第22話 回収
隊長の言葉が、現場に響いた。
「探査機の回収。そして、向こう側の詳細な調査だ」
誰も口を開かなかった。
俺は暗くなったモニターを見つめていた。
探査機は、まだ向こう側にある。
そして、最後に映った映像。
複数の人影。
そのうちの一人が、探査機を持ち上げた。
あれは、偶然じゃない。
少なくとも俺たちの存在を、向こう側の何かが認識した。
「まずは探査機を取り戻す」
隊長が言った。
「回収作業に入る」
「はい!」
隊員たちが一斉に動き始める。
境界穴の周囲に、追加の機材が運び込まれていく。
通信装置。
位置測定装置。
生命反応を確認するセンサー。
そして、回収用のケーブル。
「探査機の現在位置は?」
「最後に確認できた地点から推定します」
「正確な位置は分からないのか?」
「通信が切れているため、誤差があります」
研究員が画面を確認する。
「ただ、最後の映像から考えると、この付近にいる可能性が高いです」
「分かった。回収装置を準備しろ」
隊員が境界穴の前に装置を設置する。
俺は少し離れた場所から、その様子を見ていた。
境界穴は、昨日と同じように揺らめいている。
その向こうに、別の世界がある。
そう考えると、ただの空間の歪みには見えなかった。
「光一」
隊長が俺を呼んだ。
「はい」
「昨日と同じ反応が出る可能性がある」
「……分かってる」
「何かあったら、すぐに言え」
「はい」
俺は胸に手を当てる。
今は何も感じない。
だが、境界穴に近づけば――。
「回収装置、起動します!」
隊員の声が響いた。
装置が動き始める。
細いケーブルが、境界穴へ向かって伸びていく。
「通信状態、正常」
「位置情報、取得開始」
「生命反応……今のところ異常なし」
回収装置が境界穴へ入る。
画面が一瞬、真っ暗になった。
その直後。
「映像、復帰!」
モニターに向こう側の景色が映し出された。
昨日と同じ森。
巨大な木々。
見たことのない植物。
青白く光る苔。
回収装置がゆっくりと進んでいく。
「昨日の映像と照合」
「地形、一致しています」
「そのまま進め」
回収装置が森の中を進む。
画面の奥に、昨日見た石造りの建物が現れた。
「建物を確認」
「探査機は?」
「まだ確認できません」
回収装置が少しずつ進む。
そのとき。
「……生命反応」
研究員が呟いた。
「数は?」
「複数です」
全員がモニターを見る。
森の奥。
何かが動いている。
「昨日の存在か?」
「分かりません」
「慎重に進めろ」
回収装置が止まる。
しばらくすると、生命反応が遠ざかっていく。
「反応、離れていきます」
「追うな」
隊長が即座に言った。
「目的は探査機だ」
「了解」
回収装置が再び進む。
そして――。
「ありました!」
画面に、探査機が映った。
木の根元に横たわっている。
「映像、拡大」
探査機の外装には傷が付いていた。
カメラの一部も破損している。
「動作状態は?」
「最低限の機能は生きています」
「回収できるか?」
「やります」
回収装置のアームが伸びる。
ゆっくりと探査機へ近づいていく。
あと少し。
その瞬間だった。
「生命反応!」
研究員が叫ぶ。
「近い!」
画面の奥から、何かが現れた。
昨日、探査機を拾った存在。
「……また来た」
誰かが呟く。
そいつは回収装置を見ている。
しばらく動かなかった。
やがて。
一歩。
また一歩。
こちらへ近づいてくる。
「回収を続けますか?」
隊員が聞く。
隊長は画面を見つめた。
「……続けろ」
アームが動く。
探査機を掴む。
その瞬間。
俺の胸に熱が走った。
「……っ!」
「光一?」
「大丈夫」
昨日よりも強い。
だが、今度は少し違う。
胸の奥から、何かが引っ張られるような感覚。
「反応値、上昇!」
「どれくらいだ?」
「昨日と同等……いや、それ以上です!」
画面の中で、存在が回収装置へ手を伸ばした。
「接触します!」
誰かが叫ぶ。
だが。
その存在は、回収装置に触れる寸前で手を止めた。
そして――
こちらを見ているように見えた。
「……何を見てるんだ?」
俺は思わず呟いた。
次の瞬間。
生命反応が急激に遠ざかった。
「離れていきます!」
「回収を急げ!」
アームが探査機を掴んだまま、こちらへ戻ってくる。
「境界穴まで戻ります!」
回収装置が森を抜ける。
石造りの建物が、少しずつ遠ざかっていく。
そして――
「境界穴、通過!」
回収装置がこちら側へ戻った。
「探査機、回収しました!」
隊員が探査機を取り外す。
その瞬間、現場にいた全員が一度、息を吐いた。
成功した。
俺たちは初めて――
向こう側の世界から、物を持ち帰った。
*
その数時間後。
探査機の解析が始まった。
モニターには、回収されたデータが次々と表示されていく。
「映像データ、復旧率九十一パーセント」
「環境データは?」
「酸素、温度ともにこちらの世界と大きな差はありません」
「水質データは?」
「現在解析中です」
研究員たちがデータを確認していく。
「まず、分かったことを整理します」
研究員が画面を切り替えた。
「一つ目」
森の映像が表示される。
「向こう側には、こちらと同じように生命が存在しています」
巨大な木。
植物。
川。
水中を泳ぐ生物。
「しかも、環境そのものは人間が短時間活動できる程度には安定している」
「つまり……人間が生きられる可能性がある?」
隊員が聞く。
「現時点では、可能性は高いです」
研究員が答えた。
「ただし、長期間の活動が可能かどうかは分かりません」
「当然だな」
隊長が頷く。
「二つ目」
画面に石造りの建物が映る。
「人工物が存在しています」
部屋の空気が変わった。
「自然にできたものではない」
「はい」
「つまり、あの世界には建物を作る存在がいる」
隊長が言う。
「三つ目」
次に映ったのは、探査機を見つめる存在。
「向こう側には、探査機を認識し、接触できる知性を持った存在がいる可能性があります」
「人間……なのか?」
「そこまでは断定できません」
研究員が首を振る。
「映像だけでは、人間なのか、人間に近い別の生物なのか判断できません」
「ただ……」
別の研究員が口を開いた。
「少なくとも、こちらの特異生物とは性質が違うと思われます」
俺は画面を見る。
昨日、探査機を拾った存在。
確かに。
今まで見てきた特異生物とは違っていた。
「そして、四つ目」
研究員が画面を切り替える。
今度はデータのグラフだった。
「向こう側に入った直後から、光一さんの身体反応が上昇しています」
俺は胸に手を当てる。
「昨日の反応値は?」
「境界穴に近づいた時点で上昇」
「向こう側へ入った直後に、さらに上昇」
「そして――」
映像の中で、あの存在が探査機に触れた瞬間。
「ここで急激に上昇しています」
グラフが大きく跳ね上がっている。
「……俺と、あいつが?」
「何らかの関連がある可能性があります」
隊長が腕を組む。
「アーク鉱に反応する特異生物」
「境界穴に近づく特異生物」
「そして、向こう側に存在する生物」
研究員が続ける。
「共通しているのは、境界に関係する何らかのエネルギーに反応している可能性です」
俺は黙って聞いていた。
「じゃあ……特異生物も、向こう側から来たってこと?」
誰かが言った。
研究員が少し考える。
「現時点では、可能性の一つです」
「理由は?」
「境界穴の周辺で特異生物が確認されていること」
「そして、向こう側にもこちらには存在しない生物がいる」
画面には、森の中を動く未知の生物が映っていた。
「さらに、向こう側にはアーク鉱とは別の未知のエネルギー反応が確認されています」
「……」
隊長が画面を見つめる。
「現時点での仮説をまとめよう」
研究員がホワイトボードに書き始める。
一つ。
**境界穴の向こうには、独立した生命圏が存在する。**
二つ。
**向こう側には、建造物を作る知性を持った存在がいる。**
三つ。
**特異生物と向こう側の生物には、何らかの関係がある可能性がある。**
そして――。
研究員が最後の一行を書く。
**境界穴そのものが、両世界の生物やエネルギーに影響を与えている可能性がある。**
誰も口を開かなかった。
隊長が、その文字を見つめる。
「もし、この仮説が正しいなら……」
隊長がゆっくり振り返った。
「今、日本で起きていることは、特異生物だけの問題じゃない」
俺は顔を上げた。
「境界穴が増えていること」
「特異生物が出現していること」
「アーク鉱への反応」
「そして、向こう側の存在」
隊長が一つずつ並べていく。
「全部、同じ原因から起きている可能性がある」
俺はモニターを見る。
そこには、向こう側の森が映っている。
今まで俺たちが知らなかった世界。
そこには生命があり。
建物があり。
俺たちを認識する存在がいた。
そして――
俺の身体も、そこに反応している。
「……だったら」
俺は口を開いた。
「俺の身体も、その世界と関係してる?」
誰もすぐには答えなかった。
隊長が、俺を見る。
「その可能性は否定できない」
それだけだった。
まだ、何も分からない。
でも。
少なくとも一つだけ。
俺たちは確信し始めていた。
日本で起きている異変は、ここだけで完結していない。
境界穴の向こう側。
そこに、この異変の答えの一つがある。
そして――
俺自身の身体の謎も。
そこに繋がっているのかもしれない。




