第19話 病んだ愛。流される男
「勇信……今日はアタシ……勇信の部屋で寝る……」
屋島三姉妹の中で、ただ一人。
かつて黒色だった髪をブロンドにさせ、垢抜けた容姿を誇る次女、捺花が俺の手を掴んでくる。
「ふふっ。へぇ〜、やるねぇ、捺花ちゃん」
天は相変わらず面白そうに俺たちを見ていた。
花夫さんからの意思を伝えてくれた直後だが、いつもとあまり変わらないテンションだ。
「ユたくん、さっそく私の言ったこと実践できそうじゃん? 一人の女の子を選ぶ。ちょうどいいし、捺花ちゃんにすれば?」
ちょうどいいって何だよ。
あまりにも天の言葉が軽々しいから、反射的に彼女のことを睨んでしまう。
それでも、天は表情を崩さなかった。
俺をからかうような微笑を顔に貼り付けたまま、状況がどうなるかをただ見つめている。
朝、キスしてきた時は、前と変わらない天だと思っていたけど、やはり温度感が違う。
俺に会いに来たというよりも、花夫さんの言葉をただ伝えに来ただけ、という感じが強い。
それを実感して、俺はどこか寂しくなった。
天から、あの時のような体温を感じられない。
人間味を感じない。
無機質で、与えられた仕事を淡々とこなす機械のよう。
「……天……」
ポツリと俺が従姉妹の名前を漏らしていると、横から頰を手で触られ、掴まれる。
そして、ゆっくりと、俺の顔は捺花の方へ向けられた。
捺花の手によって。
「勇信……今はアタシだけを見て……お願い……」
懸命に、健気に。
甘えるみたいにして訴えかけられ、俺はノーと言えない。
流されるかのように頷いた。
「……ん……ありがと……勇信……好き……」
何でだろう。
キスされた時より、今の方がドキドキしてる。
そのまま捺花はゆっくり俺の胸に身を埋めて、抱き着いてきた。
激しく動く心臓の音は、きっと彼女に丸聞こえだ。
「……勇信……」
その証拠に、捺花は笑みを浮かべて、俺のことを上目遣いで見上げてきた。
口角が上がってる。
ドキドキしてくれて嬉しいとか、そういうことを考えてるような顔だった。
「うっ……い、いや、これは……」
俺はとっさに身を捩り、自分の胸を抑えようとするけど、それを捺花に止められる。
「勇信……大丈夫だよ……? アタシも……すごくドキドキしてるから」
「っ……」
「触って……確かめてみる?」
言って、自分の胸を控えめに差し出してくる捺花。
反射的にそれを拒んだ俺は、視線を捺花から外して、ずっと黙ってこっちを見てる天に目をやる。
「仲良しさんだねぇ? フフフッ」
さすがにこれは看過できない。
勘弁してくれ、と。
捺花を身から引き剥がすわけではなく、天に部屋から出ていくよう頼んだ。
「ごめん、天。俺はちょっと……」
「あははっ。いーよいーよ。邪魔者は出てくね? あとは二人でごゆっくりどうぞ」
二人きり。
確かに人間の体自体は二つになるが、目と耳は違う。
部屋から出て行った柊花と春花。
二人はこの部屋の中の出来事を監視しているのではないか。
でも、それだと一人で部屋に残った捺花を止めに来るはず。
柊花、春花。
あいつらは、今いったい何を思い、何を考えている。
決まっているのは、俺が屋島三姉妹のうちの一人を選んでしまうことへの恐怖。
俺の選択を目にしたくない。その一心で部屋から出て行った。
「やば……奇跡……勇信と二人きり……!」
体を寄せてきている捺花は、瞳を爛々と輝かせ、喜びに頰を緩ませていた。
俺はそんな彼女に対し、「いや」と首を横に振る。
「二人きりってことにはならないんじゃないか……? たぶん、監視カメラがこの部屋には付けられてる。それで柊花も春花も、俺たちを見てるはずで……」
「ううん。今、カメラは全部電源が入ってない」
え。
捺花に言われ、俺は信じられないとばかりに周りを見渡し、密着している彼女へ視線を戻した。
「柊花も春花も、カメラをつけてない。消してる」
「何で? 何でだよ? さっきまでつけてたはずだろ?」
真剣に理由を問いただすが、それを有耶無耶にするように、捺花は俺の言葉を優しく遮る。
「そんなの、どうでもいいじゃん? ここには、もうアタシと勇信しかいないんだから」
「で、でも、俺は……!」
「勇信は……イヤ? アタシと二人きりで……一緒に寝るの」
それだ。その顔をやめてくれ。
そんな顔で問われたら、俺は嫌と言えなくなる。
「天も言ってたよね……? 勇信は……そろそろ一人の女の子を真剣に選ばなきゃ、って」
「け、けど俺……」
「それがお父さんの願いなんだって。そう、天も言ってたじゃん?」
ズク、と胸を押しつけられるような圧迫感。
動きを止めてしまう。
俺の中にあった大切なものは、その一言ですべて上書きされるのだ。
捺花の言葉に反論できない。
「勇信……アタシを……受け入れて?」
頭を、顔を、捺花に抱かれる。
柔らかい胸が俺を包み、やってくる暖かさが思考を放棄させてきた。
「柊花と春花は、きっとまだ、勇信と同じだったんだよ」
「……え?」
「勇信と同じで、まだ特定の誰かがくっ付くと、本気で思ってなかったの」
言われ、変な納得感が胸を襲う。
だとしたら、そんな状況で俺は……。
「アタシだけだよ? 勇信と、本気で恋人になりたいって思ってたの」
違う……のか?
わからない。
思考が、優しい捺花の声音に流される。
「アタシだけ……勇信には……アタシだけなんだから」
頭を抱いてくれる力が強まる。
狂気のような愛情。
それが入り混じった彼女の瞳に俺は気付けず、ただひたすら流され、ベッドに連れられて行くのだった。




