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第12話 覚醒

――バキッ。


 鉄扉に入った亀裂が、さらに広がっていく。


「急げ!」


 黒瀬の声が地下通路に響いた。


 俺たちは階段へ向かって走る。


 背後から、


 ――ゴォォォ……。


 低い音が響いている。


 それは音というより、地面そのものが唸っているようだった。


「副隊長!」


 隊員が叫ぶ。


「地下二階の反応、急激に上昇しています!」


「どのくらいだ!」


「測定限界を超えました!」


 白石の表情が変わる。


「隊長、まずいです」


「分かっている」


 黒瀬が振り返る。


「地上へ出るぞ!」


 その瞬間。


 ――ドンッ!!


 大きな衝撃が地下施設を襲った。


「うわっ!」


 俺は壁に手をつく。


 天井から砂埃が落ちてくる。


「全員、止まるな!」


 黒瀬が叫ぶ。


 階段を駆け上がる。


 そして地上へ出た。


⸻


 外に出た瞬間。


 俺たちは言葉を失った。


 施設を取り囲んでいた特異生物たちが、すべて同じ方向を向いている。


 地下施設。


 正確には、その真下。


 誰も動かない。


 鳴き声すら上げない。


「……おかしい」


 白石が呟いた。


「どうした?」


 黒瀬が聞く。


「特異生物の心拍反応が……異常です」


「異常?」


「全個体、ほぼ同じタイミングで心拍数が下がっています」


 俺は森を見る。


 さっきまで暴れていた特異生物たちが、まるで何かを待っているように立っていた。


 その瞬間。


 ――ゴゴゴゴゴ……。


 地面が揺れ始めた。


 特異生物たちが、一斉に後退する。


「来ます!」


 隊員が叫ぶ。


 施設の建物に亀裂が走る。


 そして――


 地面が大きく盛り上がった。


 ――ドォォォン!!


 地下から何かが突き上げる。


 土砂と瓦礫が吹き飛んだ。


「全員、退避!」


 黒瀬が叫ぶ。


 隊員たちが後退する。


 俺も白石に腕を引かれた。


 煙の向こう。


 巨大な影が立ち上がる。


「……何だ、あれ」


 誰かが呟いた。


 最初に見えたのは、脚だった。


 四本。


 だが――


 その脚には関節がなかった。


「……え?」


 俺は目を疑った。


 巨大な脚が、ゆっくりと地面から持ち上がる。


 曲がることなく。


 まるで一本の柱がそのまま動いているように。


 次の瞬間。


 巨体が地面に立った。


 ズンッ。


 その衝撃で、周囲の木々が一斉に揺れる。


 煙が晴れていく。


 そこに立っていたのは――


 巨大な生物だった。


 いや。


 生物と呼んでいいのか、分からなかった。


 全身を覆っているのは、黒い皮膚のようなもの。


 しかし、表面には毛も鱗もない。


 光を反射しない。


 まるで周囲の光そのものを吸い込んでいるようだった。


 頭部には目が二つ。


 だが、鼻も耳も見当たらない。


 口もない。


「……顔が、ない?」


 隊員が震えた声を漏らす。


 その瞬間。


 巨体の頭部に、横一文字の亀裂が走った。


 ――パキッ。


 亀裂がゆっくり開く。


 そこに、初めて「口」が現れた。


「……!」


 誰も声を出せなかった。


 口の奥には牙が並んでいた。


 だが、その牙の並び方も普通ではない。


 上下ではなく。


 円を描くように、奥へ続いている。


「生物の構造じゃない……」


 白石が呟いた。


 巨大な生物が一歩進む。


 ――ズン。


 地面が沈む。


 二歩目。


 ――ズン。


 三歩目。


 だが、その歩みに合わせているはずの脚の関節は、一度も動いていなかった。


「……どうやって歩いてる?」


 俺の口から言葉が漏れた。


 答える者はいない。


 そのとき。


 巨大な生物が、こちらを向いた。


 目が赤く光る。


 ――その瞬間。


 俺の右手が、ほんの少し熱を持った。


 だが、それ以上の変化はない。


 巨大な生物も動かなかった。


 ただ俺を見ている。


 いや。


 俺の右手を見ている。


 まるで――


 何かを確認しているようだった。


「……隊長」


 白石が小さく言った。


「撃ちますか?」


 黒瀬は銃を構えたまま答えない。


 巨大な生物が、ゆっくりと首を傾けた。


 その動きは不自然だった。


 首を曲げたのではない。


 頭部そのものが、胴体の上でわずかに回転した。


 ――ゴキッ。


 骨の音ではない。


 機械が動くような音だった。


「全員、動くな」


 黒瀬が低い声で言う。


 巨大な生物が俺を見る。


 そして――


 口を開いた。


 咆哮はなかった。


 代わりに。


 周囲の音が、消えた。


「……?」


 風の音がない。


 木々の揺れる音もない。


 隊員たちの無線も聞こえない。


 完全な静寂。


 次の瞬間。


 巨大な生物の周囲だけ、地面の草が一斉に倒れた。


 何かに押し潰されたように。


「何が起きてる……」


 白石が端末を見る。


「……測定不能」


「何?」


「音じゃありません」


 白石の顔から血の気が引いていく。


「周囲の空気圧が、一瞬だけ変化しています」


 黒瀬が巨大な生物を見る。


「攻撃か?」


「分かりません」


 巨大な生物は、何もしない。


 ただ立っている。


 それだけなのに。


 周囲の特異生物たちは、一体残らず地面に伏せていた。


「……こいつら」


 俺は特異生物を見る。


 逃げているんじゃない。


 怯えているわけでもない。


 まるで――


 逆らうことそのものを知らないようだった。


 巨大な生物が、一歩前へ進む。


 特異生物たちは一斉に道を開けた。


 その動きまで、完全に同時だった。


「これは……」


 白石が呟く。


「特異生物が、あの個体を避けているんじゃない」


 黒瀬が言った。


「従っているのか?」


「……分かりません」


 白石が首を振る。


「でも、普通の生態系ではありません」


 巨大な生物が森を見る。


 そして、突然。


 俺たちとは反対方向へ歩き始めた。


「追いますか?」


 隊員が聞く。


 黒瀬はすぐに答えなかった。


 そのとき。


 巨大な生物が一度だけ振り返った。


 赤い目が俺を捉える。


 そして。


 口の亀裂が、ほんの少しだけ開いた。


 ――グゥゥゥ……。


 初めて音がした。


 だが、それは咆哮ではなかった。


 どこか機械音に似た、低い振動だった。


 直後。


 俺の右手の中で、何かが反応した。


「……!」


 巨大な生物は、それを確認したかのように森の奥へ消えていった。


⸻


「……行った」


 隊員が呟く。


 白石が端末を見る。


「隊長」


「何だ?」


「地下の反応が急激に低下しています」


「巨大生物が離れたからか?」


「それだけじゃありません」


 白石が画面を拡大する。


「地下施設から、反応が移動しています」


「移動?」


「はい」


 地図上の反応が、ゆっくりと森の奥へ移っていく。


 そして――


 別の場所で、反応が一つ増えた。


「……またか」


 黒瀬が画面を見る。


「距離は?」


「約三十キロ」


「同じ反応か?」


 白石が比較する。


 数秒後。


「……完全には一致しません」


「違うのか?」


「はい」


 白石が答える。


「ですが、今の巨大生物と同じ系統の反応です」


 黒瀬が黙る。


「つまり……」


 白石が地図を見る。


「地下施設にいたのは、一体だけじゃない可能性があります」


 俺は森の奥を見る。


 巨大な影は、もう見えない。


 なのに。


 遠くで。


 ――ズン。


 地面が揺れた。


 一度。


 そして少し離れた場所から。


 ――ズン。


 もう一度。


 さらに遠くから。


 ――ズン。


 低い振動が続いていく。


 まるで。


 何か巨大なものが、


 同時に目を覚ましているように。


 黒瀬が静かに言った。


「本部へ連絡する」


「はい」


「特災隊の全班に警戒を出せ」


 黒瀬が森を見る。


「これは、今までの特異災害とは別物だ」


 夜が明け始めていた。


 だが。


 俺たちが見上げた空の向こう。


 遠く離れた場所で――


 赤い光が一つ。


 ゆっくりと灯った。


 そして。


 また一つ。


 さらに一つ。


 暗闇の中に、赤い光が増えていく。

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