⑧
カケルはオルビスに帰還し、取材の首尾を報告していた、
吉川の話していたことに、フェイクの疑惑があることについて話すと、シュウは考え込む様に口に手を当てる。
「なるほど、吉川めぐみの言った通りなら、川口は嘘つきということになるな」
「ああ、取材はしたけど、かえって訳が分からない状態だ。意味のない取材をしてしまった」
「カケル、それは違うぞ」
カケルの弱音をシュウは一蹴する。
「どちらかが嘘をついているということがわかっただろう」
カケルはハッとした。
(俺が一体何を言ってるんだ)
それくらいのことも気付けない自分に、苛立ちを覚えた。
「ならば、どっちが嘘をついているのか、ということになるんだが……カケルはどっちが嘘だと思う?」
問われて、カケルの脳裏には、川口の痛ましい姿がよぎる。しかし、すぐさま、自分を非難する吉川の顔に上書きされた。
「正直……わからない」
「わからないって、おい」
シュウに突っ込みを入れられるが、軽口を返す余裕もなかった。
川口を信じたい気持ちがある。だが、その気持ちが正しいのかわからない。1人の女子生徒を偏見で見てしまった事実が胸にくさびとなって突き刺さっている。
「実は……」
カケルは、吉川に言われたことを話した。
「取材した女子生徒に言われた。俺はうわべの情報だけを見て、彼女を見ていないって……真実をつきとめるなら、それくらいしろって」
我ながらぼそぼそと耳障りな調子で話していた。
不意に、小さなため息が聞こえた。
「さっきからやけにくよくよしてるなって思ったけど、そういうことだったんだ」
自席でキーボードを叩きながらみことが言った。
「カケルってさあ、単純に見えて、やたらとナイーブだよねえ。いちいち気にしてたら切りないよ」
ミコトの言葉にシュウが頷く。
「人間である以上、偏見は持ってしまうさ。大事なのはそれを自覚出来るかどうかだ」
「それに偏見だって情報じゃん。その証拠に、御影は思った通りのクズだった。もし私が偏見を持たないで、無警戒のまま接触したら、もっとひどいことになってたかもしれない……ああ、思い出しちゃったじゃん、最悪~」
ミコトは、むずがるように両肘をさすり、シュウが苦笑した。
「カケルは今回の事件でそれを知ることができた。それだけで、お前に任せた甲斐があったな」
カケルは、じんわりと胸が熱くなるのを感じた。
仲間の励ましによって、再び前を向けるような気がした。カケルの表情に明るさが戻ったのを確認して、シュウが口を開いた。
「じゃあ、あとやることは一つだ」
カケルは力強くうなずいた。
「どっちが嘘をついているか、突き止める」
「そうだ。問題はそのためにどうするかだが……」
シュウの呟きに、ミコトがキーボードをたたく手を止めて、
「もう一度、吉川めぐみに話を聞いてみるのは?」
「どうかな。吉川は最後にかたくなだった。これ以上、聞いても何か話してくれる気がしない」
カケルは帰り際の吉川の様子を思い出す。声を荒げることはなかったが、彼女の言葉には、記者に対する強い非難があった。
「それじゃあ、川口を問いただしてみる?」
「単なる水掛け論になるだけあろう。あいつが嘘をついていたんだとしたら、今更認めるとは思えない」
「もう、じゃあどうするのさ」
ミコトが頬を膨らます。
議論が煮詰まる。このまま、真実を掴むことができないだろうか。もう少し、自分が上手く取材を行うことができれば、また違った状況になっていたのではないか。
再び、カケルが自己嫌悪に陥りそうになった時、おもむろにシュウが口を開いた。
「なあ、おまえが言われた話って、本当に、おまえを責めているだけの話だったのか?」
「え?」
シュウの発言に、カケルは虚を突かれた。
「どういう意味だよ」
「本当に記者を憎んでいるのなら、吉川はどうして俺たちのコンタクトを受けたんだ。DMなんて黙殺してしまえばいいだかだろう」
確かにその通りだ。そもそも、見知らぬ人間からきたメッセージなんて無視するのが普通だ。それなのに、彼女はそれをしなかった。待ち合わせにもちゃんと来た。
初めてコンタクトを取った時のことを思い返す。態度は悪くても、カケルが渡したメッセージはしっかりと見ていた。
シュウはさらに続ける。
「彼女はお前に失望したようだといってたな。それってつまり、お前に何かを期待していたということじゃないのか」
カケルの脳裏に、吉川が一瞬見せた表情が思い浮かぶ。
川口の惨状を聞いた時。そこには、担任の教師を労わる気持ちが確かにあった。
粗雑な態度の中に見えた、本来の彼女の人間性なのではないか。
確信めいたものを感じ、記憶の中から吉川の言っていた言葉を思い返す。カケルに痛みを与えた言葉を、今はどん欲に分析する。
『私の投稿をちゃんとみた?』
思い当たり、カケルは慌てて自席に座り、SNSを開いた。
吉川の投稿を順に目を通す。彼女の心を探すように、1つ1つ。それぞれは他愛のない文章に見えて、そこには確かに吉川めぐみという存在を感じた。
投稿をつなぎ合わせる中で、カケルは答えを見つけた。
(これは……彼女の”SOS”?)
そして、決意する。
もう一度、彼女と話さなければならない。
記者が人を守るというカケルの言葉を、彼女は嘲笑した。
なぜなら、今の彼女にとっては、それこそが真実だからだ。
彼女の意志を知ったうえで、もう一度、真実を探す。彼女は、必ず協力してくれるはずだ。
確信めいたものを胸に、カケルはDMのアイコンをクリックした。
~取材メモ~
アクトは日本のどこかにあるとされているスーパーコンピュータで駆動している。




