第6話 特異
翌朝。
目を覚ますと、スマホに大量の通知が届いていた。
ニュースアプリ。
SNS。
会社からの連絡。
昨日までとは、明らかに内容が違っていた。
『政府、特異生物への対策組織を新設へ』
「……特異生物」
その言葉を口にして、昨日のニュースを思い出す。
テレビではずっと「大型生物」と呼ばれていた。
それが今朝になって、正式に名前を与えられたらしい。
記事を開く。
『政府は本日、国内各地で確認されている特異生物による被害に対応するため、警察、消防、自衛隊、各省庁から人員を集めた専門組織を発足させる方針を固めました』
その組織の名前は――
特異災害対策隊。
略称、特災隊。
さらに記事を読み進める。
『特異生物については、既存の野生動物とは異なる身体的特徴や行動特性が確認されており、政府は生態、発生原因、アーク鉱との関連について調査を進めています』
俺の指が止まった。
アーク鉱。
やっぱり政府も疑っている。
昨日の夜、ニュースで初めて名前が出たばかりなのに。
俺はスマホを伏せた。
嫌な予感がした。
⸻
会社へ向かう途中。
街の雰囲気が変わっていた。
交差点には警察官。
駅には警備員。
大型商業施設の入口にも、普段はいない警察官が立っている。
道路沿いには新しい注意喚起の看板まで設置されていた。
『山林への不要な立ち入りを控えてください』
『特異生物を発見した場合、絶対に接近しないでください』
『発見時は安全な場所へ避難し、警察または自治体へ通報してください』
まるで災害が起きているようだった。
いや。
政府が「災害」と定義したのだから、当然なのかもしれない。
会社に着くと、社員たちがテレビの前に集まっていた。
『政府は本日午後、特異災害対策隊の設置について正式に発表する予定です』
「特災隊だってよ」
「自衛隊まで入るらしいぞ」
「そんなヤバいの?」
「昨日の映像見た? あれ、熊よりデカかったぞ」
俺は黙ってテレビを見る。
画面には、山間部の監視カメラ映像が映っていた。
木々の間を、何かが横切る。
一瞬だった。
大きな身体。
四本の脚。
異常に長い尾。
そして――
カメラの前を通過した瞬間。
画面が激しく揺れた。
映像が途切れる。
スタジオに戻る。
『この映像について専門家は、既存の大型哺乳類とは身体構造が異なる可能性があると指摘しています』
「……」
俺は無意識に右手を握った。
ドクン。
心臓が強く脈打つ。
まただ。
アーク鉱に触れてから、ときどき起きる。
身体の奥が熱くなる。
そして最近は――
何かを感じることがある。
まるで、自分以外の何かが近くにいるような感覚。
「大丈夫か?」
隣の同僚に声をかけられた。
「ああ。ちょっと寝不足で」
「ならいいけど」
俺はテレビから目を逸らした。
⸻
昼休み。
一人で屋上へ出た。
スマホを取り出して検索する。
『アーク鉱 特異生物』
検索結果には、昨日まで存在しなかった記事が大量に並んでいた。
『アーク鉱と特異生物に関連性は?』
『専門家、現時点で因果関係は不明』
『アーク鉱採掘地域で相次ぐ異常現象』
気になる記事を開く。
しかし、内容はどれも似たようなものだった。
「関連性を示す証拠はない」
「偶然の可能性もある」
「今後の調査が必要」
結局、何も分からない。
俺はスマホをポケットに入れた。
そのとき。
スマホが震えた。
電話。
知らない番号だった。
しばらく画面を見つめる。
出るべきか迷った。
なぜか――
この電話は無視してはいけない。
そんな気がした。
通話ボタンを押す。
「もしもし?」
数秒、無言。
そして。
『あなたはアーク鉱に触れたことがありますか?』
心臓が跳ねた。
「……誰ですか?」
『質問に答えてください』
「なんでそんなことを聞くんですか?」
『アーク鉱に触れたことがありますか?』
俺は答えなかった。
すると男は、少し間を置いて言った。
『では、質問を変えます』
低い声だった。
『最近、身体に異常はありませんか?』
背中に冷たい汗が流れた。
「……あなたは誰なんですか」
『今夜、あなたの自宅へ伺います』
「待ってください」
『拒否はお勧めしません』
「ちょっと――」
通話が切れた。
画面を見る。
着信履歴には、電話番号が表示されていなかった。
「……何なんだよ」
その瞬間。
ドクン。
右手が熱くなった。
反射的に手を見る。
何もない。
だが――
確かに感じた。
何かが近くにいる。
⸻
その日の夜。
仕事を終え、自宅へ帰る。
家の近くまで来たところで、足が止まった。
家の前に黒い車が停まっている。
見覚えのない車だった。
エンジンはかかっている。
すると後部座席のドアが開いた。
一人の男が降りてきた。
三十代後半くらい。
黒いスーツ。
短い髪。
無駄のない動き。
「あなたが――」
男が俺を見る。
「間違いありませんね」
「……誰ですか?」
男は胸元から身分証を取り出した。
そこには――
特異災害対策隊
と書かれていた。
「政府の人間です」
「俺に何の用ですか」
男は答える前に、俺の顔をじっと見た。
そして視線を右手へ移す。
「確認したいことがあります」
「アーク鉱のことですか?」
男の表情が、一瞬だけ変わった。
「……ご存じでしたか」
「ニュースで見ました」
「そうですか」
男は身分証をしまった。
「では、単刀直入に聞きます」
「何を?」
「あなたがアーク鉱に触れたのは――」
男の視線が、俺の右手に向く。
「いつですか?」
答えようとした。
その瞬間。
右手の皮膚の下を――
黒い光が走った。
「……っ!」
男の目が見開かれる。
「やはり……」
「何がですか?」
男は答えなかった。
代わりに無線機を取り出す。
『対象を確認』
一瞬の沈黙。
『反応も確認しました』
俺は男を睨んだ。
「対象って……俺のことですか?」
男は静かに俺を見る。
「そうです」
その瞬間。
遠くからサイレンが聞こえた。
一台。
二台。
そして――
何台もの車が、こちらへ近づいてくる。
俺は初めて気づいた。
家の周囲に、いつの間にか何人もの人間が立っている。
逃げ道はない。
「……俺に何をするつもりですか?」
男は答えた。
「何もしません」
そして一言。
「ただ、あなたには知ってもらう必要があります」
「何を?」
男の表情が初めて険しくなった。
「特異生物が発生した理由についてです」
俺は息を呑んだ。
男は続ける。
「我々は、特異生物とアーク鉱には――」
一瞬、言葉を止める。
「何らかの関係があると考えています」
胸の奥が熱くなる。
そして右手が――
再び、黒く光った。
その瞬間。
遠くの山から、
獣のような咆哮が響いた。
俺たちは全員、同時に山を見る。
男が無線を握りしめる。
『特異生物、接近』
そして――
「全員、警戒態勢!」
静かな夜が、
一瞬で戦場に変わった。




