第三章 未登録の勇者 エルフの弓手 ヴィシャ
内陸にあるグラテン王国の真夏は、とにかく蒸し暑い。上からは太陽が照りつけ、地面からは熱気が立ちのぼる。その間に挟まれた人間は、蒸し釜に放り込まれたようなものだ。
おかげで、この時季の商売は一年でいちばんいい。暑さにたまりかねた通りすがりの人たちまで客に加わり、何を出しても、面白いように売り切れる。
夏の新作
ラズベリー入り霜草茶
銅貨十二枚
はちみつミントのひえひえ茶もどうぞ
二杯目は二割引!
こんな看板を書いて、屋台の外、道端に置いてみた。効果はてきめんだった。いちばんすごかった日は、昼を過ぎたばかりだというのに、茶の桶が全部空になった。大急ぎで家から花や葉を持ってきて、その場で追加を仕込まなきゃならなかったほどだ。
銅貨を数えすぎて、手がつりそうだ!
一日の儲けだけで、銀貨が何枚にもなる。この調子なら、秋までに金貨一枚くらいたまるんじゃないか? そうしたら俺も、饗宴大通りの高級な店に入って、ビロードの服を一着買ってやる。
「店主、何をにやにやしてるんだ?」
その声に、汗臭い現実へ引き戻された。手にした拭き布を置き、へらへら笑っている勇者を見る。
「うるせえ、茶でも飲んでろ! 飲んだらさっさと次を頼め!」
俺はぶっきらぼうに返した。
「次はただで飲ませてくれるのか?」
「馬鹿言え。その剣を俺にくれるんなら、ただにしてやるよ」
男はぺろりと舌を出して首をすくめ、また同じテーブルの連中と茶を飲みながらしゃべり始めた。
俺もほかの客の相手に戻った。忙しくて、笑いが止まらない。
一組の客を送り出したところで、看板の前に異国の女が立っているのに気づいた。
二十代くらいだろうか。長い髪も目も、淡い金色をしている。鼻筋が高く、頬骨も高い。髪の間からのぞく耳の先が、妙に尖って見えた。背は俺と同じくらい。細身で、いかにも身のこなしが軽そうだ。茶色の革鎧には、よく見ると金糸が縫い込まれている。背中には、何かの宝石をはめ込んだ短弓と、斜めに掛けた矢筒。
どう見てもグラテンの人間じゃない。どこかから来た冒険者だろう。
女は看板を見て、俺を見て、それから屋台を見た。また俺を見て、屋台を見る。いつまでもそうして見比べるばかりで、一向に動こうとしない。
「お茶はいかがですか? 暑いですから、冷たいのでも飲んで涼んでいきませんか?」
いつまでも立たせておくわけにもいかず、俺から近づいて愛想よく声をかけた。何しろ、背中の弓にはまった、あのでかい宝石。目の前できらきら光ってるんだからな。
女は何も言わず、そのまま屋台に入ってきた。
「どうぞ、こちらへ。あちらはちょっと汗臭いので。ここなら風も通りますから」
俺はにこにこと媚び笑いを浮かべ、通りに近い、風通しのいい席へ案内した。
ところが、女は座っても注文をしない。ただ、俺の顔をじっと見つめている。何を考えているのかわからず、だんだん怖くなってきた。
「あの、この夏の新作があるんですが、一杯いかがですか?」
「金糸草花茶はありますか?」
初めて聞く声だった。甲高くも、しゃがれてもいない。どこか深みがあり、それでいて、すっと耳の奥まで届く。不思議と引きつけられる声だった。
だが、俺は黙ってしまった。
ないわけじゃない。ただ、あれは、何と言うか……俺だって、今出すのはどうかと思う。
金糸草は、ソラニア西大陸の南部に生える、秋にしか花をつけない植物だ。秋に摘んだ花と葉を、花三、葉一の割合で用意する。まず葉を煮て渋みを抜き、その湯を捨てる。新しい湯を沸かして花と葉を入れ、蒸らしてから氷砂糖を加える。飲めば体が温まり、寒さをしのげる。
つまり、今の季節に飲むものじゃない。
去年の秋、花を仕入れすぎたうえに、秋も冬も売れ行きが悪かった。だから家に材料は残っている。ただ、鮮度の方は、とても褒められたものじゃなかった。
「お客さん、この暑いのに、あれを飲むんですか? 余計に暑くなりますよ。こちらの新作の霜草茶にしませんか?」
「金糸草花茶は、あるんですか、ないんですか?」
淡い金色の目が、俺を見据える。どうしても譲る気はないらしい。
俺は女の顔を見て、それから弓の大きな宝石をちらりと見た。
「あります! 何とかします! ただ、少しお待ちいただけますか?」
「ええ。待つのは構いません」
それを聞くなり、俺は常連の勇者にしばらく店番を頼み、家まで走った。小さな物置へ飛び込み、材料を置く棚のいちばん上から、残りの金糸草の花を引っ張り出す。見たところ、まだ使えそうだ。
今度は台所へ駆け込み、銅のやかんを出した。湯を沸かし、花と葉を量り、葉を煮て、湯を捨てる。もう一度湯を沸かして、花と葉を蒸らす。氷砂糖も忘れずに!
そうして銅のやかんを提げ、小走りで屋台へ戻った。ここまで、一時間もかかっていない。
女は、少し期待のこもった目で待っていた。俺はきれいな陶器のカップを出し、まだ湯気の立つ金糸草花茶をなみなみと注いで、テーブルに置いた。少しばかり得意になって、にこにこしながら飲むのを見守る。
「味が違います」
たった一口だった。
「どう違うんですか?」
胸がひやりとした。最高の味じゃないことくらい、俺だってわかっている。それでも、すぐに聞き返した。
「違うんです、この味じゃありません」
女はカップを置いた。目には、はっきりと失望が浮かんでいた。
「お客さん、金糸草花茶は秋冬に飲むものですから。この時季だと、どうしても材料の鮮度は落ちますよ。だからさっきも、今が飲み頃の新作をおすすめしたんです。でしたら、この一杯はお代をいただきませんから、何か別のものにしませんか?」
「鮮度だけの問題じゃありません。作り方が違うんです。こんな味になるはずがありません!」
きっぱりと言い切る声に、怒りと、俺を責めるような響きが混じった。さすがに、こっちも面白くない。
「ちょっと、お客さん。そう言われちゃ、こっちも黙ってられませんよ。材料が古いってんなら認めます。でも、どうしてもこれが飲みたいって言うから、わざわざ作ってきたんでしょうが。この季節に出してる店がほかにあるか、王都じゅう探してみてくださいよ!」
俺も引かなかった。無理を言ってるのは、向こうなんだから。
「作り方が違うと言っているんです!」
女がテーブルを叩き、勢いよく立ち上がった。俺と同じ高さで目が合う。急に、押されるような圧を感じた。
「ふざけんな! こっちは二十年以上、この屋台をやってんだ! この茶はずっとこうやって作ってる! 俺に茶の淹れ方を教えるつもりか!」
「このぼろ屋台には、八十年前にも来たんですよ!」
「でたらめ言ってんじゃねえ!」
とうとう二人で怒鳴り合いになり、勇者たちが次々に止めに入った。散々言い合った末に、女は一言、
「明日、また来ます!」
そう言い捨てて背を向けた。俺はすぐに追いかけ、行く手を遮る。
「金! まだ金を払ってねえぞ!」
「明日また来ます。ちゃんと作れたら払います。作れなかったら、できるまで作り直してください」
歩きながら、そんなことを言い放つ。
もう我慢ならなかった。どこまで横暴なんだ。俺は追いついて、その腕をつかんだ。
「金を払うまで帰さねえぞ!」
次の瞬間、眉間にひやりとしたものを感じた。見ると、女はすでに振り向き、目を怒らせて弓を引いていた。矢じりが、まっすぐ俺の額を狙っている。いつ矢をつがえたのか、反応する暇もなかった。
「明日も! また! ぜひ! お越しくださいませ!」
気をつけ! 礼! お客様をお見送り!
くそっ、怖すぎるだろ。本気でやるのかよ。
女は弓を収め、歩いていった。俺は媚び笑いを貼りつけたまま、その姿が見えなくなるまで見送った。
それから黙って屋台へ戻り、腰を下ろす。
くそっ、腹が立つ! ああ、腹が立つ!
テーブルを叩き、自分の太ももを叩いた。客たちが周りに集まってきて、まあ落ち着け、この暑いのに怒りすぎて体を壊すぞ、と口々になだめてくれる。
「ところで店主、エルフを見るのは初めてなのか?」
さっき二杯目をただにしろと言っていた勇者が、不意にそんなことを聞いた。
「エルフ? あれがエルフだって?」
腹は立っていたが、訳もわからなかった。確かに、今までエルフを見たことはない。
「そうだよ、エルフだ。それより、この屋台って何年くらいやってるんだ?」
「何年やってるかは知らねえよ。俺で四代目だ」
俺はぶっきらぼうに答えた。
「じゃあ、八十年前に来たってのも、本当かもしれないな」
勇者は顎をさすりながら考え込んだ。
俺はそいつを見た。そいつも、俺を見る。二人とも、黙ったままだった。
夜、家に帰ると、まず翌日売る夏の茶を仕込んだ。それから、あの女の言葉を考え始めた。
作り方が違うって、何だよ。親父に教わった通りだぞ。間違ってるわけないだろ。まあいい。材料が古いのは確かなんだから、まずはそこを何とかしよう。
その晩、あれこれ考えた末に思いついたのは、先に葉を煮て渋みを抜き、花と合わせて、氷をいっぱいに詰めた小さな桶で一晩冷やしておくことだった。翌日は桶ごと屋台へ持っていく。あのエルフがまた来たら、その場で湯を沸かし、氷も一緒に入れて蒸らせばいい。
翌日。
朝早く、氷の桶も屋台へ運んだ。途中で溶けてしまわないよう、わざわざ冬服を何枚か引っ張り出して、桶をぐるぐると何重にもくるんでおいた。
昼を少し過ぎたころ、案の定、あのエルフが来た。
まだ怒っているらしい。むっつりした顔で、挨拶もせず、勝手に席を選んで腰を下ろす。
「あ、お待ちしてました! 昨日、いい方法を思いつきましてね。今日のお茶は、きっとうまくいきますよ!」
俺は両手をすり合わせ、へらへらと愛想を振りまいた。
情けねえ。自分でも情けなくなるくらいの媚びっぷりだ。
「早く出してください」
穏やかな声だったが、有無を言わせなかった。
「はいっ!」
小走りで桶へ向かい、巻きつけた冬服をほどく。氷と金糸草の花を銅のやかんへそのまま移し、火にかけた。煮立つ少し前に氷砂糖を加え、沸騰したところですぐに注ぎ出す。念のため、小さな木の匙で自分でも一口飲んでみた。
悪くない。材料が新鮮じゃないのは変わらないが、一晩冷やして氷ごと沸かしたせいか、味がすっきりして、花の香りも前よりよく立っている。
これならいける。
「味が違います」
冷たく、それだけだった。
「ほら、私もいろいろ考えたんですよ。一晩冷やして、氷ごと沸かしたんです。香りも引き立ってますし、材料が古い分も、少しは補えてるでしょう? 昨日とは味が違うの、おわかりになりますよね?」
どれだけ工夫したか、何とか伝えようとした。本当に、こっちは精いっぱいやったんだぞ!
「作り方が違うと言ったでしょう。明日また来ます」
それだけ言って立ち上がり、出ていった。俺はその場に突っ立ったまま、見送った。もう逆らう勇気はなかった。
通報だ! 通報してやる! くそっ、治安兵団だ!
夕方、いつもより早く店を閉め、治安兵団の西地区の詰所へ急いだ。この二日間、どんなひどい目に遭わされたか。声にも身振りにもたっぷり気持ちを込めて、話に尾ひれまでつけて聞かせてやった。
「そりゃひどい!」「何様のつもりだ!」「法を何だと思ってる!」
そんなふうに一緒になって怒ってもらうと、すっかり気が晴れた。足取りも軽く家へ帰る。
へへっ。金糸草花茶だか何だか知らねえが、作りたい奴に作らせろ。明日は兵を連れてきてやる。覚えてろよ。
仕返しできると思うと、いい気分だった。そのまま、俺はうとうとと眠りに落ちた。
翌朝。
治安兵団は、本当に来てくれた。小隊長が一人、ほかに三人。全員、鎧を着込み、武器を携えている。屋台の外に立ってくれるだけで、何倍も心強かった。
俺はさっそく、霜草茶を四杯出した。この暑い中、善良な市民を守りに来てくれたんだ。お礼くらいしなきゃならないだろう。
屋台には、いつもの穏やかな空気が戻ったようだった。
昼近く、女が来た。屋台へ入ろうとした、その瞬間、俺は指を突きつけて叫んだ。
「あいつです!」
小隊長は俺を見ると、三人を連れて女の前へ出た。入口で行く手を塞がれた女は、彼らを一度見て、それから俺をじっと見た。淡い金色の目に何かが浮かんでいたが、俺には読み取れなかった。
女は暴れるでもなく、抵抗する様子もなかった。小隊長が何か二言三言話しかける。よく聞こえなかったが、詰所へ来てもらう、とでも言っているのだろう。女も素直に応じているようだった。
小隊長が女を連れて歩き出し、ほかの兵たちも、周りを囲んだままついていく。
十数歩進んだところで、一行の足が止まった。
女が懐から何かを取り出して、小隊長に渡したようだった。パピルスか何かだろうか。首を伸ばしてみたが、兵たちの体に遮られて、よく見えない。
見えたのは、小隊長がそれをしばらく丹念に眺め、女の顔を見て、それからこちらへ顔を向けたところだけだった。目が合った。
小隊長はそれを女に返し、ゆっくりと俺の方へ歩いてきた。
目の前まで来ると、大きな手で俺の肩をぽんと叩いた。その目にも声にも、俺を哀れんでいるのがにじんでいた。
「店主、この件には手を出せん。何日か、店を休んだらどうだ?」
俺は呆然と立ち尽くした。
じゃあ、さっきの霜草茶、四杯分の金を払ってくれないか。
そう思ったが、とうとう口には出せなかった。
小隊長はため息をつき、もう一度、強く俺の肩を叩いた。それから背を向け、兵たちを連れて引き揚げていった。
……。
法を破った奴をどうにもできないって、それじゃこっちは生きていけねえだろ! あのエルフ、いったい何者なんだ?
胸の底が冷えきっていた。顔から血の気が引き、俺は屋台の腰掛けにへたり込んだ。
女がゆっくり近づいてきて、俺の横に立つ。見下ろす目には、蔑みがあった。顔を上げてみたものの、目を合わせることもできず、また黙ってうつむいた。
「今日は、金糸草花茶を用意してないんです」
泣きそうな顔で、そう言った。
「時間が必要なんですね?」
女はちらりと俺を見て、そのまま続けた。
「十日あげます。十日後に飲みに来ます」
俺はうつむいたまま考えた。
十日? 十日後は安息日じゃないか!
「十日後は安息日ですよ。店を開けられないのに、どうやって飲みに来るんです?」
指を折って数えてみせた。
「私にお茶を作るのも、商売なんですか?」
冷たくそう言い、女は背を向けた。
考えてみれば、そうかもしれない。こいつ一人に作るだけで、しかも出来が悪けりゃ金も払わない。金を払わないんなら、確かに商売には……って、俺は何を考えてるんだ!
「せめて、何か手がかりくらい教えてくださいよ!」
立ち上がり、遠ざかる背中に声を投げた。
女は足を止めず、顔だけ少しこちらへ向けた。
「八十年前は、そんな作り方じゃありませんでした。探してください」
やがて、その姿はルシエ広場の向こうへ消えた。
真夏の湿った風がルシエ広場を吹き抜け、鉄錆と勇者たちのすえた汗の臭いを、呆然とした俺の顔へ吹きつける……。
夜、家に帰ると、パンを何口かかじっただけで、親父の残した茶の作り方を探し始めた。じいさんの物は、もうとっくになくなっている。何一つ残っていない。
ようやく戸棚の上に木箱を見つけた。蓋を開けると、親父が書き留めた配合や手順が入っていた。夢中で紙を繰っていく。
金糸草花茶
秋に摘んだ新鮮な金糸草の花と葉を使う。
花三、葉一の割合。
先に葉を煮て渋みを抜く。
新たに湯を沸かし、花と葉を入れて蒸らす。
氷砂糖を加える。
合ってるじゃねえか。親父に手取り足取り教わったのと、何も違わない。じいさんと親父じゃ、作り方が違ってたのか?
そんなことを考えながら、地下の物置へ降りた。もう少し花を出して、じっくり試してみるつもりだった。
そこで、とどめを刺された。
金糸草の花が、もうない。
力が抜け、どうにか寝台へ這い上がって、仰向けになった……。
真夏の朝日が差し込み、窓の外では鳥が鳴く。こうして、十日間のカウントダウンが始まった。
一日目。
午前中は店を開けなかった。何とも言えない気分で、城外の平民の墓地へ行き、じいさんとばあさん、それに親父の墓の前で、散々文句を言ってやった。
誰が来たのか、墓前には花束が一つ置いてあった。
二日目。
午前中はいつも通り商売をした。午後は早めに店を閉め、王都の西と南にある、見つけられる限りの茶の店を回った。まだ金糸草花茶を出している店では必ず飲み、新鮮な花が手に入るところを知らないかと尋ねてみた。
こんな真夏に、わざわざ体を温める茶を探して飲む。しかも飲みすぎて、やたら小便が近い。何軒かの店主には、体が冷えて精も衰えていると思われたらしく、地精草をもっと生でかじれと勧められた。
花の仕入れ先を聞いても、連中は面白がるばかり。ブル中央市場で運を試すしかない、という返事だった。
三日目。安息日。
朝早く起きて、ブル中央市場を一日中歩き回った。返ってくる答えは、種ならあるが、新鮮な花はない。
すっかり望みをなくした帰り道、饗宴大通りを通った。両側に並ぶ馬車も、高級な店の品々も、いちいちまぶしく目に刺さる。
はあ。この夏は金貨を一枚ためるつもりだったのに。まだ、そんな望みはあるんだろうか。
四日目。
気力がわかない。店はいつも通り開けた。打つ手は見つからず、何事もなし。
五日目。雨。
さらに気力がなくなった。手立てがないうえに、雨で客まで少ない。商売人の間には、こんな言葉がある。
風が吹けば半分、雨が降ればおしまい。
俺はテーブルに上半身を投げ出し、何もする気になれず、ぼんやりしていた。ふと、目の端にあのエルフの姿が映る。遠くから歩いてくるところだった。
雨で人通りの少ない道では、背の高い、すらりとした姿がよく目立つ。足取りも軽い。その片手には、細い体に不釣り合いな、何か黒い塊がぶら下がっていた。
おい、まだ十日たってねえぞ?
俺は体を起こし、女をじっと見た。
こっちへ来るつもりはないらしい。女はずっと通りの向こう側を歩いていたが、勇者ギルドの前で俺をちらりと見ると、扉を開けて中へ入っていった。
そのとき、手に提げている物がはっきり見えた。
熊の首だった。
長い牙がむき出しになり、生気のない目が不気味に飛び出している。大きさも尋常じゃない。普通の熊の頭の、少なくとも倍はある。それを女は、玩具でも提げるように、何の苦もなく運んでいたのだ。
背骨に長い針を突き立てられたように、背筋がぴんと伸び、全身がぞくりと震えた。
どうする? 逃げるか? 五日後、茶が作れなかったら、本当に殺されるんじゃないか?
俺の首も、あの熊みたいになるのか。そんなことばかり考えていたのだが、思いがけず、六日目に道が開けた。
六日目。
午後も、相変わらず気の滅入ったまま商売をしていた。しばらく来ていなかった勇者たちが一つのテーブルを囲み、茶を飲みながら楽しそうに話している。
一人が俺の様子に気づいたのか、声をかけてきた。
「よう、店主。最近どうしたんだ? 何かあったみたいじゃないか」
俺は使い終わったカップを洗いながら、ここ数日のことを、力のない声で一から話した。
「へえ、そんなことになってたのか。昨日、ギルドであのエルフを見たよ。それまで見たこともなかったし、ここに登録してる勇者でもないんだが。それにしては妙なんだ。ギルドの連中が、やけに敬っててな。ずいぶん腰が低かったよ」
仲間をまとめているらしい戦士が、腕を組み、話しながら自分でも考え込んでいた。
「で、店主は今、何に困ってるんだ?」
「この季節に新鮮な金糸草の花なんて手に入らないんだよ。ブル中央市場にもなかったし、ほかの茶の店にも聞いた。どこもないってさ」
洗ったカップをきれいな水の入った桶へ沈めながら、投げやりに答えた。
「でも、売ってますよ。どこで買えるか、知ってます」
同じテーブルから、別の声がした。
え?
俺は目を見開いて、そいつを見た。驚きとうれしさと、どっちが勝っていたのか、自分でもわからない。声の主は、魔法使いのローブを着た若い勇者だった。
「本当か? 新鮮な金糸草の花を、どこで売ってるか知ってるのか?」
喉から声が飛び出した。
「ええ、知ってますよ」
若い魔法使いは、別に不思議なことでもない、といった調子で落ち着いて答えた。
俺はそのテーブルへ駆け寄り、戦士を少し押しのけて腰を下ろした。期待を込めて、若い魔法使いの顔をじっと見る。
「ルル通りを王城の方へ進んでください。デューク通りの少し手前に、北へ入る路地があります。角に時計屋があるので、すぐわかりますよ。そこを五十歩ほど入ったところに魔法薬の店があって、そこで売っています」
若い魔法使いは淡々と道順を教えてくれたが、そんな店で売っているとは思いもしなかった。
「なんで魔法薬の店に、新鮮な金糸草の花があるんだ?」
「金糸草の花は、魔法薬を作るのにも必要なんです。採った植物を魔法で新鮮なまま保存しておく魔法使いもいますよ。そうすれば、一年中、薬の材料に困りませんから」
俺が何か言う前に、若い魔法使いは続けた。
「ところで店主さん、一つ聞いてもいいですか?」
「ん? 何だ?」
「結局、何に困ってるんですか? 作らなければいいんじゃないですか?」
言葉が出なかった……。
そんな手があるのか? 最初から、そんな手もあったのか?
「あのエルフ、お茶を作らなかったら何かする、とでも言ったんですか? うまく作れなければ払わないと言っただけですよね。それなら、作らなければいいんじゃないですか?」
若い魔法使いは、馬鹿を見るような顔で、不思議そうに俺を見ていた。同じテーブルの連中も、急に何かに気づいたように、同じ顔になった。
糞がまずくて困ってる、と言う俺に、じゃあ食わなきゃいいだろ、とでも言いたげな目だった。
わかった。
俺は何も言わなかった。今、何を答えても、自分から糞を食っていると認める羽目になる。
黙って立ち上がり、へらりと笑ってみせ、そのまま仕事に戻った。連中はしばらく俺を見ていたが、突然どっと笑い出した。それからまた、俺にはわからない勇者の話に戻っていった。
午後の早いうちに、茶は全部売り切れた。このところ、余分に仕込む気力もなかったからだ。
店じまいをして空を見る。太陽がルル門の上へ下りてくるまでには、まだ間がある。
売っている場所がわかったんだから、いっそ行ってみるか? どうしても作れなかったら、そのときは堂々と、やらないと言えばいい。
そう考えながら荷車を引いて家へ戻り、荷物を置くと、すぐにデューク通りへ向かった。
若い魔法使いに教わった通りに行くと、店はすぐに見つかった。看板はどれほど風雨にさらされてきたのか、縁がぼろぼろになっている。そこに描かれた、緑の液体が入った小瓶だけは色が鮮やかで、つい最近塗り直したらしい。建物は扉を除いて、丸ごと濃い紫に塗られていた。ところどころ壁が剥がれているが、下からのぞく煉瓦まで同じ紫だ。こんなことでもなければ、一生縁のない店だったろう。
大きく息を吸い、木の扉を押し開けた。
中の造りは普通の店と変わらない。ただ、棚に並ぶ物も、壁に掛かった物も、台の上に置かれた物も、何が何だかわからないが、とにかくすごい。不思議な色がそこらじゅうにあふれ、万華鏡の中に入り込んだようだった。青、緑、赤、紫の薬液が入った瓶で、壁の半分が埋まっている。その隣には、干したトカゲやコウモリ、ほかにも正体のわからない動物を液に漬けた瓶が何列も並ぶ。入り口の右手には、木や金属でできた杖が整然と立ててあった。どれにも妙な石がはめ込まれているが、いちばん不思議なのは、支える台がどこにもないことだ。形もばらばらな棒が、床の上にただ、しっかりと立っている。
店のいちばん奥にはカウンターがあり、その背後、天井近くに、何の動物のものとも知れない巨大な角が吊るされていた。
「若いの、何か探し物かい?」
カウンターの向こうから、よく通る声がした。
そこでようやく、店に人がいることに気づいた。しかも、一人じゃない。
声の主は、紫の模様を縫い込んだ黒いローブを着た、長い髭の老人だった。髪も髭も真っ白だが、いくつなのか、見当がつかない。顔を見れば間違いなく老人なのに、目には力があり、声にも張りがある。血色もよく、どこもかしこも生き生きとしている。ほかに二人、魔法使いらしい格好の者がいた。客だろうか。そいつらも、この場で一人だけ浮いている俺を見ていた。
「あの……こんにちは……」
おずおずと挨拶をした。
「ここで、金糸草の花が買えると聞いたんですが……」
「金糸草の花を、何に使うんだい?」
老人は不思議そうだった。
「俺は……ルシエ広場で茶の屋台をやってまして。お茶を作るのに、花が要るんです」
すっかり縮こまって説明すると、老人は俺を上から下まで、じっくりと眺め始めた。しばらくそうしてから、口を開く。
「サンドリュー……君とは、どういう関係だね?」
「え? じいさんをご存じなんですか?」
まさか、ここでじいさんの名が出てくるとは思わなかった。
俺の返事を聞くと、老人の顔から警戒するような色がすっと消えた。懐かしい知り合いにでも会ったように、親しげな笑みが浮かぶ。
「おいで。もう少し近くへ」
手招きされるまま、カウンターの前まで進んだ。老人はまたしばらく俺の顔を見つめ、笑った。
「縁とは面白いものだね。今思い出したが、君のおじいさんがここへ来て、最初に言ったことも、君とまったく同じだったよ」
「じいさんも、ここへ金糸草の花を買いに来たんですか?」
「そう。それが、私たちの知り合ったきっかけだった」
しばらく黙って、その不思議な巡り合わせを思った。
「でも、どうしてじいさんも、ここへ買いに来たんですか?」
老人は笑みを浮かべたまま、俺を見た。
「知らないだろうが、昔はこの王都の周りに、金糸草は生えていなかったんだ。花は南の国々から運ばれてくる、高価な薬材でね。魔法の材料としても使われていた。それが……」
髭を指で撫でながら、昔話でもするように語ってくれる。
「それが?」
「君のおじいさんが、この店へ来た」
老人は俺から目を外したまま、髭を撫でて笑っていた。
「どういうことですか?」
こちらへ向き直ると、今度は一言一言、確かめるように言った。
「この王都の周りで、最初に金糸草を育てたのは、君のおじいさんだよ」
老人の顔を見つめたまま、言葉が出なかった。そんな話があったなんて、思いもしなかった。
老人は、続きを話してくれた。
「ある日、ちょうど今の君と同じように、おじいさんがこの扉を開けて入ってきてね。金糸草の花は買えないか、飲み物を作りたいんだ、と言った。そのとき一緒にいたのが、ヴィシャというエルフだった。私も、この花でどんな飲み物ができるのかと思って、少し分けてあげたんだ。
しばらくすると、おじいさんが駆け込んできてね。うまくできたから、茶を飲みに来てくれと言う。私もうれしくてね。それからはよく屋台へ顔を出すようになって、だんだん親しくなった。
またしばらくして、今度は金糸草の種を一袋、手に入れてもらえないかと頼まれた。あれには困ったよ。まだブル中央市場もなかったころだ。師匠に何度も頼んで、ようやく伝手をたどって南から取り寄せてもらった。それをおじいさんに渡すと、あのエルフと二人で、王都の外に蒔いたんだ。
今、この辺りに生えている金糸草は、みんなそこから広がったものなんだよ」
話す間、老人の顔から笑みが消えることはなかった。目にも温かな光が宿っている。じいさんとよく茶を飲んでいた、あのころへ戻っているようだった。
「あの、そのヴィシャっていうエルフは、背が俺と同じくらいで、頬骨が高くて、細身で……髪も目も薄い金色で、弓に宝石がはまってませんでしたか?」
老人が、はっと顔を上げた。
「ヴィシャが戻ってきたのかい?」
俺はうなずいてから、尋ねた。
「それで、その後は?」
老人はまた八十年前へ思いを戻し、先ほどと同じ、温かな表情で話し始めた。
「その後、いつだったか、エルフがいなくなった。私がまた屋台へ茶を飲みに行くと、味が変わっていてね。おじいさんが作り方を変えたのかもしれない。
やがて王都もにぎやかになって、何かというと流行りものが生まれるようになった。金糸草花茶の作り方を教えてくれと、おじいさんのところへ来る者も大勢いたよ。飲んだ味を覚えて帰って、真似して作る者もいた。そうして王都中に広まって、どこの茶の店でも飲めるようになったんだ。
けれど、それから一度も、あの最初の味には出会っていない」
老人の話を聞きながら、俺もその昔をたどっていた。あの最初の味まで、話と一緒に舌に届いてくれたら、どんなによかったろう。
「あの……最初は、どんな味だったか、覚えてますか?」
「年寄りに難しいことを聞くね。八十年も前だよ。少し考えさせておくれ」
老人は考え込んだ。俺は黙って待った。
「思い出した!」
老人がカウンターをぽんと叩いた。俺は慌てて耳と頭を総動員し、次の言葉を待ち構えた。
「甘さが違った。それは確かだ。今の金糸草花茶には、氷砂糖を入れるだろう? あの甘さは、飲めばすぐにわかる。でも、おじいさんの茶は氷砂糖じゃなかった。もっとほのかで、やわらかい甘さだったよ。それから……何と言えばいいのかね……大地の味がした」
老人は確信したようにうなずいた。
「うん。大地の味だ」
氷砂糖なしで甘くて、大地の味。
頭の中が焼けそうだった。
いくら考えてもわからない。ひとまず花を買って帰り、あとは家で考えることにした。
「わかりました。覚えておきます。それで、金糸草の花を売っていただけますか?」
「売る? 少ししか残っていないが、全部あげよう。ただ、一つ気をつけてほしい。ここの花は魔法で新鮮なまま保っているんだ。魔法の効く場所から出せば、半日もしないうちに傷んでしまう。今日は全部持っていかずに、使うときに取りに来るといい」
ありがたい話だった。俺は喜んでそうさせてもらうことにした。
老人は店の奥へ引っ込み、ほどなく小さな布袋を持って戻ってきた。渡された袋を開くと、金糸草の花が入っている。まるで今、摘んできたばかりのようだ。
袋の口を縛って腰に下げ、頭を下げて礼を言った。
「あの、もう一つ聞いてもいいですか?」
「何だい?」
「ヴィシャっていうエルフは、じいさんと、どういう関係だったんですか?」
聞こうかどうしようか迷っていたことを、とうとう口にした。
「正直なところ、私にもわからない。あのころは、いつも二人でいるのを見たが……恋人同士かと言えば、そうは見えない。では友達かと言うと、それも違う気がしてね」
老人は髭を撫でながら、記憶をたどっていた。
「魔法使いって、皆さんそんなに記憶力がいいんですか?」
俺は笑って、話をそらした。
「はははは。覚え違いもあるかもしれないよ。これだけ年月がたってはね。さて、どうだったろうねえ」
老魔法使いは声を上げて笑った。
店を出ると、日はもうすっかり沈んでいた。俺は急いで家へ走り、まずは金糸草の花を氷の上に置いた。少しでも長く、新鮮なまま保たせたかった。
それから、延々と考え続けた。
氷砂糖を使わずに甘くする方法なら、ないわけじゃない。先に氷を使って、花を水出しにすればいい。だが、大地の味って何だ?
結局、その日のうちに答えは出なかった……。
七日目。
朝一番に、一晩氷で冷やしておいた金糸草の花を確かめた。もう、はっきりわかるほど傷み始めていた。
それから俺は、自分でも意外なことをした。
書き上げたばかりの看板を抱えて屋台へ走り、入り口に立てかけた。
臨時休業。
そのまま振り返りもせず、家へ駆け戻った。
帰ると、もうじき使い物にならなくなりそうな花を水に浸した。午後までじっくり水出しにしてから、鍋ごと火にかける。沸騰する寸前に下ろし、一口飲んでみた。
確かに、ほんのかすかな甘みはある。だが、これでは甘さが足りないだろう。そもそも、大地の味とは何だ?
さっぱりわからない。
夕方が近づくころ、これ以上こうしていても仕方がないと思った。もう一度、あの魔法薬の店へ聞きに行くことにした。
扉を開けると、老魔法使いがにこにこと俺を見た。
「昨日の花は、もう使い切ったのかい?」
俺はさっそく用件を切り出した。
「じいさんが最初に金糸草を植えた場所、ご存じですか? 明日、行ってみたいんです」
老魔法使いは親指でこめかみを揉み、眉を寄せた。
「おじいさんから聞いた覚えはあるんだが。ちょっと待っておくれ。ええと……」
俺は急かさず、カウンターの前で静かに待った。老魔法使いはうつむいて考え込んだり、顔を上げて宙を見つめたりしていた。そうしてずいぶんたってから、ようやく口を開いた。
「饗宴門を出て、西へしばらく行くと、小川のそばに水車小屋があるだろう? あそこで川を渡って、裏の丘を越えるんだ。その向こうに大きな木があってね。何の木だったか……そこまでは思い出せないが、とにかく、その辺りだよ」
饗宴門から西。水車小屋のところで川を渡る。丘の向こう、大きな木のそば。
よし、覚えた。
礼を言い、その日は花をもらわずに帰った。今夜は早く寝て、明日の朝一番に出かけよう。そこへ行けば、何か思いつくかもしれない。
八日目。
夜が明ける前に起き、パンと水を入れた小さな布袋を背負って家を出た。饗宴大通りまで来たところで、ようやく鶏が鳴いた。
人のいない大通りの両側には、まだ閉まったままの高級な店が並んでいる。それを見ていたら、ふと、ルル通りと大して変わらない気がした。
饗宴門を出て、そのまま西へ向かう。あの水車小屋なら知っている。王都の近くでは、わりと名の知れた建物だ。麦畑や草地をいくつか通り過ぎ、一時間あまり歩くと、遠くに見えてきた。
水車小屋の脇でズボンの裾をまくり、小川を渡って丘を登り始めた。小さな丘とはいうが、これがなかなか高い。息を切らしながら延々と登って、やっと頂上にたどり着いた。
まだ午前中なのに、日差しが頭を容赦なく焼く。麦わら帽子をかぶってくればよかった。
その光の中、丘の向こうには谷が開けていた。真ん中に一本、大きな木が立ち、広げた枝葉がひときわ目を引く。
あそこだ。
そこからまたしばらく歩き、ようやく木の下にたどり着いた。俺は立ち止まった。
谷は、見渡すかぎり金糸草に覆われていた。真夏の日差しが降りそそぎ、一面の葉が、やわらかな緑の光を返している。
大きな木の下、金糸草の中には、大きくも小さくもない四角い石が立っていた。何も刻まれていない。その脇の土には、石が倒れていた跡が残っている。
俺は辺りを見回し、深く息を吸った。この景色を、匂いごと胸にしまうように。
じいさん、あんた、天才じゃねえか。
そう思ったのは、王都で最初の金糸草を、じいさんがこれだけ広く育てたからじゃない。ここへ来た途端、あのやわらかな甘さと、大地の味の正体がわかったからだ。
金糸草に交じって、もう一つ、そこかしこに茂っている植物があった。
野葡萄だ。
王国は、ソラニア西大陸でも有数の葡萄の産地だ。畑で育てる葡萄も、野葡萄も、国中にいくらでもある。じいさんも茶を作るとき、身近にある葡萄で味をつけようとしたのだろう。
だが、実が採れる季節は限られている。しかも甘みも酸味も強すぎて、金糸草の花の淡い風味が負けてしまう。
自然な甘さを取り、大地の味――あの、土の持つ自然な風味も加える。それなら、使ったのは葡萄の根茎に違いない。
後々、材料を揃えるのに困らないように。だからじいさんは、もともと野葡萄の茂っていたこの場所に、最初の金糸草を植えたのだ。
そこまで考えがつながって、今度は小刀を持ってこなかったことを後悔した。
だが、構うものか。手近な野葡萄の下にしゃがみ込み、素手で夢中になって土を掘った。掘り出した根茎を手で折り、足で踏み、石で叩き、切り離す。
二時間後、俺は木陰の小さな石碑のそばに座り、水をむさぼるように飲んでいた。ぱさぱさのパンをかじり、葡萄の根茎でいっぱいになった布袋を、うれしく眺める。
両手は赤く腫れ、十本の指のうち七本は皮が破れていた。
どうでもよかった。それだけの甲斐はあった。
午後、くたくたになって王都へ戻った。まず家で根茎を全部洗い、日当たりのいい場所へ広げて干した。それから魔法薬の店へ行き、また金糸草の花を分けてもらった。
老魔法使いは俺の疲れ切った姿と、傷だらけの指を見て驚いていたが、やがて笑みを浮かべた。
「見つかったかい?」
「見つかりました」
九日目。
一日かけて、味の釣り合いを探った。
まず葉を煮て渋みを抜く。新たに湯を沸かし、葡萄の根茎を弱火で煮る。そこへ葉と、前の晩から氷で冷やして水出しにしておいた花を、氷ごと入れて蒸らした。
飲んでみる。方向は合っている。配合が違う。
配合を変えて、飲む。まだ違う。
配合を変えて、飲む。まだ違う。
配合を変えて、飲む。
これだ。全部、これだ。
花の香り、葉の青み、葡萄の根茎の甘さ、大地の味。すべてが、釣り合った。
日が沈みきる前に、俺は金糸草花茶を少し持って、魔法薬の店へ走った。カウンターにあった老魔法使いの陶器のカップをひっつかみ、中の水を床へざっと捨て、代わりに俺の茶をなみなみと注ぐ。
老魔法使いは、またあの驚いた目で俺を見た。それから黙って、一口飲んだ。
期待に満ちた俺の目の前で、言葉が二度、出かけて止まった。
「君……」
「まさか……」
しばらく顔を見合わせた。やがて、二人とも声を上げて笑った。
「これからは、飲みたくなったら言ってください」
帰る前に、明日使う花の一部を冷たい水に浸し、氷で冷やしておいてもらえないかと頼んだ。朝一番に取りに来れば、花もいちばん新鮮なまま使える。傷む心配もない。老魔法使いは、喜んで引き受けてくれた。
家に帰って寝台に横になり、火竜白檀のひしゃくを取り出して、手の中でいじっていた。この数日のことを考えた。俺がまだ小さかったころに死んだ、じいさんのことも。あの大きな木の下の、金糸草と野葡萄のことも。
ひしゃくを枕元に置いた。ほのかな白檀の香りの中で、その夜はよく眠った。本当に、よく眠った。
安息日。
通りには、ほとんど人がいなかった。
朝早く魔法薬の店へ行き、水出しにした金糸草の花と氷を受け取った。屋台へ戻って葉を煮て、葡萄の根茎を弱火でじっくり煮る。花と葉を加えて蒸らし、俺は腰を下ろした。
あとは、彼女を待つだけだ。
しばらくして、ルシエ広場に、あのすらりとした姿が現れた。立っているだけで、目を引く女だった。
こちらへ歩いてくる顔には、いつもの蔑みと不機嫌さがあった。だが、屋台へ近づき、自信たっぷりの俺を見ると、一瞬、驚きと期待が浮かんだ。
すぐにまた、不機嫌な顔へ戻った。それでも、俺は見逃さなかった。
女は、一脚だけ出しておいた椅子に座った。俺は何も言わず、茶を一杯注いで前に置き、片手を腰に、もう片方をテーブルについて、その横に立った。
女がカップを取り、一口飲む。
表情が、わずかに変わった。
もう一口。今度は口の中でゆっくり味わい、飲み下す。それから顔を上げて、俺を見た。
何と言えばいいのだろう。顔つきまで変わっていた。まるで鎧をすべて脱ぎ捨て、何も装わなくなったかのようだった。
俺に弓を向けたときの冷たさも、熊の首を提げてギルドへ入っていったときの殺気も、十日の期限を言い渡したときの傲慢さも、もうどこにもない。
薄い金色の長い髪と、同じ色の瞳を持つ、二十代にしか見えない、きれいな女の子だった。
その目には、俺には読み取れないものが光っている。長い年月、抑えてきた思いが、今になってあふれようとしているのかもしれない。
女は湯気の立つカップを、両手で包んでいた。真夏の日差しだけでも、十分すぎるほど暑いというのに。
「私……ヴィシャです」
小さな声だった。
「知ってる」
俺も小さく答えた。
「あら。本当に探しに行ったんですね」
「ああ、探してきたよ……」
「あと、その孫を見るみたいな目、やめてもらえませんか?」
女が、ぷっと吹き出した。
目を細め、片手で口元を半分隠して、くすくすと笑っている。そのよく響く笑い声は、鈴を転がすように澄んでいた。
「おじいさんと……本当によく似ていますね」
まだ、笑みが残っていた。
「あの……ところで、あんたとじいさんって……どういう関係だったんだ?」
何日も胸に引っかかっていたことを、おそるおそる尋ねた。
ヴィシャは俺を見なかった。両手の中でカップを弄び、顔を寄せて、もう一度その香りを吸い込む。しばらく、何かを考えるように微笑んでいた。
「そうですね……実は、このお茶、土の香りがまだ少し違うんです」
「お嬢様! もう勘弁してくださいよ!」




