

 通算討伐数:0


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


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