⑤
カケルはシュウとオルビスでミコトからの取材報告を聞いていた。
「まあ、色々あったよ」
ミコトは不機嫌さを隠そうともせずに、ぞんざいに顛末を語った。
「いや、その色々を聞いてるんだろう」
「ふん、詳しいところは適当に察してよ」
カケルが窘めても、ミコトは頬を膨らましたままだ。
「いいから、ちゃんと報告しろって」
「……やだ」
「あのなあミコト」
頑なになってるミコトを見かねて、シュウが口を挟んだ。
「確かに今回の作戦はミコトの負担は大きかったもしれない。でもな、ちゃんと報告しなくちゃその苦労も無駄だぞ」
「だって、ほんとに大変だったんだよ!どこから語ればいいかわからなくなるくらい!」
「いや、ほんと感謝してるって」
シュウの言葉に、ミコトの目がきらりと光った。
「へえ?じゃあ、それを形で現してよ」
「な……形って?」
「そりゃあ、臨時ボーナスとかさあ」
「い゛っ……?」
シュウがびくりと仰け反った。真実を探求するオルビスは、フェイクを駆使して注目を集める記者に比べて実入りが圧倒的に少ない。
組織のリーダーであるシュウにとって、財布事情は悩みの種なのだ。
「わかった。それじゃあ、冷蔵庫の飲み物1つ好きなの飲んでいいぞ」
「客用の緑茶でしょ!そんなんで納得するか!」
「なら……近くの自販機の飲み物1本」
「ほとんど価値上がってないじゃない!」
「ぐっ……これ以上は」
(いや、どんだけここ金ないんだよ)
カケルは今後もオルビスに所属することが少し不安になった。
シュウはしばらく考え込んでから、まるで死地に赴く兵士のような顔で言った。
「それじゃあ、スターフロントのビバレッジどれでも1つおごり」
「乗った!」
(乗るのか……)
ミコトは、宝くじでも当てたかのようなテンションで、取材内容のあらましを共有した。
シュウが口に手をあてながら、
「これで川口の記事がフェイクである確率はより一層高くなったな」
「うん。あの御影ってやつ、フェイクニュースをつくることに少しの罪悪感もないみたいだった」
批難する響きを込めてミコトが言った。
「ちなみにそいつのスクープギアは?」
「炎を操ってたよ。武器は……炎に包まれてて見えなかったけど、ナイフみたいな小さい武器だと思う」
「なるほど。スクープギアは攻撃系。記事の炎上が現実の炎を生み出す能力か」
シュウは情報を咀嚼するように間をおいて、
「御影レンジはフェイク記者と認定する。引き続き取材を行う」
リーダーの決定に、カケルとミコトが頷いた。
「次に行うのは、当事者への取材だ。今度はカケルに頼むぞ」
「わかった」
「はいはい!カケルにも恥ずかしい格好させようよ」
「はあ?」
ミコトが勢いよく手を上げて訳の分からないことを言う。シュウは呆れた視線を、なぜかカケルに向けてきた。
「カケルの恥ずかしい格好は需要がないから却下だ」
(なにこれいじめ?)
傷つくカケルを差し置いて、シュウは話を進めた。
「昨日来た川口の言っていた女子生徒……吉川っていったか。その子に取材を行おう」
「学生だから、学校に取材を申し込めばいいのか?」
「いや、それは難しいだろう。学生のプライバシーは非常にデリケートだ。学校側が取材を許可するとは思えない」
「ガクコエをあたるのがいいんじゃない?」
「ああ」
ミコトの提案に、シュウが頷く。
ガクコエはワンヴォイス内にある、小学生から高校生までが投稿と閲覧ができる学生専用のメディアだ。記者職でなくても発信できる唯一の媒体で、学生のメディアリテラシー養うために作られた。
「本人の投稿を探して、生活圏を特定。あとは本人に直撃する流れがいいと思う」
「ふむ。地道な作業だが、今のところそれが最善だろうな。よし、その方向でいこうか」
「わかった」
カケルが答えると、シュウは時計を見た。そろそろ20時を回ろうとしていた。
「今日はもう遅い時間だ、二人は上がってくれ」
「おつかれ」
「おつかれー。シュウ、さっき言ったこと忘れないでね」
事務作業を残しているシュウに挨拶して、カケルとミコトはオルビスを後にした。
帰りの道を二人で歩く。
「あ~、今日は頑張ったなあ~」
ミコトが歩きながら伸びをする。
「まあ、話を聞く限り大変だったのはわかる」
「そうそう!あの御影ってやつ、マジでセクハラしてきて、本当に腹立った」
まるで今起きたことの様に、ミコトが御影への怒りをぶちまける。
「でもさ、一番腹立ったのが、あいつが平然とフェイクやることになんの罪悪感も抱いていなかったところ」
ミコトは強い口調のまま続ける。
「取材は適当とまで言い切ったんだ。私たち記者は丁寧に取材して、真実を伝えなきゃいけないはずでしょ。それを、あいつはなんのためらいもなく」
勢いづくミコトの話を、カケルは強い共感と共に聞いていた。
真実を追い続けること、それが記者の使命であるはずなのに、いつのまにか世の中はフェイクニュースであふれてしまっている。真実を求めるものは少数派になってしまった。
最近も、そんな風に言ってきた記者がいた。
そう、あいつは――。
カケルが記憶を掘り起こそうとした瞬間、脳にノイズのようなものが走った。
(あれ……?)
「どうかした?」
突然立ち止まったカケルを、ミコトがいぶかしげに見ていた。
「いや、別に何でもない……けど」
カケルは歩き出そうとするが、自分の中にある違和感がどんどん大きくなっていくのを感じる。
「なあ、ミコト」
カケルは自然と問いかけていた。
「最近俺が解決した事件ってどんなんだったっけ?」
「え、急に何言ってんの?もしかして、ぼけちゃった?」
「いいから。どんなんだっけ」
こだわるカケルに、ミコトはいぶかし気な表情になった。
「うーん、確か一週間くらい前じゃない」
「一週間」
胸がざわつく。思い出しかけて、無理やり蓋をされるような感覚。
「どんな内容だっけ」
「確か……製薬会社の薬の効果に関するフェイクニュースだったよね」
ミコトの言葉にカケルの記憶が蘇ってくる。
(そうだ。飲むだけで髪が生えるとかいう、あの馬鹿げた記事だ)
そこまで思い出すが、カケルの中の違和感はむしろ強くなっていく。
(いや、そうじゃないはずだ)
「一昨日にもさ、ひどいフェイクニュースを書いてたやついたよな。渋谷で捕まえた、赤い髪の」
「ん?んー」
ミコトはしばらく記憶を探るように、中空に視線をさまよわせ、
「いや、そんな奴はいなかったよ」
そう言った。
「そう……か」
(俺の勘違いか?でも、この違和感は何なんだろう)
「あれ、でも……んん?」
見ると、ミコトもどこか腑に落ちない様子だった、
「……あれ、私、一昨日ってなにしてたんだっけ。確かカケルとどっかで待ち合わせをして」
待ち合わせという単語に、違和感の一部が反応した。
「どっかで待ち合わせって、さっき場所いったろ。ほら……」
しかし、なぜか場所の名前が出てこない。確かに、それを先ほど口にしたはず。
思考が堂々巡りをしている。自分が誰を思い出そうとしていたのか、何を考えていたのかわからない。手のひらから砂がこぼれていくように、情報が溶けていく。
「カケル、いつまでぼうっとしてるの、早く帰るよ」
「あ、ああ」
立ち尽くしていると、ミコトに声をかけられる。
先ほどの疑問は解決したのか、ミコトはいつもの快活な雰囲気に戻っていた。
(あれ、俺ってなんでこんなところで立ち止まってるんだ)
「悪い。なんかぼーっとしてたわ」
「なにそれ、ちゃんとしてよ」
「いやあ、それにしても腹減ったな。なんか食いに行かないか?」
「カケルの驕りならいいよ!」
「ならいいや」
「ケチ!」
とりとめのないやり取りをしながら、ミコトと一緒に帰路を進む。
(そういえば家に、この前買いだめたカップラーメンがあるんだった)
家に着くまでの間、カケルの頭の中は、どの味を選ぼうかでいっぱいだった。
~取材メモ~
オルビスはカケル、ミコト、シュウの3人。平均年収は300万




