第21話 探索
特災隊本部、研究施設。
前回の会議から数日が経っていた。
俺は研究室のモニターに映された日本地図を見ていた。
そこには、これまでに確認された境界穴の位置が表示されている。
「前回の会議で、向こうの世界を調べることが決まった」
隊長が言った。
「問題は、どうやって調べるかだ」
「人を送るんですか?」
隊員の一人が聞く。
「いきなり人間を送るのは危険すぎる」
研究員が答えた。
「まずは、境界穴の向こう側がどうなっているのかを確認します」
画面が切り替わる。
境界穴の周辺データが表示された。
「空気はあるのか。人間が活動できるのか。水や植物は存在するのか。そして、生物がいるのか」
俺は画面を見る。
「特異生物についても調べるんですよね?」
「ああ」
隊長が頷いた。
「日本に現れている特異生物が、向こうの世界と関係している可能性がある」
「向こうから来ているのか、それとも境界穴ができたことでこちら側に生まれたのか……」
「そこを確かめたい」
隊長が資料をめくる。
「それだけじゃない」
17年前の記録が画面に表示された。
実験33。
アーク鉱。
人工的に開けられた境界穴。
「17年前に起きたことと、今起きていることが同じものなのか。それも調べる必要がある」
俺は黙って資料を見る。
「そして、もう一つ」
隊長が俺を見る。
「お前の能力だ」
「俺?」
「ああ。アーク鉱に反応することは、これまでの検査で確認されている」
研究員が別のグラフを表示した。
「それだけではありません。境界穴に近づいたときにも、身体の反応が変化しています」
「……俺の能力が境界穴と関係してるかもしれないってこと?」
「可能性はあります」
隊長が頷いた。
「だから今回の探索では、向こうの世界だけじゃない。境界穴、特異生物、アーク鉱、そしてお前の能力。その関係を調べる」
研究員が机の上に小型の機械を置いた。
「そのための最初の一歩が、これです」
小型探査機。
「これを境界穴の向こうへ送ります」
「人間が行く前に、機械で調べる」
「はい」
隊長が立ち上がった。
「目的は一つだ」
俺たちを見る。
「境界穴の向こうに何があるのか。そして、それが今の日本で起きていることとどう繋がっているのか。それを突き止める」
⸻
数時間後。
俺たちは境界穴が確認された現場にいた。
周囲は特災隊によって封鎖されている。
目の前では、空間が歪んだような境界穴が揺らめいていた。
「探査機、起動します」
隊員が操作すると、小型の機体が動き始めた。
「まず境界穴の周辺で環境データを取得。その後、内部へ入れます」
探査機がゆっくり進む。
「五メートル」
「三メートル」
俺の胸が熱くなった。
「……来た」
「反応しましたか?」
「うん」
研究員が俺を見る。
「数値も上昇しています」
俺が境界穴に近づくほど、身体の反応が強くなっている。
「アーク鉱のときと似ています」
研究員がデータを記録する。
「境界穴との距離も残してください」
探査機が境界穴へ入った。
一瞬、映像が真っ暗になる。
「通信は?」
「……復帰します」
画面が戻った。
「……森?」
そこには、見たことのない森が広がっていた。
巨大な木。
見たことのない植物。
青白く光る苔。
「空気成分、確認します」
「酸素濃度、こちらと大きな差はありません」
「温度も問題なし」
「生体反応があります」
探査機が森の中を進んでいく。
しばらくすると川が見つかった。
水の中には、こちらの世界では見たことのない生物が泳いでいる。
「生命が普通に存在している……」
研究員が呟いた。
「記録してください」
探査機がさらに進む。
森を抜けると、開けた場所に出た。
「地形データを取得」
探査機が周囲を撮影する。
そのとき、画面の端に何かが映った。
「止めて」
映像を拡大する。
木々の向こう。
石で作られた建物があった。
「建造物……?」
「自然にできたものじゃなさそうですね」
隊長が画面を見る。
「この世界には、知性を持った存在がいる可能性がある」
探査機が建物へ向かう。
そのときだった。
「生体反応!」
センサーが反応した。
「前方に複数!」
画面の奥で何かが動く。
「止めろ」
探査機が停止する。
だが、すでに遅かった。
一体がこちらへ近づいてくる。
カメラの前で立ち止まった。
探査機をじっと見つめている。
「……何だ?」
こちらで確認されている特異生物とは違う。
少なくとも、今まで見たものとは姿が違っていた。
そして――
そいつが探査機に手を伸ばした。
「通信が不安定です!」
映像が揺れる。
その瞬間。
俺の胸に強い熱が走った。
「……っ!」
「どうした?」
「能力が……」
研究員が画面を見る。
「反応値、急上昇!」
数値が一気に跳ね上がった。
「境界穴に入ったときより高い!」
「何が起きてる?」
「分かりません!」
探査機に触れた存在が、カメラを覗き込む。
その直後。
映像が途切れた。
「通信、切れました!」
「探査機の位置は?」
「信号を確認できません!」
室内に沈黙が落ちる。
俺は胸に手を当てた。
まだ熱が残っている。
「……能力の反応は?」
隊長が聞く。
「まだ高いです」
研究員が答える。
「探査機の通信が切れた後も、反応が消えていません」
「境界穴の向こうに、何かがある……」
誰かが呟いた。
そのとき。
「待ってください!」
別の研究員が叫んだ。
「信号が戻りました!」
モニターに映像が戻る。
数秒だけだった。
森。
石造りの建物。
そして、探査機を取り囲む複数の人影。
「……人間?」
映像が再び乱れる。
その中の一人が、探査機を持ち上げた。
そこで映像が完全に消えた。
「……」
誰も言葉を発しなかった。
俺は暗くなったモニターを見つめる。
向こうの世界には、生物がいる。
建物がある。
そして――
俺たちの探査機を発見した存在がいる。
隊長が静かに口を開いた。
「次の段階に進む」
研究員たちが顔を上げる。
「探査機の回収。そして、向こう側の詳細な調査だ」
俺は自分の手を見る。
胸の奥に残る熱は、まだ消えていなかった。




