第7話 春花とのキス
生徒指導室を出て、俺は小さくため息をつく。
どうしようもなく、普通に怒られた。
まあ、そりゃそうだ。
授業をサボって空き教室にいた、なんてことがバレたら、当然怒られる。
担任の先生にも言っとく、とか言われたけど、気が重い。
ただでさえ友人がいなくてクラスでも浮いてるのに、これ以上悪評が広まったら、俺は本格的に友人を作ることができなくなる。
薔薇色……とまではいかないが、ある程度キラキラした高校生活を望んでいたのにな。
なんともまあ、現実感のある灰色状態。
悲しいもんだ。
「どうにかしなきゃいけない問題も抱えてるしな……」
廊下で思わず独り言を呟いてしまう。
頭の中に浮かんだのは、言うまでもなく屋島三姉妹のことだ。
柊花も、捺花も、春花だって、自分の元から離れないで欲しい、と俺に懇願してくる。
しかも、その懇願の仕方が強烈だ。
見たことのないような目力を発揮させ、俺が拒否しようものなら死んでしまっても構わない、みたいな。
そんなスタンスだから余計心配になるのだ。
三人のことは俺が守る。
そう心に決めているこっちからすれば、本当に頭を悩ませてしまう問題。
しかも、都合良くダラダラと三人まとめて一緒に過ごす、なんてことができない年齢にもなってきてる。
俺たちは高校生だ。
進学するのなら大学生にもなれるが、いつまでもハーレムを作っている場合ではない。
誰か一人に決めろ、と。
何者かに背を押されている感覚がずっとしてる。
それが亡くなった花夫さんなら、俺は心置きなく真剣に三人と向き合うのだが、現実問題死んでしまった人が俺に意見する、なんてことはできるはずがない。
だから、今日も俺は花夫さんの言葉を忠実に守るしかないわけだ。
もはや呪いと言っても差し支えないと思う。
三人に悲しい思いをさせちゃいけない。
その考えが、どこまでも自分を苦しめているのだ。
わかってはいるが、その思考を放棄するわけにもいかない。
つまり、どうしようもない。
俺は頭を抱えて、再度ため息をつく。
そして、歩き出そうとした矢先のことだ。
「……ツンツン……」
静かな声と共に、背を突かれる感触。
「!?」
人間、驚き過ぎると声を出すのを忘れてしまうらしい。
目だけをかっ開き、そこに立っている春花のことを俺は凝視した。
「いけないんだ、ゆっちゃん。授業を抜け出してこんなところにいるなんて」
「いや、それはこっちのセリフでもあるからな? ここで何してるんだよ、春花……」
全身の力が抜ける。
また先生かと思ったら、まさかの春花だった。
安堵するが、同時に疑問符を俺は浮かべることとなった。
「こんなところにいて、先生にでも見つかったらお前も生徒指導室行きだぞ?」
「春花は大丈夫。ゆっちゃんと違って、良い子じゃないから」
良い子じゃない?
言い方が引っかかる。
小首を傾げる俺だったが、余計なことを考える暇も与えないとばかりに、春花が顔を近寄せてきた。
「さっき、空き教室でなっちゃんと一緒にいたよね?」
……だから、なんでバレてる?
クラスが違うのに、春花は教室を抜け出して俺のことを見ていたってことか……?
だとしたら、それは春花の評価を下げてしまうし、成績だって悪くさせてしまう。
真っ先に言った。
俺のことを監視してるのなら、すぐにやめてくれ、と。
でも、そうしたら、春花は逆上する……わけではなく、その瞳に涙を浮かべ始めた。
「ちょ……!? は、春花……!?」
思わず声を裏返らせてしまう。
泣かせるつもりなんて微塵もなかったのだ。
「……ヤダよ……春花……ゆっちゃんの傍にずっとずっといたい……」
「っ……。で、でも、そんなこと言ったって授業抜け出してまで俺のことを見てるっていうのは……」
「なっちゃんだって同じ。授業サボってゆっちゃんのこと空き教室に連れて行った。そこで……」
刹那。
俺は、背伸びをする春花に突然キスされた。
「……こういうこと……してたんだもん……ズルい……ズルいよ……」
触れた唇と唇。
もはや柊花だけじゃない。
捺花も、春花も、俺と唇を重ねた。
どんな反応をしていいのかもわからない。
事故に遭って、本当に三人が一気に距離を縮めてき始めた。
「ゆっちゃんは、私の傍から離れちゃダメ。もう二度と危ない目に遭って欲しくない。ゆっちゃんが元気なだけで、私は……私は……私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は……!」
怖い。
春花が目の色を変えて、強烈に詰め寄ってくる。
胸元の制服を掴まれ、胸を俺に押し付けながら、甘い吐息を漏らしてくる。
春花は小柄だ。だから、力も弱い。
弱いけど、それでも、想いの強さは二人と変わらなかった。
思わず俺は後退して、壁に押し付けられそうになる。
目も逸らした。
春花相手なのに、恥ずかしいと思ってしまったのだ。
「ゆっちゃん……私ね? ゆっちゃんのことが好きなの。世界で一番、どんなことよりも、あなたのことが好き」
胸がむにゅ、と押し付けられ、そこからとくん、とくん、と春花の心音が聞こえてくる。
きっと、俺の心音も春花に届いているはずだった。
唐突な告白に心拍数が上がる。
自分の顔が熱くなっていくのもすぐにわかった。
「す、好きって……そんな……いきなり過ぎるだろ……」
「いきなりじゃないよ? きっと、ゆっちゃんに会った時からずっと好きだったの。距離が近過ぎて気付けなかった。ただそれだけ」
「……あの事故がキッカケだって言いたいのか?」
目を逸らしたまま問うと、春花は頷いた。
「ゆっちゃんが死んじゃうって思ったから。お父さんみたいに、突然私たちの前からいなくなるって思った」
春花の語気が強くなっていく。
「そんなのヤダ……! 絶対、絶対、絶対に耐えられない……! もう、大好きな人が自分の傍からいなくなるのはヤダ……!」
「……悪かった。本当に、春花を不安にさせるようなことして」
謝ると、小柄な彼女は首を横に振る。
綺麗な髪の毛がふわりと舞って、シャンプーの香りが俺の顔を撫でた。
「ゆっちゃんは謝らなくていいよ。悪いのは……ずっとゆっちゃんに素っ気なかった私だから……」
春花は続ける。
「ゆっちゃんの優しさに甘えて、適当な態度ばかり取って。事故に遭ったりしたら一瞬で大好きな人は死んじゃうのに、それを理解してなかった」
言って、再度春花は背伸びをする。
隙だらけだった俺の唇を奪い、そのまま捺花と同じように舌を絡めてきた。
「んっ……むっ……!?」
一生懸命だ。
背伸びをして俺の背に合わせるのも大変だし、キスの息継ぎもしなくちゃいけない。
それでも、春花は俺との接触を必死に続けようとして、繋ぎ止めようとして、一生懸命。
それが、どうしようもなく健気に映って、愛らしくなって。
「ちゅ……んっ……んんっ……!?」
俺は、勇気を振り絞った。
春花のことを抱き締めて、彼女の小さな背に手を回す。
「ゆっちゃ……ん……っはぁ……ちゅっ……んっ……んんんっ……♡」
これが裏切り行為なのか、柊花と捺花を傷付けてしまうことなのか、冷静に考えることができなくなっていた。
舌と舌が絡むキス。
不足した酸素と、上がりきった心拍数と、どうしようもなく可愛らしい春花。
そのすべてが重なって、俺は春花とのキスに没頭してしまっていたのだ。
「ゆっ……ひゃ……♡ しゅ……きぃ……♡ だい……しゅきぃ……♡」
その言葉は、さっきの捺花とも重なる。
好き。
その想いは、三人ともずっと抱いてくれていた。
あの事故がきっかけで、それが表に出てしまったのだから、俺は本当に決断を迫られている。
生半可に三人を、だなんて。
そんなことは絶対にしちゃいけない。
いけないから……。
「……ふぇ……?」
荒くなった二人の呼吸。
口元に付着した唾液。
虚になった瞳。
春花のそれを見ると、俺はまた理性を飛ばしてしまいそうになるが、それを堪えて問いかけた。
「春花……。ごめん、ちょっと聞いていい……?」
彼女は小首を傾げる。
切なそうにして、また俺に抱き着こうとしてきた。
でも、いったんそれを拒んで、
「春花は、花夫さんのこと、どれくらい好きだった?」
俺は、目の前の春花の目を見て、真剣に質問するのだった。




