第8話 気持ちの順番
屋島三姉妹の父、屋島花夫さんは、いつも明るくて快活で、メガネのよく似合う爽やかな人だった。
幼い頃、引っ込み思案だった俺は、よく花夫さんに助けられたものだ。
友達の輪に入れない時、柊花たちと喧嘩した時、友達の作り方に困った時などなど。
自分の父さんや母さんも当然色々アドバイスをくれたりしてたけど、花夫さんは俺のやる気も引き上げてくれるような、そんな方法で助言してくれたりしたから、すごく助かっていた。
次第に、俺もこんな人になりたいって、そう思うようになっていったのも自然だ。
花夫さんは、本当に良い人だった。
良い人だったけど……。
神様ってやつは、そういう良い人が嫌いらしい。
仕事の関係で短期の海外出張に行っていた花夫さんは、帰りの便の飛行機で墜落事故に遭い、帰らぬ人となった。
柊花や捺花、春花はしばらく心を閉ざしていた。
当然だ。
三人ともお父さんのことが大好きで、いつも傍にいた。
パパ、パパって。
当時は俺よりも花夫さんの傍にいた時間の方が長かったかもしれない。
それくらい、花夫さんは柊花たちに好かれていたのだ。
だから、本当に。
本当に、俺も悲しかった。
目標にしていた人がいなくなった事実に、胸が締め付けられた。
でも、そんな花夫さんから、海外出張の前にあの言葉をもらっていたわけだ。
『柊花たちを守ってやってくれ』
別に花夫さんも自身の未来が見えていたわけではないと思う。
そんな男の子になってくれ、と。
シンプルにそう思ったから俺に言っただけだ。
それ以上でも以下でもない。
けど、あいにくそんなタイミングだったから。
俺は、花夫さんの言葉を今の今まで守り抜き、柊花たちが悲しまないよう、常々行動してきたつもりだ。
花夫さんの代わりに三人を見守っていく。
誰か一人と結ばれて、他二人を悲しませるわけにはいかない。
そう思っていた。
思っていたんだけど……。
「ゆっちゃんが一番だよ……? ゆっちゃん以外何もいらない……いらないから……ずっと春花の傍にいて……? お願い……お願いなの……」
目の前には、屋島三姉妹のうちの一人、春花が鬼気迫るような顔で俺に詰め寄ってきている。
まるで俺を失えば自分は死ぬとでも言いたげな顔。
その破滅的な思考が見え隠れしていて、俺は言いようのない苦しさを覚えてしまう。
「ちょ、ちょって待ってくれ春花。俺のことはわかった。わかったから、花夫さん、お父さんのことは好きだったか、そこを教えて欲しい」
落ち着かせるようにして言うが、春花は俺を壁へ追いやるようにして、小さく首を横に振る。
「言った通りだよ……? 大好きだった。でも、今はゆっちゃんの次。二番目。だって、ゆっちゃんはちゃんと生きてくれてるから」
「そ、そんな言い方はないだろ? 亡くなっても、花夫さんは花夫さんじゃないか」
俺の言葉を受けて、春花は一転して頷いて、
「うん。それはそう。少し言い方が良くなかったかも……」
「言い方?」
「正確には、生きてる方が好感度の更新、できる」
ギュッと。
正面から俺に抱き着いて、俺の顔を見上げながら言ってくる春花。
「パパのことは大好き。でも、それを上回るくらい、ゆっちゃんは春花の中で無くてはならない人になったの」
呼吸が荒い。
興奮の中、息継ぎしながら春花が言ってくれる。
俺はそんな彼女の真正面の告白を受けて、たじろぐしかなかった。
「そ、それは……どのタイミングでそうなったんだ?」
「わかんない。たぶん、気付かないうちに気持ちが蓄積してた。それに気付けたのは、ゆっちゃんが痛い思いしてから」
あの事故は春花にとって……いや、三姉妹にとってすごく大きなものだったらしい。
俺が死ぬかもしれない。
その事実が、彼女らの本当の気持ちを露わにさせた。
「だから、お願いゆっちゃん……春花と付き合って? 恋人同士になろ……?」
迫られ、視線をつい左下へ逸らしてしまう。
それはできない。
……なんてことは直接言えるはずもなかった。
「……好き……だよ……」
「へ……!?」
俺の呟きを聞いて、春花が顔を近付けてくる。
本当か、と。
真剣に問うてくるが、俺は彼女の肩を持ち、少し距離を取らせた。
そして、小さい声で返す。
「……間違いじゃない。本当だ。俺は、春花のことが好き」
「っ……! じゃ、じゃあ……!」
「でも、付き合うのは……待ってくれ。すぐに決断なんてできない」
どうして、と。
心の底から悲しそうに問われる。
胸が痛んだ。
自分の体が三つあるなら、迷いなくこの告白も受け入れられるのに。
「……柊花と……捺花もいる。俺は……大切にしないといけないんだ。あの二人のことも」
意を決して言った。
春花はどんな顔をしているか。
逸らした視線を彼女の顔へ移動させる。
「っ……!」
春花は、わかりやすく悲しそうな顔をしていた。
マズい。
瞬間的に思う。
これだと、俺は花夫さんの約束を何一つとして守れていない。
柊花と捺花の悲しむ顔を見ずには済んだかもしれないが、代わりに春花が辛そうにしている。
どうしようもない。
どうしようもないけど、それは目の前の現実を受け入れる理由にはならなかった。
ダメだ。
春花も悲しませてはダメ。
「ご、ごめん……!」
だから俺は、唐突に目の前の春花を抱き締める。
「ご、ごめん……ごめん……ごめんごめんごめん……ごめんな……? 俺、春花のことも大切なのに……こんな……」
感情がぐちゃぐちゃになりそうだった。
それでも、目の前の春花を泣かせるわけにはいかない。
好きだから。
春花のことも、ちゃんと好きだから……。
俺は……。
「……大切なら……付き合ってよ……。春花と……付き合って……ゆっちゃん……」
迫られる選択を前に、俺は逃げ出したい気持ちを抑えられない。
だが、ここで逃げることなんてできなかった。
たとえ逃げても、現実はどうしようもなく迫ってくる。
「お、俺は……」
もう……言ってしまうしかないのか……?
震える唇を動かし、声を出そうとした。
……そんな折だった。
「二人とも、こんなところで仲良さげだね?」
「何をしてるのかしら? そんなに抱き合って」
横から聴こえてきた声に仰天する。
そこには、柊花と捺花が立っていたのだ。




