⑨
カケルはRMIの建物の前に立っていた。来意を受付に告げる。
「アポの確認が取れました。どうぞお通りください」
会釈して、社屋の中を進み、重厚な扉の前に立ちノックをする。
『どうぞ』
扉を開けると、木彫りの机の向こう側から、胡坐をかいた金髪の男がカケルを品定めするように見ている。
RMIの記者、御影レンジだ。
「てめえか?早瀬カケルって」
「ああ」
御影は、あてつけるように、大げさなため息をついた。
「吉川めぐみから、いきなり連絡が来てな。どうしても会ってほしい人がいるって。彼女は非常に不安定な状態だからね、俺で出来ることは全部してあげたいからさ。そうじゃなきゃ、てめえみたいな埋もれた存在に時間を使ったりしねえ」
スマホに表示した川口の記事を、御影へ向けた。
「俺の記事だ。それが?」
「お前のフェイクを暴きにきた」
「ふうん」
御影はかすかに口元をゆがめた。
「人の記事をフェイクって、なんて失礼な。そこまで言うのなら、何か根拠でもあるのか?」
「根拠なら、ある」
断言できたのは、吉川との再会があったからだ。
「お前は吉川を担任の川口にけしかけた。炎上を作り出すために」
カケルは、再びDMを送った後の、吉川とのやりとりを思い返した。
吉川を前回と同じ喫茶店で待った。もう緊張はしなかった。
現れた吉川に対して、カケルはすぐに頭を下げる。
吉川の戸惑いが、頭のてっぺんを通して伝わってくる。
『どういうつもり』
『前回はごめん。君のメッセージに気付くことが出来なくて』
『……あたしのメッセージってどんな?』
吉川は、探るような口調でいう。そこにはかすかな期待が含まれていた。席に着いた吉川に倣って、カケルも腰を下ろした。
『君が俺に言った言葉。その中に、たくさんのヒントがあった』
『……聞かせて』
『“投稿1つじゃなくて、私自身を見たか”の言葉。俺はこれに、“投稿を繋げることで、何か1つの意味をもつようになる”のではないかと考えた』
吉川のまっすぐな視線を受け止める。
『そして、君の言った“先生のつぶやきの後の気持ち”という発言。あの事件のあとに注目をしてほしいということだ。あの後に見てみたら、君は数分単位でつぶやきを投稿していた』
(それくらいのことも、俺は気づかなかった)
数分単位で時間が揃った投稿。不自然な短文の連続。
その意味が、今ならわかる。
『最後に、”頭で考えて″って発言だ。頭で考える、それはつまり、“投稿の最初の1文字だけを並べろ”という事だと考えた。これらのヒントを頼りに、先生の投稿後に続いた投稿の頭文字を組み合わせると――』
カケルは答えをじっくりと咀嚼して、
『“きじはうそ”だ』
気づけば吉川の顔が、涙で歪んだ。今までこらえていたとてつもない重荷から、解放されたかのようだった。
『君は最初からずっと助けを求めていたんだ。誰かに、自分の行ったフェイクを暴いて欲しいと思ってたんだ』
嗚咽する吉川にカケルは言葉を投げ続ける。
『担任の川口に、君のことをもう一度、聞いたよ。君の相談によく乗っていたそうだね。御影にとって都合が良かった。それだけだ』
それからしばらくの間、泣きじゃくる吉川が落ち着くのを、カケルは一時も視線を外すことなく待ち続けた。
カケルが話し終わると、御影はつまらなそうにため息をついた。
「なるほどね」
「で?だから、なんだって話だ」
「なんだと?」
カケルは思わず口を挟んだ。
「フェイクを認めるのが怖いのか」
「怖い?」
御影はあざけるような笑みを浮かべた。御影の目には、追い詰められた人間特有の焦りが一切なかった。
「てめえが俺の記事がフェイクっていうんだったら、それでいいさ。でも、大事なのはそんなことじゃない」
御影の口元が、獰猛に吊り上がる。
「戦って、報道権を奪う。それが、俺たち記者の仕事だろ?」
御影がつぶやく。
「アクト。報道申請。戦闘モード」
『接続許可』
その瞬間、炎が巨大な蛇のように床を這った。御影が両掌を開くと、右手と左手に炎が迸り、凶暴な渦となった。右手を振り払うと、豪炎にテーブルが飲み込まれ、一瞬で黒く焼け崩れる。部屋を覆いつくす炎が、獣のように唸りながら空気を焼いていた。
「さあ、ぼんやりとしてねえで、てめえも得物出せ。真実とかいう偽善、俺が灰にしてやる」
(偽善でも構わない)
焼け付くような敵意を正面から受け止めて、カケルは小さく息を吐く。
そして、真正面から御影を見据えた。
「アクト、報道申請。戦闘モード」
『接続許可』




