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第6話 激しいキスと垂れる想い

 シンとした、誰もいない空き教室。


 捺花に手を引かれて、俺はそこに入る。


 入ってすぐ、チャイムが鳴り響いた。


 やってしまった。


 これは授業開始の合図だ。


 別に学校を休んでいるわけでもないのに、先生から見て、俺は欠席しているような扱いを受ける。


 周りのクラスメイトが上手く説明してくれればいいのだが、残念ながら俺には友人らしい友人がいない。


 高校一年といえど、季節はもう秋だ。


 あまりにも終わっている。


 青春を楽しむには友達がいてナンボだろうに、健全な人間関係も築けないなんて……。


 ……まあそれでも、代わりに手にしているものは確かにあるわけで。


 むしろ、俺はそれを大切にし過ぎたが故に、同性から距離を取られているのかもしれない。


「……ん、勇信。皆は授業受けてるし、ここには私たち二人だけ。何をしてもバレないね。えへへっ」


 屋島三姉妹。


 一年の間でも、いや、学校全体で見ても他の追随を許さないほどの美少女三姉妹。


 彼女らと常に一緒にいる俺は、かなり嫉妬の対象になっているはず。


 金魚のフンだの、邪魔者だの、男子から陰口を叩かれているのは知ってる。


 女好きのクソ野郎、と。


 そんな風に先輩に絡まれたこともあった。


「……捺花……このこと、柊花と春花は知ってるのか?」


「知ってるわけないじゃん。これは私の抜け駆け行為なんだし」


 サラッと当然のように言う捺花だが、本能的に身構えてしまうような、そんなオーラを発している。


 軽く舌を出し、光の無い瞳をうっとりさせながら俺を見やってきていた。


「抜け駆けってお前……勝手に抜け駆けられてる俺は一体どんな反応をしたらいいんだよ……」


 苦し紛れの返しセリフ。


 つい視線を捺花から逸らしてしまう俺だが、それを許さないとばかりに彼女は急接近してくる。


「っぐ……!?」


 壁ドンというやつだ。


 生まれて初めて女の子にされた。


 俺の身長は高くない。


 女子の平均より高めの身長を持つ捺花とほぼ同じ。


 故に目線の高さを同じで、壁ドンをされると本当に目と目が合う。


 至近距離に迫った綺麗で可愛い顔。


 それから逃れられるはずもなく、俺は心拍数を上げながら顔の熱も上げた。


「……ほ、本当に……するのか?」


 何をか、は口にしない。


 口にしなくても、それはしっかりと通じる。


 捺花はゾクゾクしたように笑みを浮かべていた。


 彼女の頰もまた、軽く朱に染まっている。


「するよ? だって私、言ったよね? 柊花よりすごいの、してあげるって」


 ツッコミどころはここだ。


 心拍数は既にとんでもないが、話の流れを逸らすかのように俺は語気を強める。


「そ、そこだよ……! ほんと、意味わからん……! なんで朝のこと、俺の部屋で柊花としてたことが捺花に認知されてるんだ……? あの時、俺は確かに柊花と二人きりだったはずで……!」


 刹那。


 俺は捺花に唇を奪われる。


「っ……!!!」


 それはほんの一瞬。


 でも、その一瞬でわかった。


 同じ姉妹でも、キスの仕方は柊花とまるで違う。


 吸い付くように、自分のものにするかのように、俺の舌を自らの舌に絡めてきた。


「っはぁ……はぁ……んひひっ……勇信……ゆぅしんっ……んんっ……」


 一度離れた唇。


 だが、それは息継ぎのためのものでしかなく。


「んむっっ……!?」


 壁に押し付けられたまま、俺は再度捺花にキスされた。


 言葉通り、柊花のものよりも深く、濃厚なキス。


 舌が自由に動かせない。


 捺花の舌に縛られて、好き勝手絡められて、気付けば唾液が口元から垂れていた。


 俺のものか、捺花のものかはわからない。


 もしかすると、二人の唾液が混ざり合ったものの可能性もある。


 いや、その線が一番濃厚か。


 とにかく、腰が抜けそうなほど気持ちいい。


 甘くて、激しくて、拒まないといけないのに、俺はそれができない。


「ゆぅしん……しゅき……しゅきだよぉ……♡」


 思わず、「俺も」と返してしまいそうになった。


 切なげで、一生懸命な捺花。


 でも、その瞳は相変わらず淀んだ独占欲の色に染まっていて。


 彼女たちを守って事故に遭った俺の行為は、もしかすると間違いではなかったのかもしれない、と。


 ついそんな風に考えてしまった。


 どうかしている。


 一歩間違えると死んでいたのに。


 こんなにも、捺花を含めた柊花と春花をおかしくさせてしまったのに。


 俺は……。


 俺は……。


「ん? 誰かいるのかー?」


 とろけるようなキスの最中だった俺たち。


 だが、それも唐突に終わりを迎える。


「!!!」


 空き教室の出入り口扉。


 その一つをガタガタと揺らし、開けようとしてくる誰か。


 先生だ。


 何科目担当の誰かまでは細かくわからないが、何にせよ、今一番ここにいるのを知られたくない存在だった。


「や、ヤバい……! 捺花……! いったん離れて……!」


 小声で体を離し、俺は捺花を守るように抱き締めながら言う。


 彼女は少し驚いて目を見開いていたが、素直に俺に従って抱かれてくれた。


「んっ……」


 と。


 小さい声を漏らしたのと、俺の背に軽く手を回すような、そんな仕草が確認できる。


 別に背に手は回してくれなくてもよかったのだが、細かいことを気にしてはいられない。


「何だ? 鍵閉めてるのか? ちょっと! 誰かはわからないがここを開けなさい! 中で何してるんだ!」


 怪しんだのか、先生が語調を強めた。


 マズイマズイマズイ。


 二人一緒に隠れられる場所なんて無い。


 あるのは掃除用具入れくらいだが、アレは人一人しか入れなさそうだし……。


「っ……」


 だとすると、取れる行動は一つだった。


「捺花、ごめん……! 汚くて嫌かもだけど、あの掃除用具入れの中に少し隠れててくれ……!」


 声を最大限押し殺しつつ、彼女へ伝える。


 すると、捺花は意味ありげな目でジッとこちらを見つめた後、俺の頰に軽くキスをしてくれて、


「いいよ。汚いとか気にしない。勇信は……本当に優しいね」


「い、今はそういうのいいから……! 隠れるのオッケーなら隠れて……!」


「……うぅぅ……しゅきぃ……♡ もう……そういうとこ……どうにかなっちゃいそうなくらいしゅき……♡」


 呼吸を荒くさせて、目も完全にヤバい光を浮かべている。


 少し前までの捺花なら、こんな目はしなかった。


「絶対離さない……二度と……二度と私の元からどこかへは行かせないからね……?」


「わかったよ……! どこにも……い、行かないから……!」


 何気なく、とっさに言ったセリフ。


 それが捺花の心の琴線に触れたのがすぐにわかった。


 瞳孔を揺らし、口元をだらしなく歪ませる。


 恍惚としたように首を曲げ、俺を見つめるばかりだったので、強引に掃除用具入れまで背を押してやった。


 そして、彼女を中へ入れる。


 瞬間、ガチャンと出入り口扉が激しく音を立てて開けられた。


 俺は名前もわからない男教室に一人で見つかり、生徒指導室まで連れて行かれるハメになったのだった。

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