⑦
川口の勤務していた学校近くの喫茶店で、カケルは吉川めぐみを待つ。
手にじっとりと汗をかいていることに気付き、もぞもぞとズボンで拭う。
(やばい、緊張する)
カケルは派手な見た目の女子が得意ではない。高校生活でもそういったグループには関りがなく、異星人を相手にするような感覚なのだ。
時計を見ると、約束の時間が迫っていた。緊張が高まり、来てほしいような来てほしくないような複雑な心境。
入り口のベルが鳴り、カケルはびくんと体を揺らす。身を縮こまらせていると、背中から声が掛けられた。
「あなたが、連絡をくれた人? 」
振り向くと、そこにはSNSで見たものと同じ髪色があった。メイクも濃く、まさにカケルが縁ののなかった女子といった風貌だった。
カケルは慌てて立ち上がり、
「よ、よろしくお願いいたします」
言いながら名刺を渡した。女子生徒は受けとったそれをしげしげと見つめた後、ぞんざいにテーブルに置いて、椅子に腰を下ろした。
(怖え)
「ええと、吉川めぐみさんで間違いないですか?」
「……そうですけど」
本人確認を取って、カケルは本題に入る。
「それじゃあ、さっそく……おつらい記憶かもしれませんが、あの記事について、改めて吉川さんの口からお話頂いてもいいでしょうか。」
吉川はカケルの返事には答えず、つまらなそうに髪をいじくっていた。カケルがしばらく待っても、一向に返事が返ってこない。
「あの……」
しびれを切らして再び問おうとすると、それを遮るようにめぐみは大きなためいきをついた。
(この子、なんて態度の悪さだ)
おかげで先ほどまで感じていた緊張が消えているのを感じた。
気合を入れなおして、聞き取りを続ける。
「DMで、全部話してくれるっていってくれましたよね?」
カケルが毅然とした口調で言うと、ようやく吉川がカケルの方を見た。
「本当だよ」
「え?」
「だから、あの記事の内容は全部本当」
「えっと……」
カケルは言葉に詰まる。
「聞いてる?放課後に川口に呼び出されて、そこで推薦をネタにゆすられた。それから、夜に呼び出されては、体の関係を迫られた」
吉川は自身を掻き抱く。
「今でも、あいつの汗ばんだ手のひらが、私の肌にへばりつく感触が忘れられない。全部我慢して、とにかく時間が過ぎるのを待ってた」
まるでカケルが川口本人かのように、鋭い視線と声音をぶつけた。
「最低の教師だよ。あいつは」
「……それは、本当ですか」
「嘘をつく意味がありますか?」
カケルがやっと口にした問いは、あっさりと否定された。
吉川の言っていることが事実であれば、川口は嘘を言っていたことになる。
「そんなはず、ないですよ」
言葉より先に否定が口をついていた。
なぜそう思うのか、自分でも上手く説明できない。
「なに?」
「川口さんがそんなこと……するとは思えない」
オルビスで涙する、川口の姿が蘇る。家族と死に別れ、絶望の淵に立つフェイクニュースの被害者。
(彼の話が、嘘だったはずない)
「根拠ないね。なんでそんなことがわかるの」
カケルは押し黙る。しかし、吉川はカケルの内心を読んだように、侮蔑を含めた声音で言った。
「私の見た目で判断してるでしょう?」
「っ」
図星をつかれて、心臓がはねた。
ようやく、カケルは自分が吉川を偏見の目で見ていることが分かった。今日、初めて会った時から。高校生との時の記憶までさかのぼって。
「まあ……別にいいけどさ」
期待した風もなく、吉川は続けた。
「クビになってくれて清々した。まあ、そんなんで私の気はすまないけどさ」
吉川の言葉に、カケルはたまらなくなった。
「川口さんは、あのニュースで奥さんとお子さんを失いました」
「そうなんだ。生徒に手を出したんだよ。逃げられて当然でしょ」
「2人は首を吊りました」
「え」
吉川の瞳が見開かれた。
「それって……本当?」
「はい、そう言ってました」
吉川の先ほどまでの勢いはなりをひそめていた。
「……先生は」
「生きています。でも、憔悴しきっていて、生きているのもやっとということでした。その状態でも、真相を明らかにしてほしいって。俺に相談を」
沈黙が流れる。吉川は顔を伏せていて、表情はわからない。ただ、何かをこらえているようにも見えた。
「……別に、私には関係ないでしょ」
それだけ言って、カケルと吉川の間に沈黙が流れた。周りの客の明るい会話が耳に痛い。じりじりと胸がざわついていた。
「記者ってさ」
不意に、吉川がつぶやいた。
「え?」
「記者って、何をする仕事?あんたは、今日どうしてここに来たの」
唐突な質問にカケルは面食らったが、自信をもって答えた。
「記者は真実をつかむ。俺は人をフェイクニュースから守るために戦っています。そのために、今日はあなたに真実を聞くために」
カケルの答えに、吉川は耐えきれなくなったように吹き出した。
「人を守る? あなたが?」
「は……はは」
吉川は肩を震わせる。
「ははははは!」
突然、大笑いした吉川を、周りの客が何事かとこちらを見ている。
「人を守る?あなたが?」
一拍置いて、
「……記者が?」
「何が、そんなに面白いんですか」
「そりゃおかしいよ。だってさ、取材をするんだったらさ、もっと相手の事をしっかり調べてからやらなきゃいけないんじゃないの?」
「もちろんです。川口さんから話を聞いて、関係者を調べました。その甲斐あって、こうしてあなたに連絡を取ることができた」
髪色。投稿時間。交友関係。オルビスで断片を繋ぎ合わせ、ようやく吉川に辿り着いた。
「あたしを見つけることができた。でもさ、それだけでいいの?」
「どういうことですか」
吉川は、笑いをひっこめる。
「あたしのこと、もっとちゃんと知ろうとした?投稿1つとるんじゃなくて、あたし自身を見てくれた?」
吉川の声音には、微かな悲痛さを含んで聞こえた。
「アポイントを取るためだけの情報をみて、あたしの投稿をつぶさに見た?頭を使って想像した?」
カケルは吉川のアカウントを思い返す。しかし、自分でも驚くほど内容を思い出せなかった。
「あたしが先生に対するつぶやきをした後、どんな気持ちだったと思う?」
自分が見ていたのは、取材対象へ辿り着くための「手掛かり」だけだった。
反論できないカケルに、吉川は失望した顔になった。乱暴に椅子から立ち上がる。
「……真実を掴むんだったら、それくらい、してよ」
「ちょっと、待って」
「もういく。これ以上は、話したって無駄だから」
カケルの制止を振り切って、吉川はそのまま立ち去っていった。
カケルは一人取り残される。周りの客の不審がる視線も気にせず、カケルは吉川の言葉を反芻していた。
~取材メモ~
アクトの正式名称は「AI-ACT」=Artificial Intelligence Authority for Controlled Truth(国家報道記録管理局管理中枢AI)




