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第27話 ウォッチャー

森の中へ入ってから、すでに一時間ほどが経っていた。


エリシアたちは、昨日のニュースで映し出された場所を目指して歩いている。


王都から遠く離れた森。


人の手がほとんど入っていない場所だった。


「……この辺りですね」


先頭を歩いていた研究員が、手元の地図を確認する。


「昨日の発見者が、あの物体を見つけた場所は」


少し先。


木々の間に、開けた場所が見えていた。


「止まってください」


グレンが手を上げる。


全員が足を止めた。


「ここから先は慎重に」


「分かりました」


エリシアも周囲を見る。


昨日の映像。


青白く光る植物。


川。


そして――


あの奇妙な金属の物体。


実際にここへ来ると、映像で見るよりも森は静かだった。


鳥の声。


葉が揺れる音。


遠くで流れる水の音。


それ以外には何もない。


「……本当に、ここにあったんですよね?」


エリシアが尋ねる。


「間違いない」


研究員が答えた。


「発見者の記憶をリコール《記憶投影》で確認しています」


「でも……」


エリシアは周囲を見渡す。


「何もないですね」


その通りだった。


金属製の探査機は、どこにもない。


壊れた部品も。


破片も。


引きずったような跡すらない。


「発見者が嘘をついている可能性は?」


同行していた冒険者が聞く。


「低い」


グレンが答える。


「昨日の記憶映像には、この場所の特徴が一致している」


「では、本当に消えた……?」


「そういうことになる」


グレンはしゃがみ込んだ。


そして地面を見る。


「……いや」


「何かありますか?」


エリシアも近づく。


グレンが指を差した。


土の上。


そこに、細い線が残っていた。


「車輪の跡だ」


「!」


全員が地面を見る。


確かに。


草が倒れ、土がわずかに削れている。


「探査機が動いた跡?」


「おそらくな」


グレンが立ち上がる。


「しかも、ここから森の奥へ向かっている」


「誰かが動かしたのでしょうか?」


「可能性はある」


「発見者以外の誰かが?」


「……それを確認する」


グレンは先へ進む。


「追うぞ」


エリシアたちも続いた。


◆


車輪の跡は、森の奥へ続いていた。


時々途切れる。


それでも、土の柔らかい場所では再び見つかった。


「かなり進んでますね」


研究員が呟く。


「探査機は自力で動いたのでしょうか?」


「映像を見る限り、その可能性は高い」


グレンが答える。


「遠隔操作されていた可能性もあるが、現時点では分からない」


「じゃあ……」


エリシアが前を見る。


「この先にあるかもしれない?」


「そうだ」


しばらく歩く。


しかし。


探査機は見つからなかった。


跡だけが続いている。


「……おかしい」


冒険者の一人が立ち止まった。


「何が?」


「普通なら、どこかで見つかるはずだ」


確かに。


車輪の跡は残っている。


なのに。


その先にあるはずの探査機がない。


「持ち上げられた?」


「可能性はある」


グレンが周囲を見る。


「だが、複数人で運んだ痕跡もない」


「じゃあ、どうやって……」


誰も答えられない。


エリシアは地面を見る。


そして。


胸元に手を当てた。


「……また」


「どうした?」


グレンが振り向く。


「リンク石が」


エリシアの胸元。


服の下にある石が、微かに熱を持っていた。


「昨日からずっと反応しているんです」


「方向は?」


エリシアは目を閉じる。


意識を集中させる。


「……こっち」


森の奥。


「探査機の跡とは違う?」


「分かりません」


エリシアは目を開く。


「でも、何かがあります」


グレンは少し考えた。


「行こう」


◆


森の奥へ進む。


木々が徐々に密集していく。


それなのに。


エリシアの感じる反応だけは、強くなっていた。


「……」


不思議だった。


何かがある。


確かに感じる。


でも、それが何なのか分からない。


やがて。


先頭を歩いていた冒険者が立ち止まった。


「……あれは?」


木々の向こう。


灰色の壁が見えた。


「建物……?」


エリシアが呟く。


一行が木々を抜ける。


そこで全員が足を止めた。


「……」


目の前に。


巨大な石造りの建物があった。


古い。


それが一目で分かる。


石壁には苔が広がり、ところどころ崩れている。


屋根も一部が失われていた。


それでも。


建物としての形だけは、はっきり残っている。


「こんなところに……」


研究員が呆然とする。


「建築様式が見たことありません」


別の研究員が壁を調べる。


「かなり古い」


「どのくらい?」


「正確には分かりません」


グレンも建物を見上げる。


「だが、少なくとも最近造られたものではないな」


エリシアは何も言わなかった。


胸元。


リンク石が、明らかに強く反応している。


「……ここです」


「ここ?」


「私が感じていたもの」


エリシアが建物を見る。


「この建物からです」


グレンが警戒する。


「魔力反応は?」


研究員が確認する。


「少し待ってください」


魔力を探る。


数秒後。


研究員が首を傾げた。


「……ありません」


「何?」


「ほとんど何も」


グレンもスコープ《遠隔視》を使う。


建物の内部を確認する。


暗い。


壊れた石の壁。


空になった部屋。


倒れた柱。


「人の気配は?」


「ありません」


「魔物は?」


「確認できません」


グレンは少し考える。


「入るぞ」


◆


建物の中。


空気が冷たい。


長い間、誰も使っていない。


そんな印象だった。


床には埃が積もっている。


壁には見たことのない記号。


そして。


部屋の奥には、巨大な石の台座があった。


「何でしょう、これ」


研究員が近づく。


「触るな」


グレンが制止する。


「古いものだ。何が起きるか分からない」


研究員が距離を取る。


「アナライズ《魔力解析》」


グレンが魔法を使う。


淡い光が台座を包む。


しばらくして。


「……」


グレンの表情が変わる。


「どうです?」


「何もない」


「何も?」


「魔力が完全に枯れている」


グレンは台座を見る。


「ここで何かが使われていたのは間違いない」


「でも、今は?」


「何も動いていない」


研究員が周囲を見回す。


「記録装置のようなものもあります」


壁際。


古びた石板。


その奥に、何かを置いていたと思われる空間がある。


「これも停止しています」


「全部……?」


「はい」


グレンは黙って建物を見回した。


この場所は。


何かを監視するために作られた。


そんな印象だけが残っている。


しかし。


何を監視していたのかは分からない。


「……妙ですね」


エリシアが呟く。


「何が?」


「誰かが使っていたはずなのに」


エリシアは壁を見る。


「どうして、誰もいなくなったんでしょう」


答えは返ってこなかった。


その時。


――カサッ。


外から音がした。


全員が振り向く。


「……!」


冒険者たちが武器を構える。


グレンも杖を握る。


「外だ」


静かに建物の外へ出る。


しかし。


誰もいない。


「……?」


エリシアが森を見る。


風で木々が揺れているだけ。


「気のせい?」


その瞬間。


エリシアのリンク石が強く光った。


「……!」


エリシアが振り返る。


森の奥。


一本の木。


その陰に――


誰かがいる。


「……人?」


エリシアが目を凝らす。


人間に似ている。


だが。


違う。


耳。


目。


身体の線。


人間とは明らかに違っていた。


「グレンさん……」


「分かっている」


グレンが小さく手を上げる。


「全員、動くな」


森の奥の存在も。


動かなかった。


ただ。


こちらを見ている。


敵意はない。


しかし。


強い警戒心を感じる。


「……誰?」


エリシアが声を掛ける。


返事はない。


その存在は、エリシアを見る。


そして。


胸元を見る。


「……」


視線がリンク石に向けられている。


エリシアは気付いた。


自分ではない。


この石を見ている。


「これ?」


エリシアが胸元を指差す。


その存在が、僅かに反応した。


後ろから。


さらに二人。


いや。


三人。


同じような姿の者たちが現れた。


「……複数」


冒険者が呟く。


それでも。


誰も襲ってこない。


ただ、こちらを観察している。


エリシアは武器を持っていないことを示すように、ゆっくり両手を上げた。


「敵じゃないよ」


伝わっているかは分からない。


だが。


相手は動かなかった。


エリシアは自分を指差す。


「エリシア」


そして。


胸元を指差す。


「これ……」


少し迷って。


「リンク石」


その言葉を聞いた瞬間。


相手の一人が顔を上げた。


「……!」


明らかな反応だった。


「今の……」


グレンも見逃さなかった。


「何か知っている?」


エリシアが尋ねる。


相手は答えない。


代わりに。


古い建物を見る。


そして。


エリシアを見る。


もう一度。


建物を見る。


「……?」


何を伝えたいのか分からない。


その時。


一人が地面へしゃがみ込んだ。


そして。


土に何かを描き始める。


円。


線。


その中心に、小さな点。


エリシアは息を呑んだ。


「……この記号」


建物の中で見たものと同じだった。


「どういうこと……?」


相手は土に描いた記号を指差す。


そして。


空を指差す。


最後に。


森の奥へ視線を向けた。


「……境界?」


エリシアが呟く。


相手の動きが止まった。


「……!」


エリシアには分かった。


今の反応。


少なくとも。


その言葉に何か意味がある。


「境界……を知っているの?」


相手はしばらくエリシアを見つめた。


そして。


ゆっくり頷いた。


グレンが息を呑む。


「……境界」


その言葉を口にする。


だが。


相手はグレンには反応しない。


視線はずっとエリシアの胸元へ向いていた。


リンク石。


その存在だけが。


彼らにとって特別らしい。


やがて。


一人がエリシアへ近づいた。


冒険者たちが身構える。


「待って」


エリシアが止める。


相手はエリシアの前で足を止める。


そして。


ゆっくり手を伸ばした。


リンク石には触れない。


その少し手前で。


手を止める。


――青白い光。


リンク石が反応した。


相手の目が見開かれる。


「……」


そして。


初めて。


小さな声を漏らした。


「……帰った」


「え?」


エリシアが聞き返す。


しかし。


その存在はそれ以上何も言わない。


仲間たちと短い言葉を交わす。


意味は分からない。


やがて。


一人が森の奥を指差した。


そして。


探査機の車輪跡が消えた方向を見る。


「……探査機?」


エリシアが尋ねる。


相手は答えない。


ただ。


一瞬だけ。


森の奥へ視線を向けた。


それだけだった。


エリシアは確信する。


この者たちは。


あの探査機について何か知っている。


「待って!」


エリシアが声を掛ける。


しかし。


彼らは森の中へ姿を消していった。


追おうとするエリシアを、グレンが止める。


「今は追うな」


「でも……!」


「相手が敵かどうかも分からない」


「……」


エリシアは森を見る。


もう姿はない。


静かな森だけが残っている。


「……境界」


その言葉が頭から離れない。


古い建物。


謎の記号。


探査機。


そして。


リンク石。


全部が何かに繋がっている。


けれど。


まだ。


その答えには届かない。


◆


その頃。


日本側。


特異災害対策隊。


解析室。


一台の探査機が、台の上に置かれていた。


「……外装に軽微な損傷」


研究員が報告する。


「走行機能に異常なし」


黒瀬が腕を組んで聞いている。


「映像データは?」


「ほぼ回収できています」


モニターに森の映像が映る。


青白い植物。


川。


石造建築物。


そして――


白い影。


「これが……」


黒瀬が画面を見る。


「人間じゃないな」


「はい」


研究員が答える。


「ただし、特異生物とも断定できません」


「根拠は?」


「行動です」


映像が再生される。


白い影は探査機へ近づいている。


しかし。


襲ってはいない。


触れる。


観察する。


周囲を見る。


そして――


探査機を持ち去る。


「……知性がある」


黒瀬が呟く。


「その可能性があります」


「探査機は、その後どうなった?」


研究員が少し間を置く。


「現在、追跡不能です」


「つまり?」


「こちら側では回収できましたが、向こう側での最後の行方は不明です」


黒瀬は映像を止める。


画面には。


白い影が映っている。


「……向こう側には、こいつらがいる」


その時。


別の研究員が声を上げた。


「隊長」


「何だ?」


「もう一つあります」


「?」


研究員が別のデータを表示する。


探査機が撮影した最後の映像。


そこには。


森の奥に建つ――


古い石造建築物が映っていた。


「この建物ですが」


「うん」


「解析した結果、自然にできた建物ではありません」


「人工物か」


「はい」


黒瀬が画面を見る。


「いつ作られた?」


「まだ断定できません」


「調べろ」


「はい」


黒瀬は映像を少し巻き戻す。


石造建築物。


白い影。


そして。


その奥に広がる森。


「それと」


黒瀬が言った。


「こいつが探査機をどうしたのかも調べる」


「分かりました」


黒瀬はしばらく画面を見つめていた。


そして。


小さく呟く。


「……向こう側にいるのは、特異生物だけじゃないのかもしれないな」


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