第17話 天の話したいこと
「はーい、天ちゃーん! 今日は腕によりをかけて晩御飯作ったから、いっぱい食べてねー!」
その日の夜。
天がうちへやって来たこともあり、母さんはウキウキしながら豪華な手料理を作ってくれた。
「天ちゃん、本当美人さんになったな〜! 俺、ちょっと『握手してくれませんか?』って敬語でお願いしちゃいそうだよ〜! アイドルみたいだ〜!」
父さんも父さんで、高校生の姪っ子にデレデレしながらこんなことを言ってる。
いい歳したおっさんが気持ち悪いもんだ。
そこんとこ、母さんには「セクハラ」と釘を刺されていた。
間違いない。
天も苦笑いだった。
「でも、二人ともありがとうございます。突然だったのに、一週間もいていいだなんて」
座ったままかしこまり、料理を前にしながらペコリと頭を下げる天。
それを見て、父さんも母さんも、「いやいや」と手を横に振って、
「そんなかしこまらなくてもいいわよ? 天ちゃんなんて家族同然なんだから」
「そうそう! 昔だって、夏休みとかよくうちにお泊まりしに来てたからね! こうして泊まりに来てくれるのは、あの頃を思い出せて嬉しいくらいだから!」
……まあ、そこは一理ある。
あの頃を思い出せて嬉しい。
父さんのセリフは、遠い記憶をよみがえらせてくれた。
小学生の頃とか、夏休みのたびにうちへ来る天とよく遊んでたっけ。
当時は屋島三姉妹も今みたいな感じだったから、もうほんと、色々バチバチだったわけだけど、とにかくすべてが懐かしい。
俺の中で天という存在は、そんな昔の記憶を強引によみがえらせてくれる、ある意味大切な人だ。
従姉妹だし、恋愛対象ではない。
けれど、とても大切な、そんな女の子だった。
「なぁ、勇信? お前もさっきから黙ってないで、天ちゃんがうちに来てくれて嬉しいんだろう? 照れちゃってさ〜」
うざったく、ニヤニヤしながら言ってくる父さん。
俺はサラダを口に頬張りながら、「別に」と照れ隠しのようにして答えた。
「ふふふっ。な〜にが『別に』よ。私が『天ちゃんが来るって』って言ったら、声を大にして喜んでたのに」
「いや、そんな大袈裟に喜んではないが!?」
「じゃあ、大袈裟じゃない程度には喜んでたのね?」
思わず言葉を濁してしまう。
ものの見事に嵌められた俺は、恥ずかしげに母さんから視線を外すしかなかった。
父さんと二人でニヤついてるのが余計ムカつく。
くそくそくそ。
サラダをさらに頬張った。
「んふふ〜、そうなんだ〜♡ ユたくん、私が家に来るの喜んでくれてたんだ〜♡」
隣に座っている天は、調子に乗って横から俺の肩を突いてくる。
「べ、別に喜んではねーよ……! いきなり過ぎて驚いただけで……!」
「でも、嬉しかったのよね〜?」
「う、うるせえな! そ、そんな嬉しくもないっての!」
煽ってくる母さんに返し、俺は天の方を指差して続ける。
「ていうかな、天。お前、寝床どうするつもりだ? 俺の部屋とか、今は確実に無理だぞ?」
「え? 何で?」
小首を傾げて疑問符を浮かべる従姉妹。
まあ、そうだろう。
天はいつも俺の部屋に布団を敷いて、そこで寝ていた。
今回もそうするつもりだったのだろうが、それは無理だ。
「何でって、ここに来て、今の俺の状況見たら大体想像つかないか?」
「……もしかしてだけど、柊花ちゃんたち?」
冷や汗を浮かべつつ、俺は静かに頷く。
父さんと母さんは、バカにしたように笑いながら「何言ってんだか」と言っていたが、それはあんたら二人の方だ。
「よく聞け、天? 今の俺の部屋は、二十四時間体制で柊花たちに監視されている」
「あはははっ! うちの息子は妄想家だなー! そんなのあるわけないのにー!」
愚かな親父は無視。
神妙な表情のまま、俺は天のことを見つめて続ける。
「だからな、迂闊なことをすると、次の日とんでもないことになるんだ。それこそ、お前はあの三人に処分されかねない」
「そんなに……?」
「そんなに。俺が事故に遭ってから、三人ともマジになっちゃったので……」
それは、きっと、いや、かなり幸せなことで。
もう少し想いを軽くして頂けると助かるとか、そんなことは間違っても口にしちゃいけない。
俺のこの、三人の幼馴染美少女たちから守られるシチュエーションは、非常に尊いものだった。
……二十四時間部屋の中を覗かれ続けるっていうのは、結構やめて欲しいと思っているのだが。
「そういう意味で、今夜は俺の部屋じゃなく、どこか別のところで天は寝る必要がある。それはよーく理解しといてくれ」
「でも、そうなっちゃったら誰が天ちゃんを守るの? 一人で寝かせるわけにもいかないでしょ?」
「守るって、どんだけ大袈裟な話だよ? 確かにこのご時世、色々物騒なことも起こってるけど、寝る時くらい一人でも大丈夫だろ……」
母さんに言うも、その横にいた父さんが「いや」と首を横に振る。
「ダメだよ、勇信。天ちゃんとは一緒に寝てあげなさい。突き放すようなことしちゃいけない」
「別に突き放してはいないのですが……?」
「突き放してるよ! 昔は天ちゃんと一緒に寝るって言って聞かなかったのに!」
「っ……!!!」
死ぬほど恥ずかしい記憶がよみがえる。
小学生低学年の頃の話だ。
俺は天と仲が良く、一緒に寝るのが好きだった。
「俺たちが引き離そうとすると、泣いて天ちゃんに引っ付いてたのになぁ! 悲しいもんだよ! 時間が経てばこれだもんなぁ! まったくまったく!」
「ちょ、父さん……! 頼むからその話はやめてくれ……!」
「はい? 何で?」
「何でも! あぁ、もうほら! 天もすっげーニヤニヤしちゃってんじゃん!」
からかう気満々でニヤニヤしてる従姉妹。
でも、それは俺の思い込みかもしれなかった。
「私はどっちでもいいよ? ユたくんが一緒に寝てくれても、くれなくても、どっちでも大丈夫」
「……何で急に柔軟な女子になるんだよ?」
「ふふふっ。べっつにー? 私は普段から柔軟女子ですけどー?」
そんなわけあるか。
昔から屋島三姉妹とバチバチで俺を取り合ってたくせに……。
「天……なんかお前、少し変わったよな?」
「ん? どこが?」
「……なんとなく、グイグイ来すぎなくなったっていうか……」
ゴニョゴニョと言葉を並べていたところで、顔を近付けてくる天。
それを見た父さんと母さんは、興奮したようにキャーキャー騒ぎ出した。
「距離感は昔と変わらなくない? 朝、ちゃんとキスもしてあげたんだし?」
「な、何だと勇信んんんん!!?? それ、どういうことなのかちゃんと父さんに話しなさぁぁぁぁい!!!」
う、うるせぇ……。
前にも、横にも、意識を向けなければならないが、何よりも俺はドギマギし過ぎて天から目が離せなくなっていた。
「お、お前それ父さんたちの前で言うなよ……!」
「ふふっ。じゃあ、二人きりの時にちゃんと思い出させてあげるべきだったかな?」
朝、キスした時と変わらない距離感。
父さんと母さんの喚きは、もはや外野の声でしかなく。
俺は、天の顔を見つめながら、ただ瞳孔を小さくさせるだけだった。
「……なんてね! からかいタイム終了っ!」
「……は……?」
離れていく天の顔。
彼女はクスッと笑いながら続けた。
「ユたくん、大丈夫。部屋のことは、柊花ちゃんたち見てたらなんとなくわかるし、そこはちゃん弁えるつもりだから」
言って、俺の頭に手を置いてくる天。
同い年なのに子ども扱いされてるような感じだが、それを不服だとも思わない。
昔からの天のスタイルだ。
「私は何も変わらなくて、変わっちゃったのは、むしろユたくんの方だよ」
「え……? お、俺……?」
そんな自覚は一切無いが。
でも、往々にしてそんなものなのかもしれない。
変わってしまったことは、自分ではなかなか感じられない。
他者からの意見をもってして、ようやく気付くものだ。
「俺は別に……」
あくまでも変わっていない、と。
そう言おうとしたところで、天に言葉を遮られた。
「いいよ、大丈夫。そのことに関しては、後で時間ちょうだい?」
「……後で?」
彼女は頷き、
「寝るのは一緒じゃなくていいからさ。話したいこと、あるから」
それは、もしかすると朝言ってたことかもしれない。
花夫さんに関すること。
意味ありげに呟いていた、花夫さんには勝てない的な話について。
「……わかった」
了承すると、天はニコリと微笑んで、俺に箸で掴んだハンバーグを差し出してきた。
いわゆる、あーんだ。
食べてくれ、と差し出されたそれを前に、俺は口を開けるしかなかった。
父さんと母さんは、それを見てまた騒ぐわけだけど、今はもうこれでいい。
天がその胸に抱えている思い。
それが後でわかる。
俺はハンバーグを咀嚼しながら、彼女のことをジッと見つめるのだった。




