④
ミコトは広い個室に案内された。入って正面には木を切り出したような高級感のあるテーブルが置かれ、ドア側に来客用のテーブルとソファがあった。
「とりあえず、そこに座っておいてよ」
「はい」
ミコトはソファに腰を下ろした。今まで座ったどのイスよりも柔らかな感触がした。一瞬だけテンションが上がるが、すぐに違和感を覚える。
普通、来客用の椅子やソファは対面するように2つの椅子が置かれる。オルビスでもそのように配置している。しかし、この部屋に設置されているのは一つだけだ。
「いや、お待たせ」
「い゛!?」
御影は、一切遠慮するそぶりなくミコトの隣に座ってきた。思わずソファの端に移動するが、御影は追いかける様に再び隣に座る。テーブルに高価そうなワイングラスを2つ置きながら、手に持った大きな瓶をのラベルを見せつけてきた。
「とっておきのやつ。君のために出してきたんだよ?」
「あ、あの、これは一体?」
「君、ちょっと緊張してるみたいだからさ、ワインでも飲んでリラックスしようよ」
御影はワインを開封する。ポンと小気味良い音を鳴らして、軽薄そうな顔を満足そうに歪めた。
(こいつ、頭おかしいんじゃないの)
「あの、私未成年なんですけど」
「えー?そんな固いこと言わないでさあ。一口くらい飲みなって」
御影はグラスにワインを注いで、ミコトに渡してくる。ミコトが押し返すが、強引に渡してくる。ワイングラスを割ってしまうのに気が引けて、思わず受け取ってしまった。御影は自分の分を手に取って、
「それじゃあ、二人の出会いに乾杯」
御影は勝手にグラスを合わせて、それを一気に飲み干した。ミコトはドン引きしながらも、頭の中に考えが浮かんだ。
(適当に話を合わせれば、そのうち酔っぱらって何でも話すようになるかも)
ミコトはグラスにだけ口をつけて、ワインが口に入らない程度にグラスを傾ける。
「どう?上手いでしょそれ」
「はい。こんなにおいしいなんてびっくりです」
「だろー?」
御影がワインの瓶に手を伸ばした隙を見て、ミコトはグラスの中身の半分ほどをソファの端のへこんだ部分に捨てる。なめらかな繊維にじわじわと赤い液体がしみこんでいった。
ちらりと御影をみるが、ミコトの蛮行には気付いていないようだ。
ほっとしながら、今後はミコトから話を振った。
「あの、御影さんってどうやって記事を書いてるんですか?」
「んー?どうやってって?」
しゃべりながら、御影はどんどんワインを飲み干していく。
「その、記者さんって色々取材とかするんですよね。あと、記事書いたり、すごいなって」
「すごいって、別に?あんなの、ぶっちゃけ結構適当だよ」
「は……え?」
信じられない一言に、思わず口調が乱れそうになる。
「適当ってどういうことですか?」
「んー」
御影はワイングラスを口に当てながら、しばらく考えると、
「ミコトちゃんは、出来るだけたくさんの人に記事を見てもらうためにはどうすればいいと思う?」
「え、えーと」
唐突な質問に、ミコトは自然と普段意識していることを頭に思い浮かべた。
「きちんと取材して、丁寧に記事を書く……とか?」
「はは、全然違うよ。そんなことをしたって誰も読んでなんてくれないさ」
御影はくるくるとワイングラスの中身を揺らしながら、
「記事を見てもらうのに、一番重要なのはね、『炎上』だ」
「炎……上」
御影の答えに、ミコトは衝撃を受けた。
「人間っていうのはね、人のした悪いことを批判するのが大好きなのさ。なんでかっていうと、自分がいいことをしたような気持ちになるから。あとは、そいつより自分の方が優れていると思えるから」
御影は気持ちよさそうに話している。酒が入ってるのか、素でいっているのか。
「炎上っていうのは、人々がもつ自己承認欲求が燃料なんだ。それを提供する記事は、みんなこぞって見るんだよ」
せめて、よっぱらって思ってもないことをいっているのだと思いたかった。
それくらい、ミコトにとって、御影の考え方は受け入れがたいものだった。
「炎上はただの現象じゃない。現実に作用する炎だ。だから、取材は適当でいい」
「取材が適当なんて、そんなのだめだと思います」
言ってからミコトははっとなった。今は、御影のファンとしてふるまわなければいけない。
「だめじゃないさ。記事を書くのは俺たちだからね」
ミコトは聞きながら、腹の中で燃えるような怒りがわいていた。
人をだまし惑わし、私腹を肥やす。それは、情報を伝えるものが決してやってはいけないことだ。
それをこいつは、心の底から楽しそうに。
「ミコトちゃん、手が止まってるよ」
「え?」
すっかりワインを飲むのを忘れていた事に気付く。
「ちょっと飲みすぎちゃって」
「そんなこと言わないでさ」
御影は突然、ミコトの肩に手を回してきた。
「ちょ、ちょっとなんですか」
全身に悪寒が走る。気付けば、至近距離に御影の顔があった。
「ミコトちゃん、ぶっちゃけ今日何しに来たの?」
「それは……御影さんのファンだから」
「だってさ、さっきから一口もワイン飲んでないじゃない」
御影に指摘されて、ミコトは言葉を失う。
「さっきからソファの溝に捨ててるでしょ?それ結構高いんだよ?ミコトちゃんが必死で働いても買えないくらいのさ。いくらお酒が飲めないって言っても、俺のファンがそんなことをするとは思えないんだよね」
「それは……」
不穏な雰囲気に、ミコトは心拍数があがるのを感じた。
どうやってごまかそうか頭の中をフル回転する。しかし、ミコトが答えを出す前に、御影の方から口を開いた。
「まあいいや。ミコトちゃんがどういうつもりだったにしろ、俺たち記者は怖いものなんて何もないのさ」
「……記事を書くってことですか」
「それもそうだけど……じゃあ、特別に見せてあげよっかな」
「見せるって、何を……」
ミコトの問いかけには答えず、御影はにやりと笑った。
「アクト、報道申請。戦闘モード」
『接続許可』
機械音声が反応した声が響く。御影がグラスを持った方の手のひらを上に向けると、そこから環状の炎がほとばしり、グラスとワインが一瞬で蒸発した。
熱気にミコトが逃れようとするが、御影ががっちりと肩を組んだままでそれを許さなかった。
御影は得物を追い詰めた猛獣のような獰猛な顔つきになっていた。
「もし、ここで無理に帰るっていうなら、ミコトちゃんも炎上することになっちゃうかも?」
御影が手の炎を徐々にミコトに近づけてくる。
(これ……結構やばいかも?)
「――なんてね」
不意に御影の手の炎が消えた。御影は元の軽薄そうな表情に戻っていた。
「悪い悪い。ちょっと脅かしすぎちゃったかな。ちょっと酔っぱらいすぎちゃってたのかも」
言葉とは裏腹に、御影はまったく酔っているようには見えなかった。
「は……」
何が起きたのかわからないミコトに、御影はまるで友人を見送るような調子で言った。
「ミコトちゃん、また来てね」
「……失礼します」
破裂しそうな脈拍と、背中に滝のような汗感じつつ、そそくさとミコトはその場から立ち去った。
~取材メモ~
記者の平均年収は、およそ1億円といわれている。




