第十四章 引退した弓手 ハンター
オストランドの主教に対する追放命令は、王都の女神教徒たちの間に反発を招いた。だが、結局は抑え込まれ、大きな騒ぎにはならなかった。それ以来、ウルフがギルドへ来る回数は目に見えて増えた。出入りする姿を見かけるたび、その顔には不安の色が浮かんでいた。
春の暖かさが増し、王都の枝々には、若葉に交じって鮮やかな花が咲き始めた。屋台は相変わらず忙しかった。木の銭箱の中で銅貨が触れ合う澄んだ音とともに、半月がするりと過ぎていった。
ある朝、まだ茶を二、三杯売ったばかりのころ、ウルフがまた慌ただしくギルドへ入っていくのが見えた。
それからしばらくして、いつもの仕事に追われていると、背後から、やけに聞き覚えのある声で呼ばれた。
「おう! 坊主!」
荒っぽく、年季の入った声だった。それでいて、腹の底からよく響く。
振り返ると、男が屋台の外に立ち、俺に笑いかけていた。五十過ぎくらいだろう。豊かなひげは半分ほど白くなり、幅の広い顔には深いしわが幾筋も刻まれている。黄ばんだ歯の隙間から、笑い声が噴き出していた。
背は低いが、がっしりしていて、腹も出ている。革鎧はその肉に押されてぱんぱんに膨らみ、上からは何の動物だかわからない毛皮のマントを羽織っていた。腰の左右に矢筒が一つずつ。背中には、飾り気のない狩猟弓を背負っている。
ん? どこかで見た顔だな?
じっと見つめて、記憶を探った。
「ああ! ハンターさんじゃねえか! 何年ぶりだよ!」
思い当たるなり、声が出た。
「おう、久しぶりだなあ! がははは!」
ハンターは腹を突き出して、大笑いした。
「引退して、もう何年になる? 元気にしてたか?」
慌てて前掛けで手を拭き、迎えに出た。
ハンターも、昔は勇者ギルドに登録していた弓手だった。親父の代から、うちの常連だ。俺がまだ小さかったころの記憶にも、この背の低い、がっしりしたおじさんは残っている。
何しろ、弓手と聞いて思い浮かべる姿とは、体つきがあまりにも違っていた。
「おう、元気だ! 引退してからは村に腰を据えて、猟師やってるぞ。坊主、こっちの商売はどうだ? 面倒なことに巻き込まれたりしてねえか?」
ハンターは俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「やっと念願の猟師になれたんだな。これで名実ともにハンターってわけだ。ははは。おかげさんで、うちもどうにかやってるよ。何かあっても、何とか切り抜けてる」
そう言って手を取り、屋台へ引っ張っていこうとすると、ハンターは慌てて断った。
「いやいや、今日はウルフに呼び戻されてな。会議があるんだ。終わったら茶を飲みに来るよ。坊主、俺の好きな茶、まだ覚えてるだろ?」
「覚えてるとも。地精草玄米茶、玄米多めだろ? じゃあ、先に用を済ませてきなよ。終わったら寄ってくれ」
俺は笑って言った。
ハンターも黄ばんだ歯を見せて笑いながら、俺を指さし、その指先を軽く上下させた。
よく覚えてたな、坊主。
そう言いたげだった。
それから向きを変え、勇者ギルドの扉をくぐっていった。
太陽はゆっくり頭上へ移り、やがて西へ傾き始めた。屋台の屋根の布が落とす影も、少しずつ長くなっていた。
テーブルを拭き終えた俺は腰を下ろし、木のひしゃくを取り出していじっていた。二年も手でなで回しているうちに、火竜白檀のひしゃくの柄は、すっかりつやつやになっていた。
そのとき、向かいのギルドの扉が開いた。
意外にも、ハンターとグリエルが一緒に出てきた。ほかにも何人か勇者がいて、それぞれ二人に挨拶をしてから去っていった。
すると、通りを挟んでいてもよく聞こえる声で、ハンターがわめき始めた。
「会議に呼びつけといて、飯も出さねえのか、このギルドは! 若いの、先に向かいで座ってな。何か食うもん買ってくるからよ」
グリエルに言っている。
グリエルは、ぎこちなく笑っていた。いつものあの偉そうな態度も、ハンターにはまるで通用しないらしい。
「はい……」
笑いながらうなずいた。
「で、何食う?」
「僕は……何でもいいです。お金はあとで払いますから」
グリエルは少し肩をすぼめた。
今度はハンターがこちらを向いて、大声を張り上げた。
「坊主! お前も何か食うか? まとめて買ってくるぞ!」
急に呼ばれて、ぽかんとした。この人、昔とちっとも変わってねえな。
「何でもいいよ! ハンターさんに任せる!」
ハンターは大きな腹を突き出して、ルル通りへ歩いていった。グリエルは何ともいえない顔でその背中を見送り、それから屋台へ入ってきて、まっすぐ壁際のテーブルについた。
注文を聞こうと近づいたが、口を開く前に、いきなり服をつかまれて引き寄せられた。
「店主、あの人のこと、よく知ってるのか?」
小声で聞かれる。
「ああ。うちに三十年以上、茶を飲みに来てた人だぞ。それで知らねえわけねえだろ?」
グリエルは服から手を離し、続けて尋ねた。
「それで、頼りになる人なのか?」
俺は顎をつまんで、少し考えた。
「何の話かによるな。勇者としての腕前は、俺にはわからねえよ。でも、三十年以上もやってたんだから、そう悪くはねえんじゃないか?」
「人柄は?」
「ああ、ちょっと世話焼きが過ぎるところはあるけどな。人柄なら、俺が胸を張って保証するよ。文句なしだ」
そこは、自信を持って答えられた。何しろ、付き合いが長い。ずいぶん前に親父が死んだときも、ハンターは黄ばんだ歯をむき出しにして、声を上げて泣いていたのを覚えている。
グリエルは、ようやく安心したようだった。数秒考え込んでから、言った。
「そうか。それならいい」
「で、何飲むんだ?」
しばらくして、グリエルの頼んだ茶と、ハンター用に玄米を多めにした地精草玄米茶をテーブルに置いた。
茶を用意している間も、グリエルはずっと考え込んでいた。邪魔するのも悪いので、先にほかの客のところへ行った。
手が空いてから、もう一度そちらを見ると、考え事はひとまず済んだらしく、カップを手に茶を飲んでいた。俺はそばへ寄った。
「なあ、何の会議だったんだ? ハンターさんまで呼び戻すなんてよ」
どうにも気になっていた。
グリエルは、いつもの目つきで俺をちらりと見た。
「それは気にしなくていい……」
そう言って、しばらく黙った。
かと思うと、不意にこちらを向き、じっと俺を見た。その真剣な顔に、思わずぎょっとした。何か考えるようにしばらく見つめてから、ようやく小声で言いかけた。
「店主、どこか別の場所へ引っ越そうとか、考えたことは……」
言い終わらないうちに、遠くから張りのある声が響いてきた。同時に、肉のいい匂いが漂ってきた。
「おう! 坊主! 俺の茶、用意してあるか!」
二人で振り向いた。
ハンターが、どこで買ってきたのか、馬鹿でかい皿を両手で抱えていた。香辛料を利かせて辛く焼いた猪の脚が、丸ごと一本載っている。突き出した腹で皿の底を支え、うれしそうに運んできた。
グリエルは、度肝を抜かれたようだった。笑顔とも困り顔ともつかない表情で、口をぽかんと開け、その端がかすかに引きつっていた。
「店主……あの人、昔からああなのか?」
驚きと戸惑いの混じった声だった。
ははは、と乾いた笑いが出た。
「さっき言っただろ。ちょっと世話焼きが過ぎるんだって……」
ハンターが慎重に皿をテーブルへ下ろすと、たちまち屋台は焼き肉屋のような匂いになった。茶の香りなど、すっかりかき消されてしまった。
さらに肉を何切れかちぎり、ほかのテーブルにいた顔なじみの勇者たちにも配って回った。
「遠慮すんなよ。お前らも食え」
配り終えると席に戻り、肉を頬張っては茶を飲み、また肉を頬張る。その取り合わせを、大いに楽しんでいた。
グリエルは、こほん、こほんと二度咳払いした。
「では……食べながら、お話ししませんか」
いつもの偉そうな態度も、さすがに引っ込んだらしい。香辛料の香る猪の脚には勝てず、小さく肉をちぎって口へ運んだ。
「それと、店主。少し席を外してくれ……」
肉をかみながら、俺に言った。
「いいって、いいって。坊主だって身内みてえなもんだろ」
ハンターは、構わず食って飲んでいる。
グリエルが少し振り向き、俺をにらんだ。
そんなににらまれなくたって、別に聞きたいわけじゃねえよ。
俺はそいつをちらりと見て、焼き肉を何切れかちぎった。あとはおとなしく、食いながらその場を離れた。
二人は食べながら話していたが、何しろハンターの声がでかい。聞く気がなくても、いくつかの言葉が耳に入ってきた。
カラグニア。遠征隊。魔物の痕跡を見分ける。
おや、何をするんだ? 冒険にでも行くのか?
そんなことを思った。
しばらくして、二人ともだいたい食べ終えた。ハンターは満足そうに腹を叩いている。肉はまだずいぶん残っていて、持ち帰れば今夜も十分食えそうだった。グリエルも、そっと口元を拭いた。
「では、それぞれ準備を進めて、七日後に出発しましょう」
グリエルは立ち上がり、俺に茶代を渡した。それからハンターにも、食事代として銀貨を一枚渡した。
最後に俺を見たが、結局、何も言わずに帰っていった。
「何の話だよ。やけに秘密にするじゃねえか」
グリエルのカップを片づけながら、言ってみた。
「坊主、俺も詳しくは知らねえんだ。ただ、上がわざわざ俺を呼び戻したんだから、よっぽど大事な用なんだろうよ」
ハンターは腹をさすりながらそう言うと、げっぷをした。臭いがまともに来て、思わず目をつぶった。
「よく言うよ。強い勇者なら、ほかにも山ほどいるだろ。ハンターさんを呼び戻すくらいで、そんなに大事な用かね?」
そのだらしない様子に、笑ってしまった。
「おいおい、言ってくれるじゃねえか。そりゃ、戦いや魔物の掃討じゃ、俺はそう強い方じゃねえかもしれん。だが、道案内や追跡、狩り。それに、痕跡を読んで魔物を避けることなら、俺にかなう奴はそうそういねえぞ。大げさじゃなくてな」
ハンターは得意そうに俺を見た。
「おいおい、さっきカラグニアって聞こえたぞ。じゃあ、魔物を倒しに行くんじゃなくて、魔物を避けに行くのか? 何しに行くんだよ、それ」
ハンターは爪で歯の間の肉をほじり出し、それから指をちゅっと吸った。
「本当に、俺も知らねえんだよ。もう聞くなって」
そう言って、へへっと俺に笑いかけた。両手をテーブルについて立ち上がり、銅貨を十数枚置くと、肉の載った大皿をまた抱え上げた。
「せっかく王都まで来たんだ。ほかにも古い馴染みに会ってくるよ。じゃ
翌朝、荷車を引いて屋台に着くと、まずはしばらく念入りに匂いを嗅いだ。一晩、風にさらされたおかげで、あの脂っこい匂いはもう残っていない。ようやく安心して、店を出す準備に取りかかった。
午後も、何もかも順調だった。ところが、太陽が西へ傾き始めて間もなく、ルル通りのずっと向こうから、背の低い、がっしりした人影が歩いてくるのが見えた。腹を突き出し、動物の皮をうず高く抱えている。ハンターの両脇では、通行人が次々に口と鼻を覆い、大きく飛びのいていた。
まずい! あれは、ざっと下処理をしただけの、まだなめしていない生皮だ!
ハンターは、まるで気にする様子もなく鼻歌を歌いながら、その生皮の山を抱えて屋台へ入ってきた。そして、テーブルにどんと置いた。重い音とともに、生皮の生臭さと獣臭さが一気に広がった。俺も客たちも鼻をつまみ、たまらず顔をしかめた。
「ハンターさん、なめしてもいねえ生皮をこんなに集めて、何する気だよ?」
鼻をつまんでいるせいで、声が妙に甲高くなった。
「わかってねえなあ。なめしてねえからいいんだよ」
本人は、この臭いが少しも苦にならないらしく、にかっと笑っている。
「いや、革細工の店でも始めるつもりか?」
「おう、説明してやるよ。外に出るとな、勇者の鎧は光を反射するし、鉄臭えだろ。それに人間の臭いや汗の臭いもある。動物や魔物には、ずっと遠くからでも嗅ぎつけられちまうんだ。だから、この生皮を鎧に巻くのよ。そうすりゃ光も反射しねえし、人間の臭いも隠せる。いい考えだろ?」
ハンターは腰に手を当て、自分の計画を説明した。
「はいはい、正しいよ。さすが本職だよ。でも、先にそれ持ってってくれねえか? これじゃ商売にならねえよ」
そこでようやく気づいたらしい。ハンターはぐるりと見回し、みんなが鼻をつまんでいるのを見ると、気まずそうな顔になった。
「おっと、そうだそうだ。すっかり忘れてた。がははは! じゃあ、先にギルドへ置いてくるからよ。茶を一杯、用意しといてくれ」
生皮の山をまた抱え上げ、通りを渡っていった。扉を開けるのにずいぶん苦労してから、勇者ギルドの中へ入っていった。
茶を注ぎ終えても、まだ戻ってこない。向こうを見ると、ポカペラがギルドの扉を勢いよく開け放ち、足早に飛び出してきた。二度ほど、げえっとえずいてから、外の空気を大きく吸い込んでいる。
その後ろからも、職員や勇者が何人も飛び出してきた。たちまちギルドの前は、深呼吸をする連中でいっぱいになった。
さらに少しすると、ぎいっと音がして、三階の窓まで開いた。記憶が確かなら、あそこはウルフの会長室だ。
思わず吹き出してしまった。ハンターさんも大したもんだ。いつも何かしら強烈な臭いを連れてくる。
しばらくして、ハンターが申し訳なさそうにへらへら笑いながら出てきた。屋台のテーブルにつき、俺が用意した茶を飲み始めた。俺はほかの客の茶を用意したり、カップを洗ったりと忙しく、構ってやらなかった。
ハンターは辛抱強く待っていた。俺の手が空いたのを見て、ようやく声をかけてきた。
「坊主! 今度の安息日、ちょっと連れてってほしいところがあるんだが」
「いいよ。どこへ行きたいんだ?」
いつもの癖で、前掛けに手を二度こすりつけた。
「お前の親父に会いに行こうと思ってな。もう何年も行ってねえからよ」
そう言われて、一瞬きょとんとした。それから少し笑って、うなずいた。
その日、グリエルはハンターを訪ねてこなかった。ハンターは、昔の記憶をたどるように屋台に座り、今の若い勇者たちを眺めていた。ときおり、自分を覚えている勇者に出くわすと、そちらへ行ってしばらく話し、豪快に笑った。西の空の雲が色づき始めるまでそうしていて、それから一人で帰っていった。
夕方、ポカペラが来た。今度は慎重に匂いを嗅ぎ、変な臭いがしないのを確かめてから、まっすぐこちらへ来て腰を下ろした。
桶の底に残った茶を半杯ほどすくい、少し水を足した。これで味が濃くなりすぎない。ポカペラはカップを持ち、無表情のまま、ぼんやり座っていた。
「昨日、俺に何か用だったのか?」
荷車の脇にしゃがんで聞いた。
「うん……」
一口すすり、少し考えてから続けた。
「別に、用ってほどでもないんだけど……最近、ちょっと変な感じがして」
「何が変なんだ?」
「うん……このところ、会長がすごく不安そうなの。あんな会長、見たことない。それで、ギルドの中まで、何だか変な空気になってて」
ポカペラはぼんやりした顔で、独り言のように話した。
「ああ、そこは俺にはわからねえな。そういや、ちょっと聞きたいんだけどよ。ただ気になっただけなんだが、グリエルたち、カラグニアへ行くんだって? 何でわざわざハンターさんを呼び戻したんだ? もういい年だろ。トラレンツが王都にいるじゃねえか」
気になって、やっぱり聞かずにはいられなかった。
ポカペラは、はっとこちらを向き、驚いた顔で俺を見た。
「おじさん、それ、誰から聞いたの?」
「昨日、グリエルとハンターさんが、うちで相談してたんだよ。グリエルには席を外せって言われたけど、いくつか言葉が耳に入っちまってな」
「そっか……」
それを聞くと、ポカペラはまた無表情に戻った。
「おじさん、詳しいことは私も知らない。言えるのは、確かにカラグニアへ行く遠征隊が組まれたってこと。でも、ただの魔物討伐じゃないみたい。参加する人は全員、会長が直々に指名したの。トラレンツさんは、そもそも候補にも入ってない」
そう言うと、またゆっくり、何口か茶をすすった。
聞いても、ますますわからなくなった。考えてみたところで、何も浮かばない。
そのまま、俺もポカペラも黙っていた。月は、さっきより少し高く昇っていた。ポカペラは空にかかる、冷たく澄んだ細い月を眺めながら、ようやく茶を飲み終えた。カップを俺に返し、腰掛けから立ち上がった。
「おじさんも、あんまり考えすぎないで。それと、この話、ほかの人にはしないでね」
「え、何の話だ?」
この中に、何か秘密にするようなことがあったか?
ポカペラは呆れた目で俺を見ると、ひらひら手を振って帰っていった。
それから数日、ハンターは毎日来た。ときどきギルドでまた何かの会議に出ていたが、ほとんどの時間は、ああしてうちの屋台に座っていた。
あの香辛料のきつい猪の脚の丸焼きみたいな食い物は、もう持ち込み禁止だとはっきり言っておいた。ハンターも素直に従い、強烈な匂いのする食い物は持ってこなくなった。ただし、買ってくる量は相変わらず、とんでもなかった。
おかげで、その数日は飯にありつこうとする勇者まで現れた。ハンターが買い出しに行くと、俺もそいつらも、今度は何を持ってくるのかと予想し合った。しまいには、連中は銅貨まで賭け始めた。当たった奴は腹を抱えて笑い、外した奴は頭を抱えてわめいていた。
ハンターには感謝している。何日分も飯代が浮いたし、あの人のおかげで、屋台で過ごす毎日がもっと楽しくなった。
安息日。
朝早く、俺とハンターはルル門で落ち合い、話をしながら城外の平民墓地へ向かった。暖かな日差しの下、石の墓標が並ぶ中を迷わず進み、うちの家族の小さな墓所に着いた。
ハンターは墓の前にどっかり座り込むと、さっそく話し始めた。
「店主、久しぶりだなあ。顔を見に来たぞ。息子も屋台をちゃんとやってるよ。もう安心していいぞ。がははは!」
俺は口を挟まず、脇にしゃがんだ。布を取り出して、うちの墓石を丁寧に拭きながら、ハンターが昔の友人に話しかけるように、親父と話すのを聞いていた。
ハンターは長いこと一人でしゃべっていた。日もずいぶん高くなった頃、ようやく両手を地面につき、両脚にぐっと力を込めて立ち上がった。
「行くか、坊主! 暇なら、街をぶらつくのに付き合ってくれよ」
ハンターは笑って言った。
「いいよ」
どうせ今日は、やらなきゃならないこともない。
帰り道も、ぽつぽつと話しながら歩いた。
「奥さんと子供は元気か? 引退した頃には、息子ももう結構大きかったよな」
何気なく聞いてみた。
「女房と子供か? とっくに別れちまったよ。がははは! 引退して二年もたたねえうちに、息子を連れて実家へ帰っちまった」
ずいぶん気楽な口ぶりだった。そんな家族の話も、この人にとっては口にしづらい重い話ではないらしい。
「え? 引退して家に戻ったんなら、前より一緒にいられただろ。それで、何で別れちまったんだ?」
少し驚いた。勇者をやっていた頃には、ときどき奥さんと子供を連れて街を歩いていたのを覚えている。
「俺がいっつも獣臭えもんだから、女房も我慢できなくなったんじゃねえか。がははは!」
黄ばんだ歯を見せて笑った。
その話は、それきりになった。
王都へ戻ると、一軒、また一軒と、ハンターの買い物に付き合った。何を買うつもりなのか、俺にもわからない。最初は旅に必要な物をそろえるのだろうと思っていたが、付き合っているうちに、見ている物がどれも今回の旅とは関係ないことに気づいた。
ずいぶん歩き回ってから、農具を売る店に入った。そこでハンターは、上等な鉄の鍬を見つけた。手に取って軽く上下させ、重さを確かめた。それから強く二度叩いて音を聞き、満足そうにうなずいた。
「店主、これをくれ」
機嫌よく金を出そうとした。
「ハンターさん、そんなもん買ってどうするんだ?」
さっぱりわからずに聞くと、ハンターは俺を見た。
「郵便屋に頼んで、息子に送ってやるのよ。いい道具がありゃ、畑仕事もはかどるだろ」
「こんなの、どこにでもあるだろ? 村の鍛冶屋に打ってもらえば、ずっと安いじゃねえか」
ハンターは、わかってねえなと言いたげな目で、俺をちらりと見た。
「村で使ってる鉄は混じり物が多いんだよ。王都で売ってるもんとは、出来が違うだろ」
そう言われれば、確かにそうだ。それ以上は何も言わなかった。
「お前も何か欲しいもんはねえか? 一緒に買ってやるぞ」
ハンターが気前よく言った。
「いやいや、俺は畑なんかやらねえから」
そのあと、郵便屋を探すのにも付き合った。ハンターが何度も何度も念を押す様子が、俺にも郵便屋にも、何だかおかしかった。
夜になると、ハンターに連れられて南区へ行き、開いている酒場に入った。頼んだ麦酒の杯が二列にずらりと並び、焼いた羊肉と豚のすね肉の燻製がいい匂いを漂わせていた。まだ二杯しか飲んでいないのに、俺はもうほろ酔いになっていた。
ハンターは腹をテーブルの下につかえさせ、片手に豚のすね肉、もう片方に麦酒の杯を持っていた。肉を一口、麦酒を一口。その調子を崩さず、食っては飲んでいる。
「坊主、明日には出発だ。今回は付き合ってくれて、ありがとな。帰ってきたら、何か珍しいもんでも持ってきてやるよ」
食いながら話すものだから、ひげには食べかすがくっついていた。
「何言ってんだよ。茶代だって、ちゃんと払ってくれてるじゃねえか。毎日飯まで食わせてもらって、礼を言うのはこっちだよ」
ハンターはテーブルをばんと叩き、豚のすね肉を俺に向けて大笑いした。
「がはははは! 金、金って、親父そっくりだな!」
「息子が親父に似るなんて、当たり前だろ」
笑って、麦酒を一口飲んだ。
「いいんだよ、それで。俺には似るなよ」
「おい、ハンターさん。それじゃ、俺の親父みてえな言い方じゃねえか?」
「いやいや、そんなつもりはねえよ。がははは! げふっ」
酒と肉の臭いが混じった盛大なげっぷを、まともに顔へ浴びせられた。ちょうど笑っていた俺は、笑いと吐き気がいっぺんにこみ上げ、激しく何度かせき込んだ。
おぼろな月明かりに見守られながら、ハンターは最後に、酔った俺の体を支えて家まで送ってくれた……。
翌朝。
二日酔いで目が覚めた。冷たい水で何度か顔を洗うと、頭痛が少しだけましになった。昨夜のことを思い返し、ハンターさんは相変わらずよく飲むなあ、と改めて思った。
午前中、暖かな陽は、ときおり雲に隠れては、また顔を出していた。屋根が落とす影も、斜めに長く伸びていたのが、だんだん短くなっていった。朝一番の客たちの中には、もう勘定を済ませる者も出始めていた。
勇者ギルドの前に、人が一列に並んでいた。背丈も体つきも、まちまちだ。数えてみると、全部で七人。普段、依頼を受けて出かける一隊にしては、妙に多い。
先頭にはグリエルと、あまり馴染みのない勇者がもう一人。ハンターは腹を突き出して、いちばん後ろに立っていた。
おかしかったのは、全員があの生皮を身に巻きつけていたことだ。ハンターが買ってきた、まだなめしていないやつだ。どんなにまばゆい鎧も、今では生臭い獣の皮に覆われている。みんな眉をひそめ、中には何度もせき込んでいる奴もいた。
ウルフが出てきて、ギルドの前に立った。両手を後ろに回し、厳しい顔をしている。
何か言うのかと思ったが、何も言わなかった。ただ、一行に向かってうなずいた。向こうもうなずき返した。
それから七人は向きを変え、ルル門へと歩き始めた。
最後尾のハンターが、歩きながらこちらを振り返る。黄ばんだ歯を見せて笑い、手を振っている。俺も手を振り返し、声をかけた。
「ハンターさん、帰ってきたら茶を飲みに来いよ!」
一行を目で追っていると、先頭のグリエルも、こちらを振り返っているのに気づいた。
いつもの、馬鹿でも見るような目ではなかった。眉はかすかに寄っているようで、それでいて口元には、わずかな笑みが浮かんでいるようにも見える。その表情には、いくつもの言葉が込められているようだった。だが、俺にはその意味が読み取れない。
七人の背中がルシエ広場を過ぎ、遠くの城門へと遠ざかっていく。ちょうどそのとき、広場から婚礼の行列が、ルル通りへ曲がってきた。
花々に包まれた、幌のない白い馬車。その周りを人々が囲み、前からも後ろからも祝福の声を上げている。馬車には次々と花びらが降りそそぎ、両脇を歩く楽師たちが、晴れやかな婚礼の調べを奏でる。
行列は道いっぱいに広がり、七人の背中をすっかり覆い隠した。その七人とは反対に、ルル通りを東へ、こちらへと進んでくる。
屋台の前に差しかかると、俺も自然と頬が緩んだ。腕を組み、花の香りと幸せに包まれた、にぎやかな一行を眺める。
二頭の白馬が、ゆっくりと目の前を過ぎていく。馬車の上では、新郎と花嫁が幸せそうに手を振っている。道行く人々からも、祝福の声、歓声が返る。
あれ? この花嫁、あの子じゃねえか。何て名前だったっけ。何で急に出てこねえんだ?
俺は顎をつまんだ。
思い出そうとしていると、花びらをいっぱいにまとったヴェールの下で、花嫁がふとこちらを向いて微笑む。ほっそりとした、美しい顔。その青い瞳は深く澄み、湖のさざ波のように、軽やかにきらめいている。
その日は、雲の多い日だった。




