第18話 配信
――動画配信サイト。
一本の動画が、投稿されてからわずか数時間で急速に再生数を伸ばしていた。
投稿者は、人気配信者――ジョー。
チャンネル名は、
『ジョーのヤバい部屋』
廃墟、心霊スポット、危険地帯などを実際に訪れ、その様子を撮影する動画で人気を集めている。
今回のタイトルは、
『【危険】特異生物を追ってみたら、ヤバいものが映った』
だった。
⸻
『どうも、ジョーです』
画面には、夜の山道が映っていた。
周囲には街灯もほとんどない。
聞こえるのは風で揺れる木々の音だけだった。
『今日はですね』
ジョーがカメラに向かって話す。
『最近ニュースでめちゃくちゃ話題になってる、特異生物を探しに来ました』
画面の端に、現在地を示す簡単な地図が表示される。
『この辺りで、昨日から目撃情報が何件か出てるんですよ』
コメントが流れる。
【また危険なことしてる】
【特異生物はマジでやめとけ】
【今回は洒落にならんぞ】
【ジョーなら行くと思った】
【特災隊に怒られろ】
『いやいや、ちゃんと安全には配慮してますから』
ジョーが笑う。
『危ないと思ったらすぐ逃げます』
【それ毎回言ってる】
【信用できない】
【前回も逃げるの遅かっただろ】
『……まあ、それは置いといて』
ジョーが森へ入っていく。
ライトの光が木々を照らす。
しばらく歩いても何も起きない。
『……静かですね』
ジョーの声が少し小さくなる。
『特異生物がいるなら、何か痕跡くらい――』
そのとき。
――ガサッ。
右側の茂みが揺れた。
ジョーが固まる。
『……』
カメラがゆっくり動く。
『今の、聞きました?』
【聞こえた】
【右!!】
【何かいる】
【逃げろ】
ジョーがライトを向ける。
何もいない。
『……気のせいか』
そう言って歩き出した瞬間。
――グルルル……。
今度は、はっきり聞こえた。
『……え?』
ジョーの表情が変わる。
カメラが正面を向く。
木々の隙間。
暗闇の中に――
二つの赤い光が浮かんでいた。
『……いた』
ジョーが息を呑む。
ライトがその姿を照らす。
四本の脚。
異常に大きな身体。
鋭い爪。
そして、赤く光る目。
『……デカ』
コメント欄が一気に流れ始める。
【うわあああ】
【本物じゃん】
【マジでいるのかよ】
【デカすぎ】
【ジョー逃げろ!!】
【近づくな!!】
【これ特異生物?】
特異生物は、ジョーをじっと見ていた。
だが。
襲ってこない。
『……俺のこと見てるよな?』
ジョーが小声で言う。
数秒後。
特異生物は突然、森の奥へ歩き始めた。
『……どこ行くんだ?』
ジョーは少し迷った。
そして――
『……追ってみます』
【やめろw】
【死亡フラグ】
【追うなって!!】
【本当に死ぬぞ】
ジョーは距離を取りながら、特異生物の後を追った。
⸻
数分後。
特異生物が、再び立ち止まった。
『……?』
ジョーも木の陰から様子を見る。
特異生物は、何もない場所を見つめていた。
『何見てんだ?』
ジョーがカメラを向ける。
最初は何も見えなかった。
しかし。
映像を拡大すると――
空間が揺れていた。
『……え?』
ジョーが息を呑む。
木々の向こう。
そこだけ景色が歪んでいる。
まるで透明な膜が、内側から押されているようだった。
『なんだ……これ』
カメラを近づける。
――ジジジジ……。
映像にノイズが走る。
【何これ】
【空間歪んでる?】
【編集じゃないの?】
【特異生物そこに何しに来た?】
【怖すぎる】
特異生物が一歩、前へ進む。
しかし――
途中で止まった。
その先には進もうとしない。
ただ、歪んだ空間を見つめている。
『……入れないのか?』
ジョーが呟く。
そのときだった。
歪みの向こうに、
何かが動いた。
『……っ!』
ジョーが息を呑む。
カメラをさらにズームする。
ぼんやりとした人影。
一人。
そして、その後ろにもう一人。
『人……?』
さらにカメラを動かす。
もう一人いた。
合計三人。
そのうち一人が、こちらに向かって何かを指示している。
黒い服。
手には銃。
その隣では、別の男が端末を操作している。
そして――
少し離れた場所に、一人の男が立っていた。
右手を前に出している。
暗闇の中で、
黒い光が揺れていた。
『……何だ、あれ』
ジョーの声が震える。
【人いるぞ】
【誰?】
【特災隊じゃね?】
【あの銃持ってる人、隊員っぽい】
【でも何でこんなところに?】
【黒い光なに?】
【人間の手から出てる?】
黒い光をまとった男が、何かを叫んでいる。
だが、音声は距離のせいではっきり聞き取れない。
その直後。
歪みが大きく揺れた。
特異生物が後ろへ下がる。
銃を持った男も、すぐに構える。
端末を操作していた男が顔を上げる。
そして。
黒い光をまとった男が――
こちらを向いた。
ほんの一瞬。
顔がカメラに映る。
『……』
ジョーは息を止めた。
次の瞬間。
映像が大きく乱れた。
――ザザッ。
画面が真っ暗になる。
『うわっ!』
ジョーが慌ててカメラを下げる。
『ちょ、待って……!』
そのまま走り出す。
――ザッ、ザッ、ザッ。
『無理無理無理!』
背後から、
――グォォ……。
低い音が響いた。
『来てる!?』
ジョーは振り返らない。
そのまま森を走り抜けた。
⸻
翌朝。
動画は爆発的に拡散された。
【最後の三人誰なん?】
【特災隊じゃないの?】
【あの場所で何してたんだ?】
【黒い光の男ヤバくね?】
【手から光出てたぞ】
【CGだろ】
【いや、途中まで普通の配信だったぞ】
【特異生物より人間のほうが気になる】
【政府関係者?】
【秘密の実験とか?】
【17年前の事件と関係あるんじゃね?】
さらに。
動画から切り抜かれた一枚の画像が投稿される。
黒い光をまとった男。
その隣に、銃を構える男。
そして、端末を持つ男。
画像には、こんな文字が付けられていた。
『この3人、誰?』
数時間で数万件の反応がついた。
【見たことある人いる?】
【特災隊の黒瀬隊長じゃね?】
【いや、顔似てるけど確証ない】
【もう一人は白石じゃない?】
【待って、それなら黒い光の男は誰だよ】
【隊員じゃないってこと?】
【一般人?】
【特異生物と一緒にいたぞ】
【人間なのか?】
そして。
あるユーザーが、過去のニュース映像を掘り起こした。
【これ見て】
数ヶ月前に撮影された、アーク鉱採掘施設の映像。
そこに一瞬だけ――
黒い光が映っていた。
【同じじゃね?】
【マジだ】
【誰か特定してくれ】
【この男、何者なんだよ】
その日の夜。
SNSでは、一つの呼び名が急速に広がっていった。
「黒い光の男」
まだ誰も、
その男の名前を知らなかった。




