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第12話 大切な人。忘れられないこと。

「三人の相手お疲れ様、勇信君。これ、麦茶だから飲んで?」


 屋島家のリビング。


 俺はそこに置いてあるファミリーテーブルの椅子に腰掛け、疲弊しながら優花さんの出してくれた麦茶を飲む。


「ありがとう……優花おばさん……生き返ります……」


 麦茶を飲んでいても、俺の近くに柊花たちは集まっている。


 さっきまで、そこのソファで三人に揉みくちゃにされ、制服も何もかも脱がされそうになってたところだ。


 優花さんが止めてくれたからよかったものの、彼女の支援が無かったら、俺はきっと貞操を奪われていた。


 間違いない。


「ほんとあんたたち、勇信君のことが好き過ぎるのもいいけれど、程々にね? どうするの? 引っ付いてきてめんどくさーい、って勇信君が言い出したら」


 仕方なさげに、呆れて言う優花さん。


 でも、柊花たちは俺の頭を撫でたり、腕を揉み揉みしたり、股間を……いや、股間はさすがにガードした。太ももの辺りをサワサワしてくれながら即答する。


「その時は教育するかもしれないわね。調教。もちろん、R18方面で」

「アタシの部屋に閉じ込めて、二十四時間洗脳行動に励むかも。勇信には目を覚ましてもらわないといけないから」

「その時は、ゆっちゃんを殺して春花も死ぬよ♪ ゆっちゃんに拒否されたら私……イキテイケナイカラ」


 静かに冷や汗を浮かべる優花さん。


 頑張っていただきたい。


 娘たちの変貌ぶりに恐怖を抱く気持ちもわかるけど、そこは母親としてしっかりしてくれ。俺じゃもう制御できないんだ。


「だって、これは仕方ないのお母さん。先日、ゆう君が私たちを守って交通事故に遭って、生死の境を彷徨った時、本当に大切な人は常日頃から大事にしておかないといけない、って気付かされたんだから」


 柊花のセリフに、俺は「いや」と否定することができない。


 それは優花さんもだ。


 間違いとも言えず、「うーん」と曖昧な反応をしている。


「でもね、柊花? 気持ちはわかるのだけれど、いくら何でも勇信君に引っ付き過ぎじゃない? さっきもソファにいた時、お母さんが止めてなかったら、あなたたち彼のことを傷物にしていたでしょう?」


 間違いないです。


 俺、傷物にされてました。


「傷物なんてひどいよ、お母さん! アタシは優しく、やさしーく勇信とイチャイチャしようとしてたのに! 勇信を傷付けようとしてたのはこの二人なんですけど!」


 言って、柊花と春花の方を指差す捺花。


 一気に二人の表情が冷ややかなものになる。


「は? 傷物にしようとしてたのはどう考えてもなっちゃんなんですけど? 春花はゆっちゃんを甘く癒してあげようとしてただけ」


「いいえ。私以外の二人は、ゆう君のことを傷付けようとしてたわ。ね、ゆう君? 怖かったわよね?」


 寄り添うようにして、俺の太ももを露骨にサワサワしてくる柊花さん。


「あのー……柊花? ちょっといったん下半身触るのやめてもらってもいい……?」


 俺が言うも、柊花は真顔で「どうして?」と疑問符を浮かべる。


「どうして、って、いや、そこ触られると普通に俺は……」


「いいのよ? 何でも私に言って? もっと触って欲しいところがあったら、何でもするわ。このズボンの中のものだって私は……」


「はい、ストップ。ストップしなさい、柊花? あなた、今実の母親を目の前にしていることを自覚して頂戴? 親の前でそんなことよく言えるわね?」


 頰を引き攣らせながら言う優花さん。


 俺も彼女の心中を察して目を閉じた。


 ほんと、娘さんたちを変な方向へ暴走させてしまってすみません。全部俺のせいです。


「とにかく、私はゆう君の味方なの! 傷物にしようとしてたのはこの二人! この泥棒猫たちなのよ!」


 おいおい……。


 いくら何でも言い過ぎだ。


 呆れもするけど、俺は柊花の方を見やって言葉を返してやった。


「柊花、それは言い過ぎ。俺、三人に仲良くしてもらいたいんだけど?」


 つい語調が強くなってしまう。


 場も一瞬シンとなった。


「そ、そんな……わ、わたっ、私は……」


 震える柊花の声。


 表情には怯えが見え、少し言い過ぎたか、と不安になるも、ここで引いてはダメだと決心。


「捺花と春花も。あまり柊花のこと悪く言わないでくれ。俺をテキトーに扱ってくれる分には構わないけど、姉妹同士で互いを蔑ろにするのはダメだ。それだけは許さない」


 きっと花夫さんも、今の彼女らを見るとそう言うはず。


 俺は、亡くなった彼の分まで、この三姉妹のことを大切にし続けたい。


 その一心で厳しいセリフを放ったわけだけど、優花さんはただ一人微笑んだ。


「そうね。勇信君の言う通り。あなたたち、ちょっと反省なさい? 姉妹で傷つけ合うのはダメよ?」


 彼女の言葉で、青ざめた顔をしていた三人の表情も少し和らぐ。


「ゆ、ゆう君……」


 名前を呼んでくる柊花は、恐る恐る俺に触れようとして、視線が合った瞬間その手を引っ込める。


 嫌われたくない。


 そんな思いが見透けていた。


 捺花と春花も同じだ。


 俺に嫌われたら死んでしまう。


 そんな思いを抱いているかのように、唇を震わせていた。


「安心して、三人とも? 勇信君はあなたたちのことを簡単に嫌ったりしない。大丈夫だから」


 娘たちのことを案じつつ、俺の方も見やってくる優花さん。


 それはもちろんだ。


 俺は頷いて反応。


 三人もそれを見ていてくれたわけだが、微妙に気まずい空気が流れてしまう。


 結局、三人とも逃げるように二階の自室へ行ってしまうのだった。







「ごめんなさいね、勇信君。なんか変な空気作っちゃって」


 優花さんと二人きりになったリビング。


 俺は、彼女が出してくれたコーヒーを飲みつつ、「そんな」と言葉を返す。


「優花おばさんは謝らないで。悪いのは俺だし……三人を不安にさせたわけだから」


 彼女は「ううん」と首を横に振った。


「あの程度のことでショック受けてたら何もできない。勇信君は悪くない。あの子たちのメンタルケアをしきれていない私のせいなのよ」


 コーヒーの苦味が口の中で酷く広がる。


 いつもは平気なはずのそれが、今日はやけに不快に感じられた。


「三人とも、お父さんのこと大好きだったから。それと同じくらい大切なあなたから嫌われる。それは、本当に耐え難いことだと思うの」


「……照れ臭い話です」


「ふふっ。でも、本当のことだから。昔からそう。適当に扱っていても、三人とも元々勇信君のこと、大好きだったのよ」


 コーヒーに合うお菓子を出してくれて、向かい側の椅子に腰掛ける優花さん。


 彼女は優しく俺を見つめ、続けてくれる。


「お父さんのことだって、未だにちゃんと乗り越えられていないのよ。半分、あの人の幻影をあなたに重ねてると思うの」


 それは、もしかしたらあるのかもしれない。


 花夫さん、花夫さん、って。


 つい何気なく三人の前で出していた。


 彼のように、という俺の考えも、もしかすると影響している可能性がある。


「……俺は……三人に悪いことしてたんですかね?」


 何が、と。


 優花さんは小首を傾げて疑問符を浮かべる。


「花夫さんが遺してくれた言葉、三人を守ってやってくれ、って。柊花たちの前で言い過ぎてた」


「それくらい別に大丈夫よ。何も問題ないと思う」


「でも、そのせいであの三人は、花夫さんのことを何度も思い浮かべていたと思う。俺のその言葉が、柊花たちの中でずっと花夫さんの姿をよみがえらせ続けてたんじゃないか、って。そう考えたりするんですけど……」


 優花さんは微笑んだ。


 微笑んで、お菓子に手を伸ばしながら「ううん」と返してくれる。


「そうだとしても、それはあの子たちが乗り越えないといけないことよ。いつまでも勇信君にパパのことを重ねてちゃダメ」


「……ですかね?」


 俺は卑怯だ。


 心の中で思う。


 花夫さんのことを乗り越えられていないのは、何も柊花たちだけじゃない。


 俺だってそうだ。


 俺だって、ずっと彼みたいに、って思い続けてるのだから。


「それこそ、今度パパのお墓参りに行こうって計画してるのよ? 尚更あの人にみっともない姿見せられないでしょ?」


「……まあ」


「なんだったら、勇信君も一緒に来る? 真央まおちゃんたちもどうかしら?」


 真央まお


 それは俺の母さんの下の名前だ。


「うん、わかった。なら、その話母さんにもしときます」


 優花さんは優しく笑って、頷く。


「あの人も、多勢で来てもらった方が嬉しいと思うからね」


 俺は花夫さんのことを思い出しながら、静かに頷いた。


 大切な人のことは、簡単に亡きものにできない。


 でも、いつだって心の中では生きてる。


 それを認められるかどうかだ。


「了解。じゃあ、ちょっと二階行ってきます。柊花たちのところ、行ってくる」


「うふふっ。お願いね?」


 言って、俺はリビングを出て、階段を上るのだった。

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