第17話 記録
――特異災害対策隊・本部。
地下施設から戻った俺たちは、会議室に集められていた。
机の上には、33番実験区画から回収した端末が置かれている。
白石が端末を起動した。
「まず、17年前に何が起きたのかを整理します」
黒瀬が頷く。
「頼む」
白石が画面を確認する。
「実験番号33」
俺は昨日の地下施設を思い出す。
「目的は、アーク鉱を利用した特殊な空間反応の発生です」
「……アーク鉱?」
俺は思わず聞き返した。
「それって、10年前から世界各地で発見されるようになったっていう……」
「はい」
白石が頷く。
「現在、一般に知られているアーク鉱です」
「……一般に?」
俺が聞き返す。
白石は一度、画面を閉じた。
「正確には、少し違います」
「どういうことです?」
「アーク鉱が最初に発見されたのは、10年前ではありません」
俺は黙って白石を見る。
「17年前です」
「……17年前?」
「はい」
白石が画面を切り替える。
そこには、17年前の日付が記された古い研究記録が表示されていた。
「17年前、当時の研究機関が未知の鉱物を発見しました」
「それが……アーク鉱?」
「そうです」
白石は続ける。
「ただし、その存在は公表されませんでした」
「なんで?」
「性質があまりにも特殊だったからです」
画面には、アーク鉱の分析データが並んでいる。
「通常の鉱物とは異なるエネルギー反応。そして、周囲の空間に対する異常な反応」
「だから実験33に?」
「はい」
白石が頷く。
「研究員たちは、この鉱物を利用して、別の空間との接点を作ろうとしました」
「つまり、アーク鉱を使って何かを開こうとした?」
「正確には、“別の空間との接点を作る”実験です」
黒瀬が腕を組む。
「それで、成功したのか?」
「記録上は、成功しています」
俺は息を呑んだ。
「本当に?」
「はい」
白石が記録を表示する。
そこには、実験33の経過が残されていた。
アーク鉱の出力上昇。
空間反応の発生。
そして――
境界の形成。
「17年前、この実験によって初めて人工的な境界穴が開きました」
「境界穴……」
「その先には、この世界とは異なる世界が存在していた可能性があります」
俺は昨日見た光景を思い出した。
空間に走った黒い線。
その向こうに見えた、暗い世界。
そして――赤い光。
「……じゃあ、昨日の境界穴は」
「構造は似ています」
白石が答える。
「ですが、17年前とは大きく違います」
「何が?」
「17年前の境界穴は、人間がアーク鉱を使って人工的に開いたものです」
「そして今は?」
「誰も開いていません」
会議室が静かになる。
「現在発生している境界穴は、自然に発生しています」
白石が地図を表示する。
日本各地に赤い印が並んでいた。
「世界を隔てている結界が、何らかの原因で弱くなっている」
「結界が弱くなったから、穴が開く?」
「現時点では、そう考えています」
黒瀬が地図を見る。
「17年前は、人間が無理やり穴を開けた」
「はい」
「そして今は――」
白石が静かに答える。
「世界そのものが、穴を塞げなくなっている」
背筋が寒くなった。
「それって……」
俺は言葉を探す。
「このまま穴が増えたら、どうなるんです?」
白石は答えなかった。
代わりに黒瀬が言った。
「向こう側とこちら側の距離が、なくなる」
俺は息を呑んだ。
「つまり……」
「二つの世界が、混ざる可能性がある」
会議室が静かになる。
白石が続ける。
「そして、10年前に世界各地でアーク鉱が発見されるようになったことも、偶然ではない可能性があります」
「……どういう意味です?」
「17年前の実験33以降、アーク鉱の存在は一度、完全に秘匿されました」
「じゃあ、10年前に発見されたっていうのは?」
「世界各地で、新たにアーク鉱が確認され始めたという意味です」
俺は画面を見る。
「17年前に一度見つかっていたのに?」
「はい」
「じゃあ……10年前から世界中で発見され始めた理由は?」
白石は首を横に振った。
「まだ分かっていません」
黒瀬が静かに口を開く。
「だが、17年前の実験33と現在の現象が無関係だとは思えない」
白石が頷く。
「はい」
画面には、17年前の実験記録と現在の境界穴のデータが並んだ。
「特異生物についても、一つの仮説が立ちます」
俺は白石を見る。
「特異生物は、この世界で発生した生物ではない」
「向こう側に元々存在していた?」
「はい」
「それが境界穴を通ってこちら側へ来た」
「現時点では、それが一番矛盾の少ない仮説です」
俺は黙った。
なら。
17年前の実験。
アーク鉱。
境界穴。
特異生物。
全部が一本につながる。
だが。
まだ一つだけ、分からない。
「……俺は?」
全員の視線が俺に集まった。
「俺の身体に起きていることは、17年前の実験と関係があるんですか?」
白石は答えなかった。
代わりに、回収した端末の奥深くに残っていたデータを表示する。
「実は……もう一つ、気になる記録があります」
「何ですか?」
画面に、17年前の実験記録が表示された。
しかし。
その記録は途中で途切れていた。
「ここから先がありません」
「削除されたのか?」
黒瀬が聞く。
「おそらく」
白石がデータを復元する。
数秒後。
一行だけが表示された。
『境界を開くことに成功』
黒瀬の表情が変わった。
「……境界」
「はい」
白石が画面を見つめる。
「17年前、この装置は……何かとつながった可能性があります」
その瞬間。
――ドクン。
右手が熱くなった。
「……っ!」
俺は右手を押さえる。
皮膚の下を、黒い光が走った。
白石が息を呑む。
「桐生……」
俺は自分の右手を見る。
そして――
地下施設で見た巨大生物の姿を思い出した。
あいつは、俺を見ていた。
まるで何かを知っているように。
17年前。
この世界と何がつながったのか。
そして――
なぜ、俺の身体にアーク鉱と同じような反応が起きているのか。
まだ、答えは出ていない。
だが。
俺たちは今。
十七年前に起きた事件の核心に、初めて触れた。




