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第4話 一番可愛い女の子

 長かった入院生活が終わり、俺は久しぶりに自室のベットで朝を迎える。




「……おはよう、ゆう君。久しぶりの自分の部屋、目覚めはどうかしら?」




 自室というのは、文字通り俺の家の俺の部屋、という意味だ。




 誰かと一緒に夜を過ごす空間でもないし、誰かと一緒に眠る場所でもない、俺だけの癒しの空間。




 そのはずなのに、目を覚ますとすぐ傍には柊花がいた。




「……あの、柊花さん? どうしてあなたはここにいるんですかい?」




 表情を崩さず、しかし冷や汗を浮かべながら問いかける。




 するとまあ、柊花は微笑を浮かべ、俺の頰に自身の綺麗な手を据えながら答えてくれた。




「そんなこと、疑問に思う必要はないわ。ゆう君の傍にはいつだって私がいる。三百六十五日、一時間、一分一秒、ずっとあなたの影みたいに張り付いて生きてるの」




「……前まではそんなこと、絶対言わなかったよな?」




「前は前。今は今よ。言ったでしょう? あの悲惨な事故をきっかけに、私はゆう君の大切さに気付いた。ゆう君のことを守る、って病室で約束したじゃない?」




 まあ、それは確かに聞いたのですが……。




「……でも、まさか俺の部屋に朝からいるなんて思わなくないか? 捺花と春花もそこは自重してくれてるのに……」




 俺が言うと、柊花は光の無い瞳をギラギラさせて、「チッ」と舌打ちした。怖い。




「私一人ならよかったのだけれど、残念ながらそういうわけでもないの」




 柊花がそう言って、すぐに階段下から母さんの声が聞こえてきた。




「勇信ー! 早く起きなさーい! 柊ちゃんが起こしに行ってるでしょー!? なっちゃんとはるちゃんも一階にいるわよー!」




 ……マジですか。




 という思い全開で柊花のことを見やると、彼女は悔しげに「そういうこと」と呟いた。




「本当は私がゆう君を独り占めしたいのだけれど、私たちは三姉妹だから」




「……別に、三人が三人とも躍起になって俺の傍にいてくれなくてもいいんだけどな?」




 言うも、それはまったくの嘘だった。




 俺は、逆に三人のことを独り占めしようとしているクソ野郎だ。




 自由奔放なところはあるが、皆可愛くて、放っておくとすぐに学校の男子共が群がってくるくらいの美少女。




 柊花も、捺花も、春花も、本音を言うと誰も他の男子に渡したくはない。




 花夫さんのあの言葉が自分の胸に刻み込まれているのはあるが、にしても俺も俺で歪んでいる。正常ではない。




 このままだと、俺はこの現代日本でハーレムを築こうとしている男になってしまう。




 交通事故がきっかけで、三人とも俺の大切さに気付いたと言ってくれたが、ずっとこのままというわけにもいかない。




 どこかで気持ちに折り合いをつけ、俺たちは成長し、何かを諦めていかなければならないのだ。




 ただ、その「何か」を見つけるのが今は怖い。




 もう少し。




 もう少しだけこのままでいさせて欲しい。




 幼い頃に戻ったような、俺たちのこの関係をもう少しだけ。




「……そうだね。別に三人ともが躍起になってゆう君の傍に居ようとしなくてもいい。それは賛成だよ」




 そう言う柊花の声のトーンが若干低くなった。




 彼女は俺の頰に触れさせていた手を移動させ、今度は俺の前髪に触れてくる。




 朝なのに、心臓の動きはこれでもか、というほどに早くなっていた。




「……柊花……」




 名前を呟くと、柊花は瞳の中のハイライトを消失させたままクスリと笑って、




「私だけがゆう君の傍に居続ければいい。捺花は一橋君に告白されたもの。素直に彼のところへ行けばいいのにね?」




「……でも、告白も断ったって」




「うん。もったいないと思う。ゆう君はこの世に一人しかいなくて、一人の女の子としかお付き合いできないのに」




 ゴクリ、と生唾を飲み込む。




 柊花が、俺に見せたことのないような表情をしていた。




 どこまでも本気で、俺を死んでも独り占めしようとしているような、そんな顔。




「ゆう君もだよ? いつかは私たちの中から一人を選んでくれないといけない。わかってるかな?」




「……わかってるけど……」




「けど……? どうして『けど』なの?」




「え?」




 思わず疑問符を浮かべてしまう。




 まさかのところでツッコまれてしまった。




「もしかして、私たち三人以外の女の子恋人候補がいるの!? それならちゃんと教えて!?」




「えっ!? あっ、いや、俺は……!」




「あああ、あり得ない……! あり得ないから……! そんなの、絶対に認めない……! 認めない認めない認めないミトメナイッ……!!!」




 悲鳴を漏らしてしまいそうになる。




 俺の両頬を両手で掴み、凄まじい至近距離でブツブツ呪詛のように「あり得ない」と呟き続ける柊花。




「教育……必要かなぁ……? 私たち……ううん……私だけを好きになってくれるような……そんな教育が……!!!」




 それはいらない。




 そう反射的に返そうとしたが、本能がそれはダメだと告げてくる。




「しゅ、柊花……! だ、大丈夫……! 大丈夫だよ……! 他の女子とか……俺はそんなの……!」




 言い逃れをしようとする俺だが、至近距離にある柊花の顔、そしてその瞳は徐々に潤み始め、下がり眉になっていく。




「本当……? 本当に……私だけを見てくれる……?」




「う、うん……見る……ちゃんと見るから……」




 グスッと。




 鼻を啜るようにして、涙を浮かべる柊花。




 どうしようもない思いが募った。




 これはもはや重症だ。




 俺たちは、いや、俺だ。




 俺が早いところ自分の気持ちにケリを付けなければ。




 三人を自分のものに、なんて。そんなのは無理なのだ。




 無理だけど、頭ではわかっていても、花夫さんの言葉があるから。




 それをどうしていこうか、真剣に考え、早く答えを出さなければならない。




「ねえ、ゆう君? 今、二人きりだよね?」




 柊花に言われ、ぎこちなく頷く。




 部屋の扉に目をやると、柊花が「鍵は閉めてる」と教えてくれた。




 マジですか。




「でも、ずっと二人きりでいるのも無理。ほら、一階から捺花と春花が呼んできてる」




 柊花の言葉通り、一階から朝食を作ってくれていたであろう、捺花と春花の呼ぶ声がした。




 階段も上がってきている。




 鍵を閉めてるという事実を知れば、二人は扉を蹴破ってでも中に入ってきそうだ。




 それだけは避けないと。




「じゃ、じゃあもう起きよう。変に二人を刺激するのも良くないし」




「ゆう君、それならキスして?」




 は?




 思わず頓狂な声を漏らしてしまう。




 が、柊花は本気だった。




「唇に欲しい。二人きりだもん。秘密にしておくから、頂戴?」




「い、いや、でもそれはさすがに……」




「……ゆう君……」




 まるで自死を選びそうなほどに行き詰まった目をし、俺に圧をかけてくる柊花。




 けど、それは、それだけは絶対にダメだった。




 唇なんて、いくら二人きりとはいえ、許されることじゃない。




「だ、ダメだよ。まだちゃんと付き合ってるわけじゃないのに。こういうのは、正式にお付き合いしてる男女がするものであって、俺たちは……」




 ……まだ、恋人同士じゃない。




 そう言いかけていたところで、虚を突くかのように、柊花の顔が近付いてきた。




「しゅっ……!?」




 彼女の名前を呟こうとした矢先。




 俺は、柊花にキスされた。




 唇と唇。




 触れ合うだけのキスだが、それは思わず瞳孔を小さくさせてしまうような、衝撃的なもので。




「……好きなの……ゆう君……」




 切なそうに至近距離から見つめてくる柊花は、俺が見た中で一番可愛い女の子だった。

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